あさのあつこ「薫風ただなか」=少年藩士は、友とともに藩主暗殺計画の真相を探る

天保の大飢饉が収束してから時代がもう少し下ったあたりの江戸時代中期、表高十万石ながら内高は十五万石を超え、交易に適した良港をかかえて豊かな「石久藩」を舞台に、藩の組頭を務める鳥羽家の跡取り「鳥羽信吾」が、薫風館という藩の下士や商人・農民が中心に学ぶ郷校・薫風館で一緒に学んでいる友人普請方の下士の跡取り「間宮弘太郎」や名主の息子「栄太」とともに、藩内を揺るがす謀略を暴いていく青春時代小説の「ただなか」シリーズの第一作が本書『あさのあつこ「薫風ただなか」(角川文庫)』です。

主人公「鳥羽慎吾」は剣の腕や勉学のほうは少し上のあたりで、以前は、藩の上士が通う「藩校」に通っていたのですが、そこで藩の重臣の息子たちのグループからイジメをうけて、「薫風館」に転校したという経緯です。ただ、彼の母親は、武家意識が強いため、これが気に入らず、さらに、信吾の父で夫の兵馬之介が、家をでて旧友の姉・巴と一緒に暮らしていることで、毎日苛立っていて・・というような家庭環境ですね。

信吾の父・兵馬之介は、もともと有能な藩役人で「執政」入りも間近と言われていたのですが、この「巴」とのスキャンダルで出世の道も閉ざされていて・・という状況です。

信吾が藩校でイジメにあったのも、このあたりが関係している気配がありますね。

ちなみに「石久」という地名は福井県にあるのですが、このあたりの江戸時代の藩制では、現在の坂井市あたりに丸岡藩、大野市あたりに大野藩があるのですが、いずれも4~5万石ぐらいの規模で、いずれも譜代の藩なので、この物語の舞台ではないように思えます。丸岡藩は、北前船の拠点港でもあった三国湊もかかえて絶好のシチュエーションなのですが残念ですね。

あらすじと注目ポイント

構成は

一 夏風
二 青嵐
三 疾風
四 風巻
五 風雪
六 風音
七 凪
八 勝負
九 凱風
十 烈風
十一 風の彼方に
十二 風に向かう

となっていて、冒頭部分は、勝手に薫風館に転校したことを母親の依子に咎められて苛立ったり、親友の間宮弘太郎に慰められたり、といった「武家青春もの」の雰囲気で進んでいくのですが、父親の兵馬之介から「薫風館で何が行われているか」教授たちの動きを探って知らせてほしいという命がくだるところから、にわかに「事件性」」が高まります。父によると石久藩主の暗殺を「薫風館」の教授陣が、現在藩を牛耳っている筆頭家老の庭田の命令で企んでいるらしい、ということなのです。

藩校から薫風館に転校して、その自由闊達な校風に救われた気持ちとなっている信吾は、父親の言葉が信じられず悩みこむのですが・・といった筋立てです。

しかし、信吾の友人である「栄太」が、信吾を藩校でイジメていた、重役の息子瀬島ccの取り巻きたちに闇討ちされ大怪我を負うのですが、見舞いにやってきた薫風館の教授方・佐久間は、栄太の怪我の状況より、彼の持っていた荷物のほうに関心があるようで、栄太がその時かかえていた書物などを強引に預かって帰ってしまいます。瀕死の重傷を負った栄太を信吾の自宅に運んだ時、栄太はうわごとのように「しょじょうをあずかった」と言っていたことを思い出した信吾は、薫風館の教授陣への疑惑が広がっていきます。

さらに、栄太を闇討ちにした瀬島の取り巻きたちが何者かに斬り殺されるという事件も起き、その取り巻きの首謀格の指が二本切り落とされていることを知った栄太は「拷問にあったのでは」と言い出すのですが、襲われた時の記憶が抜け落ちていて、預かった書状のことや襲われた時の様子は闇の中で・・という展開をしていきます。

栄太を襲撃した者を惨殺したのは誰なのか、また薫風館の教授陣が企んでいるという藩主暗殺計画は本当なのか、さらに、無役になっているはずの信吾の父・兵馬之介の目的は・・と様々な謎がクロスしていくのですが、ある日、瀬島に頼まれたと女郎屋の女将が信吾に届けてきた「手紙」を読んだ信吾には、今回のもつれた事件の謎が解けていき・・と物語が動いていくのですが、詳細は原書のほうでどうぞ。

物語の冒頭では、武家の階級意識に厳しい母親という印象の強い、信吾の母・依子や藩の重役の傲慢な息子という印象の強い瀬島孝之進の意外な実像など、登場人物の印象がガラッとかわるエピソードが後半部分に仕掛けられているので、お見逃しなきように。

レビュアーの一言

信吾の薫風館の友人で「島崖」という荒撫地の名主の息子・栄太は学問をして江戸へでて「町見屋」になることを目指しています。「町見」というのをネットで調べてみると「ちょうけん」「ちょうげん」と読んで、遠近・高低の「町」「間」」「尺」を測る、いわゆる測量術のようですね。ただ、今回、栄吉は水の少ない「島崖」に水をひきたいと言っているので、測量だけでなく土木工学、農業水利といったことまで含んだもの、と考えたほうがよいようです。

名主とはいえけして豊かではない実家の支援をうけながら、荒れた故郷を豊かな農地にかえる勉学に励む姿は、日本の技術者の「原点」を見るような気がします。

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