相模湾に中央に突き出た葉崎半島に位置し、葉崎マリーナという名の公共マリーナと丘陵地帯ぐらいしか特徴がなく、神奈川県の盲腸とも呼ばれる、(架空の市)葉崎市を舞台にしたミステリーのひさびさの第8弾が本書『若竹七海「パラダイス・ガーデンの喪失」(光文社)』です。
本書の帯によると
二度読み必須!
一文字一文字に伏線を縫い込んだ、大人のニガミス
哀しくて理不尽でちょっと可笑しい、著者の最高傑作!!
差逸人・誘拐・詐偽・窃盗・・みんな集めて裏事情探しのパッチワーク。
”騙りの名人”若竹七海が真骨頂を見せる
となっていて、今回も二重三重に重なる事件と仕掛けが凝らされています。
あらすじと注目ポイント
構成は
序章 パッチワーク
第1章 運命の輪
第2章 ジャックの建てた家
第3章 シグネチャー
第4章 闇と光のキルト
第5章 チップス・アンド・ウェットストーンズ
第6章 ヘザースクエア
第7章 マリナーズ・コンパス
第8章 ジャックス
第9章 テキサススター
第10章 キルティング
となっていて、目次のタイトルが、布と布を縫い合わせてつくる布作品であるパッチワーク・キルトのデザインになっていることで象徴するように、葉崎市でおきる種類の異なる様々な事件とたくさんの登場人物が組み合わさって、一つの大きな事件を構成していきます。
まず冒頭では、葉崎市の丘陵部にある「楡ノ山西地区」で古くから開業している「パラダイスガーデン」という有料庭園から物語が始まります。新型コロナの自粛下で、訪れる客も相当減ったしまっているのですが、庭園の手入れは毎日かかさない、ここの経営者の「兵藤房子」が朝の見回りをしていると、海が見えるベンチに、初老の女性が手に小型のナイフをもったままで死んでいるのを発見する。というのが第一の事件となります。
この庭園のある楡ノ山には、庭園の底地の地主である庵主のいる「福西寺」という尼寺や、土産物屋・結香園とかがあって、この事件を肴に尼さんや茶店の女主人、山の下のほうに住んでいるキルト作家や都会からの移住者といった人々が、警察の事件捜査の様子を興味津々と見守るシーンがこの後続くのですが。やたらと登場人物の多いのこの物語の関係者の半分ぐらいがでてくるので、メモ片手に読んでおいてくださいね。
そして、この事件の担当者とされるのが。葉崎署の刑事課で総務を担当している二村貴美子という警察官なのですが、彼女は葉崎署のほとんどの部署を経験している大ベテランで、七年前に過労死した警察官であった夫が改造して遺した、長期の車中泊が可能な軽ワゴンで署の駐車場で暮らしている、という人物です。
本来なら、総務担当なので捜査には関わらないのですが、ちょうど葉崎署が新型コロナ下での署内の送別会で大クラスターを発生させたという不祥事の上に、海岸道路での交通事故の多発やゴミ収集車の爆発事故、特殊詐偽事件の大量勃発という事態と、この謎の女性殺害事件で、本庁から目立ちたがり屋の管理官が出しゃばってくるという状況で、彼女に白羽の矢がたったというわけですね。まあ、体のいい本庁警察官の防波堤がわりと面倒くさい現場廻りの捜査を押し付けられた、というところです。
ところが、この二村刑事、その戦車のような体型からは想像できないような緻密な捜査力と推理力の持ち主で、がしがしと聞き込みと被害者の身元の洗い出しと、犯人探しを進めていくですが、それがかつて、この葉崎市でおきた悪徳不動産業者の行方不明事件とも結びついてきて・・という筋立てです。
そしてこの被害者の正体を捜査しているところに、パラダイスガーデンに高級有料老人ホームが併設されるというデマ情報に基づく契約金詐欺やパン屋チェーン「Cona屋」のオーナー会長の息子と孫息子のダブル誘拐と身代金が警察のミスで奪われてしまう事件、さらには、キルト作家の田中潮子先生の殺害事件と、葉崎市内で犯罪が重層展開していきます。
ここで、活躍するのが、二村貴美子警部補で、有料庭園「パラダイスガーデン」の丁寧な着こみや、葉崎で昔は有名だった「ドライブイン児嶋」の現場捜査で、身代金奪取事件の犯人に肉薄するともに、パラダイスガーデンで死んでいた女性の身元も明らかにしていくのですが、そこには過去の事件の秘密と真相が隠されていて・・と物語が動いていきます。
最後半部では、おばちゃん刑事・二村警部補の見事な推理にうーむと唸らせられるのですが、この後に、作者がさらなる仕掛けを用意しているので、最後まで気が抜けない展開になっています。
レビュアーの一言
ひさびさの「葉崎市」シリーズは、自殺疑惑、誘拐事件、身代金略奪、殺人といった色とりどりの犯罪が、重層的に折り重なっていくという、「キルト」的な展開をしていくのが特徴です。
その分、登場人物も多くなって、人間関係も複雑になっていくので、巻頭にある登場人物一覧はコピーしておくか、しおりを挟んで、いつでも参照できるようにしておくのがおススメですね。
ちなみに、筆者の注書によると「神奈川県に葉崎という市はありません。江の島あたりが突然隆起して、ものすごく細長い半島ができあがりでもしないかぎり、これからも存在しないでよう」とあるので、現実の〇浦市や、〇山町、横〇賀市あたりに擬えてみてはいけないようですが・・・。
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