江戸後期の「伝説の最強棋士」の修羅の生き方=谷津矢車「宗歩の角行」

徳川幕府の11代将軍・徳川家斉から14代将軍・徳川家茂までの幕末期に、幕府からその地位を公認された将棋三家の出身ではないため「名人」にはなれなかったものの、その実力では一番であったと言われる伝説の棋士「天野宗歩」の、人格・生活は破綻者の天才棋士の半生を描いた歴史小説が本書『谷津矢車「宗歩の角行」(光文社)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

一 大橋宗桂の章
二 建具職人又八の章
三 加藤看意の章
四 石本検校の章
五 用人条介の章
六 大橋柳雪の章
七 最初の妻お龍の章
八 伊藤宗印の章
九 大橋宗珉の章
十 大橋宗珉妻お冬の章
十一 煮売居酒屋かどや店主の章
十二 版元山崎屋清七の章
十三 目明し文平の章
十四 後妻ふさの章
十五 大橋宗金の章
十六 市川太郎松の章
十七 天童のやくざ者杉六の章
十八 長坂六之助の章
十九 宮大工甚八の章
二十 風吉の章
二十一 聞き手の章

となっていて、将棋の名家の出身でないため、棋譜は数多く残っているものの来歴であるとか、将棋家を飛び出てからの様子や44歳の若さで亡くなった死因であるとか、数多くの謎が残されている史上最強といわれる伝説の棋士の姿を、彼の師匠であるとか弟子、妻や将棋のライバル、あるいは各地で知り合った市井の人の証言を通じて描き出していこうというスタイルの物語です。

ざっくりとした展開をいうと一から五までが江戸で大橋本家の内弟子時代、六から七までが京での賭け将棋修行時代、八から十三までが御城将棋時代と宗珉との対局、十四から十八までが奥州時代となっていて、十九から二十一が、宗歩の幼少期をしる人物の証言を通じて彼が誰を追い求め、どこを目指していこうとしていたのか、といったところを掘り出していくという展開になっています。

ここで、当時の将棋界のことを紹介しておくと、徳川幕府が開かれたころ、徳川家康から保護をうけた加藤算砂や初代大橋宗桂といった将棋指しの子孫が江戸へ移住し、大橋本家、大橋分家、伊藤家という「将棋三家」といわれる将棋の「家元」を形成しています。

この三家は幕府の俸禄をうける「御用達町人」で将棋の「名人」となれるのはこの三家の血筋のものでないとなれないとされていたようですね。本書では、この三家に名人を名乗れるほどの将棋の名手がいなくなっていて、町の浮浪児あがりの「宗歩」が旧暦の11月17日に江戸城内で将棋所の公務として行われる「御城将棋」に勝って、この名人位を奪おうというのですから中盤部分の大橋宗珉との対局やその勝敗をめぐって、宗珉の妻が宗歩を襲撃するあたりは、将棋界のお家粗銅といったところでしょうか。

ただ、そうした将棋界の伝統勢力と宗歩との将棋を媒介とした戦い、という側面は色濃くあるものの、全体としては、成る以外は斜めにしか進めない「角行」という駒を愛し、角行によって盤面を支配することを目指し、自らの将棋を追及した一人の「求道者」の姿、それは将棋という勝負事によって自らを削っていく一生でもあるのですが、八十一の升の中に、自分の人生を放り込んだ「伝説の棋士」の物語が展開されていきます。

宗歩の角行
江戸末期に活躍した天才棋士、天野宗歩。実力十三段、のちに棋聖と呼ばれた孤高の勝負師は、何を追い求め彷徨っていたのだろうか。近代将棋の定跡の基礎を築き、今も棋界から無二の存在と一目置かれる男の孤独と絶望に迫る、新たな将棋小説。

レビュアーの一言

江戸時代後期の「棋士」の世界というのは、かなり特殊な世界でもあるので、歴史小説好きにとってもそう馴染みのある世界ではないと思います。徳川幕府の崩壊とともに消滅して、今では史実としてしか存在しない「将棋の家元」には、伝統と因習の支配する「勝負の世界」という不思議を垣間見ることができますし、将棋界の闇として存在した江戸期の「賭け将棋」の世界もある意味興味深いところです。

江戸庶民を描いた時代小説ファンの方はおさえておきたい一冊ですね。

【スポンサードリンク】

コメント

タイトルとURLをコピーしました