ニート娘は歌舞伎観劇中におきる奇妙な事件の謎をとく=近藤史恵「歌舞伎座の怪紳士」

大学卒業後勤めた会社でセクハラにあい、それ以後、化学薬品会社に勤務する母と同居して、家事全般を担当したり、眼科医をしている姉が図けて来たチワワの「ワルサ」の世話をして、家族から3万円のお小遣いをもらってニート生活をおくっている27歳の女性「岩居久澄(いわいくすみ)」。

彼女の生活は母のお弁当作りと食事の世話と掃除、そしてワルサの散歩という変化のほとんどない毎日なのですが、ある時、父方の祖母からの、余っている歌舞伎のチケットをあげるので観劇にいってくれれば報酬を出す、という奇妙な依頼を受けます。祖母からの要請に従って観劇にいく、歌舞伎座をはじめとした劇場でおきる様々な謎の事件に出くわす劇場ミステリーが本書『近藤史恵「歌舞伎座の怪紳士」(徳間文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

物語は、主人公・岩居久澄に、眼科医をしている姉・香澄から、父方の祖母・しのぶから、知り合いからいただく芝居のチケットが多忙のため消化できなくて困っているので、日当を出すので、代理で観劇にいき、芝居の感想を書いてくれないか、という依頼がもたらせます。

折角、贈ってもらったチケットをムダにしない苦肉の策で、感想は御礼状を出すときに添え書きするためのもののようです。

自宅でほぼ引き籠っている状態の久澄なので忙しいわけもなく、芝居を見てお金がもらえるのなら、と引き受けるのですが、代理でいく劇場で、初老の不思議な男性に出会うとともに、次々に奇妙な事件に出くわして・・という筋立てです。

まず第一の事件は、歌舞伎座で上演される歌舞伎の会場でおきます。送られてきたのは、夜の部の一等席、一万八千円という自分ではおそらく買うことのない上席で、しかも今まで見たことのない「歌舞伎公演」ということで、かなり緊張気味に出かけた久澄だったのですが、芝居の休憩時間中に、自席の前のほうに座っていた若い美人の女性のペットボトルをこっそりすり替える中年女性を見かけます。

ひょっとして何か薬物をいれたものとすり替えたのではと疑い、隣席となった初老の男性・堀口とともに、劇場係員に調べてもらうと、そのペットボトルは「新品」にすりかわっていたことがわかります。

なぜ、わざわざ新品とすり替えを行ったのか見当もつかない久澄だったのですが、終演後、すり替えを行った女性が、すり替えたペットボトル内の飲みものを呑んで、眠り込んでいるのを見つけ・・という展開です。

二番目の事件も同じく「歌舞伎座」での事件ですね。今回送られてきたのは二等席のチケットなので前話にくらべてちょっと敷居は低いのですが、その席に座っていると同じ年頃の女性が、自分は途中で劇場を出ないといけないので、席を代わってくれないかと頼んできます。彼女の関は「桟敷席」で、前話よりさらに良い席ですね。

ところが、その席に座って観劇していると、一等席に座っていて一人の男性が憎々し気にこちらを睨み、スマホで写真を撮って客席をでていきます。気味の悪くなった久澄は、席を交換した女性に事情をきこうと、譲った二等席にいくのですが、彼女はなかなか席に帰ってこず、仕方なく桟敷席に戻ります。

そして、今回も偶然出会った初老の男性・堀口に事情を話すと、彼はその男性をみつけて事情を聞いてくれたのですが、それによると、久澄の座っていた桟敷席は、その男性がネット詐欺にあって代金を騙し取られた席で、その詐欺を仕組んだのが久澄だと思い込んで写真をとっていたことがわかります。

怒りをぶつけてくる男性を前に、久澄は濡れ衣を晴らすことができるでしょうか・・という展開です。

ここでは、桟敷席の横の席に座っていた女性と、席を交代してくれと言ってきた女性のお弁当が、ともに京橋にある老舗のお弁当屋のものであったのが危機脱出の鍵となります。

このほか、クラシックコンサートや「カルメン」のオペラに連続する爆破予告の脅迫事件の犯人さがしであるとか、親友から突然吐き出された悪意ある発言の真意や、チェーホフの「さくらの園」を観劇後、号泣をはじめた姉の秘密など、日常生活の中でこぼれだしてくる謎を、ニート女性・久澄が、偶然知り合った初老の男性・堀口のアドバイスをもとに名zと鴇してくのですが、どれもほっこりとした謎解きばかりで、ささくれたミステリーが辛くなったときに、読んでおきたい作品です。

レビュアーの一言

近藤史恵さんの歌舞伎ものには、女方の現役役者・瀬川小菊が活躍する「ねむりねずみ」や「散りしかたみに」「桜姫」といった名作シリーズがあるのですが、今巻は、歌舞伎のことはほとんど無知な現代娘が、おっかなびっくり「摂州合邦辻」「弁天娘女男白浪」「勧進帳」といった歌舞伎の名作にふれていく、という筋立てで、彼女の言葉を借りて、それぞれの芝居のおおまかな筋や魅力が作中に紹介されていて、当方のような歌舞伎のことをほとんど知らない人間も観劇してみたくなるような仕立てになっています。

古典芸能を扱ったミステリーはとかく説明が難しくなる傾向があるのですが、本作はかなりサクサクと読めるおすすめの「劇場ミステリー」となっています。

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