山本五十六と櫂の不和が、日本の進路を誤らせる=三田紀房「アルキメデスの大戦」30

第二次世界大戦へと進んでいく日本の運命を変えるため、その象徴となる「戦艦大和建造」の運命を変えようと、海軍に入り、内部から太平洋戦争をとめようとする天才数学者の姿を描いたシリーズ『三田紀房「アルキメデスの大戦」』シリーズの第30弾。

前巻では、日本海軍の最新鋭機となる「ゼロ戦」の開発現場に立会い、その性能の優秀さに驚きながら、防護機能の脆弱さに憤慨した「櫂」だったのですが、今巻ではいよいよ日本をアメリカとの開戦へと追い込んでいく世界情勢の中で翻弄される姿が描かれます。

あらすじと注目ポイント

構成は

第289話 ガスタービン機関
第290話 原子爆弾
第291話 決裂
第292話 拒絶
第293話 情報錯綜
第294話 疑心暗鬼
第295話 アングロ・ソビエト軍事同盟
第296話 ルーズベルトの覚悟
第297話 誤訳
第298話 特ダネ

となっていて、まず序盤では、前巻でその防護機能の貧弱さに憤慨した「ゼロ戦」開発の中心となっている三菱重工業の堀越をドイツの亡命科学者たちの研究所へと案内する「櫂」の姿が描かれます。

ここでは、海軍の研究者たちの協力を得ながら「ガスタービン機関」の研究がされていて、この物語では実用試験機が完成した段階となっています。
実際には1937年にフランク・ホイットルが、ハンス・オハインが1936年に、それぞれイギリス、ドイツで実用機が開発されていて、日本での開発記録は残っていないようなのですが、戦時中に失われた開発史として読んでおくと面白いかと思います。

そして、防御性能の低さを指摘し、飛行隊員の消耗を事前に防止するため、ここの改良を山本五十六長官に進言する「櫂」に対し、物資不足を理由に一言のもとに拒否します。「敵の弾に当たらなければ良いのだ」という山本の言葉の中に、「精神論」に偏りすぎた当時の軍人の思考回路が現れていますね。

この衝突をきっかけに、山本長官はあれこれと口を出してくる「櫂」を疎んじ始め、これが最終的には「櫂」が外務省の丹原からもたらされた独ソ開戦の情報の握りつぶしに繋がり、日本海軍の進路を大幅に歪めてしまうことになるのですが、詳細は原書のほうで。
山本長官の「櫂」に対する態度は、えっというほど急変していて驚くのですが、ここには「櫂」の人間関係に無神経な彼の態度も悪影響しているのは間違いないですね。彼のしつこすぎる忠告は熱意のあまり、とはいえ山本長官が毛嫌いしたのも理解できます。

そして、政治情勢のほうは、独ソ戦の情報の遅れから南方への侵攻の方針を決定した日本に対し、アメリカ側はこの方針を撤回しないと石油を禁輸する対抗策をとらざるをえなくなると、在米日本大使館に隠密理に提示するののですが、ここで本書では、野村大使がその意図を読み違え、事態は急速に悪化していくこととなります。

このあたりは作者のフィクションかもしれませんが、野村大使は1941年のアメリカの国務長官・ハルとの秘密交渉で、和平を結ぶための4つの条件を日本本国に伝えず、この後の交渉を混乱させた前科があるので、あながち嘘とも思えませんね。

日本とアメリカの国際情勢はどんどん悪化していく様子については、原書のほうでお確かめください。

Bitly

レビュアーの一言

三菱重工業の堀越を案内して研究所にいる「櫂」のもとへアメリカが原子爆弾開発に着手したという情報がもたらされます。

第2次世界大戦というと、政治的な駆け引きや軍事戦略のことが話題の中心になることが多いのですが、これを支える科学技術競争の面でも、日本勢は劣勢に立っていることがうかがいしれます。

このへんで、「なぜ一番ではいけないのか」とスパコンを開発する科学者を糾弾して、研究開発に水を指した女性政治家に流れる精神と同じものが、この開発競争に対する政治家の意識に流れていたのでは、と邪推するのは私だけでしょうか。

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