上田秀人「日雇い浪人生活録」11・12=左馬之介は分銅屋の財産を狙う会津・水戸・盗賊を蹴散らす

金や贈物で幕府の役職を融通した「賄賂政治家」か、「貨幣経済」へ舵をきろうとした「改革政治家」なのかいまだに評価が分かれる田沼意次と手を組んで「米(コメ)」から「金(カネ)」への経済政策転換の片棒を担ぐ両替商・分銅屋に用心棒と雇われた「鉄扇」を使う親の代からの浪人者「諌山左馬介」の活躍を描く「日雇い浪人生活録」の第11弾と第12弾が『上田秀人「金の徒労」(角川時代小説文庫)』と『上田秀人「金の穽」(角川時代小説文庫)』です。

前巻までで在府の天下の副将軍家として格式を保つための出費や大日本史研鑽費用のため藩庫がカラに近くなっている水戸藩や、お手伝い普請の回避し、預り物の領地・南山領を正式の自領にするための工作費用の工面に困り果てている会津藩から申し込まれた無理な借財の要求をことごとく撥ねつけてきた分銅屋と用心棒の左馬之介。

高圧的な態度で借金を要請してくる江戸家老の鼻をへし折ったり、江戸留守居役の首を飛ばしたり、とかなり乱暴な撃退方法を使ったのですが、それにも懲りずやってくる水戸家と会津家によって、二人は田沼意次と老中たちに政争に本格的に巻き込まれていきます。

第11巻 水戸と会津の居丈高な借財要求を分銅屋と左馬之介は撃退する

第11巻「金の徒労」の構成は

第一章 影の女
第二章 一門の驕り
第三章 盗賊の策
第四章 用心棒奮闘
第五章 政争開始

となっていて、まずは両替商・分銅屋をそれぞれ自藩の御用達しにして、金をしぼりとろうと考えている水戸藩と会津藩の留守居役同士が鞘当てを始めます。

ただ、この勝負は会津藩の留守居役が経験が浅いのと、会津藩が幕府に願っている「南山領」の下げ渡しに関しては水戸藩の意見具申が重みをもつことから、会津藩は劣勢に立ち、分銅屋との再交渉は、まず水戸藩が仕掛けてきます。

分銅屋に再度乗り込んできた水戸藩の江戸留守居役・但馬久佐は、今度は脅して言うことをきかそうとするのですが、分銅屋は拒絶。さらに刀を抜いた家士も撃退されてしまいます。ほうほうの呈に水戸藩屋敷に帰還した、但馬は江戸家老の中山修理亮に不首尾を詫びるのですが、冷たく扱われます。それまで居丈高に分銅屋や左馬之介に接していた但馬の急降下劇は少しかわいそうになるぐらいです。

ここで折角、水戸藩の侍たちを撃退したのですが、分銅屋の財産を狙うものが絶えず、今度は市井のヤクザ者が分銅屋に押し込んで金を奪い取ろうと企み始めます。

その方法はまず、用心棒の左馬之介が長屋にいるところを「人斬り」と世慣れているサイコ・キラーに襲撃させ、殺すか深手を負わせます。左馬之介の動きを止めたところで、分銅屋の店に押し込みをかけて、集めた仲間が担ぎ出せるだけの金を奪う、という強盗手法なのですが・・・という筋立てです。

左馬之介が人斬りを盗賊たちを撃退するアクションシーンをお楽しみください。

最後半のところでは、お手伝い普請を免れようとして、必死の賄賂攻勢をかける会津藩と、それにもかかわらず、会津に普請を命じようと画策する幕閣たちが描かれます。この様子を見ると、会津藩は相当、幕府のお偉方からは睨まれているような感じを受けます。いままでの、家光の異母弟・保科正之の遺徳を借りての特別扱いが相当恨みをかっているようですね。

しかし、この幕閣の会津藩いじめが回りまわって分銅屋への強引な借財の再要求につながるとともに、幕閣と田沼意次との政争の発端となっていきます。

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第12巻 分銅屋を襲う浪人者は撃退。会津の再度の借金交渉も撃沈す。

第12巻「金の穽」の構成は

第一章 浪人の種類
第二章 盗みの理屈
第三章 宮仕えの苦
第四章 金貸しの裏
第五章 執政の姿

となっていて、分銅屋に砥師の親方が一両小判の両替にやってくるところにまず注目しておきましょう。

浪人者が赤錆だらけの刀を砥ぎに出すという珍しい事態がおきるのですが、これは仕官のためではなくて、強盗のためですね。酒問屋に強盗に入った浪人たちが、分銅屋に客を奪われていることにいら立つ寺社とつるむ商人から分銅屋襲撃を依頼されます。分銅屋のことを何も調べていない浪人者は、なんの配慮もなく分銅屋に押し込むのですが、まあ、左馬之介の敵ではないですね。

そして、分銅屋での借金攻勢は、今巻では「会津藩」が中心となります。田沼意次排斥を狙う堀田老中によって、お手伝い普請をうまくこなせば、南山領の拝領だけでなく、実りの良い土地への転封や幕閣への取り立ても夢ではないと唆された、会津藩の江戸家老。井深深右衛門は配下の用人である山下を何度も分銅屋に足を運ばせて借金を要請させたり、会津松平家の一門の武家を派遣したり、と要請攻勢をかけていきます。

しかし、借財の失敗を部下の山下の押し付けようとする態度に、山下はだんだんと愛想を尽かしていきますし、会津家一門の「松平内匠」は、「余の名前をだせば商人など畏れ入るだろう」といった態度で交渉にやってきますので、伴侍もろとも左馬之介にコテンコテンにされて、かえって分銅屋の弱みを握られてしまう醜態を演じることとなります。

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レビュアーの一言

この二巻で、御側御用取次の職にある田沼意次を、彼が権勢をこれ以上伸ばさないうちに失脚させておこうと企む老中首座の堀田正亮は、1761年、九代将軍・徳川家重の薨去と同年に死去しています。田沼意次はこの時、引き続き御側御用取次の職にあって、その後、十代将軍・徳川家治のもとで側用人、老中と出世していくので、堀田正亮の企みは見事に失敗してるということですね。ただ、この陰には、この時点では堀田たち幕閣に歩調を合わせているように見せて、実は田沼意次と仲の良かった松平武元の動きが隠れているのかもしれません。

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