祖母の血筋のおかげで「妖」の姿を見ることができる病弱な廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎と、彼を守るために祖母が送り込んだ妖「犬神」「白沢」が人の姿となった「仁吉」「佐助」、そして一太郎のまわりに屯する「鳴家」、「屏風のぞき」や貧乏神といった妖怪や神様たちが、江戸市中で、一太郎が出会う謎や事件を解決していくファンタジー時代劇「しゃばけ」シリーズの第19弾が本書『畠中恵「いちねんかん」(新潮社単行本)』です。
前巻では、千里眼を持つ「てんげんつう」の男から奇妙な呪いをかけられたり、深川の桜土手で袋一杯の毛虫を頭から浴びせられたり、と不運続きの若だんな・一太郎の妖たちだったのですが、今巻では、祖母「おぎん」のもとへ湯治にでかけた両親の留守を守って、一年間の間、長崎屋の商売に奮闘する若だんなが描かれます。
あらすじと注目ポイント
収録は
「いちねんかん」
「ほうこうにん」
「おにきたる」
「ともをえる」
となっていて、冒頭の第一話「いちねんかん」では、突然に、一太郎の両親が、九州の別府に湯治に出かけてしまいます。もとは一太郎の祖母・おぎんが、一太郎の母でおぎんの娘の「おたえ」に会うために、長崎屋の主人・藤兵衛の養生も兼ねて誘いをかけてきたもので、1年間滞在することとなってしまいます。
そして、この主人不在となる期間を利用して、一太郎の長崎屋の店主修行となっていきます。
ただ、店主見習いとして張り切りすぎる一太郎と、長崎屋を辞めた後の分家の資金が気にかかる番頭の忠七によって、一太郎が温めていた新しい商売ネタがどんどん膨れ上がっていった上に、長崎屋に損をさせてしまうところまで進んでいってしまいます。
第二話の「ほうこうにん」では、今までの離れから出て、店のほうで働くことの多くなった若だんなの健康を気遣って、仁吉や佐助といった「兄や」たちが、貧乏神の「金次」と屏風のぞきのを若だんなづきの奉公人として抜擢することにします。有体にいうと、若だんなの身の回りと服薬のお世話ですね。
金次は大阪で貧乏神をやっていた時に、米相場を扱う堂島市場にも出入りしていたので、長崎屋の廻船問屋部門のほうへ出入りすることになるのですが、ここで、京都の取引先の江戸店の奉公人を騙って、高価な「紅花」を騙し取ろうとする男・熊助と対峙することとなります。
初手は、この男から大店の番頭にしては「金の匂い」がしないことから、偽物だと見抜いて紅花の詐取を食い止めるのですが、熊助は船着き場の船頭を騙して、まんまと紅花を手に入れてしまいます。若だんなは、貧乏神の金次が、無一文の熊助に出し抜かれるであろうことを見抜いていたようですが、その訳は?。そして金次の熊助の紅花詐取を、一発逆転で阻止する方策とは?といったところが注目ポイントですね。
第三話の「おにきたる」では、江戸市中で流行している疫病を流行らせた中心となったのは誰かをめぐって、五体の疫鬼と疫病神とが、若だんなの命を巡って争いを始めます。若だんなを病で死なせてしまったほうが、江戸での疫病を司るという賭けをするわけですね。
賭けの対象とされるほうとしてはたまったものではないのですが、そこは数多くの「妖」や古からの「神々」と知り合いの多い一太郎は、大黒天のところに遊びにきていた、日本中の「不幸」を司る「大禍津日神」様をけしかけて・・という展開です。
第四話では、前話で、疫鬼や疫病神を撃退した長崎屋の「薬」が有名になって、大阪でも
指折りの薬種問屋である「椿紀屋」が縁を結びたいと申し込んできます。一種の業務提携ですね。この話を進めるため、「椿紀屋」の分家で、江戸では両替商を営む「江戸椿紀屋」の別宅へ出向いた一太郎は、そこで江戸椿紀屋の元締・吉右衛門から、上方の「椿紀屋」本店の後継ぎは誰がふさわしいか、三人の候補者を見て意見を言ってくれ、と頼まれます。これが、上方椿紀屋と長崎屋の業務提携の条件らしく、一太郎は初対面の後継者候補の判定を迫られるのですが・・といった展開です。
一太郎が推薦する意外な後継ぎ候補に注目です。
レビュアーの一言
第三話の「おにきたる」では、疫病を司るものとして「疫鬼」と「疫病神」が登場します。
「疫鬼」はもともとは中国の概念で、山野に棲む精霊や死後に現世と冥界の間を彷徨っている野鬼がなるとも、古代中国の聖君子・五帝の一人「顓頊」の子供がなった、とも古代中国の人面蛇身の神「共工」の子供が変じたものとも言われています。中国で4世紀に著された怪奇小説集「捜神記」では「裸で逆立つ髪の毛、赤みがかった肌、赤い褌、三本指をしていて、右手には赤い袋を持っている」姿だとされています。
この疫鬼を撃退するのは鬼の嫌いな「豆」が有効で、特に「小豆粥」が効果が高いとされていたようですね。
一方、「疫病神」は、もともと病気は目に見えない悪霊や怨霊がもたらすという民間信仰に、平安時代に貴族層に伝わった中国の「疫鬼」思想が融合して出来上がったもののようです。この疫病神が人間の姿となった場合は老人や老婆の姿となって、単体または複数人で彷徨い、人家に入って疫病をもたらすとされていました。この疫病神を家の中に入らせないようにするには、網目の多いザルをぶら下げておくとよいという民間伝承があるようです。
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