「冷静で冷たい」氷の名探偵登場=石持浅海「碓氷優佳」シリーズ 倒叙ミステリ三部作

まっすぐな黒髪で色白の肌、瓜実顔の少し童顔の整った顔立ちで、スタイル抜群。頭脳明晰で、洞察力もあるという東京工大理学部卒の火山学の研究者が、彼女の周辺で起きる事件の謎を、薄皮を剥ぐように推理し、解いていく、倒叙型ミステリーが、石持浅海さんの「碓氷優佳」シリーズです。

殺人のあった現場に偶然居合わせてしまった、若い美貌の研究者が、犯人が事件の関係者とかわす言葉のちょっとしたミスや、気付いていなかったことを察知し、犯人の嘘を暴いていく、美人探偵ミステリーといってもいいのですが、探偵役となる「碓氷優佳」が、謎解きには抜群の推理力を発揮しておきながら、謎解きが終わるとパズルがとけた後のように興味を失い、事件の後始末は「ポイッ」と放り出してしまう、「冷静で冷たい」女性の推理劇が展開されていきます。

今回は、このうち「碓氷優佳」シリーズの「倒叙ミステリ三部作」ともいわれる「扉は閉ざされたまま」「君の望む死に方」(ともに祥伝社文庫)「彼女が追ってくる」(祥伝社新書)のシリーズ前期三作品を紹介しましょう。

第一作「扉は閉ざされたまま」のあらすじと注目ポイント

シリーズの第一作となるのが、この「扉は閉ざされたまま」で、舞台となるのは、東京都内の高級住宅地にある、あるメーカーの創始者であるお金持ちの個人の邸宅を改装したオーベルジュ・レストランです。ここはもともとのオーナーの長男が経営していて繁盛していたのですが、彼が体を壊して静養中、次男が管理をしているのですが、掃除と家に風を通すのもかねて開催した、卒業した大学のサークル(中心となった人物が全員、臓器移植カードをもった酒好きという変わったサークルです)の同窓会でおきる殺人事件です。

このサークルの一員に、このシリーズの主人公「碓氷優佳」の姉も入っていて、在学中からこのサークルに顔を出していた優佳も別枠参加させてもらっている、という設定です。

犯人となる伏見は、後輩の新山という男性を、睡眠導入剤で眠らせて、浴槽内で溺死させるのですが、新山の泊っている部屋を密室状態にした上で浴室内に放置し、事故死を偽装します。

そして、犯行時刻を誤魔化し、捜査を混乱させるため、警察への通報を遅らせるようあの手この手を講じるのですが、碓氷優佳が犯人の作戦をじわじわと潰していき、最後には、犯人と直接対峙して、密室トリックの謎を解き明かすのですが・・という展開です。

犯人がじわじわと追い詰められていく様子がヒリヒリするような緊迫感をみせるのと、最後の優佳がとった行動に驚く一冊です。

扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫)
久しぶりに開かれる大学の同窓会。成城の高級ペンションに七人の旧友が集まった&...

第二作「君の望む死に方」のあらすじと注目ポイント

シリーズ第二作の「君の望む死に方」の舞台は、技術力の高さで企業業績を伸ばしている「ソル電機」の熱海にある保養所。ここに集まった、ソル電機の創業社長と秘書課長、幹部候補生研修の対象者として集められた4人の社員、そして、研修のゲストとして招かれた第一作でででてきた翻訳家・安東章吾とその婚約者の百合子、そしてシリーズの探偵役「碓氷優佳」が登場人物となります。第二作では優佳は第一作で登場した「伏見亮輔」と婚約しているようですが、彼は海外出張中でこの作品にはでてきていません。

この幹部候補生研修と言うのは実はフェイクで、社内の優秀な社員を集めて「お見合い」をさせようという企画なのですが、今回の研修の本当の目的は、抜擢された「梶間」という男性社員に、自らを殺させようという社長の日向の企みです。

実は日向社長は、梶間の実の父親(創業時の技術系の副社長)を事故死させてしまったという過去をもっていて、すい臓がんで余命いくばくもなくなった今、罪滅ぼしもかねて、彼に復讐を果たさせようという目論見です。このため、食堂のドリンクコーナーにアイスピックを置いておいたり、玄関ホールの掴みやすい空の花瓶を置いておいたり、掛け時計の真下に椅子を置いておいたり、と自分を暗殺しやすくする仕掛けを講じるとともに、梶間が犯人として疑われないように、窓の施錠を外しておいたりもしています。

ところが、椅子がずらされたり、花瓶に花がいけられたり、と仕掛けが次々と潰されていきます。それはなんと「碓氷優佳」の仕業だったのですが、彼女は何を企んでいるのか・・という展開です。

君の望む死に方 (祥伝社文庫)
余命六カ月――ガン告知を受けたソル電機社長の日向は、社員の梶間に自分を殺さ&...

第三作「彼女が追ってくる」のあらすじと注目ポイント

シリーズ第三作「彼女が追ってくる」は、「箱根会」という、それぞれの創業当時から仲の良かった貿易商社の創業者三人が始めた親睦会の会場である箱根山中のコテージでおきる事件です。

今回、その親睦会には、主催企業である「横浜レアメタル」の社長、妻、女性従業員の堀江比呂美、招待企業である「花村貿易」の女性社長と息子の専務、「寺田商会」の二代目社長といういつものメンバーのほかに、「横浜レアメタル」を辞めて貿易会社を興した中条夏子と姫野黒羽という二人の若手起業家、そして、比呂美の友人の「碓氷優佳」も参加している、という設定です。

実は、この夏子と黒羽には、在職当時、シンガポールの若手実業家を巡って、恋の鞘当てが演じられていて、その実業家が事故死した原因は「黒羽」にあったのでは、と夏子は疑っていて、今回、黒羽と偶然一緒になったこの機会を利用して、黒羽の殺害を企むのですが・・という筋立てです。

物語のほうは、夏子が黒羽を刺殺した後に講じたアリバイ・トリックを、優佳がじわじわとはがしていくのが読みどころとなるのですが、その結末が単純な「謎解き」に終わっていないのが、このシリーズの意地悪なところです。

彼女が追ってくる (祥伝社文庫)
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レビュアーの一言

たいていの「名探偵」は事件の謎解きをすると、警察や被害者の関係者と共に犯人をつかまえたり、反省させたりといった行動をとるのですが、このシリーズの名探偵「碓氷優佳」の場合は、通報を受けた警察が取り調べに入っても、自分の推理は情報提供しようとしませんし、第一作にいたっては、犯人は逮捕すらされていないのではないでしょうか。

このあたりが、謎解きが済むと興味を失い、犯行の動機には興味のない、「冷静で、冷たい」名探偵の行動特性をよく表わしているのかもしれません。

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