「女王はかえらない」で第13回「このミステリ―がすごい」大賞の大賞を受賞した作者・降田天さんが、今は直系の一族が絶えて廃墟になっている旧家の屋敷で発見された三体の白骨死体の秘密と戦前の旧家で起きた事件を描いたのが本書『降田天「すみれ屋敷の罪人」(宝島社文庫)』です。
発刊されたときの単行本の帯では
戦前の名家・旧紫峰家の敷地内から発見された白骨死体。かつての女中や使用人たちが騙り、屋敷の主人と三姉妹たちの花屋かな生活と、忍び寄る軍靴の響き、突然起きた不穏な事件。二転三転する証言と嘘、やがて戦時下に埋もれた真実が明らかになっていく
となっていて、旧家で戦時中におきたらしい殺人事件を、戦後に再調査していく「回想の殺人」ミステリ―となっています。
あらすじと注目ポイント
構成は
第一部 証言
栗田信子
岡林誠
山岸皐月
広瀬竜吉
第二部 告白
ルイコ・ミソノ
紫峰玲二
岡林誠
となっていて、まず、この旧紫峰家の屋敷を文化財兼観光資源として地元自治体が整備の手をいれたところ、庭から三体の白骨死体が発見され、その身元を特定するために、西ノ森という「刑事」が当時の屋敷の使用人たち関係者に聞き込みをしているところから始まります。この西ノ森という人物は、物語のあとのほうで、刑事ではなく、誰かに頼まれて探偵の真似事をやっていることが明らかになるのですが、まだ若い日系のアメリカ人で、この白骨事件の犯行には関わっていないことはネタバレしておきましょう。
第一部では、彼が当時の紫峰家の使用人や屋敷に出入りしていた業者の関係者に聞き込みをしていく様子が描かれていくのですが、そこでは、医者になりたかった紫峰家の当主・太一郎、自由奔放で絵画を描くのが得意な長女・葵、生真面目でしきたりに煩い次女・桜、音楽好きで東京の音楽学校に入学するが途中で退学して実家へ返ってきた三女・茜たちの、戦前のお金持ちの家ってのはこんな感じだったのかーという、贅沢なのですが成金趣味のない上品な生活の様子が描かれていきます。
ただ、この上品な生活も、戦争の深まりにだんだんと影響を受けてきて、屋敷の関係者の出征、特に屋敷の主人・太一郎が軍医として戦地に行くのですが、戦場で負傷して内地へ送還されてからは、負傷した傷の療養生活の暗さが屋敷の中にも蔓延し始めます。
そして、音楽にとりつかれたのか精神に変調をきたした「茜」が実家へ帰り、もともと反りのあわなかった葵と桜の仲が決定的に悪くなったところで、葵の部屋から出火し、それがもとで三姉妹とも大火傷を負い、それから屋敷内に引きこもる生活が続き、最後には東京差大空襲で行方不明になる、という事態を迎えたことが、西ノ森の聞き込みで明らかになってきます。
しかし、聞き込みが進むにつれ、火事が起きた場所が、出火したとされていた葵の部屋ではなく、三女・茜のピアノ室であることや、火事の現場検証前に、そのピアノ室が葵の部屋のように使用人たちによって偽装されていたことがわかります。さらに、火事で火傷を負った三姉妹が同時に人前に現れたことがなくなったことや、葵が使っていた「ヒナ」という女中が、モノマネがうまく、三姉妹の声を自在に使い分けることができるとこともわかってきて、屋敷の火事が実は、使用人たちによる三姉妹殺人では、といった疑惑が生じてくるわけですね。
そして、第二部の冒頭で、引き続き調査を続ける西ノ森のところへこの調査の依頼人であるアメリカに住む祖母から電話がかかってきます。その電話で、彼女は、自分の正体が東京大空襲で死んだといわれている長女の「葵」であることを明らかにするのですが・・といった展開です。
この新事実で、当初、使用人による財産目当ての「主殺し」と単純に推理していたことが崩れていくのですが、一旦、「真相では」とたどり着いた先に、さらに真実が隠されているので油断せずに最後まで読み進めてください。
少しネタバレをしておくと、この物語の表題の「すみれ屋敷」は、屋敷の階段に見事なステンドグラスがあり、そこに「スミレ」が描かれているのですが、さらに屋敷の主人・太一郎は娘の名前を「スミレ」の種類からとったあたりが謎解きのヒントになります。スミレの種類は「アオイスミレ、サクラスミレ、アカネスミレ」ともう一つあるようですね。
レビュアーの一言
戦前の旧家の庭から発見された白骨死体ということで、シチュエーション的には「おどろおどろしい」感じをさせるのですが、読後感は意外とねっとりしていません。今は失われてしまった、戦前の上流階級のレトロな感じが全体的に物語に漂うのと、最後に披歴される「純愛」物語のせいでしょうか。
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