現実世界と仮想現実の境界線の先にある真実とは?=乾緑郎「完全なる首長竜の日」

このところ、VRやメタバースといった仮想現実が大流行なのですが、植物状態になった患者と脳に装着した機器をつかった仮想現実の中でコミュニケーションがとれる医療器具を使って、自殺により意識不明となっている弟とコンタクトをとり、彼の意識をとりもどそうと試みる姉の漫画家に次々と不思議な現象がおきる仮想現実ミステリーが本書『乾緑郎「完全なる首長竜の日」(宝島社文庫)』

この作品は、2011年に第9回の「このミステリーがすごい大賞」を審査員の満場一致で受賞しています。

あらすじと注目ポイント

物語の出だしは、本作の主人公で、売れっ子漫画家の「和淳美」が夏休みに、家族で小学校の低学年の頃、母親の故郷である南国の島へやってくるところから始まります。

この島は外海に面したところが切り立った崖かサンゴ礁の磯浜になっていて、このため本土の開発の波も及ばない、相当寂れた島で、娯楽といっても釣り以外何もありません。

このため、自分と伯父と父親と弟の浩市の4人でサンゴ礁の磯の潮だまりに釣りにやってきたのですが、釣り場となる磯場に「魚毒」をまく目印としている赤い布をまいた竹竿が潮に流されるのを取ろうとして、弟が潮に流され、それを助けようとして彼女と弟二人が波にさらわれてしまう、という事故がおきます。

それに気づいた母親によって助かるのですが、これが物語を通じての重要なエピソードとなっているので覚えておきましょう。

物語の本筋はそれから数十年後、成長した淳美は、売れっ子の漫画家となっているのですが、連載誌の売れ行きが急激に悪化してしまい、編集部のメンバーが入れ替えとなったうえに、淳美の長年の連載は打ち切り、となってしまい、といったところへ跳びます。

淳美の両親は、前述の島の事故以来、仲がぎくしゃくしていて、母親は数年前にガンで病死、弟の浩市は自殺未遂をおこして、意識がもどらず昏睡状態が続いているという、かなり「悲観的」な境遇となっていますね。

で、浩市は昏睡状態になっている患者を専門に受け入れている病院「西湘コーマワークセンター」に入院していて、ここで「センシング」と呼ばれている脳に装着しや機器を通じてコンタクトをとろうという先駆的な実験医療を受けていて、淳美も定期的にその実験医療に参加しているのですが、弟の浩市はいつも仮想現実のなかで自殺を試みて実験を中断するという行動を繰り返しています。医者と淳美はその原因を探ろうと試みるのですが、なかなかうまくいかず・・といった展開をしていきます。この実験医療の副作用なのか、仮想現実と現実と眠っているときの夢が交錯してくるシーンがところどころにでてくるのですが、ここが謎解きの意外な鍵にもなっているので見逃さないようにしましょうね。

そうした中、以前、淳美のマンガのファンで、いじめが原因で自殺未遂を図った男の子の母親という女性から突然電話がかかってきます。なんでも、その男の子も自殺未遂が原因で同じセンターに入院していて先日亡くなったのですが、彼が浩市と「センシング」をしていた気配があるので、自分と浩市とを「センシング」させてもらえないか、と依頼してきます。

家族の許可があれば、第三者のセンシングも可能ということで、淳美は断る理由もおもいつかず同意するのですが、それ以降、淳美のリアルの生活の中に、「浩市」の姿や気配が入り込んでくるようになってきます。はたして、その理由(わけ)は・・・?といったところですね。

そして、その男の子の母親の「正体」と、浩市の本当の姿が明らかになったとき、淳美のおかれている境遇の真相も明らかになり・・と物語が展開していきます。

実は、真相につながるヒントは、淳美が浩市の主治医に会ったあたりとかそこかしこに散りばめてあったのですが、残念ながら当方は気づきませんでしたねー。

ちなみに、本巻の表題となっている「首長竜」は、淳美と浩市が母親に連れられて、不味い中華料理店を営んでいる祖父のところにもっていった絵に由来しているようです。物語では、この首長竜(プレシオサウルス)の絵を見た無学な祖父によって、「こんな恐竜はいない」と鰭のところを脚に書き換えらえれてしまうのですが、これは、物語の最後のほうの大どんでん返しを予感させているのかもしれません。

完全なる首長竜の日 (宝島社文庫)
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レビュアーの一言

本作品は、浩市役に佐藤健、淳美役に綾瀬はるかという配役で「リアル~完全なる首長竜の日~」というタイトルで2013年に映画化されているのですが、映画では淳美の意識の中に浩市が入り込んでいって、そこで仮想世界と現実世界の境界線が崩れていく、といった筋立てで、原作とは全く別物と考えておいたほうがいいですね。映画は最終興行収入4億2千万を稼ぎだし、世界4大映画祭の一つ「ロカルノ映画祭」にも出品されているので、原作とはちがってはいるものの「良作」といっていいようですね。原作者も「映画だから」「骨格となる設定と構造さえ大事にすれば他のことは変えてもかまわない」と脚色を了承するなど「太っ腹」な対応をされたとのことです。

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