あさのあつこ「風を結(ゆ)う」=おちえは、人情医師の毒死の謎を解き明かす

江戸で三代続いている縫箔屋丸仙の一人娘でありながら、どういうわけか、名人と呼ばれる当代の主人・仙助の針の腕が遺伝せず、護身術がわりに修行した「剣術」のほうの腕前ばかりがあがっているお転婆な江戸娘・おちえが、二千石の旗本の次男坊から丸仙に弟子入りした吉澤一居あらため、縫箔職人の「一」、おちえの通っていた榊道場の同輩「伊上源之丞」、深川きっての腕利きの岡っ引き「仙五朗」とともに深川近辺でおきる事件の謎を解いていく青春江戸ミステリー「針と剣 縫箔屋事件帖」シリーズの第二作が『あさのあつこ「風を結(ゆ)う」(実業之日本社)』です。

前巻では、数年おきに起こる連続女性殺人事件の犯人の捜査で下手人をあげたのはよかったのですが、通っていた道場の師範代の自害と道場の閉鎖を招いてしまい、「丸仙」での裁縫修行をいやいやしている「おちえ」が、急病人がでると夜でも駆け付けてくれる人情医の殺害事件の謎に挑みます。

あらすじと注目ポイント

構成は

一 桜花模様
二 雪竹模様
三 花上乱舞黒蝶模様
四 菊花風乱模様
五 柳下飛燕模様
六 青葉風枝模様
七 紅梅白梅模様
八 梅枝風香模様

となっていて、今巻も江戸小紋など着物に刺繍などで施される模様が目次になっています。

物語のほうは、道場が閉鎖されたため、実家の丸仙で裁縫修行している「おちえ」が、新しく弟子入りした旗本あがりの職人「一(いち)」を意識しすぎたのか、庭先で気を失ってしまうところから始まります。その後の様子では大きな異常もでていないので、単なる「立ち眩み」かと思われるのですが、この治療に呼ばれたのが、丸仙に昔から出入りしている町医者の崇徳で、本書によれば貧乏人からは薬代もとらない人情深いお医者さんですね。

この「崇徳」が、新たに弟子入りしていた吉澤一居こと「一」の顔を見て、ひどく動揺します。なんでも、以前、毒殺された大店の若旦那にそっくりだったため驚いた、と言い訳をするのですが、嘘であることは見え見えで、という筋立てです。

この崇徳医師は、動揺を隠せないまま帰っていくのですが、翌朝になって自宅内で毒を飲んだのか、大量の血を吐いて死んでいるのが見つかります。前日に、崇徳が丸仙を訪れてていたことがわかったので、深川を縄張りにする岡っ引きの「仙五朗」が聞き込みにくるのですが、それによると、丸仙から帰ってから酷く沈んでいて、血の気のない顔色をしていて、いつもは温厚な彼が使用人や弟子を大声で怒鳴りつけるというありさまだったようです。

丸仙を出てから自分の自宅兼診療所に帰ってくるまで、相当の時間があいていたのでどこかに寄り道したのは間違いなく、その寄り道先に何かのヒントがありそうで・・という展開です。

で、ここで話のほうは少し脇にそれて、今までおちえが通っていた「道場」の話へ移ります。前巻の事件で門弟から連続殺人犯を出し、師範代も巻き添えになって切腹し、という失態がおきたため、道場は閉鎖されているのですが、同門の伊上源之丞とおちえが道場再開にむけて動き出すこととなります。一見、医者殺しとは関係ないように見えるのですが、これが後半部分になって、崇徳医師が命を落とす原因となった立ち寄り先の判明につながっていくので、注意しておきましょう。

そして、事件捜査のほうでは、下働きをしていた女性の証言から、崇徳医師の弟子をしていた堂島と出入りの薬種問屋の番頭がつるんで、薬代を水増しして差額を着服していたことが判明します。さては、この堂島が、崇徳医師を殺ったのか、と疑いがかかったところで、堂島医師も刺殺されてしまい。と展開していきます。ここらには、真犯人探しを攪乱する作者の仕掛けが混じっているので、警戒しておきましょうね。

すこしばかりネタバレしておくと、貧乏人の味方と言われていた崇徳医師だったのですが、実は若い頃には人に言えないことも仕出かしていて、という若気の至りに復讐される仕掛けとなっています。

Bitly

レビュアーの一言

今巻の被害者となる崇徳医師は、故郷から逐電後、江戸にでてきたところで医術を学んでいるようですが、どこかに弟子入りしたような感じではなく、全くの独学っぽいですね。このあたり、医師免許や医師の登録制もなく、自己申告で「医師」が名乗れた江戸時代らしい設定です。

一説によると、江戸時代後期の1820年ごろには、江戸だけで医師となのる人が2500名ぐらい。人口400人から500人ぐらいに1人の割合でいたそうです。もっとも現在の日本では、医師数は人口1000人あたり2.4人という割合だそうですから、大都会であった江戸でそのレベルということは、当時、医師がたくさんいた、というわけではなさそうです。

(参考:江戸時代CAMPUS「江戸時代のお医者さんは誰でもなれて資格試験もなし」

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