黒白の間で異世界の「ひとでなし」退治が語られる=宮部みゆき「よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続」

神田三島町にある袋物問屋「三島屋」の黒白の間で不定期に行われている「変調百物語」。語り手が一人で、聞き手も一人で、語られる話も一つだけ。「語って語り捨て、聞いて聞捨て」を基本において、その場限りで語って重荷を下ろし、聞いてその場で忘れるという「変わり百物語」を最初の聞き手「おちか」が嫁にいったことから引き継いだ、店の次男坊「富次郎」が引き継いだ百物語の第8弾が本書『宮部みゆき「よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続」(角川書店)』です。

富次郎がおちかから引き継いだ「百物語」も「黒武御神火御殿」「魂手形」に続いて三巻目となり、おちかの出産も近い中、三島屋へ跡取りの富次郎の兄・伊一郎は修行先の菱屋からの復帰も決まりは、嵐の前のなんとか、の雰囲気のただよう第八巻です。

あらすじと注目ポイント

収録は

第一話 賽子と虻
第二話 土鍋女房
第三話 よって件のごとし

の三話。

第一話 賽子と虻

最初の「賽子と虻」の語り手は、年の頃は30歳から35歳の間の、頭の髪が薄く、色あせた微塵縞の小袖を着た、風采の上がらない小柄な「餅太郎」と名乗る男性です。
彼は上州宇月藩の山間にある大畑村という旅籠もある大きな村の近くの畑間村という寒村の貧乏な百姓家で生まれ育ちます。その村の属する地域では、「ろくめん様」という博打に強い産土神が信じられていたのですが。その「ろくめん様」があるとき、賭けに大負けして、その支配する土地の作物すべてを賭けの代償にとられそうになったとき、「虻」の神様がそれを肩代わりしてくれたため、氏子たちは助かったという言い伝えが残っています。このため、この畑間村あたりの地域では、「虻」を殺さず、神様として扱っているのですが、この神様、あまり頭がよくないため、村人が誰かを呪う願いを、99匹の虻に血を吸わせて祈る、という儀式をすれば願いをきいてくれるという、ある意味、厄介な神様です。

そして、村の大きな麻と木綿を扱う仲買問屋の跡取り息子に見初められた、餅太郎の姉に呪いがかけられてしまうという事件がおきます。
この虻の神様の呪いは、呪いをかけられて人の食べ物や飲み物に虻の幻が混入して見え、気持ち悪くて食事や水分がとれなくなり、衰弱死してしまうというものです。
なんとか、姉の呪いをとこうとした餅太郎は、姉が虻が混じって見えるという茶碗の水を飲み下し、姉の身代わりになろうとすると、巨大な虻が現れて彼をひっつかみ、「ろくめん様」が八百万の神様と賭け事を毎日楽しんでいる、あの世とこの世の境のような街につれていかれます。

そこで、彼は、この世で村人たちが「ろくめん様」に備える「賽子」の指図で下働きを続けて、「ろくめん様」に畑間村に還してもらう日を待つこととなります。そして、そのうちに、大畑村の「ろくめん様」の神社の禰宜の娘・弥生と知り合うこととになるのですが・・という展開です。
わがままな弥生さまにふりまわされる餅太郎や、賭けに負けて泣いている「燕の神様」を助けたり、とそれなりに暮らしていくのですが、ある時、この世界をひっくりかえすような出来事が「この世」から持ち込まれ、という筋立てです。

この「変わり百物語」は、あちらの世界の怪異がこちらの世界に忍びいってくるという展開が多いのですが、この話では、こちらの世界の乱暴さがあちらの調和した世界をぶち壊していく物語ですね。

第二話 土鍋女房

第二話の「土鍋女房」の語り手は、房州あたりで、代々、大きな川の渡し守をしている一家の娘で、実家の船頭宿の手伝いをしている三十歳より少し手前の女性「おとび」です。
彼女の実家の「渡し守」の家は、急流で船を操る仕事のせいか、当主が事故死することが多いのですが、今回の話は、1年前に死んだ彼女の兄・喜代丸におきた話です。

