カップルの殺人未遂には無戸籍問題と幼児誘拐事件が隠れていた=辻堂ゆめ「トリカゴ」

デビュー作「いなくなった私へ」で、不思議な泉の水の力で蘇った人気歌手が自らの死の秘密を暴くオカルトっぽいミステリーや、NHKで夜ドラ化された「卒業タイムリミット」や「僕と彼女の左手」でリリカルな青春ミステリーの世界を描いている筆者が、無戸籍問題をテーマに仕上げた警察ミステリーが本書『辻堂ゆめ「トリカゴ」(東京創元社)』です。

本の帯文には

胸を衝く真実に心震える
辻堂ミステリの到達点

殺人未遂事件の容疑者は無戸籍だった。
刑事の里穂子は捜査をすすめるうちに、かつて日本中を震撼させた「鳥籠事件」との共通点に気づく

となっていて、「私たちは”存在しない人間だから”」というキャッチフレーズが目を引きます。

構成と注目ポイント

プロローグ
第一章 ここはユートピア
第二章 ここはユートピア?
第三章 開け、トリカゴ
エピローグ

となっていて、物語は主舞台となる2021年の東京から遡ること25年前。新宿区内のアパートで、母親から置き去りにされた三歳と一歳の二人の幼児が発見される、というテレビニュースを本編の主人公で当時六歳の森垣里穂子が見ているところから始まります。
この幼児監禁事件が、本編をリードしていくこととなりますので、ここのあたりの里穂子の思いはしっかり記憶しておきましょう。

物語のほうは2021年の4月に跳んで、アラサーとなり、警視庁の蒲田署の刑事課強行犯犯係の刑事となって捜査にあたっている里穂子の姿から始まります。彼女はSEをしている男性と結婚し、結菜という女の子がいるのですが、捜査が忙しく、勤務時間も不規則なため、夫の陽介がフリーになって在宅で仕事をしながら子供の世話をしている、という境遇です。

多くの居酒屋と風俗店を抱える蒲田署の管轄内では、酒絡みのトラブルが絶えないのですが、今夜も、居酒屋で呑んだ後、帰宅途中の男性が後ろから襲われて、肩を刃物で刺されるという事件がおきます。
現場に駆けつけた里穂子が、その男性から事情聴取をすると、居酒屋で別れ話をした相手の女性がやったに違いないと訴えてきます。その女性の名前は「叶内花」といって、齢は26歳で背は小さくて童顔、と被疑者のプロフィールを聞いていると、近くの電信柱の陰で様子を伺っている小柄な女性を見つけ、捕まえて問いただすと、自分がナイフで刺した、と供述し、という筋立てです。

これで事件は解決、と思いきや、彼女に名字とか生年月日や本籍などを聞き始めると、周囲からは「ハナ」と呼ばれているが、自分は無戸籍なのでそれ以上はわからない、と言い始めます。おまけに検察に送致後、ハナは全面否認に転じ、勾留満期で釈放といった事態に転じていきます。

釈放後、ハナが犯人だという疑いがとれない里穂子が彼女の後を尾行すると、ハナは一旦、ネットカフェに入って警察をまいたあと、小さな食品工場の倉庫のようなところへ入っていきます。
そこには

ここは守るべきユートピア
仲間の恩には恩を
仇には慈しみを
力を排して和を保て

という貼り紙がされています。ここにはハナを始め、十数名の人が暮らしているようなのですが、ハナによると全て同じ境遇の人が暮らしているといいます。その境遇というのが「無戸籍」ということで、この工場で経営者の好意で、無戸籍者が多数、脱法的に雇用され、生計を立てているのが判明するのですが・・という展開です。

そして、さらに、ハナにはリュウという兄がいて、年格好から、25年前に新宿のアパートで保護され、児童福祉施設に入所するのですが、何者かに誘拐された「鳥籠事件」の二人の幼児が成長したのがハナとリュウではないか、という疑いが強くなります。

ハナに戸籍をもたせるためと、「鳥籠事件」の真犯人をつきとめるため、里穂子は、警察庁の特命捜査対策室の羽山とともに、すでに迷宮入りしかかっている「鳥籠事件」の再捜査を始めます。羽山は以前に「鳥籠事件」との共通点を追って、全国でおきた幼児の不審死事件を捜査してしているのですが、いずれも不発に終わっていて、今回の里穂子の情報が、鳥籠事件の解決の結びつく最後の手がかりに近くなっていて、かなり強引な聞き込みと捜査をしてきます。

そして、この鳥籠事件の二人の幼女の母親や、当時の心理カウンセラーに面会させて、ハナとリュウが誘拐された二人の幼児では、という確信を持つのですが、実はそこにはもっと意外な事実が隠されていて・・という展開で、誘拐事件のはずがもっと悪辣な犯罪事件が隠さされていたことがわかるのですが、その犯罪とは・・というところで、詳細は原署のほうで。

事件の真相はけっこうエグいものなのですが、ハナの無邪気さが救いになる結末ですので、安心してお読みください。私の苦手な「イヤミス」ではないことは保証しておきます。

トリカゴ
トリカゴ

レビュアーの一言

「戸籍制度」というのは、かつては東アジアの国に多くあった制度ですが、現在では、日本と中華人民共和国、台湾ぐらいにしか残っていないようですね。
もともとは住民の状況を「家族」単位で把握し、国力を図るものであったようですが、アングロサクソン系の諸国では、「家族」ではなく「個人」を登録させ把握するやり方が一般的だったようです。
国民皆保険の維持など均一で平等な社会保障制度を維持するためには、戸籍制度の存続か、国民登録制度を導入するかの議論はあるのでしょうが、国民を把握する制度はなにかしら必要だと思いますね。現在、国が把握しているだけでも1000人弱の無戸籍者の方がいらっしゃるそうですし、嫡出推定とDVの関係の解決など、早急な国会での議論と対応が必要な問題ですね。

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