畠中恵「ひとめぼれ」=同心見習い・吉五郎の養子縁組に大きな変化がやってくる

江戸・神田の8つの町を支配町としている町名主の高橋家の惣領息子で、16歳を境に生真面目で勤勉な、両親や周囲の期待も集めた若者から、突然、「お気楽」な若者に転じてしまった麻之助を主人公に、彼の友人で同じく町名主の息子で遊び人の清十郎、武家の生まれで八丁堀の同心の家に養子に入っている相馬吉五郎といったサブキャストとともに、支配町でもちあがる様々な揉め事を調整し、解決していく、江戸風コージー・ミステリーの「まんまこと」シリーズの第6弾が本書『畠中恵「ひとめぼれ」(文春文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「わかれみち」
「昔の約束あり」
「言祝ぎ」
「黒煙」
「心の底」
「ひとめぼれ」

となっていて、第一話の「わかれみち」では、このシリーズで麻之助が最も苦手とする大物たち、札差の大倉屋、両国橋の盛り場を支配する大親分・大貞、借りた金があっという間に3倍にふくれあがる高利貸の丸三、吉五郎の義父で、怖い同心として有名な相馬小十郎の前に、麻之助、清十郎、吉五郎が呼び出されるところから始まります。三人が呼び出されたのは大倉屋の娘だったお由有を手籠めにして妊娠させた犯人で、上方に逃げていた横平屋の息子・達三郎が再び江戸へ舞い戻ろうとするのを阻止するため、実家の横平屋の料理屋商売ひっくるめてダメージを与える作戦を展開するのですが、逆恨みした横平屋によって、思わぬところへ波及していきます。

第二話の「昔の約束あり」では、東国屋という大店の仏具屋の先代と同心・相馬小十郎の父が千里眼といわれる占い師から、二人の子供を結婚させれば、世の中が鎮まるという予言をされたことに始まる話です。二人とも子供は男しかできなかったので、その予言を実現することは無理だったのですが、東国屋に孫娘ができたことから、その話が再燃し、孫娘のお蝶から相馬家に相談が持ち込まれた、というわけです。

この話に胡散臭いものを感じた、清十郎の妻・お安、相馬小十郎の娘・一葉、丸三の妾・お虎たち三人がこの話を調べ始めたところ、三人は、「多村」という武家の屋敷に監禁されてしまいます。多村は東国屋のお蝶を後妻にもらう話が進んでいたのですが、今回の先祖の約束話がでて破談になったという人物で、お蝶はこの婚姻話を断るために、先祖の約束の話を復活させたようですね。

しかし、彼女が婚姻を嫌がったのが、多村の屋敷の納戸に先妻三人の嫁入道具が残っていたことから、事件が別の方向へと発展していきます。

第三話の「言祝ぎ」では、吉五郎の縁戚で、麻之助の亡妻・お寿ずによく似た「おこ乃」に縁談が3つも同時にもちかけられてきます。その相手方というのが、大名家の主君の側近や江戸留守居役、直参旗本の跡取りといった立派そうなお武家ばかりで優劣がつけがたいため、一番責任のない麻之助に縁談の相手三人の身元や評判を調査するという役目がおしつけられたというものですね。

そして、麻之助が絡む案件の常として、隠されている「痛い」真実がぼろぼろと暴かれることとなり・・という展開です。

第四話の「黒煙」では、江戸の華ともいわれた「火事」が原因の二つの揉め事の解決です。一つ目は火事の最中に麻之助は家の陰に座り込んでいる双子の男の子と、赤い首輪をつけた黒猫を救出するのですが、その双子の男の子の父親からの相談です。その双子の親は大店の主人なのですが、火事の中、その双子に奉公人の誰も気付かず放置されていたということで、店の者に不審の念を抱き始め、誰も気づかなかったわけを調べてほしいというものです。

もう一つは、これも近くにある仲の良い商家・紅屋と丸太屋の諍いです。火事の起きた頃、紅屋の娘・おかやが小間物屋の丸太屋で嫁入り道具の下見をしていたのですが、火事の後、高価な櫛が一つなくなっているのが判明します。丸太屋では紅屋のおかやの仕業では、と疑いを抱いたことが諍いの始まりですね。

この二つの案件の裁定をもちこまれた麻之助が困った末に考案したのは、幼い3際の双子の兄弟と火事の時に見つけた黒猫に聞いてみる、という人を馬鹿にしたような方法で・・という展開です。

第五話の「心の底」は、商いのために時々西国へ旅に出ている葉茶屋・鳴海屋の次男・丈之助が旅の途中で行方知れずになっているので探し出してほしいという依頼が、相馬小十郎を経て、麻之助にもちこまれます。この調査に小十郎の縁戚で、孫娘が丈之助の縁談相手である大きな料理屋である花梅屋の女将・お浜と孫娘のお雪も無理やり同行することになり・・という筋立てです。

ところが、行方不明のはずの丈之助を江戸市中でみかけたという者がでてきたことで、単なる失踪事件とは思えない状況になってきて、という展開ですね。

この話で、これから麻之助の人生に大きな影響をもってくる「お雪」が登場します。

第六話の「ひとめぼれ」では、商家から沽券、つまり土地の権利証が盗まれたり、行方知れずになる事件の捜査を相馬小十郎、吉五郎たちが担当するのですが、この過程で、相馬家の養子となった吉五郎と小十郎の一人娘・一葉との関係に大きな波紋が巻き起こります。

この原因は、一葉もお年頃になり、堅物で面白みのない「吉五郎」ではなく、他のイケメンに目移りしたことなのですが、彼女の恋もちょっと悲しい結末を迎えてしまいます。

レビュアーの一言

このシリーズでちょくちょくでてくる「御家人株」の売買ですが、当時、御家人をはじめとする武士のが生活窮乏から逃れるためであるのと、富裕な商人や農家にとっては「幕臣」という身分を手に入れる手段として、本来は違法なのですが広く行われていたようですね。

一説には、「与力千両、同心二百両、御徒五百両」という言葉もあって、一両を今の値段で換算すると、米相場で比較すると4万円、大工に手間賃でみると40万~50万円、蕎麦の値段でみると12万~13万円ぐらいなので、相当高額な取引であったことがわかります。

当時の一般若手サラリーマンに相当する若手の家族持ちの大工さんの年収が二十六両ぐらいだったので、「同心」株でもほぼ年収の八年分に相当したわけですね。

(参考サイト「江戸の家計簿」)

コメント

タイトルとURLをコピーしました