赤神諒「計策師 甲駿相三国同盟異聞」=戦国の三大勢力、今川・北条・武田を結びつけろ。

戦国時代の一大エポックとなった桶狭間の戦いから遡ること6年、この戦いの重要な登場人物である織田信長が家督を継だばかりで尾張の統一に悪戦苦闘している頃、その後の戦国絵巻に大きな影響を及ぼした軍事同盟が締結されています。

それが甲州の武田信玄、駿河の今川義元、相模の北条氏康という当時の一、二を争う強国同士の間で結ばれた「甲駿相三国同盟」です。この同盟によって互いに背後をつかれる怖れをなくした三国は、今川の三河支配と織田領への西進、武田の越後侵攻、北条の関東進出を行い、周辺諸国への圧迫を強めていきます。

しかし、今川、武田、北条は領土を接しているため戦さを繰り返し、それぞれの家中にさまざまな意見を抱え、三国同盟には反対も多い中、武田春信(信玄)の密命を受けて、締結の実現に向けて各国に調整に奔走した一人の「計策師」の姿を描いたのが本書『赤神諒「計策師 甲駿相三国同盟異聞」(朝日新聞出版)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 平瀬城
第二章 下命
第三章 女と金
第四章 黒衣の宰相
第五章 小田原の貴公子
第六章 筆頭計策師
第七章 放浪の画僧
第八章 又七郎が行く
第九章 一輪の梅花
第十章 善徳寺の会盟
第十一章 心を血に染めて
終章 千本浜

となっていて、冒頭では、信濃守護である小笠原家に仕える平瀬義兼が守る平瀬城に、武田晴信(信玄)配下の計策師。向山又七郎が、降伏を勧める使者として城内に入ってくるところから始まります。

「計策師」というのは作者の造語で、敵方との折衝や調略を担当する役回りと考えておけばよいようです。戦闘で決着をつける「武者」とは違って、役目柄、陰で暗躍する仕事ですね。

武田勢が囲んでいるこの城で物語の主人公・又七郎は、城主の娘の「薫」と仲良くなり、彼女と「友の契」を結びます。裏切りと詐略を常とする計策師として「甘ちゃん」なのですが、開城と城主の切腹と引替に、城兵と家族の助命を武田晴信から引き出し、「薫」の命を助けようとします。一旦は、その条件を呑む様子の晴信だったのですが、平瀬勢の武装解除の様子を見て一転。城に総攻撃をかけ、平瀬勢を鏖殺してしまいます。

又七郎の言葉を信じた平瀬勢がバカを見たわけで、このことが物語の終盤で又七郎の運命に大きく影響してきますので、このあたりの登場人物は覚えておきましょう。

この冒頭部分が暗示しているように、後に「最強軍団」と言われた武田軍もまだ成長途上で、武田を率いる武田晴信も父・信虎を10年前に追放して武田家をまとめていたとはいえ、有力な国人領主や武田一族も多く、独裁者というよりパワーバランスを保ちながら治めている状況なので、本書で主人公の又七郎が命じられる「甲駿相三国同盟」についても、家中の賛否が別れていて、表立っては当主の晴信に従うように見せて、陰では妨害活動を繰り広げる、といった具合です。

さらにこの面従腹背は、重臣たちだけでなく、師匠の高白斎が急先鋒で、彼は武田一門で、武田晴信の従兄にあたる勝沼信元の意をうけて、弟子の又七郎が計画する同盟締結の動きをことごとく邪魔をしてきて・・という展開です。

このほかにも、小山田とか穴山とかの武田家中の有力者を、女や金を使って、同盟賛成派にあの手この手で引き入れていく手練は悪どいながらも、おもわず引き込まれていきます。

そして、この賛成派、反対派入り乱れての策略の仕掛け合いとばかし合いは、今川、北条といった他国の説得工作の場面になると、それぞれの家の領土争いも絡んだものとなり、ますますレベルが上っていきます。とりわけ、今川の大軍師「太原雪斎」の繰り出す「計策」は、複雑怪奇で、底のしれない策略が又七郎を幻惑することとなります。

しかし、武田きっての計策師として成長を続ける又七郎は、彼らを上回る策略で、同盟の障害となる事柄を次々と突破していきます。そして、最大の」障壁であった、今川から北条へ一千貫、北条から今川への一万貫の賠償金を、穴山から出資させることに成功し、これで同盟成功かと思われたところで、その金を勝沼信元と高白斎のはなった忍びによって奪われてしまいます。

同盟交渉の席で、同盟条件不成立のため交渉延期を訴える、師匠の高白斎を前に、又七郎が打った手は、金を工面するのではなく、領民の悩みを解決する方法で・・という展開です。

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レビュアーの一言

「甲駿相三国同盟」の締結には三国それぞれの思惑とメリットがあったわけですが、その主力となった狂言回しが誰だったのかについてははっきりしたものはないようです。今巻では甲州・武田側から描かれているわけですが、今川義元と織田信長側からみた戦国を描いた宮下英樹さんの「桶狭間戦記」の3巻では、今川義元・太原雪斎が、室町幕府の名門である今川・武田・北条の三家で幕府政治を切り回すという「天下輪任」の計略を実現するため、三国同盟を仕組んだといった推理がされています。

三国同盟は今川義元の息子・氏真の「甲斐の塩止め」をきっかけに瓦解していくのですが、もし、桶狭間で今川義元が討たれずに上京していたら、織田信長や豊臣秀吉に滅ぼされた武田、北条に別の展開があったのかもしれません。

(桶狭間戦記3巻の概要についてはこちらの記事で)

2019/12/28/okehazama-senki-03/

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