渡し船ではいろんなトラブルがおきることが多いのですが、その日も、大店の娘とその付添の老人が船に乗ってきてのですが、風の強い日であったため、大きな栗の毬が勢いよく飛ばされてきて、老人の目のあたりにあたり、怪我を負ってしまいます。この時、喜代丸が老人の怪我の手当をして大層感謝されることになるのですが、その時に、船のなかに差し渡し一尺(約30cm)ぐらい、深さ二寸(約6cm)ぐらいの蓋のついた土鍋が座しているのが見つかります。持ってみるとほのかに暖かく、中でなにか水っぽいものが動く気配がするので開けてみると何もない、という不思議なものです。さらに、誰かの忘れ物だろうと、船宿においておくといつのまにか見えなくなってしまって、という筋立てです。

この船で怪我をした老人の世話をしたことから、喜代丸に近くの海べりで海苔の養殖をしている筑地屋の娘との縁談話が持ち上がって、と物語が進展していきます。
裕福な海苔屋との縁談なので、簡単にまとまるかと思われたのですが、当人の喜代丸が首を縦にふりません。本人は、自分はいつ命を落とすかもしれない渡し守の仕事を辞める気はないから、というのが表向きの理由なのですが、妹の「おとび」はある夜、あの風の強い日に現れた「土鍋」とそっくりな土鍋を開けて、中にいる何者かに話かける兄の姿を見るのですが・・という展開です。

川の主に見込まれた兄は案外に幸せだったのかもしれない。そんな怪しげな思いにかられる一篇です。

第三話 よって件のごとし

第三話の表題作「よって件のごとし」の語り手は、裕福な商人風の老人と盲目で、衰えた老女の夫婦ものなのですが、妻の案内もかねて男の左手首と女の右手首が細い帯紐でむすんであります。
老人は「真吾」という名で東北の久崎藩という一万石程度の小藩の山間の「宇洞の庄」の二つの村の肝煎を務める浅川家の四代目だったのですが、その彼の若い頃に起きた話です。

三十数年前、老人がまだ十七くらいの立冬の朝、屋敷の近くにある「夜見ノ池」という四間ばかりの大きさながら、深さのある池が凍ってしまいます。深い湧き水の池なのでめったに凍ることがなく、不思議に思った彼が池の中を調べるため、物干し竿をつっこむと何かがひかかってきます。それを手繰り寄せると。青白く膨れた土左衛門が浮かび上がってきて、という筋立てなのですが、怪異はこれからで、池の近くに安置しておいたその亡骸が突然起き上がって、村人たちを襲ってきます。さらには、この土左衛門に噛まれた村人が、おなじようなゾンビ状態となり・・という展開です。

この後、土左衛門の娘の「花江」と名乗る娘が、「夜見ノ池」の底から浮上してきて、この池と底でつながっているらしい、パラレルワールドの話を語り始めます。向こう側の池は読みが同じで字が違う「黄泉ノ池」といって、村の名前は「羽入田村といって、楮と和紙づくりで裕福な宇洞ノ庄中の村と違って貧しい村。そして大きな違いは、村の近くに突然出現する地下深い割れ目の中から「ひとでなし」と呼ばれているゾンビが出現し、それに噛まれた者もゾンビ化して人を襲い始める、という怪異です。

先だって、「夜見ノ池」から出現したゾンビは、ひとでなしに噛まれた花江の父親で、そのゾンビの首を切って息の根を止めるため、こちら側に彼女は池を潜ってやってきた、という経緯ですね。

花江と彼女の村人の難儀を思って、真吾をはじめ村人や村役人は、池を潜って、あちら側の「ひとでなし」退治に出撃することとなるのですが・・という展開です。

このシリーズでは珍しく、異世界アクションものです。

Bitly

レビュアーの一言

「おちか」の出産ももうすぐという時になり、縁起をかついでこの百物語も一時中断することになります。
さらに、物語の最後半で突然、三島屋の跡取りとなる兄・伊一郎が還ってきます。外の飯を食って修行する期間も明けて、本格的に家を継ぐ準備を始めるようですが、必然的に、富次郎の身の振り方もどうなるかということもありますし、伊一郎は「百物語」に好意的ではないので、これからこの「変わり百物語」そのものがどうなるか気になるところであります。

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