松井優征「逃げ上手の若君」1〜2=「逃げの天才」の鎌倉幕府の若君は、建武政権に反旗を翻す

後醍醐天皇や足利尊氏がほぼ150年間にわたって政権を維持していた鎌倉幕府を倒した「建武の新政」時の動乱は、豊臣政権の崩壊時や徳川幕府が瓦解した幕末の時と同じレベルで、その時には数々のドラマが生まれたはずなのですが、太平洋戦争当時の皇国思想の影響や当時の人間関係が複雑なせいか、この時代をとりあげた物語はあまり多くはありません。

そこにあえて挑戦し、鎌倉幕府瓦解時の北条家の執権の息子で、北条家再興を目指して、後に足利勢の統治する「鎌倉」に攻め込むなど、後醍醐天皇・足利尊氏政権に、若干9歳でありながら真っ向から立ち向かった「北条時行」の「逃げ」を武器とした反乱を描いたのが本シリーズ『松井優征「逃げ上手の若君」(JUMP COMOCS)』です。

令和4年1月現在では単行本が4巻まで発刊されているのですが、今回は第1巻と第2巻をレビューしましょう。

第1巻 鎌倉幕府は滅び、逃げ上手の若君・北条時行は諏訪へ亡命

第1巻の構成は

第1話 滅亡1333
第2話 鬼ごっこ1333
第3話 仇討1333
第4話 諏訪1333
第5話 狩猟1333
第6話 郎党1333
第7話 弓術1333

となっていて、シリーズは133年の鎌倉幕府が滅亡する少し前から始まります。

退位している後醍醐先帝の反乱を鎮めるために出兵する足利高氏の前に、弓の稽古から逃げ回る北条時行が登場します。

彼の父である北条高時は得宗として鎌倉幕府のトップにいるわけですが、武士の鑑として称賛される尊氏に対し、史実通りの「暗君」として描かれています。

そして、ここで時行は、信濃国の神官・諏訪頼重からある予言をうけるのですが・・というところで物語が本格的にスタートしていきます。この場面から1ヶ月後、足利尊氏は後醍醐先帝と手を組んで鎌倉幕府に反旗を翻し、北条高時ほかの北条勢を殲滅。

時行は諏訪頼重に連れられ、北条家再興を図る亡命生活に入っていくのですが、その実態は、この少年の得意とする「逃げ回る」技の力を最大限使っての尊氏への逆襲で・・という筋立てです。

とはいうものの尊氏の勢力は強大で、今まで鎌倉幕府方にいた武将も次々と寝返り、時行の兄・邦時も匿まっていた実の伯父・五大院宗繁が裏切り、鎌倉で斬首されています。このシリーズではさらなる報褒賞を求めて時行を足利方に差し出そうとするところを、時行の逃げ技で斃されていますね。

史実では、甥を密告した所業が世間の非難の的となり、新田義貞によって処刑されることになったところを逃亡。最後は友人たちからも見放され、餓死したと伝わっています。

この後、時行は諏訪頼重に匿われ、信濃国に亡命するのですが、ここに尊氏に任命された、弓の名手で天下一の視力をもつ信濃守護・小笠原貞宗が派遣されてきて、北条贔屓である諏訪一族への圧迫と時行捜索を始めるのですが・・といった展開です。

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第2巻 諏訪に逃れた時行は、足利方の小笠原と戦闘を開始する

第2巻の構成は

第8話 犬追物1333
第9話 小笠原1333
第10話 逃げながら1333
第11話 坊っちゃん1333
第12話 潜入1333
第13話 地獄耳1333
第14話 コマンド1333
第15話 尊氏1333
第16話 心配1333

となっていて、北条の残党の摘発と北条時行の捜索を進める小笠原貞宗は逃げる犬に馬に乗って矢を当てる、今なら動物愛護団体から糾弾されそうな「犬追物」で仕掛けを始めます。

彼の得意な弓矢の技をみせつけ、自分と勝負して誰も勝てないようなら、諏訪領内での北条残党の探索と取り調べの権限を邪魔しないと誓ってもらうと迫ってきます。犬追物の賭けで諏訪方で恥をかかせ、さらに北条の残党を見つけ出して隠蔽を咎めて、諏訪一族の力を削いでいこうという作戦ですね。

ここで、この勝負の選手として諏訪頼重が推したのが、正体を隠したこのシリーズの主人公「逃げ上手の若君」北条時行です。

彼は「逃げながらの射撃」の技を、弓の名手で武芸に秀でた小笠原貞宗との勝負で編み出していきます。それは紀元前に中東の騎馬国家・パルティアが古代ローマ帝国を圧倒した「後ろ撃ち」の技で・・という展開です。

巻の後半では、諏訪頼重が小笠原貞宗に届いた。諏訪領の北半分をに与えるという「帝の綸旨」を盗み出して、諏訪方の勢力を削ごうという企みを妨害しようと画策します。
この種類の綸旨は当時、鎌倉幕府方の勢力を削ぐために後醍醐先帝・尊氏方が連発したものなのですが、単純に北条方への攻撃ではなく、各地の勢力争いに利用されたことが、建武の新政の失敗にもつながったとも言われてますね。

この盗み出しにあたって、悪名高い「風間玄蕃」という盗賊を雇って、小笠原屋敷に忍び込むのですが、そこには小笠原貞宗の側近・市河助房が警戒をしていて・・という展開です。

小笠原貞宗といい、市河助房といい、本シリーズでは奇怪な風貌をした変質者っぽく描かれているのですが、史実ではどちらも相当の手練の武将であることは間違いないので、誤解なきように。

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レビュアーの一言

本シリーズの主人公となる北条時行は1333年の鎌倉幕府滅亡から2年後、反乱を起こして足利尊氏の弟・直義の治める「鎌倉」を攻めて占拠しています。一時的とはいえ、鎌倉奪還を果たしたわけですね。さらに全国的にも北条氏が守護職をしていた国や北条氏の旧領で反乱が起きているのは、北条時行の影響力の大きさを示唆しているのかもしれません。
当時、北条時行は10歳以下の少年であったので、統率力はそんなき期待できるものではなかったと思うので、北条一族の勢力もそんなに衰えていなかったということなんでしょうか。

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