物理法則を支配する少女は、硫化水素殺人の謎を解き明かす=東野圭吾「ラプラスの魔女」

地方の少し寂れた温泉地でおきる2つの「硫化水素」中毒による死亡事故。
いずれも、温泉から出るガスが滞留したためのものへと警察の捜査も傾いていくのですが、金持ちの初老男性が死んだことと、付近で不審な若い女性が出没していたことから、事件の検証に呼ばれた地質学者と所轄の刑事が、それが事故でなく、他殺ではという疑いから捜査を始めるのですが。というサイエンス・ミステリーが本書『東野圭吾「ラプラスの魔女」(角川文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

冒頭では、母親の実家のある北海道を訪れている母娘のドライブの様子から始まります。隣町へ向かう、周囲に何もない一本道を自転車で走行中、突然に発生した竜巻に巻き込まれて、避難した建物が倒壊し、母親が死んでしまうシーンがプロローグになっています。

このエピソードとラプラスの「魔女」というタイトルから、生き残った少女が物語のキー、というかおそらく犯人ぽいいよね、と思わせるスタートです。さらに、この少女・羽原円華が誰かを捜す、といって失踪してしまうあたりでその疑いはますます濃くなりますね。

事件のほうは水城という映像プロデューサーと、銀座のホステスをしていた若く美しい彼の新妻・千佐都が訪れた「秘湯」といわれる温泉地でおきます。温泉以外ほとんど売り物のないこの地で、唯一、見所といえる滝をこの夫婦が観光に行くのですが、そこで夫の方が「硫化水素」中毒で事故死してしまいます。

現場の調査を依頼された地球化学の専門家・青江教授にも、温泉から噴出した「硫化水素」が滞留した理由はわからないのですが、被害者の住所地を担当する麻布北署の刑事・中岡が、硫化水素を人為的に発生させた「殺人」ではないか、と青江に意見を求めてきて・・、という筋立てです。死んだ水城の若い妻がいかにも財産目当ての結婚、という風情をプンプンさせているのが疑いをもった要因ですね。

さらに、青江は現場の調査をしている時に、現場を歩く不思議な少女と出逢い、という展開ですね。少しネタバレしておくと、この少女は、今巻の主人公・羽原円華で、彼女は誰かを探して、この事件現場に訪れたようで、この少女の「人探し」と彼女の正体がこの物語のキモとなってきますね。

この「水城」の死亡事件に続いて、売れていない映画俳優の硫化水素中毒による死亡事件が別の温泉地でおきます。この現場にも参考人として調査に訪れた青江教授は、硫化水素中毒の過去の事件や事故を調べ始め、「水城」と懇意だった映画関係の関係者に、家族三人を硫化水素中毒で失ってしまた映画監督がいて、その人物のブログを発見します。その映画監督・甘粕才生の家族は長女が硫化水素自殺を図り、そのガスで妻が死亡し、息子が植物人間状態になってしまった、という事故らしいのですが、その息子・甘粕謙人が入信したのが、事件現場で遭遇した「羽原円華」の父親で脳外科の専門医師の羽原全太朗博士で、彼の脳外科手術によって甘粕謙人は奇跡的な回復を遂げるのですが、その手術を受けた者はある特殊な才能を開花させるらしく・・という展開です。

そして、この2つの事件は、どうやら甘粕謙人が黒幕として母と姉の復讐をしようとしていて、それを羽原円華がとめようとして動いているらしいことがだんだんと明らかになってくるのですが、謙人が復讐しようとしている人物は誰なのか、そして謙人と円華がもつ「特殊な才能」とは一体何なのか、と物語が動いていきます。

円華や謙人の才能を秘匿しようとする円華の父親の所属する大学と国家の中枢部、事件の真相を暴こうとする青江教授と中岡刑事、そしてスパイのように動く円華、と三者が交錯しながらの緊迫したストーリー展開が楽しめる仕掛けとなっていますので、最後まで一気読み確実のミステリです。

Amazon.co.jp: ラプラスの魔女 (角川文庫) : 東野 圭吾: 本
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レビュアーの一言

本巻にでてくる「ラプラス」とはフランスの数学者で、彼の提唱した「ラプラスの魔」とは、世界に存在するすべての物質と運動量を知ることもできる知性にとっては、原子の時間的発展を計算することができ、未来の世界がどうなるか完全に予測することができる、というもので、後にその知性のことを「ラプラスの魔」と呼んだとのことです。この「ラプラスの魔」の体現者として「魔女」円華がイメージされているわけですね。
彼女は、物語の最後で、この世界の未来について「知らないほうが幸せだよ」と暗い発言をするのですが、実は、20世紀初頭から発展した量子力学の不確定性原理によって「ラプラスの魔」は完全に否定された、という話もあるそうで、円華が本当に未来を予測できているかどうかは、未だ「闇の中」というところでしょうか。

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