「幸」は呉服商売に復帰し、さらなる顧客拡大に乗り出す=「あきない世傳 金と銀 12 出帆篇」

大阪近郊の村の小さな寺子屋師匠の娘・幸が、父と兄の死で実家が零泊したため、大坂・天満の呉服屋・五鈴屋の女衆として奉公に上がったの振り出しに、幾多の困難の乗り越えながら、上方から江戸へ進出し、女性実業家として成り上がっていくサクセスストーリー「あきない世傅」シリーズの第12弾が『高田郁「あきない世傅 金と銀 12 出帆篇」(時代小説文庫)』です。

この物語の主人公・幸の実妹・結が呉服の型紙を持ち出しで商売敵の「日本橋音羽屋」の女主人となったことがきっかけで絹織物を扱う呉服商いから追放され、木綿や麻の織物を扱う太物商いへと商売替えした「幸」の率いる「五鈴屋だったのですが、太物商いでも人気商品を生み出し、いよいよ呉服商への復帰を果たしてくのが本巻です。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 託す者、託される者
第二章 家内安全
第三章 穀雨
第四章 知恵比べ
第五章 掌の中の信
第六章 帆を上げよ
第七章 今津からの伝言
第八章 有為
第九章 不注年暦
第十章 のちの桜花
第十一章 遙かなる波路

となっていて、本巻の冒頭では、五鈴屋が属する「浅草太物仲間」が、馬喰町の「呉服仲間」から抜けた「丸屋」の参加を得て、いよいよ太物から呉服まで商売の範囲を広げようと意思を固めます。ただ、当時は、商人が勝手に商う業態を変えられる制度にはなっておらず、江戸の場合は幕府による「認可」が必要となります。当然、認可をもらうためには「冥加金」と呼ばれる幕府への上納金と呉服の商いを軌道に乗せるための新商品や新機軸が必要となるわけで、ここらに「幸」たちの智慧が搾られていくこととなります。

ただ、この新分野への進出も、それにかかりきりになっているわけにはいきません。五鈴屋に敵愾心を燃やす日本橋音羽屋の女主人・結が、幸たちがドル箱にしている相撲勧進の「浴衣」の時期にぶちあてて、歌舞伎の大舞台を開催し、そこへ豪華な衣装を提供して、江戸っ子たちの人気を独占しようと企んできます。やたらと仕掛けてくる実妹の邪魔をはねのけながらの、新分野進出の策を練らないといけないので、その苦労も通常以上のものがありますね。

ただ、追い詰められるとアイデアが湧きだしてくるのが、本シリーズの主人公「幸」のスゴイところで、デザイン担当の腎輔がかつて考案しながらも「呉服商い」からの撤退でお蔵入りしていたあるデザインを復活させていくのですが、単に「五鈴屋」の新製品として仕上げていくのではなくて、「浅草太物仲間」の共通の人気商品と仕上げていくのがエライところです。その共通の商品とする手段が、現代ではおなじみのある手法で・・というところで、詳細は原書のほうで。

そして、残る課題の「幕府の認可」のほうなのですが、江戸大火以降、財政状況のひっ迫度がさらに増してきた幕府は、1600両という多額の冥加金を出すことを条件に呉服太物組合となることを認めようと言ってきます。米価で換算すると一両は今のお金にして4万円ぐらい、といわれていますからおよそ7千万円ぐらいの寄付金を要求してきたことになりますね。

さすがのこれほどの多額の寄付金となると、呉服へ業種拡大して儲かるかどうか不安も大きい中、太物仲間のうちには「呉服太物仲間」への転換を躊躇する動きもでてきます。この危機を救ったのが、やはり「幸」の「侠気」で、彼女はすでに死に金として諦めていた幕府への上納金の返済が滞っているのを逆用します。さて、このやり方は・・というのが今巻の二番目の読みどころですね。

そして、呉服商売への再進出をきっかけに、町人相手の商いに加え、お武家様へと商いの犯意を拡大し、ついに、小さな旗本ではあるのですが姫君の婚礼支度の注文を受けることに成功します。しかし、ここでまた邪魔に入るのが、あの「日本橋音羽屋」で・・といった展開です。

レビュアーの一言

本巻で、五鈴屋の呉服商い復帰への援軍となるのが「浅草太物仲間」という「株仲間」なのですが、徳川幕府は当初、織田信長・豊臣秀吉の「楽市楽座」の政策をとっていて、問屋や同業者が組織化するのを嫌っていたのですが、徳川吉宗のあたりから商業の統制を図るのと、財政状況の改善のために冥加金とひきかえに販売権の独占を認めるようになりました。

今巻の時代設定は、宝暦10年あたりと推定(本文中に宝暦元年に創業した江戸五鈴屋がこの年創業十年を迎えた、といった表記があります)されるので、後の田沼意次の時代ほどではないにしろ、冥加金の額もだんだんと吊りあがっていた時代であろうと思われ、「幸」たちの浅草太物組合は、呉服商へと業種を拡大することに意欲満々であったので、その足元を見られた状態であったのでしょうね。

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