畠中恵「まったなし」=悪友の遊び人町名主・清十郎がとうとう結婚を決意

江戸・神田の8つの町を支配町としている町名主の高橋家の惣領息子で、16歳を境に生真面目で勤勉な、両親や周囲の期待も集めた若者から、突然、「お気楽」な若者に転じてしまった麻之助を主人公に、彼の友人で同じく町名主の息子で遊び人の清十郎、武家の生まれで八丁堀の同心の家に養子に入っている相馬吉五郎といったサブキャストとともに、支配町でもちあがる様々な揉め事を調整し、解決していく、江戸風コージー・ミステリーの「まんまこと」シリーズの第5弾が本書『畠中恵「まったなし」(文春文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「まったなし」
「子犬と嫁と小火」
「運命の出会い」
「親には向かぬ」
「縁、三つ」
「昔から来た文」

となっていて、第一話の「まったなし」は、麻之助の実家と同じ稼業の町名主をしている西松家では、十六になる息子・哲五郎が家督を継いだのですが、今年に限って祭りの寄進がすくなく、このままでは西松家の支配町では祭りの費用が負担できないため、麻之助の父・宗右衛門と悪友・清十郎に相談がきたものです。西松家の手代の辰平は先代の時から使えるベテランですし、代替わりのときは新しい町名主を気遣って町内の人々はなにくれと協力してくれるものなのですが、という筋立てです。
「お気楽もの」と呼ばれている麻之助が、意外に町内の人に気遣った町名主見習いであることを教えてくれる一編です。

第二話の「子犬と嫁と小火」は、麻之助が支配町の長屋に住む幼い女の子と男の子に、いなくなった飼い犬の行方探しを頼まれる話なのですが、捜索の対象となる子犬は、それだけでなく兄弟犬を含めた三匹の捜索をする羽目になります。
そして、姉弟から頼まれた子犬以外の子犬は見つかるのですが、いずれも飼い家から離れたところで見つかり、しかも、近くで小火騒ぎが起きたところで・・という展開です。
少しネタバレすると、子犬を利用した「付け火」なのですが、犯人の正体はかなり苦い結末です。

第三話の「運命の出会い」では、「麻疹」によく似た病気にかかった麻之助と清十郎が、疫神にあの世に引き込まれそうになる話です。さまざまな姿に化けて、麻之助をあの世へと向かう渡し船に乗せようとする疫神なのですが、麻之助の昔の想い人・お由有の姿で誘われるところで、お由有の産んだ幸太の父親の正体の片鱗がわかります。

第四話の「親には向かぬ」は、あっという間に借りた金が三倍になるという高利貸「丸三」が、麻之助の頼みで、病気療養中の質屋の幼子を、店を乗っ取ろうとする、質屋の主人の兄から守る話です。その幼児を預かるのは、丸三の妾の「お虎」なのですが、彼女が兄と彼の配下のごろつきたちに誘拐されることで逆襲が始まります。
ここでは、後に清十郎の妻となる「お安」という娘が、名推理を披瀝しますので覚えておきましょうね。

第五話の「縁、三つ」は、町内の縁談をめぐる揉め事を正吾という、自身番の「書役」をしている男が、権限を逸脱して「裁定」を下してしまったことから騒ぎが大きくなります。揉め事というのは、大工の棟梁の娘・お真知が、棟梁の弟子の大工・長治郎と結婚することになるのですが、白無垢の婚礼衣装を、長治郎が以前交際していた「おしん」という娘に仕立てを頼むのですが、その衣装が染み付きで納入されたというものです。お真知はおしんがわざと染みをつけたのだと主張し、書役の正吾が無断でお真知よりの裁定を下したことで、それぞれに家族を巻き込んだ大騒動になっていきます。
この話の最後で、清十郎がようやくある女性を娶ることを決断します。

第六話では、前話で結婚を決意した清十郎だったのですが、とんとん拍子に進むかと思われた縁談が急に動かなくなります。というのも、相手方の女性のところに、清十郎が以前つきあった娘たちに比べて、清十郎の相手となる「お安」が地味すぎて相応しくないとs中傷する文が届き始めたことが原因です。ただ、清十郎の縁談が止まるということは、お由有の再婚や、清十郎の妹・おなみの縁談話にも影響してきます。
おそらく清十郎が昔交際していた女性が出した文に違いないと、差出人の割り出しと目的を探るため、麻之助と丸三の妾・お虎が乗り出すのですが・・という展開です。

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レビュアーの一言

第四話の「親には向かぬ」で高利貸し・丸三が世話をする幼子の父親の商売が「質屋」です。「質屋」という商売は、室町時代は造り酒屋が兼業した「土倉(どそう)」という呼び名が一般的で、貸金業が中心だったのですが、江戸時代の寛永の頃、現在の物を預けてお金を借り、返済期限が切れた品物は質流れ品となって売られるというシステムが確立し、八代将軍吉宗の頃、倹約が奨励されたこととあわせて全盛期を迎えます。当時は江戸町民280人に一軒の割合で質屋があったそうで、この頃に、夏には布団を質入れして蚊帳を受け出し、冬には蚊帳を質入れして布団を受け出すという落語でおなじみの江戸っ子のライフスタイルが確立したのだと思います。

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