医学部棟屋上の出会いから始まる恋には電車事故の秘密が隠れている=辻堂ゆめ「僕と彼女の左手」

「いなくなった私へ」で、不思議な泉の水の力で蘇った人気歌手が自らの死の秘密を暴くオカルト・ミステリーや、NHKで夜ドラ化された「卒業タイムリミット」といった青春ミステリーをおくり出している筆者による、青春恋愛ミステリーが本書『辻堂ゆめ「僕と彼女の左手」(中公文庫)』です。

単行本の本の帯によると

僕の《運命の日》
はじめて彼女と出会ったーー。
小さな違和感が、最後に大きな感動へ繋がる

幼少時のトラウマに苦しむ僕。
生まれつき右手が仕えない、さやこ。
二人は偶然出会い、恋をしたのだが・・。

ということで、20代の医大生と大学受験生が、大学の屋上の出会いから始まる恋の物語です。

あらすじと注目ポイント

構成は

プレリュード〜前奏曲〜
第一曲 出会い
第二曲 僕の左手
インターリュード〜間奏曲〜
第三曲 光と影
第四曲 彼女の左手
ポストリュード〜後奏曲〜

となっていて、冒頭では、鉄道事故の現場らしいところで小学生らしい男の子が、事故車両の中で怪我はしているものの命が助かっている乗客、ベビーカーに乗った赤ちゃん、うずくまっている老女、大人の男女の抱えこなまれている女の子などを次々と救い出して行く様子が描かれています。彼の父親は助からない様子なのですが、この事故が物語を主導していくことになるので、しっかり覚えておきましょう。

本編のほうは東京の総合大学・東慶大学の医学部棟の屋上に場面が移ります。屋上にいた本巻の主人公・時田習がフェンスの側に寄ったところで、突然、後ろから、小柄なセミロングの黒髪で桃色のスカートをはき、大学構内の地図の載っているパンフレットをもった女性から声をかけられるところからスタートします。

彼女の名前は「清家さやこ」といって、この大学の教育学部の受験希望者。夏休みを利用して、学内の見学にやってきたのですが、方向音痴なため道に迷ってしまったので、案内してほしい、とお願いをしてきます。このあたりは、可愛い娘の特権行使というところですが、案内されている中で、時田が医学部の学生であることを知ると、図書館で受験勉強のレクチャーをしてほしい、とお願い事がレベルアップしていきます。
なんとなく、出来すぎたストーリーだなー、という感じはするのですが、これをきっかけに、さやこの受験勉強にほぼ毎日つきあうことになり、「さやこ」の地元の春日部でもデートしたり・・という筋立てで、まあ、このあたりはお決まりの「恋愛」ストーリなのですが、知らずしらずのうちに、作者が仕掛けを忍ばせているのでご注意くださいね。

この主人公二人のプロフィールを紹介しておくと、「さやこ」は現在、実家の菓子屋の手伝いをしている21歳の女の子で、右手が動かないという障害を抱えています。もともと右足も不自由だったらしいのですが、今では右手だけに障害が残っているというのが彼女の弁です。右手は不自由なのですが、彼女が左手だけでひくピアノは相当の腕前で、サークルの共有スペースにあるグランドピアノで即興の見事な演奏を披露してくれます。

一方、「習」は大学の医学部の5年生なのですが、電車自殺が発生時に、救急車同乗実習があたってしまい、その現場のトラウマから「血」が見れなくなってしまい、それ以後、実習に出れなくなっています。このため、留年どころか医学部卒業すら危ぶまれるのですが、母親は経営する脳外科医院を継いで欲しがっていて、母子で喧嘩が絶えない、という状況ですね。読者ご推察のとおり、「習」は物語の冒頭の電車事故で、乗客を救助していた男の子なのですが、その事故のトラウマがフラッシュバックしたということです。

で、二人の仲は順調に推移していくかと思われたのですが、「さやこ」との出会いをきっかけに、「習」が医学部の同級生との付き合いを復活していったところで、突然、「さやこ」との連絡がとれなくなってしまいます。「さやこ」に振られたかと思った「習」は、春日部の彼女の実家まで押しかけるのですが、そこで泣きじゃくる彼女に出会います。
実は「さやこ」は、全国クラシックピアノ・コンクールの埼玉県予選をクリアしていて、本選を間近にして練習時間を確保するため、「習」と会うのを控えていたのですが、その日、本選を落選してしまった、ということだったのですね。

そして、再び「さやこ」の受験勉強に付き合う日々が始まりそうになるのですが、教員志望だという「さやこ」が、教員養成課程ではない教育学専攻の東慶大学の教育学部を受験しようとしているところから、「さやこ」の嘘と彼女の本当の正体に気づいていくのですが、そこで、過去の電車事故の生存者の想いが、救助した人の苦悩を救っていきます。

少し、ネタバレしておくと、「さやこ」が「習」が乗客を救助した電車事故の関係者らしいことは、読者も薄々感づいていると思うのですが、彼女が大学の医学部棟の屋上にやってきた訳など、二重三重のドンデン返しがここから隠されているので、安心しないで最後まで読み通しましょう。

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レビュアーの一言

本巻は、「習」と「さやこ」のみずみずしい恋バナを中心に展開していくのですが、そこに彩りを添えているのが、彼女のピアノ演奏のシーンと「左手」だけで演じるピアノ曲もある、という音楽的なウンチクですね。
このあたりは、大学のサークルも音楽系で、趣味はギターの弾き語り。通信教育で小学校の教員免許も取得しているという作者の経験に裏打ちされているのかな、と思います。

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