新型コロナ以前の「旅先での謎解き」ミステリはいかが=綾見洋介「その旅お伴します 日本の名所で謎めぐり」

新型コロナの感染拡大下で失われてしまった最たるものの一つに、思い立った時に旅に出る気楽さと酒場、特に小さなカウンターバーでのバーテンダーや偶然、同席した初対面の客との酒を酌み交わしながらの語らいがあげられます。

「トラベラー」という街のバーで知り合った様々な客の名所への旅に同行し、客が抱えていた謎や、旅行先でおきる不思議な出来事を解決する、まだ旅行や移動に制限がなく、酒場への出入りが自由だったあの頃を思い起こさせてくれるトラベル・ミステリーが本書『綾見洋介「その旅お伴します 日本の名所で謎めぐり」(宝島社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

旅の門出1 小さな旅
一話 春の月(舞台・厳島神社)
旅の門出2 万の言の葉
二話 正義のヒーロー(舞台・石舞台
旅の門出3 過去の遺産
三話 雪にまみれた未来(舞台・石川郷)
旅の門出4 鶴と紅ガラス
四話 鶴の飛来(舞台・鹿児島)
五話 時計の針は(舞台・大湯環状列石)
エピローグ

となっていて、第五話以外は、本編の前に「旅の門出」という小エピソードが挿入されていて、本巻で、お伴の旅人兼謎解き役を務める歴史学者の梓崎がお客と知り合うバー「トラベラー」のマスターと妻との旅の記録なのですが、これが最後のエピソードの謎解きの前振りになっているのでお見逃しなきように。

広島・厳島神社の鳥居近くの穴は何?

謎解きのほうは、まず第一話「春の月」では、都内の塗料メーカーの営業部に勤務する「最勝寺塔子」が広島へ出張時に仕事の終了後、厳島神社で出会った観光ボランティアの男性から、自分がサラリーマン時代に妻と暮らしていた東京の南千住にある喫茶店のそばの桜の木が開花しているようすを撮影してきてほしい、という依頼を受けたことに始まります。春のはじめに大学受験で上京した甥にその桜の写真を撮ってもらったのですが、まだ桜の花が咲く前だったとのこと。広島には何度もやって来るので承知した塔子だったのですが、現地に行ってみるとその桜は一年前に台風で倒れ、喫茶店も再開発ですでに昨年取り壊されています。ボランティアの男性の甥が撮った写真は何?というのが第一の謎。

この謎を解くのにうってつけの人がいるというバーを紹介され、そこで知り合った歴史学者の梓崎と一緒に広島の厳島に旅行して、そのボランティアの男性と会うこととするのですが、その厳島神社の鳥居付近で50㎝ぐらいの穴が複数掘られているのを発見します。

東京の南千住の喫茶店の桜の写真の謎と、この厳島神社の鳥居近くの穴の謎が、梓崎の推理によって、塔子が知り合った観光ボタンティアの甥へと収束していきます。

奈良・石舞台の石室内で人が消える?

第二話の謎の舞台は奈良の蘇我馬子の墓と伝えられている「石舞台」が舞台となります。二話目の謎解きの依頼者・桐川清史は、小学校の頃、友達と「ドロケイ」で遊んでいたところ、泥棒役の同級生が石舞台の石室の中に逃げ込んだのを見て中まで追いかけるのですが入ってみると、他の同級生はいたものの探していた男の子の姿は見えません。しばらくして、石舞台の外からその男の子が自分に声をかけてきて・・という石室内での人体消失の体験をしています。

今回、いま付き合っている彼女の浮気疑惑の真相をつきとめるための帰郷に、バーで知り合った梓崎が同行します。彼女は浮気相手と石舞台で会うのではと現地へ行くのですが、石舞台の石室の中から、その彼女が石舞台の中から消失してしまうという、小学校と同じような経験をすることとなります。

この謎を梓崎が解き明かすのですが、ついでに今まで疎遠になっていた同級生との仲を復活させることにもつながっていきます。

白川郷で届く古びた手紙の謎と薩摩切子を遺して消えた女性の謎

このほか、雪の白川郷を舞台に、紙が茶色くなった古びた自分あての手紙が届くのですが、外は雪が積もったままで人が出入りした跡がなかった、という謎(「雪にまみれた未来」)

や、パワハラでガラス会社を辞めてしまった同僚女性が会社に残していた「薩摩切子」のガラスコップを届けるため、その女性を探して、鹿児島、野田と旅をするのですが、梓崎がまんまと騙されて、ストーカーの道案内を勤めてしまう話(「鶴の飛来」)、中学校の時に転校してしまった親友と再会を約束した故郷の地で、彼が埋めたタイムカプセルを探し出して知ることとなる親友が抱えていた秘密と未練を残した最期(「時計の針は」)など、環境名所を舞台にハートウォーミングな謎解きが展開されていきます。

レビュアーの一言

このトラベルミステリーを読んで思うのは、コロナ禍で失われたのは、旅の機会の喪失という物理的なものではなく、旅をすることで重層的に人の心の中につくあげていく「想い出の層」なんでしょうね、ということ。

それは、旅行費を助成して安価になったからどんどん旅行しましょー、といった経済的なことで解決するものではなく、「旅」によってしかつくられない「想い出」「記憶」をどうつくっていくか、ということではないでしょうか。今後も、新型コロナとの共存を迫られる中、単純に「コロナ以前の状況に戻すこと」ではなく、仮想現実も使いながら、コロナ以前と同じ環境をどう構築するか、ということのような気がしています。

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