人の命に関わる事件は、直接の被害者だけではなく、被害者の周辺にいる人たちの「加害者」への憎しみをうみ、さらなる加害を生んで「憎しみの連鎖」がおきてしまうことがあります。そんな「憎しみの連鎖」を鎮めるため、事件の謎解きや鎮魂ではなく、事件の話を聞いて、事件の「上手な終わらせ方」を考えてくれる人「鎮憎師」の活躍を描くのが本書『石持浅海「鎮憎師」(光文社文庫)』です。
本の紹介文には
奇想の作家が生み出した”鎮憎師”という新たなる存在。彼は哀しき事件の真相を見極め、憎しみの炎を消すことができるのか。さらなる悲劇を招く復讐の連鎖は止まるのか
とあって、「探偵」でも「刑事」でもない新たなミステリーの主役が提案されています。
あらすじと注目ポイント
構成は
序章
第一章 再会
第二章 ジュリエット
第三章 絞り込み
第四章 分析
第五章 鎮憎師
第六章 機会と動機
第七章 事情聴取
第八章 残された者たち
第九章 状況報告
第十章 犯人はどちら
第十一章 招集
第十二章 復讐の連鎖
となっていて、まず序章のところで、いじめを苦にした中学生が自殺し、そのいじめの首班であった同級生が、自殺した中学生の父親に殺され、殺された生徒の母親が復讐をし、その上に自殺した中学生の妹が、復讐を重ねるという「復讐の連鎖事件」がおきます。この事件に関わっていたのが本編の主人公となる「赤垣真穂」の叔父・新妻順司で、という設定で、彼が真穂たちを「鎮憎師」へ案内する道案内役を務めることとなります。
事件のほうは、大学のテニスサークルで一緒だった男女の結婚式の二次会の場面から始まります。その新郎・石戸哲平と新婦・堂本智秋は横浜理科大学という有名私大のテニス同好会の出身だったのですが、その2次会にサークルの同級生や後輩だったメンバー、教員をしている川尻京一、会社員の下島俊範、大学院生の櫻田、沖田菜々美、そしてスポーツジム勤務の桶川ひろみと今巻の語り手・赤垣真穂が集まります。
実は、このテニス同好会の同時期には、恋人同士だった藤川と熊木花蓮というメンバーもいたのですが、藤川が花蓮の首を締めた上で首吊り自殺を図る無理心中事件を起こしたため、今回集まったメンバーの心の中にトラウマを残している、という設定です。さらに、花蓮がこういう事件を起きたことに怒った両親に実家のある広島へ連れ戻されたため、無理心中事件がおきた真相はわからずじまいという顛末です。
この事件が起きてから3年経過したところでの石戸と堂本の結婚は、事件の影響を払拭するよい機会だったのですが、2次会の幹事をしていた「桶川ひろみ」が、心中事件で一命をとりとめた後、実家に帰っていた「熊木花蓮」を皆に内緒で2次会に読んでいたことから、3年前の事件の余波が動き始めます。
はじめはとまどっていたメンバーたちも、2次会・3次会と会が進んでいくにつれて、過去のわだかまりもなくなり和やかに談笑してお開きになるのですが、翌日、花蓮の東京観光につきあうこととなった真穂たちが待ち合わせ場所のJRの上野公園口で待っていても花蓮はやってきません。不審に思った真穂たちが、花蓮の宿泊している渋谷のホテルの近くまで行くと、ホテル近くの狭い路地で、紐で首を締められて殺され、ダンボール箱に隠されている花蓮の死体を発見して・・という筋立てです。
彼女は乱暴された様子もなく、金銭も盗まれておらず、死亡推定時刻が、前日の3次会がはけてから時間の経っていなかったことから、殺害の容疑者に、サークルのメンバーが浮上してくるのですが、真穂以外、それぞれに花蓮を殺してしまうかもしれない動機をもっていたため、グループ内での犯人探しが始まっていくこととなります。
さらに、花蓮はグループ内の憧れの女性でもあったことから、犯人への復讐劇も想定され、メンバー間の人間関係が荒れていくのですが、そこで、真穂の叔父である新妻弁護士が、憎しみを鎮め、復讐の連鎖を防ぐ「鎮憎師」という存在を紹介してくれることとなります。
この「鎮憎師」沖田と妹の千瀬のアドバイスに従って、真穂とひろみは事件の謎解きと犯人探しをしていくのですが、それはサークルのメンバーたちの隠していた過去を白日のもとに晒していくことであるとともに、三年前の無理心中事件の真相を明らかにしてくことでもあります。
そして、真実は明らかになっていくところで、物語の最後で、「鎮憎師」沖田が止めたかった復讐者の正体とその人物が隠してきていた秘密が明らかになっていくのですが・・という展開です。
レビュアーの一言
「奇想の作者」といわれるだけあって、探偵でもない、刑事でもない、犯罪によって生じていく「復讐の連鎖」を止める役柄、というのは相当ユニークな発想です。もっとも、「鎮憎師」沖田が、単に話を聞いているだけではなく、これから起きるかもしれない犯罪を未然に防止したり、犯人探しの暴走を真穂によって無意識のうちにコントロールさせたり、と思ったより「陰」の動きを見せています。残念ながら、シリーズ化にはなっていないようですが、次の活躍を見たいものです。
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