現代からタイムスリップをしたフレンチのシェフが、織田信長の専属料理人となった上に、彼の命を受けて信長の前に立ちはだかる様々な難題を「料理」によって解決していく『梶川卓郎「信長のシェフ」(芳文社コミックス)』シリーズの第31巻。
前巻で宣教師のヴァリニャーノに提案された「明国征服」策の扱いで、信長との意見の相違が際立ってくる光秀だったのですが、信長の天下統一は、本願寺勢力との和睦成立により、武田勢との最終決戦が迫りつつあります。今巻では、武田攻めの主将となった信忠からの密命をうけて、武田領へとケンが潜入していきます。
あらすじと注目ポイント
構成は
第254話 信忠の願い
第255話 攻め込まれる地で
第256話 それぞれの正月
第257話 いざ新府城へ
第258話 武田討伐戦!
第259話 天運
第260話 満たされる料理
第26話 別れの日
となっていて、武田攻撃の主将とされた織田信忠はケンに武田信玄の娘でかつての婚約者の「松姫」への使いを頼みます。武田家を自分の手で攻め滅ぼす役目を帯びた信忠の最後の「便り」ですね。
1567年、信忠11歳、松姫7歳の時に婚約し、1572年に信玄の上洛戦によって自然消滅した縁組ですが、ここに至るまで松姫は嫁にいかず、信忠は正妻を娶っていないようなので、双方に思いを残していた、という可能性は大ですね。
この頃、武田領では、信玄の父・信虎以来の本拠地である躑躅ケ崎館から現在の韮崎市に新府城を築き、甲府からの本拠地の本格移転を始めています。新府城の城下か川に沿っている地勢にあり、より商業に重心をおいた領国経営への転換を目指す目的があるようですが、建設のための重税と、配下の武将への賦役の増加でかなりの不満が溜まっています。信玄の三女・真里姫(このシリーズでは「万里姫」となっていますね)を正室とし、武田宗家と縁戚関係にあった木曽義昌が武田勢で一番最初に謀反を企てたのもこれが大きかったように伝わっています。
このあたりの経緯は、伊藤潤さんの「戦国鬼譚 惨」の「木曽谷の証人」が木曽勢側から描かれているので、両方読むと、それぞれの立場がわかるかと思います。
一方、織田信忠の命を受けて、松姫に会い、信忠の決別の言葉を伝えるため、武田領に潜入したケンは、彼女がいる高遠城下の屋敷へたどり着くのですが、新年の祝のため、一足先に松姫は新府城へ出発しており、この後、戦線の拡大によって、一歩遅れで彼女の後をおっていくことなるのですが、その途中で、信玄の次男で、盲目のため出家している「竜宝」へ料理を振る舞っています。ここらが今巻でのケンの料理人らしい唯一の場面かと思います。
そして、織田の調略の手は、木曽義昌だけではなく、武田の連枝である穴山梅雪にも及んでいて、武田勝頼は、裏切り者たちに囲まれているような状態になっています。ここらが、土地から兵士を切り離し、領主直属の軍隊として組み替えることのできた織田軍と、土地に根付いた国人侍を統括する有力者の一人という立場を脱することのできなかった武田勝頼軍との違いで、これは二人の才能の差というよりも、守護代あがりの織田家と、鎌倉以来の守護である武田家との歴史の違いと言うべきでしょう。さらに、ここに浅間山の大噴火という天災が追い打ちをかけることとなります。
武田勝頼たち武田宗家の滅亡劇は、いままで付き従ってきた部下や縁戚たちが、次々の裏切っていき、今まで支援してきた隣国の友邦も救援の軍を出さず、という「なんだかなー」という話が多いのですが、勝頼に最後まで味方して戦いを続けた、彼の異母弟の仁科盛信や従兄弟の武田信豊たちの一途さが目立ちますね。
レビュアーの一言
本巻の主要人物の一人である「松姫」は戦乱を避けながら、武田家当主・武田勝頼の娘・貞姫、兄の仁科盛信の娘・督姫、後に勝頼を裏切った小山田信茂の養女・香具姫を連れて、海島寺から八王子へと逃れています。実は、武田家滅亡後、八王子に避難していた松姫のもとへ、織田信忠から迎えがきて、松姫が信忠のもとへ向かうのですが、途中で本能寺の変がおき、信忠が討死するという不幸な結末がさらに待ち構えているのが悲しいですね。
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