旧歌舞伎座の舞台で起きる「忠臣蔵」が生んだ毒殺事件の謎=稲羽白莵「仮名手本殺人事件」

重要無形文化財で日本を代表する古典芸能といっていい歌舞伎。落語など寄席を主体としたものと違って、少々敷居の高いのは間違いないのですが、「大向こうを唸らせる」や「一枚看板」といった歌舞伎由来の決まり文句も多く、私たちの暮らしにしっかり根付いているのは間違いありません。
そんな歌舞伎を題材としたミステリーは、古くは、戸板康二さんの「團十郎切腹事件」から近藤史恵さんの若手女方の「瀬川小菊」と同級生の探偵「今泉」が歌舞伎界でおきる謎を解く「歌舞伎」シリーズなど、数々あるのですが、文楽をテーマにした「合邦の密室」でデビューした筆者による、古典芸能ミステリーの第二弾が本書『稲羽白莵「仮名手本殺人事件」(原書房)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

大序  追善興行「仮名手本忠臣蔵」
二段目 三枚のかるた
三段目 死の繭
    當浮世四谷怪談 高森 靖
四段目 異邦の御曹司
五段目 狐火の段
大詰  歌舞伎座貴賓室
終幕  解体前夜

となっていて、目次から「歌舞伎」だぞ、「古典芸能」だぞってな感じが満載なのですが、ここらは作者の手の内なので、注意しておきましょうね。

物語のほうは、2009年から1年間行われた第4期歌舞伎座建替えの「さよなら公演」の歌舞伎興行の「仮名手本忠臣蔵」の公演のシーンから始まります。この公演は上方歌舞伎の名門・芳岡家の早逝した御曹司・七世天之助の追善興行といった趣旨も含んでいる、といった設定で、このあたりから何やら事件の臭いがしてきますね。

そして、この舞台の鑑賞に、「合邦の密室」で探偵サイドを務めた文楽の三味線方・富澤弦二郎、雑誌編集者の三郷ユミが訪れている、という滑り出しで、もう一人の劇評家の海神惣右介は海外出張中で、物語の中盤以降で参加してきます。

事件の関係者となるのは、この芝居の演者である七世天之助の父・芳岡仁右衛門ほか当世天之助といった芳岡一門の歌舞伎俳優、そして、客席にいる芳岡一門の奥様方、芳岡一門出身ながら、映画に転身して人気をとる若くして事故死した仁右衛門の弟の子で人気俳優の佐野川啓一夫妻、仁左衛門の後援会長で、IT企業の社長の都丸とその妻、といったところです。
佐野川啓一は歌舞伎界復帰を都丸に勧められているのですが、それに仁左衛門が腹をたてていて、両者の仲が微妙になっている、というおまけつきです。

そして舞台が進み、仮名手本忠臣蔵の見せ場の一つである「城明け渡し」の場面の最後のところ。塩谷判官から託された切腹に使った刀についた血糊を舐めた大星由良助を演じる「芳岡仁右衛門」が、口から血の泡を吹いて倒れ伏し・・という筋立てで、歌舞伎座の舞台の上で毒殺事件が起きることとなります。

芳岡家の家族たちは、この舞台に観劇にきていた、先代の天之助の妻・環に、「二十九年前、この劇場であなたが私から奪ったものを返してもらいたい。」と迫ってきた「高森靖」(芳岡家の人は「コウモリヤス」と呼んで忌み嫌っていたようですが)が犯人だと捜査にきた警察や、弦二郎たちに訴えます。

その高森は、一旦、幕が上がると途中入場ができない決まりとなっている「判官切腹の場面」、いわゆる「通さん場」のあたりから行方がわからなくなっていたのですが、終演後、花道の下の通り抜け通路で、仁右衛門と同じ毒物が仕込まれた「繭」を飲んで死んでいるのが発見されます。さらに、桟敷には足の不自由だった高森が使っていた医療用の杖と「ろ」「な」「と」の三枚のいろはかるたの札が残されていて・・という展開です。

単純に考えると、高森が仁右衛門を毒殺して、自分も繭の毒を飲んで死んだというところなのですが、一般人である高森が舞台に出入りは出来ず、さらに桟敷におかれたままの杖なしでは高森は移動することができません。さらに、杖と同じところに残された信濃地方でつくられている「かるた」の意味は、といった謎を弦二郎と海神が推理していきます。

そして、その謎解きの鍵は、当代天之助の、こどもの頃繰り返しみていた「燃え盛る炎の前に立った女の人が、笑いながら繭を、無理やり口の中にいれてくる」という悪夢にありそうなのですが、そこには、忠臣蔵の史実である、上杉家から吉良家に養子に入っていて事件後に諏訪に配流となった吉良義周の末裔という家伝をもつ長野の旧家の娘と、歌舞伎役者の不倫が隠されていたのですが、その先にさらに秘密が隠されていて・・という展開です。
いやー、歌舞伎という古典芸能を伝える名家と地方の貴種伝説を抱える名家を合体させたおどろおどろしいミステリーが描かれていきますので、最後まで油断なくお読みください。

仮名手本殺人事件 (ミステリー・リーグ)
歌舞伎「忠臣蔵」の上演中、衆人環視の舞台上で絶命した役者。さらに客席にも男の死体が発見される。いずれも毒殺だという。不可能状況と現場に置かれた「かるた」。役者一家の錯綜する素顔が過去の因縁を呼び寄せる。書き下ろし長編。

レビュアーの一言

「歌舞伎」の演目や内容は、聞きかじったことはあっても、その詳細は知らない、っていうのが日本人の多数派。なので「歌舞伎」の芝居ネタの謎解きはちょっとねーと敬遠する方も多いかと思うのですが、本書では、芝居のセリフもふくめて詳しめに盛り込んであるので、謎解きとあわせて、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の世界がセットで味わえる(少々「煩いな」と思うシーンもありますが)オトクな仕掛けになっています。
歌舞伎や古典芸能ファンも、歌舞伎とは縁の薄いミステリーファンも、どちらも楽しめる物語となっているように思いますので、ぜひご一読を。

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