ハイジャック事件が産んだ安楽椅子探偵は呑み屋で事件の真相を暴く=石持浅海「座間味くんの推理」シリーズ

事件現場に赴くことなく、刑事や関係者から聞き取った話から事件の真相や犯人を解き明かしていく「安楽椅子探偵」ものは、生々しい現場や感情のぶつかり合う人間関係からちょっと距離をおいて、「推理の醍醐味」が味わえる、ミステリーでも定番の分野といえるでしょう。

このジャンルの探偵役には、アガサ。クリスティの生み出した「おばあちゃん探偵」のミス・マープルをはじめ、市民サービ課臨時出張所を名乗る黒腕抜きをした公務員風の相談員、文字通り、喋ることのできる安楽椅子「アーチー」など、特色ある探偵が目白押しなののですが、今回とりあげるのは、フツーの会社員がハイジャック事件の乗客となったことから、警視庁のキャリアと知り合いになり、すでに解決していると思われている事件の真相を、街の居酒屋で酒肴を楽しみながら明らかにしていく「座間味くん」シリーズです。

2022年9月現在では、シリーズ最初のハイジャック事件で主人公の「座間味くん」が、犯人との折衝役を勤めることとなる「月の扉」から、2022年8月に出た「新しい世界で~座間味くんの推理」までの5冊が刊行されています。

「月の扉」のあらすじと注目ポイント

シリーズ第一作目となる「月の扉」の舞台は沖縄県の那覇空港です。那覇と羽田を結ぶ路線を運航する航空会社「琉球航空」の20時発羽田行きの航空機が空港内でハイジャックされ、離陸を止められます。機内の乗客のうちの三人の乳児を人質にした犯人の要求は、数日前に逮捕されたフリースクールの代表者・石嶺の釈放です。犯人たちは午後10時30分までに石嶺を空港の滑走路まで連れてくれば、人質を解放して立ち去る、と警察へ通告します。

沖縄県警の仲宗根本部長と国際会議の警備応援に派遣されていた警視庁の大迫警視が指揮をとる警察側と犯人との駆け引きが始まる中、ハイジャックされた航空機に乗っていた一人の女性がトイレにいったまま、手首を切り裂かれて死んでいるのが発見されます。

そして、犯人は現場にいあわせたカップルの乗客のうちの男性(「座間味島」のTシャツを着ていたため、「座間味くん」と命名され、以後、シリーズを通しての通り名となるのですが)を指名して、この事件の真犯人を見つけるよう命令してきます。

引き受けなければ、人質を殺すと脅され、「座間味くん」は事件の謎解きを始めるのですが、それは事件だけでなく、ハイジャック事件の背後にある本当の動機を明らかにし、ハイジャックの解決を図るよう、犯人とわたりあうことのなるのですが・・・という展開です。

「座間味くん」が解き明かす事件の意外な犯人と、乗客や人質を無事に生還させ、ハイジャック事件を完結させる彼の手際をお楽しみください。

「心臓と左手~座間味の推理」のあらすじと注目ポイント

第二作目の「心臓と左手」は、事件から数年後、東京の新宿にある書店で偶然再会した警視庁の大迫と座間味くんの二人が、当時のことを思い出して、小料理屋で一緒の呑むところから始まります。

ちょっと出来すぎかなと思わせる設定なのですが、これをきっかけに、警視庁のエライさんになっている大迫が、すでに解決してはいるのですが奇妙な事件を「座間味くん」に語り、彼がその事件の裏に隠れていた真相を明らかにしていく、という設定です。

今巻の収録は

「貧者の軍隊」
「心臓と左手」
「罠の名前」
「水際で防ぐ」
「地下のビール工場」
「沖縄心中」
「再会」

の七篇。

表題作の「心臓と左手」では、新興宗教の教祖が急死し、教祖の心臓を食べた信者は教祖の持つ超能力を受け継ぐことができるという話が信者間に広がり、教団幹部たちの間で殺し合いの争奪戦がおきるのですが、その争いから早々とリタイアし、教祖の「左手」を受け継ぐことにした教団幹部・鳴嶋の狙いは何かを、座間味くんが推理します。宗教がらみのオカルトっぽく見せかけて、最近のセキュリティ事情が謎解きのカギとなります。

もうひとつネタバレしておくと、第一作「月の扉」でハイジャック犯の人質になった、当時一歳だった「玉城聖子」ちゃんが小学校6年生になって再登場します。彼女の家庭は、事件以後、父親が酒浸りになって崩壊状態になったいるのですが、その家庭から脱出するため、沖縄の全寮制の私立学校の見学にきたところで、大迫警視長や座間味くんと再会することとなります。ここで、座間味くんが、彼女の父親が酒浸りになってしまった本当の理由を明らかにするのですが、それは相当「苦い」真実です。

「玩具店の英雄~座間味くんの推理」のあらすじと注目ポイント

シリーズ第三作「「玩具店の英雄」では、科学警察研究所で防犯について研究をしている女性研究員・津久井操が、警視庁のナンバー4に出世している大迫警視正と「座間味くん」との定例の呑み会に同席して、彼女が直面している奇妙な事件について語り、その真相を「座間味くん」が明らかにしていくという筋立てです。

