満州国・ハルピンで起きる連続毒殺事件の謎を解け=伊吹亜門「幻月と探偵」

太平洋戦争直前の中国東北部「満州国」を舞台に、元日本陸軍中将の孫娘の婚約者の変死事件をきっかけに、彼の上司であった、満州国国務院の切れ者官僚で、戦後の日本の政界を支配し「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介の要請で、事件の調査を始めた私立探偵・月寒三四郎が、ハルピンで起きる連続殺人の謎を解いていく歴史ミステリーが本書『伊吹亜門「幻月と探偵」(角川書店)』です。

あらすじと注目ポイント

物語は、当時、中国東北部に清朝滅亡後の混乱に乗じて、日本が樹立した傀儡国家・満州国の交通の要衝「ハルピン」で始まります。当時のハルピン市は満州を横断する東清鉄道の主要駅として、ロシア人や中国人が多く流入し、大都市となっているのですが、交通の要衝地の宿命として、各国のスパイや食いつめ者が集まってくる「魔都」的な要素も兼ね備えた街となっています。
物語のほうは、この街で私立探偵を営んでいる「月寒三四郎」のところへ、満州国の国務院産業部の次長を務める高級官僚・岸信介の使いで、産業部鉱工司長・椎名悦三郎が訪ねて来、岸の要請を伝えるところから始まります。

岸の要請は、彼の秘書の死因を探ってくれ、ということなのですが、その秘書というのが大蔵省から出向してきている若手官僚なのですが、すでに引退したとはいえ、日露戦争の英雄として名を馳せ、今も関東軍内に隠然とした影響力を残している日本陸軍の小柳津元中将の孫娘の婚約者だったのですが、小柳津邸で開かれた食事会の席でリシンで毒殺されたというのです。犯人はおろか彼が殺された理由もわからないのですが、正式に警察を動かすわけにもいかず、私立探偵の月寒に接触してきた、というわけですね。

さらに、新京にある国務院で、岸を通じて月寒に調査を依頼してきたのが、小柳津の孫娘・千代子であることを知ります。彼女は、「色の薄い娘」という印象で、鼻筋もくっきりとして整った美人顔なのですが、幼い雰囲気が払拭できません。こういう女性は犯罪とは全く関係ないか、とんでもない悪党か、どっちかなのですが、真相は後半で。

ちなみに、「リシン」というのはトウゴマ(ヒマ)の種子から抽出される毒物で、少量で死に至らしめるとともに、遅効性で、口から飲ませても効果があり、しかも実用化されている解毒剤がないという「暗殺用」にもってこいの毒物ですね。1970年代から1980年代にかけてイギリスのロンドンなどでおきたブルガリアの亡命者などが死亡した6件の暗殺事件で使用されたことがわかっているようです。

そして、千代子の紹介で、小柳津邸で会う毒殺のあった食事会に出席していたメンバーは、小柳津元中将の義弟・雉鳩哲次郎、ロシア革命政府に反旗を翻していたロシア軍人の娘で白系ロシア人のヴァシリーヌ、地元商社「猿投商会」の社長・猿投半造、関東軍の参謀の陸軍大佐・阿閉騎一郎、そして、料理のサーブをしていてのが、小柳津元中将の週日な副官だった秦勇作、白系ロシア人のリューリといったメンバーなのですが、いずれも千代子の婚約者を殺した理由が希薄な人たちばかりですね。

で、事件のほうは、小柳津元中将のもとへ「三つの太陽を覚えているか」という脅迫状が届き、その後、元中将の義弟・雉鳩哲次郎が邸内の研究室で飲んでいた紅茶にヒ素を入れられて殺されます。

そして、今回に暗殺が千代子の婚約者を標的にしたものではなく、小柳津元中将を標的にしたものである疑いが出てくる中で、陸軍の憲兵隊に動きも活発になってきます。どうやら「三つの太陽」というのは、小柳津元中将と副官の秦を日本陸軍の功績者にした「シベリア出兵」に関係しているようで、そこではロシアのパルチザンを破ったという話とは真逆に、敵のいない小さな村を全滅させた後、パルチザンに襲撃され、多くの兵士を失ったということもわかってくるのですが、という展開です。

Bitly

レビュアーの一言

日本の傀儡国家として誕生した「満州国」を舞台にしたミステリーは最近では山本巧次さんの「満鉄探偵 欧亜急行の殺人」などがあるのですが、すでに亡国してしまった国家を舞台にしたものは、なにかしら「謀略」臭が漂って、ミステリーファンの食指をそそるものがありますね。
とりわけ、今巻は、交通の要衝で各国の勢力が入り込んでいた「ハルピン」が主舞台となっているので、香港の「九龍城」を舞台にしたクライム・ミステリーの風合いもある仕上がりになっています。

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