浅井家の残党の若武者、信長暗殺を企む=井原忠政「姉川忠義 北近江合戦心得 一」

戦国時代を舞台にした歴史・時代小説というと、「天下布武」の旗印を掲げて駿河の今川、美濃の斎藤、越前の朝倉、甲斐の武田といった有力諸侯を攻め滅ぼし、さらには比叡山の焼き討ちや石山本願寺との戦など宗教勢力を圧迫した織田信長や、その配下の豊臣秀吉といった尾張勢の武将か、二百五十年続いた幕府を開いた徳川家康などの三河の武将たちが主人公となることが多いのですが、徳川家康のもとで百姓から足軽、侍へと成り上がっていく物語「三河雑兵物語」の作者が、信長に攻め滅ぼされた浅井家の残党という”敗者”の目線から描いた戦国物語の第一弾が『井原忠政「姉川忠義 北近江合戦心得 一」(小学館文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章 姉川の月ー初陣、夏
第一章 小谷城陥落
第二章 敦賀潜伏記
第三章 万福丸
第四章 仇に仕える
終章 長良川の月ー再生、冬

となっていて、今回のシリーズの冒頭は、信長が浅井長政の裏切りで伊勢め滅ぼされると頃を命からがらダ脱出した「金ヶ崎の退き口」から二ヶ月後、織田勢が復讐を誓った「姉川の戦」の浅井の陣営から始まります。

本篇の主人公「遠藤与一郎」は浅井に古くから仕える遠藤家の嫡男で、父の喜右衛門とともに参陣しています。

遠藤家というのは、滋賀県の柏原に住んでいた鎌倉武士の末裔を名乗る家で、浅井家の譜代の家臣です。喜右衛門や与一郎の時代は須川城を預かり、浅井の居城・小谷城の城下に居館を構えることを許された上級武士ですね。ちなみに本書では、与一郎の父・喜衛門が姉川の合戦のとき、味方の死体を使って織田方の首実検の席に出、信長に接近して討とうとして阻まれ、首を掻き切られているのですが、それ以前にも、信長が足利義昭を擁して上洛する途中で浅井長政と対面の宴席に出たときとか、浅井家と織田家の婚儀が結ばれ、信長が柏原の成菩提院に宿泊した夜にも、信長を暗殺するよう長政に進言していますので、ねっからの信長嫌いだったのかもしれません。

浅井家滅亡。与一郎は万福丸とともに敦賀へ

父の死後、家督を継いだ与一郎だったのですが、姉川の合戦での浅井・浅倉連合軍の敗北に始まって、織田軍によって朝倉家も滅ぼされ、さらに数万の織田軍に居城の小谷城も包囲された上に、豊臣秀吉の調略によって内通者が相次ぎ、浅井家も風前の灯火となってきます。

もはや落城という時を迎え、浅井長政とお市の前に呼ばれた与一郎が命じられたのは、長政の嫡男・万福久を伴って、城を抜け出して落ち延び、お家再興の時を待て、という命令です。泣く泣く主君の命令を引き受けた与一郎は、万福丸の自分と弟と偽り、与一郎の元乳母の嫁ぎ先の敦賀へと向かうのですが・・というのが前半部分です。

万福丸が処刑され、与一郎は復讐を決行

後半部分では、敦賀に潜伏して織田勢の落ち武者狩りの目をかいくぐっていたのですが、「お市の方」からの兄・信長が万福丸を赦免するという言質をとったとの書状を信じて、織田方に名乗り出るのですが、これは信長の計略。万寿丸は哀れなことに、処刑されて首をさらされ・・といった結末を迎えます。

助命するとの神仏への起請文まで無視して浅井家を血を絶やそうという信長の所業に怒った与一郎は、織田の足軽として仕官し、敵に内部に入り込みながら復讐の機会を探るのですが・・という展開です。ここのあたりはアクションシーンは少ないのですが、忍びさながらに暗殺を仕掛けていく与一郎と家臣の弁造の働きぶりをお楽しみください。

https://amzn.to/3WCvi0E

レビュアーの一言

今巻でも史実のように、万福丸は豊臣秀吉のところへ出頭しているのですが、本書ではその後、秀吉は信長によって岐阜に足止めされ、処刑には関与していないこととなっています。それ以上に、長政の次男の「万寿丸」も匿っているという設定になっています。

秀吉は、後に黒田官兵衛が荒木村重の陣に奔ったという疑惑から信長によって処刑を命じられた官兵衛の嫡男・松寿丸を匿っているのですが、このエピソードが下敷きにあるのかもしれません。黒田勘兵衛の息子・松寿丸のときは竹中半兵衛の助言によってそうしたらしいのですが、今回もそうであれば、次巻以降に美濃一の知恵者といわれた半兵衛が登場してくるかもしれないですね。

【スポンサードリンク】

コメント

タイトルとURLをコピーしました