収録は

「傘の花」
「最強の盾」
「襲撃の準備」
「玩具店の英雄」
「住宅街の迷惑」
「警察官の選択」
「警察の幸運」

の七篇。

表題作の「玩具店の英雄」では、街の玩具店でおきた過失致死事件の真実です。その玩具店ではハロウィーンのセールを開始したのですが、そこに来店した親子連れの中に、一人の中年男が刃物をもって乱入します。その男は、店の女性店員にストーカー行為を繰り返していて、その女性を傷つけるためにやってきてのですが、ちょうど休暇中で娘と一緒に来店していた警察官が取り押さえようと、犯人と対峙するのですが、犯人が興奮しきっていて取り押さえることができません。そこへ他の親子連れの男性が横から犯人を突き飛ばし、犯人ともみ合いになっていいるうちに犯人が頭を棚にうち、死んでしまったという事件です。

その男性は過剰防衛に問われて服役するのですが、助けられた上に、男性に不利な証言をした警察官に非難が集まり・・という展開です。これを聞いた「座間味くん」が明らかにした真相は、犯人を取り押さえた男性の意外な行為で・・という展開です。

各話の謎解きとあわせて注目しておくのは、当初、エリート意識がぷんぷんした鼻持ちならない感じの「津久井」研究員が、座間味くんの推理の数々に接してだんだんと柔軟になっていくところでしょうか。

「パレードの明暗~座間味くんの推理」のあらすじと注目ポイント

シリーズ第4作の「パレードの明暗では警視庁のナンバー3となった大迫警視長と「座間味くん」との定例呑み会に、女性特別機動隊所属の巡査・南谷結月が同席して、大迫の語る難事件に対する「座間味くん」の解き明かす真相を聞いて、警察官として育っていく、という成長物語でもあります。付け加えておくと、南谷は柔道で全日本選手権の出場経験のある猛者なのですが、持ち前の突っ走り傾向を心配した、元特殊急襲部隊SATの出身の向島の推薦のこの呑み会に出席しています。向島は第一巻の「月の扉」で、大迫と一緒に要人警護を担当していた警察官ですね。

収録は

「女性警察官の嗅覚」
「少女のために」
「パレードの明暗」
「アトリエのある家」
「お見合い大作戦」
「キルト地のバッグ」
「F1に乗ったレミング」

の七篇。

表題作の「パレードの明暗」では、大学のイベントで企画された「仮装パレード」に反対するグループが沿道にしかけた「妨害工作」に対する対応で評価がわかれたもの。

妨害の脅迫を受けたパレードの実行委員会の学生は、沿道のパレードを行っていたのですが、男女のペアが沿道に放置してある不審なレジ袋を発見します。

実はそれは反対グループがしかけた、センサーによってペンキを噴出送致だったのですが、中身がわからないため、学生の反応が違ってきます。男子学生のほうは近くにあったゴミ箱をかぶせて、中で噴射させるという手段をとったのですが、女子学生のほうは車道に押し出して噴射させてことで、近くに停車していた車にペンキがかかってしまいます。

事件の非難は当然、その反対派グループに向うのですが、対応の方法では男子学生のほうが支持されます。ところが、その話を聞いた「座間味くん」は就職面接なら女子学生のほうを採用したい、と言いだし・・という展開です。

その理由は本書のほうでお確かめください。

「新しい世界で~座間味くんの推理」のあらすじと注目ポイント

第五作めの収録は

「新しい世界で」
「救出」
「雨中の守り神」
「猫と小鳥」
「場違いな客」
「安住の地」
「お揃いのカップ」

の七篇。

今巻では、沖縄の高校に特待生入学し、高校生活をおくっていた、ハイジャック事件の人質だった「玉城聖子」ちゃんが、東京の大学に入学し学生生活をおくっているところから始まります。彼女は20歳になったのを機会に、大迫と「座間味くん」との定例呑み会の正式メンバーとなっているようです。

表題作の「新しい世界で」では、大迫から、大手商社の社員が交際中の女性を殴って「傷害」でつかまった事件の話が語られます。男は離婚歴があり、殴られた交際相手は昔の浮気相手です。さらに彼は最近、株式投資で失敗した上に、その穴埋めのため業務上横領をしたのがばれて会社を馘になるのは間違いない状況になっていて、イライラが募り、今回の事件を起こしたようです。

そして、この事件の様子を聞いた「座間味くん」は「別れた奥さんの狙い通りですね」と謎の発言をするのですが、その真意は・・といった筋立てです。

今巻では、呑み会のメンバーとなった「聖子」の近況と、いつものように「座間味くん」の推理が描かれていくのですが、最終話で意外なハッピーエンドが待ってますのでお楽しみに。

レビュアーの一言

一応、時系列で話が展開してくるので第二巻の「心臓と左手」から順番に呼んでもいいですし、一話完結の話の短編となっているので、途中巻から読んでもいい、読者の自由な読み方を許してくれる連作集となっています。

そして、最初の事件の概要が描かれ、「座間味くん」以外の呑み会の出席者による推理が披歴され、最後にアッと驚く「座間味くん」のどんでん返し的謎解きがでてくる、という基本パターンは共通なので、安心して楽しむことができるミステリーとなっています。

ただ、希望をいえば、「座間味くん」の人柄と持ち味が出ている第一作「月の扉」を読んでから各巻に向かうと、よりいっそうシリーズのディテールが楽しめるような気がします。

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