探偵の謎解きは、人の心の底の「苦味」を抽出する=逸木裕「五つの季節に探偵は」

「人の心の奥底を覗きたい、人の秘密を暴きたい」そんな厄介な性質を抱えていることに気づき、探偵家業にはまり込んでしまった少女・榊原みどりを主人公に、彼女が暴く謎や秘密によって思いがけない人間ドラマがこぼれだしてくる探偵ミステリーが本書『逸木裕「五つの季節に探偵は」(角川書店)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「イミテーション・ガールズー2002年春」
「龍の残り香ー2007年夏」
「解錠の音がー2009年秋」
「スケーターズ・ワルツー2012年冬」
「ゴーストの雫ー2018年春」

となっていて、主人公である「榊原みどり」が探偵に目覚めるところから、自らの「他人の心の底を覗きたい」という欲望によって人が不幸になるという呪縛から解き放たれるまでの連作短編となっています。

第一話の「イミテーション・ガールズー2002年春」は「みどり」が自らの探偵としての 才能と性向に目覚めるスタート編です。

彼女は高校二年生になって二週間後の夜、「本谷怜」という同級生の訪問を受けます。彼女は、同じクラスの女王様的な位置にいる「松岡好美」という女子生徒の取り巻きの一人だったのですが、三ヶ月前から好美たちから仲間外れにされはじめ、今では徹底的に標的にされているという状況になっていますん。彼女は、この状況を打開するため、好美にいじめをやめるよう説得できそうな、人気英語教師の「清田」の弱みをつかんでほしい、と頼んできます。もともとは探偵業をしている「みどり」の父親への依頼だったのですが、女子高生のお小遣いでは依頼料には到底足りません。依頼を断ろうとするのですが、引き受けてくれないと学校や家に放火するという怜の言葉に、成り行きから「みどり」が引き受けることになったという筋立てです。

最初は気の乗らなかった「みどり」なのですが、変装して調査を始めると意外に才能があることに気づきまじめ、彼女は「清田」が「好美」と関係をもっていることや、清田が手当たり次第に女性に手をつけていることも調べ上げます。この証拠写真を「怜」に渡し、清田を脅すよう言うのですが、怜はなかなか動こうとしません。

怜が行動に移さないため。決定的な証拠写真を撮ろうとする「みどり」だったのですが、清田の尾行中に、「好美」に気づかれるという失態を犯してしまいます。その場はなんとかごまかした「みどり」だったのですが、ここで「怜」の本当の狙いに気づき・・という展開です。

「みどり」が「人の秘密」を調査する悦びに開花した物語なのですが、同級生や調査した教師たちの人間関係がかなり複雑怪奇に絡み合った謎解きになっています。

第二話の「龍の残り香ー2007年夏」は、「みどり」が京都大学の文学部に進学して、京都で学生生活を送っているときの物語です。

彼女には、当時、薬学部の学生で、将来は「調香」関係の仕事につきたいと思っている松浦保奈美という友人がいたのですが、彼女が偶然、和歌山の海岸で拾ったという「竜涎香」のい塊が、「香道」の教室の懇親会の帰り道、酔っ払って駅のホームで寝込んでしまっているうちに、入れていたカバンごと盗まれてしまいます。その後、携帯や定期入れは見つかったのですが、財布の中の数百円の現金と竜涎香の塊がなくなっています。竜涎香のことは、香道の教室でしか喋っていないので、盗んだのはおそらくは教室の関係者。保奈美は、香道の師匠で香水の有名調香師である「君島」が犯人では、とあたりをつけ、「みどり」に竜涎香を自主的に返してもらう方法を相談します。

「みどり」は、君島が軽度の脳梗塞を患ってからやっていない「組香」の勝負を挑み、負けた人が近くの京菓子店へ買い出しをするゲームをもちかけます。君島が負けたら、買い出しに行っている隙きに家探しをしようという作戦なのですが、残念ながら勝負は「保奈美」の負け。悔しがりながらも、諦めようとする保奈美を押し切って、「みどり」は次の一手を繰り出すのですが、それは君島の隠していた秘密を暴くとともに、保奈美の気持ちも裏切ることにもつながってしまって・・という展開です。

そして、第三話、第四話では、高校・大学時代の経験から、探偵業に目覚めてしまった「みどり」が本格的に、父の経営する探偵事務所に入り、駐輪場に停めていたビアンキのロードバイクが解錠されて動かされているといったストーカー被害に偽装された事件の謎を解いたり(「解錠の音がー2009年秋」)、仕事先の軽井沢のカフェバーで偶然出会ったピアニストが語る、スケーターズ・ワルツにまつわる、ある天才指揮者の転落物語の真相を明らかにしたり(「スケーターズ・ワルツー2012年冬」)といった話が語られるのですが、いずれも謎解きのあとに仕掛けがかくされているので要注意ですね。

そして、最終話の「ゴーストの雫ー2018年春」では、すっかりベテランになった「みどり」が、鳶工から転職した「須見要」という後輩を得て、iPhoneのエアドロップを使ったリベンジ・ポルノ事件の真相を明らかにするのですが、今まで、自分の謎解きが依頼者の必ずしも依頼者の幸せに結ぶつかなかったという苦い思いをもっている「みどり」が希望を見出す物語でもあります。

五つの季節に探偵は (角川書店単行本)
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質&...

【レビュアーの一言】

たいていの「探偵ミステリー」は、事件の謎を探偵が解き明かして、犯人の悪意をくじいたり、被害者の無念を晴らしたり、といった感じで、読者の「安堵感」につながることが多いのですが、この連作シリーズは、探偵役の「榊原みどり」が事件を謎を解いて、そこの潜んでいる関係者の人間心理を覗き見るのが大好き、といった少し歪んだ性向をもっているのと、彼女の謎ときが、依頼者の本意とはちょっとずれた着地をしてしまう、といったところから、最終話で、一応の口直しはあるのですが、爽快感とともに、少しビターな後味を残す物語となっています。

「謎解き」の爽快感では、少し物足りなくなったミステリーファンにおすすめの短編集ですね。

【スポンサードリンク】

コメント

タイトルとURLをコピーしました