中山七里さんのミステリに登場する刑事は、犬養隼人のような病気の娘を抱えたマッチョ系であったり、皮肉な喋りと推理で犯人を追い詰める作家刑事・毒島、あるいは埼玉県警捜査一課の強面の渡瀬や浦和医大の光崎教授や助手のキャシーに便利使いされる古手川といった男性警察官が多いのですが、その中で、大柄で喧嘩も強い上に、犯人追及のためには組織規律違反も当たり前、という「無駄に美形」な「千葉県警のアマゾネス」刑事・高遠冴子の活躍を描くシリーズの第一作が本書『中山七里「逃亡刑事」(PHP文芸文庫)』です。
あらすじと注目ポイント
構成は
第一章 目撃
第二章 冤罪
第三章 逃走
第四章 潜伏
第五章 逆襲
となっていて、冒頭は日頃から虐待を受けている児童養護施設から、入院している母親に会うために脱出しようとする「御堂猛」という8歳の男の子が、園の捜索を逃れて、入り込んだ以前はカーディーラーの入っていた空きテナントで男性が拳銃で撃たれる場面を目撃するところから始まります。彼は犯人にビル内を追いかけられるのですが、なんとか朝まで逃げ切ることに成功します。
一方、主人公となる高遠冴子は、麻薬取引の売人の取調べにあたっています。捜査一課の班長自らが尋問をしているのですが、このあたりの凶暴さと辣腕ぶりが印象的です。
そしてそこに、冒頭の猛が目撃した事件の報告が入ります。なんと被害者は、警視庁の麻薬取締をしている現職の生田という警察官で、という筋立てです。冴子の班は、現職警官の殺人事件のため捜査に行き離脱のですが、ここに麻薬取締班が自分の所属の警察官の殺人なのでこちらが指揮を取ると、警察モノでよくある縄張り争いが勃発していきます。
ああ、ここで先陣争いが展開されていくのかな、と、思っていると、犯行現場を目撃した猛が見つかり、冴子が聴き取りをするのですが、庁舎内を歩いている最中、薬物銃器対策課の課長・玄場の姿を見た猛が「あの人が・・」と青くなり、という展開です。
ここから、押収した麻薬の組織的な横流しを疑った冴子が内々に捜査を始めるのですが、玄場の動きを牽制するために、捜査一課長たちを飛び越して県警本部長にその疑惑を伝えたところから、生田を射殺した拳銃のライフル痕が冴子の銃である偽装工作がされ、彼女は現職警察官殺害と麻薬横流しの容疑者として追われることとなってしまいます。
そして、取り調べを行っていた暴力組織のナンバー3と取り引きし、目撃者の猛を連れて冴子は、大阪のA地区のドヤ街(実名は出てきませんが、警察に反感を持っていて暴動が何回も起きているとか、昼間から酔っ払って転がっている奴がいるってなところで、阿倍野の西成地区をモデルにしているのは明らかですね)へ逃げ込むのですが、全国の警察に情報網を張り巡らせた玄場は、冴子と猛がA地区に潜伏していることを掴み、大阪府警へ捜査協力を頼むとともに、自ら乗り込んできて、ドヤ街のホテルのガサ入れを始めます。
組織的捜査には勝てず、身柄を確保された冴子と猛は阿倍野警察署に連れて行かれ、玄場たちによって過酷な取り調べを受け、冴子は猛の安全を確保するため、警官殺しを認めてしまいそうになるのですが、そこで思わぬ大事件が起き、とこここらは迫力あるアクションシーンが展開していきます。
そして最後の見せ場は、大阪から東京へ逃れた二人が最初の舞台となった生田巡査部長殺害の現場で玄場一味と対峙するところなのですが、ここでも筆者お得意の大ドンデン返しが炸裂するのでお楽しみに。
ちなみに、この「県警のアマゾネス・高遠冴子」シリーズは第二作「越境刑事」が出版されています。
レビューアーの一言
本巻の読みどころの一つは、冴子と猛が大阪のA(阿倍野)地区に潜伏するところなのですが、ここのアナーキーな感じとドヤ街の様子を知りたい人には、國友公司さんの「ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活」がオススメです。筆者本人がドヤ街のホテル生活や簡易宿泊施設従業員として働いたルポルタージュで、上から目線の社会派取材ではない記録を読むことができます。
本ブログでもレビューしてますのでよろしく。
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