鑑定人・氏家は古巣の科捜研の証拠捏造の謎を暴く=中山七里「鑑定人 氏家京太郎」

「悪徳の輪舞曲」をはじめ、元幼女殺人犯の辣腕悪徳弁護士「御子柴礼司」の弁護で、ここぞというときに法廷に立って鑑定結果を証言したり実演して、御子柴の弁護の重要なアシストを務める湯島に事務所を構える「氏家鑑定センター」の所長・氏家京太郎が主人公となって事件を解決していく鑑定ミステリの第一弾が本書『中山七里「鑑定人 氏家京太郎」(双葉社)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

一 弁護士と検事
二 無謬と疑念
三 鑑定人と吏員
四 正義と非正義
五 事実と真実

となっていて、「御子柴」シリーズでは明らかになっていなかった氏家の経歴が本書で明らかになってきています。

少し紹介していくと、彼は元警視庁の科学捜査研究所の研究員だったのですが、少しでも正確な鑑定結果を出すために最新鋭の機械の導入を再三再四、上司に訴えていたのを疎まれ、ある事件をきっかけに退職し、湯島に分析と鑑定を行う「氏家鑑定センター」を開業し、警察の鑑識体制に不満をもつ鑑識官の転職先となっているという設定です。辞めた時の経緯と折角育てた優秀な職員を引っこ抜くため、警察当局や鑑識関係者との関係はよくない、という状況です。

物語の滑り出しは、ある華道の家元の跡目争いの筆跡鑑定からスタートします。家元が急死して、遺言書が見つかるのですが、跡目を普段から才能がない、と貶していた長男に継がせるという内容だったものですから、長男と次男の間で、弟子たちの派閥抗争も加わって騒動になり、氏家が筆跡鑑定に呼ばれたという次第です。筆跡や字形は十五年前に書かれた弟子に授与する直筆の「昇段証書」とそっくりなのですが、氏家が文字を書く時のあることに着目して鑑定をすると・・という展開です。

で、今回の本筋の話は、氏家鑑定センターの常連客の検察官を退官後、弁護士となったいわゆる「ヤメ検」の吉田弁護士がある連続殺人犯・那智から依頼された弁護にかかわる案件を持ち込んでくるところから始まります。その殺人犯は、若い女性を絞殺し、屍姦した上で、証拠隠滅のため膣口かた子宮までを摘出して近くに川に遺棄するという残忍な犯行を重ねているのですが、起訴されている3件の犯行のうち、最初の2件については認めているものの、三番目の千葉県にある医大生の殺人については自分の犯行ではない、と否認しています。

死刑が求刑された裁判の判決にあたっては、連続射殺犯の永山則夫の裁判で判断基準となった「被害者数が1人なら無期懲役、3人なら死刑、2人はボーダーライン」という、いわゆる永山基準が判断基準の一つとしてあるとされているため、那智の証言が真実かどうか調べてほしい、という依頼で、那智が捕まった決め手となった証拠が、被害者の死体に付着していた犯人とされる人物の「汗」だったのですが、DNA分析を行った警視庁科捜研は、一万の鑑定書のみを鑑定結果として提出し、分析した「試料」はすべて使ってしまい、現物は残っていない、と主張しています。

ここに何か秘密が隠されているのでは、と疑いをもった氏家は、那智が無実を主張する第三の事件の現場検証を独自に敢行した上に、第一の事件と第二の事件の鑑定を行った千葉医大法医学教室の池田田教授や浦和医大法医学教室の光崎教授から彼らが念のため保存していた証拠サンプルを譲ってもらい、再鑑定を始めます。

その結果、那智の証言を裏付けるように、第三の事件の証拠は那智のDNAではないという結果がでるのですが、その夜、センターへ何者かが忍び込み、サンプルを盗まれた上に、その翌日、再鑑定を行った研究員の「橘奈翔子」が帰宅途中に襲われて、鑑定結果の書類の入った鞄を奪わらるという事態がおき・・という展開です。

再鑑定の話や、翔子が鑑定結果を持っていたという情報は警察関係者しかしらない上に、氏家鑑定センターのセキュリティを巧妙に突破しているやり口から、犯人はおそらく「警視庁科捜研」関係者で・・という筋立てです。

さらに、探偵役の「氏家京太郎」と、那智に関する鑑定を行った科捜研副主幹の黒木、那智の弁護をする吉田弁護士と検事の谷端がそれぞれ、科捜研と検察庁の在職当時、犬猿の仲の間柄であるとことも、この事件の真相解明を複雑化しています。

まあ、本巻の読みどころの一つは、職場内闘争に敗れて、古巣を追われた氏家と吉田が本の職場の、今は権勢を誇っている元ライバルの驕り高ぶった攻撃をひっくり返していくところにもあるので、ここはその逆転劇で溜飲を下げるというのも本書の効用です。

そして、氏家は第三の事件の捜査を担当した千葉県警の警部に頼み、再度現場検証と聞き込みをするのですが、ここで第三の事件の真犯人に辿り着く重要な手がかりをつかみ・・という展開です。少しネタバレしておくと、事件の真相を解く鍵は意外に物語のはじめのほうに転がっています。

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レビュアーの一言

今巻では、作者の既刊シリーズの主人公や重要人物が次々と登場してきています。とりわけ、今回、氏家が世話になるのが、「千葉県警のアマゾネス」こと、千葉県警捜査一課の「高頭冴子」警部。彼女の警視庁に敵意むき出しの暴走気味の捜査が、先入観に基づいた犯人検挙の一角を崩していくこととなります。

彼女の活躍を読みたい方は、麻薬対策班の警察官殺しの疑いをかけられ、8際の子供と冴子が逃亡する「逃走刑事」(PHP文芸文庫)や、ウィグル人留学生の失踪を発端に国際捜査を仕掛ける「越境刑事」(PHP)をどうぞ。

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