孤高の検事・佐方は、有力政治家と検察上層部の妨害をはね返す=柚月裕子「検事の死命」

エリートの集まりである検察組織の中で、検事であれば誰もが気にする出世や異動に興味をもたず、「罪はまっとうに裁かれるべき」をモットーに、孤高の捜査と訴追指揮をとる検事「佐方貞人」の活躍を描くシリーズの第3弾が、『柚月裕子「検事の死命」(角川文庫)』です。

第2弾の「検事の本懐」で、米崎地検は配属されてきた新米検事「佐方貞人」の配属後一年間の、彼の検察組織や上司に媚びない検察官活動が描かれたのですが、今回はその後の事件と刑事部から公判部へ異動して、新たなポジションでの佐方の検察官の仕事が始まります。

あらすじと注目ポイント

構成は

「心を掬う」
「業をおろす」
「死命を賭けるー「死命」刑事部編」
「死命を賭けるー「死命」公判部編」

の四話なのですが、「死命」は刑事部編と公判部編がセットなので事実上の三話収録です。

第一話の「心を掬う」は、本作の主人公・佐方貞人とその上司・筒井、佐方付きの検察事務官・増田がいきつけにしている「ふくろう」という野球好きの親父一人が経営している、五人掛けのカウンターと小上がりがあるだけの小さな店なのですが、料理が美味いのと、出される酒が只ものではないという隠れた名店という設定です。

ここで店の親父は、近所の常連客が、遠く離れた北海道に住む娘さんに出産祝いの手紙を出したのだが、10日経っても届かない、という話を聞かせてくれます。おそらくは常連客の勘違いだろうという話になるのですが、翌日、増田の同僚からも、知り合いにも同じようなことを言っている人がいた、という話をききつけます。そのどちらも管轄の郵便局が同じであることを聞いた佐方は突然、過去一年分の郵便物の紛失状況を調べ始めます。そして、その紛失が三月、四月に集中していることがわかると、郵便局内でおきているであろう犯罪の疑いを強め・・という展開です。

ふとした端緒で犯罪の臭いを嗅ぎつける佐方の嗅覚はさすがなのですが、そこには彼が父親の受刑時に祖父母の世話になったことが基にあることが描かれるあたりは、ちょっとじんわりくること間違いなしです。

第二話の「業をおろす」は、第2弾の「検事の本懐」に収録されている、佐方の父親の犯罪(?)を書いた「本懐を知る」の完結編です。

「検事の本懐」では、佐方の父の犯罪のことを取材してきた雑誌のフリーライターによって、依頼者の財産を横領した罪で弁護士資格をはく奪され、実刑も受けた佐潟の父の犯罪の真相が明らかになったのですが、十三回忌の法要で、その真相が関係者の間に明らかになり、佐方の心が晴れていく物語です。

十三回忌というのは故人が宇宙の生命そのものである「大日如来」と一つになる日を記念しての供養で、この設定には作者の意図が滲み出ていると思うのは邪推でしょうか。

第三話「死命を賭ける」と第四話「死命を決する」は、事件捜査を刑事部で行い、公判部に異動した佐方が、女子高生の電車内痴漢事件の真相を追っていく物語です。

事件のほうは建国記念日に、有名ロック・フェスティバルが開催されるアリーナの最寄りの駅に向かう電車内で起きた痴漢事件で、被害に遭った女子高生が、被疑者の中年男性を現行犯で捕まえるのですが、取り調べでは、「澤った」「触らない」と押し問答になります。さらに、被疑者の男性は被害者が金を払えば見逃してやると恐喝してきた、と訴え始めるのですが・・というものです。

事件的にはそう複雑なものでもないのですが、女子高生には補導歴があり、被疑者の男性のほうは、県下でも有名な教育者の一族で、この地を治めていた大名の家老の家系の名門一族の婿養子。さらに、この一族の長老が、総理候補とも言われている地元出身の国会議員の地元後援会長で、この国会議員の父は元検事総長で法曹界でもまだ影響力を有している、という設定です。

第三話では、あくまでも無実を主張する被疑者の取り調べを担当する佐方だったのですが、彼に不起訴処分にするよう、中央政界や、地元政界、果ては検察内部からも圧力がかかっていきて、という展開で、相当の重圧の中でもひるむことなく捜査を続け、起訴までもっていく佐方の姿が描かれます・

そして、第四話では検察内部の反対を押し切って起訴まで持ち込んだ佐方が、今度は地検の公判部に異動して、裁判に臨みます。

相手は、被疑者の実家が依頼した、県下でも有名な敏腕弁護士で、彼は事件が起きた電車に乗り合わせていた男性を、被疑者から教えてもらい、彼を証言者として仕立てていきます。弁護側のダーティーな証人によって、裁判は不利な方向に傾くかと思われたのですが、佐方がm証人の検事調べの際に手帖に書かれていた一つの電話番号から、被疑者のウソとさらにその奥に隠していた過去の旧悪がこぼれ出ていきます。

最終盤での逆転劇に、爽快感が味わえること間違いなしです。

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レビュアーの一言

この「検事・佐方貞人」シリーズでは、主人公たちが内緒の打ち合わせをする場所は「ふくろう」という小さな居酒屋になる場面がよく登場します。

この店では突然に銘酒が出されることが多いのですが、本書の「死命を決する」で、佐方と上司の筒井が上司の検事正を出張中に出し抜いての起訴を決意する場面で登場するのは東北のお酒かな、と思いきや実は静岡の三和酒造の「臥龍梅」です。酒造のHPによると名前の由来は、徳川家康が今川の人質だった当時、清見寺に植えた梅だそうですが、多くの逆風の中で検事としての信条を貫こうとする佐方たちがじっと時を待つ姿を、作者はこの酒に託したのかもしれませんね。

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