ぼろ鳶は、仇敵の伝説の火消・伊神甚兵衛と最終対決=今村翔吾「襲大鳳」

火の粉を浴びたり、消火の水をかぶるためにぼろぼろの半纏をきているせいで、ついたあだ名が「ぼろ鳶」。江戸を火事から守る火消しの中でも、一・二を争う結束力と勇敢さをもつ新庄藩大名火消しの活躍を描く「羽州ぼろ鳶組」シリーズの第10弾が本書『今村翔吾「襲大鳳」上、下(祥伝社文庫)』です。

今巻では、「ぼろ鳶」の頭取・松永源吾の父の飯田町定火消頭取・松永重内は亡くなる原因となった「大学火事」を引き起こし、自分と配下を陥れた儒家の林家と尾張藩に復讐をはかった元尾張藩大名火消頭取・伊神甚兵衛との最終対決が描かれます。

あらすじと注目ポイント

「襲大鳳」の文庫本の構成は、上・下の二巻仕立て。

上巻が

第一章 青銀杏
第二章 黒鳳の羽音
第三章 連合の系譜
第四章 蝗と龍
第五章 尾張炎上

下巻が

第六章 鉄の意志
第七章 信
第八章 若き銀杏よ
第九章 大音の男
第十章 その名、伊神甚兵衛
終章

となっていて、上巻はまず、新米の町火消い組の慎太郎とめ組の藍助とが、切絵図と首っ引きで、歩きながら江戸の町の地理を体で覚えようとしているところから始まります。

尾張藩邸付け火の犯人は伊神甚兵衛?

二人は道々、番付上位の先輩火消たちの品定めをしながら江戸の街を歩き回っているのですが、その途中で麹町になる「尾張藩上屋敷」の一つに火の手があがっているところに出くわします。

慎太郎と藍助がかけつけたところ、屋敷の主人の居室から突如爆発するように火が吹き上がり、火柱が吹き出している状態です。本来ですと尾張藩邸の火事なので、尾張藩火消が駆け付けたり、近くの市ヶ谷定火消が駆け付けるはずなのですが、ちょうど定火消の会合の最中であったため、初動が遅くなっているようです。

屋敷の中には御殿女中が一人取り残されているらしく、慎太郎が助けるため、火事の中に飛び込もうとすると「この炎、お前では無理だ」と止める者がいます。それが八重洲河岸定火消頭の通称「菩薩」の進藤内記。慎太郎は不満をかかえながらも、内記に従いて火元へ入り、逃げ遅れた女中を助け出すのですが、内記の火消しの技の凄さに圧倒されます。そこで救出作業をしながら火事の様子を観察していた内記が「これは付け火だ」と断言し・・という流れですね。

そして、その火事の異様な燃え方と場所が「尾張藩」であること。さらに「炎が逆さまになっていた」という現場に居合わせた藍助の言葉から、今回の火事が普通の火事ではないと考えた源吾たち主だった火消しの組は、入ったばかりの火消の「雛」たちはしばらく火事場に出さないことを申合せるのですが、それが慎太郎と藍助には面白くありません。

二人は、火消し仲間とは独立行動ををとる、先の火事で知り合った進藤内記と同一行動をとることにするのですが、そんな折、尾張藩中屋敷で再び同じような火事が起き・・という展開です。

上巻は、この中屋敷の火事で取り残された奥女中を救おうとする源吾たちの前に、伝説の火消で、今は放火犯の疑いのかけられている、元尾張藩火消頭取・伊神甚兵衛が現れるところで下巻へと続きます。

背後にいる一橋卿の悪だくみを潰せ

下巻では、尾張藩中屋敷の火事現場に姿を出した、伊神甚兵衛の捜索を江戸の火消し総出で始めるところから始まります。さらに今回の火事が通常のものと違う燃え方をしていることから、何かの「ガス」ではないかと考え、尾張藩に相当の恨みを持っている者の仕業では、と推理がされていきます。ここで、自ら育てた尾張藩火消を儒家の林家と尾張藩の家老によって騙し討ちで壊滅された伊神が有力容疑者として浮上してくるわけですが、少しねたばれしておくと、ここは作者のしかけた「フェイク」ですのでひっかからないように。

三番目の火事は「戸山屋敷」と呼ばれ、13万6千坪の広大な敷地の尾張藩下屋敷が狙われます。この下屋敷にある、藩主が「宿場町」の雰囲気を味わうためにつくられた人工宿場町の宿屋から火が出、下屋敷内にある家屋へと燃え移っていきます。

ここでも逃げ遅れた奥女中を助け出すために、伊神甚兵衛が現れるのですが、これを待ち構えていたのが、自分の剣術道場を焼かれ、激高している尾張藩の剣術指南役。小野坂です。この小野坂の伊神を捕らえようとする動きを封じ、甚兵衛から一連の火事の秘密と、父親の松永重内の死の真相を聞き出そうと、甚兵衛を逃がし、自らも彼と同道した源吾なのですいが、そこで聞いた真相は、ぼろ鳶をはじめとする火消しの仇敵・一橋卿につながる驚くべきもので・・という展開です。

そして、伊神甚兵衛が自分を襲撃してくるであろうことを予測し、彼が一連の尾張藩の付け火の犯人で、今度は一橋卿を狙ってこようとしているというデマを飛ばし、彼をおびき寄せようとしている一橋卿一派の罠の中に、源吾は伊神甚兵衛と共に飛び込んでいくのですが、そこに江戸中の火消したちも集結しはじめ、と最終盤に向けて、火消しvs一橋の大バトルが展開されていきます。

そして、最後のところでは、炎聖・伊神甚兵衛と火喰鳥・松永源吾の見せる感動シーンがありますので最後まで気を抜かないようにしましょう。

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レビュアーの一言

本作は作者が「あとがき」の中で、

この「襲大鳳」は羽州ぼろ鳶組シリーズ前半戦の山場、ドラマでいうところのシーズン1の最終回のつもりでした。

と書かれているように、源吾の父・松永重内の死の謎や、八重洲河岸定火消頭取・進藤内記の捨て子売買の真相、日名塚要人率いる「麹町定火消」の秘密など、「火喰鳥」にはじまる十巻のなかで、細部が明らかになってこなかった謎の数々が明らかになる巻でもあります。

残念ながら、源吾たちの仇敵・一橋治済の謀みはまだ全貌が見えてはこないのですが、こちらはこのシリーズとあわせて「くらまし屋」シリーズを読まないといけないのかもしれません。

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