旧松前藩士の遺児は土方歳三に反乱を仕掛ける=谷津矢車「北斗の邦へ翔べ」

会津戦争や東北戦争で敗れ、榎本武揚や大鳥啓介たちと蝦夷地にわたって蝦夷共和国をつくり、明治政府とわたりあった土方歳三の戦いは、蝦夷共和国側か明治新政府側から描かれるのが通例なのですが、その二つとは全く異なる、土方歳三たちに征服された、箱館に取り残された「松前藩」の遺児の目線で、箱館戦争が描かれるのが本書『谷津矢車「北斗の邦へ翔べ」(角川春樹事務所)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序 文化十年
第一章 明治元年十一月 伸輔の章
第二章 明治元年十二月 歳三の章
第三章 十二月 伸輔の章
第四章 明治二年一月 歳三の章
第五章 明治二年一月 伸輔の章
第六章 二月 歳三の章
第七章 三月 伸輔の章
第八章 三月~四月 歳三の章
第九章 四月 伸輔の章
第十章 五月 歳三の章
第十一章 五月十日
終話 明治十二年六月 伸輔の章

となっていて、冒頭は、江戸末期にロシアとの間で揉めたゴローニン事件でカムチャッカに連行された廻船問屋・高田屋嘉兵衛のエピソードで始まります。北海道の幕末の話となると函館戦争やアイヌの反乱が取り上げられることが多いのですが、高田屋嘉兵衛の物語が意外にキーポイントなのかな、と思う次第です。

本編は、北海道の函館を実効支配している榎本武揚軍の兵士を襲撃する「黒兎」と呼ばれている信輔と三平の二人の話から始まります。彼らの親は松前藩で家格は高くないながら目付見習いの職にあったのですが、幕末の正議隊の反乱によって、下士たちから吊るし上げられ、閉門・蟄居の処分を受け、家禄も停止されています。その後、松前藩は正議隊もろとも榎本軍によって北海道を追われたのですが、彼らの家は蟄居処分を解かれないままになっていて、信輔と三平は功績をあげ、家名の復興を狙い、榎本軍の兵士を襲って金品を奪っている、という筋立てです。

そして、この榎本軍兵士への襲撃がきっかけで、松前藩主・松前徳広が募集した反榎本軍の義勇兵「遊撃隊」に加わることとなり、遊撃隊の下っ端として、アジビラの版木を作成している彫師・お雪とのつなぎを務めることとなります。お雪は建具職人の娘なのですが、実はあり人物の血筋を引いていて、物語の後半で、遊撃隊をはじめとする反榎本軍派の「神輿」としてかつぎあげられることとなるのですが、詳細は原書のほうで確かめてくださいね。

一方。土方歳三のほうは、蝦夷共和国の軍の指揮をとって、松前藩兵を北海道から追い出し、その後行われた蝦夷政権の選挙では陸軍奉行並の役職につき、箱館の市中取締の任務についています。「市中取締」は新撰組当時からの彼のお家芸ともいえるのですが、当時の箱館はもともと松前藩が統治していた「敵地」である上に、松前藩軍が撤退のときに、榎本軍の支配を邪魔するため、市街地を焼き討ちしているため、スラム化が進んでいる、という幕末時の「京都」よる数段ひどい状況にあります。さらに、榎本軍は、「開陽」の座礁沈没以後、制海権を失っていて、春頃に予想される明治政府軍の総攻撃を前に、統治能力も衰えてきている、という状況です。

その状況下で情報をかき集め、元新撰組のメンバーを動員して「遊撃隊」を壊滅させていくのですから、土方の「軍事」の指揮能力は並外れているのは間違いないところです。

しかし、土方の奮戦も全体的な榎本軍の劣勢を押し返すわけにはいかず、箱館を侵略し、それに伴って街地を焼け野原にし、軍費調達のため商人たちから新税を徴収していく榎本軍に対し、遊撃隊の残党や箱館の裏の世界を牛耳るヤクザものたち、そして箱館繁栄のシンボルであった「高田屋嘉兵衛」の子孫である「お雪」を巫女として担ぎ上げた高田屋大明神の信徒たちの反乱軍が立ち上がり、信輔や三平もそれに加わります。彼らを押し止めるべく対峙する榎本軍の指揮をとるのは土方歳三で・・という展開です。

しかし、一見、正義の軍っぽい感じの民衆の反乱軍なのですが、それを煽動しているのは、箱館の実効支配を狙うある勢力で・・と一筋縄でいかないのでご注意を。ただ、物語の最後半部の箱館のスラム街「鼠町」を舞台にした市街地戦はかなり迫力あるバトルシーンが連続していきます。

Bitly

レビュアーの一言

明治新政府軍と旧幕府軍との最終決戦となった「箱館戦争」は、大鳥圭介と土方歳三の箱館制圧や、軍艦「甲鉄」奪取を狙った宮古沖海戦、そして最後の五稜郭の決戦が有名どころなのですが、5月11日の箱館総攻撃の前日に、実は歴史の陰に埋もれてしまった大騒乱があったというのは、秘史ものとしてワクワクする設定です。

幕末ファンや新撰組ファンはぜひおさえておきたい一冊です。

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