美貌で明晰な頭脳をもちながら、民俗学会の異端児として扱われている連杖那智と、実直な研究者ではあるのだが、そのお人好し的な性格から、那智に振り回されてばかりいる連杖研究室の万年助手・内藤が、日本の歴史や習俗の中に隠された秘密を暴き出していく「連杖那智」シリーズの最終編が『北森鴻・浅野里沙子「天鬼越(あまぎごえ)」」(新潮文庫)』です。
作者は2010年に急死されたのですが、その奇想天外な筋立てと巧みなストーリーテリングの魅力は今も衰えていない気がします。
あらすじと注目ポイント
収録は
「鬼無里(きなさ)」
「奇遇論(きぐうろん)」
「祀人形(まつりひんな)」
「補陀落(ふだらく)」
「天鬼越(あまぎごえ)」
「偽蜃絵(にせしんえ)」
の六編。最初の二篇が北森鴻が雑誌に発表したままで本に未収録のもの。残り四編が北森のドラマ用のプロットや着想メモに従って、浅野氏が執筆したもの。
第一作の「鬼無里(きなさ)」は、山奥の村に伝わる、ナマハゲに似た山の神・鬼哭様が、年に一度、念仏を唱えながら家々を練り歩くという神事があ粉割れていた村で、五年前に、村の女性に暴行したり、取土地をかすめととったりといった悪事を繰り返していた村の男が撲殺されます。五年後になって、那智や内藤のもとへ、村が市町村合併でなくなるというメールが届いたのをきっかけに、この過去の事件の謎解きが始まります。
第二話の「奇遇論(きぐうろん)」は、市民大学の講座の講師として引っ張り出された内藤が、15人の受講生を連れてフィールドワークで街中を歩いていくうちに、最近、鉄道事故のあった地下鉄の駅に差し掛かることになります。その事故は、女性が前のめりになって線路に落ち、地下鉄の車両にはねられたものなのですが、不自然な落ち方から幽霊に突き飛ばされたのでは、という噂がたっているものです。ところが、今回の参加者に死んだ女性の夫が加わっていて、さらに、その男性が事故直後、変装して、この地下鉄駅にきていたことがこの場で明らかになって・・という筋立てで、自殺事件が殺人事件の様相を示してきます。
しかし、那智が導き出したのは、夫による殺人ではなくて逆に・・という展開です。
第三話の「祀人形(まつりひんな)」は、中部地方のG県(岐阜県ですかね?)の、江戸時代から土地の庄屋をしていた旧家におきた事件です。その旧家が守りをしている神社の謂れについて調べてほしいという依頼が那智に入るのですが、彼女が滞在中、境界争いでもめている隣家の主人、その旧家の、家族とともにUターンしてきた長女が相次いで殺されるという事件がおきます。この地域には、相手の持ち物を備えて、10日間、毎日呪いの言葉と願いの言葉を唱えると、希望が叶ったり、相手が死んでしまう、という「ひんな神」の伝承があります。
そして、この家の小学生の孫娘が、祖父の代から伝わる人形を大事にしていたのですが、殺された二人の持ち物がいつの間にか供えられていた、という怪現象がおきて・・という展開です。
このほか、密閉された船に乗って西方浄土を目指すという「補陀落」信仰の残っている地で、地域活性化のために行われた「補陀落」船のイベントでおきた殺人事件の真相(「補陀落(ふだらく)」)であるとか、山奥の村に伝わる、高天原から始まる日本の神話や歴史とはまったく別系統の王朝の歴史が書かれた「天鬼年代紀」という歴史書の真贋を鑑定する中でおきる連続殺人(「天鬼越(あまぎごえ)」)など、民俗学と殺人がコラボした謎を、連杖那智と助手の内藤が解き明かしていきます。
レビュアーの一言
この巻以降、代作も含めて「連杖那智」シリーズはでていないので、これが本当にシリーズ最終巻といっていいでしょう。
民俗学と殺人を組み合わせたミステリーは、古くは井沢元彦さんの「猿丸幻視行」以来、名作が登場するジャンルで、「民俗学」のもつおどろおどろしさと歴史秘話に、現実の欲がからんだ「殺人」がミックスされると、見事な調合効果が発揮されるのは間違いないところですね。
その中でも、この「連杖那智」シリーズは高いレベルのシリーズもので、どこまでが本当の「伝承」から持ち込んだもので、どこからがフィクションなのか、作者の巧妙な語り口にうまいこと騙されてしまうミステリーでもあります。
【スポンサードリンク】
コメント