あさのあつこ「星に祈る おいち不思議がたり」=連続行方不明事件の謎解きの鍵は、「おいち」の医師修行

江戸深川六間堀町の貧乏長屋「菖蒲長屋」で、町医者を営んでいる父・松庵の手伝いをしていて、思いを遺して死んでしまった人の姿を見たり、声を聞いたりといた特殊な才能をもった「おいち」が、診察の手伝いの合間に、死者の因縁の絡んだ事件の謎を解き明かしていく、ガールズ・時代ミステリーの第5弾が本書『あさのあつこ「星に祈る おいち不思議がたり」(PHP)』です。

前巻では、お家騒動に巻き込まれて江戸へ逃れてきたさる大名家の側室の子供をめぐっての騒動にまきこまれ、その過程で赤ん坊の出産など女医としての経験を積んだ「おいち」だったのですが、今巻では、医学の道へと大きく歩を進めるところで、おもわぬ事件に遭遇します。

あらすじと注目ポイント

構成は


朝の光
父の心
遠国からの風
夢の色合い
光の人
人と化け物
新たな扉
霧の向こう側
空を仰いで

となっていて、まずいつものように、おいちの不思議な予感とともに、事件の鍵となる人物が診療所に診察にやってきます。それは、深川で一、二を争う油問屋「新海屋」の荷車にはねられて膝に怪我をした「おキネ」という老女なのですが、治療を受けて家に帰った後、行方がわからなくなってしまいます。

認知症があるとはいっても、徘徊する傾向まではなく、また、長屋住まいの貧乏所帯のため、身代金目当てとも思えず、行方がわからなくなった理由がさっぱりわからないままなのですが、おいちがおキネが暗い所に閉じ込められて助けを読んでいるという、いつものような生霊の幻を見た数日後、隅田川で水死しているのが発見されて、という筋立てです。

この「おキネ」の行方不明事件を調べていた仙五朗親分によると、深川近辺を縄張りにしている御薦さん(乞食)のうち三人ばかりが行方がわからなくなっていて、おキネの失踪と何か関係があるのでは、と疑われるところなのですが、当然、この三人も財産らしきものは持っておらず、年齢も性別もバラバラで、関連性が見つからず、捜査のほうは難航しています。ここでヒントになるのが、巻の後半のほうで、おいちの言う「人の見本」という言葉ですね。

一方、事件とは別に、おいちの近辺でも様々な出来事が持ち上がり始めます。その一つが、新吉がとうとう「おいち」に告白したというもので、「おいち」のほうも実直で腕のいい飾り職人で、おいちのために尽くしてくれる彼と所帯をもつことを決意するのですが、医者になる道と両立させようと考えています。

そして、彼女の医者への道なのですが、これはおいちの実兄・田澄十斗が長崎遊学から帰還し、松庵の診療所の手伝いを始めたことから、大きく動き始めます。彼が長崎で師事していた医師が急死し、医術の心得のあるその奥方・石渡明乃が江戸で、女性専門の医学塾を開こうとしているということがわかり、長崎遊学の縁で、兄・十斗の紹介で「おいち」はその医学塾への入門を許されることとなり・・と物語が動いていきます。

しかし、その塾に入門し、塾生として長崎から来ている二人の女性に出会った時、手足が赤くただれ、崩れかけた腕で助けを求めてくる幻を見て・・という展開です。この明乃が医学塾を開く支援をしているのが、配下の荷車がおキネをはねた「新海屋」の若主人というのも何か因縁がありそうです。

そして、十斗の長崎遊学時代の友人から、二人が長崎滞在中に同じように、何人かが行方知れずになり、その後しばらくして、薬を呑まされたかのように手足を赤く爛れさせて死んでいるのが発見された事件がおきていたことを聞かされます。今回のおキネと御薦三人の殺害事件の真相が「新海屋」に隠されているのでは、と推理する「おいち」なのですが、そんな折、おキネの娘・お美代が行方知れずになるという事件がおきるのですが・・という展開ですね。
少しばかりネタバレすると、新海屋が:絡んでいそうなところで、抜け荷といった密貿易がらみかと思わせるのですが、意外にも、純粋な学問がらみでありました。

Bitly

レビュアーの一言

今回、本格的に医学の道を志す「おいち」なのですが、今巻でも「野中婉」「度会園女」「森崎保佑」といった先輩格の女医さんの名前がでてきます。「野中婉」は土佐藩出身の女医で野中兼山の娘。糸脈をとる診断法で知られる内科医。「度会園女」は松尾芭蕉門下の俳人としても有名な人で、眼科医。「森崎保佑」は千葉出身で、流・早産防止の治療法を研究した産科医で、「おいち」が目指しているような「外科医」とはちょっと診療科目が違うようですね。
史実では、女性医師で正式に医師免許を得たのは、明治18年に荻野吟子氏が数々の苦難をはねのけて医師開業試験後期試験に合格するのを待たないといけないので、これからも「おいち」の前には多くの苦難が待ち構えるであろうことが予測されるのですが、奮闘を期待しましょう。

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