孤高の検事はあえて「問題判決」の途を選んだ=柚月裕子「検事の信義」

エリートの集まりである検察組織の中で、検事であれば誰もが気にする出世や異動に興味をもたず、「罪はまっとうに裁かれるべき」をモットーに、孤高の捜査と訴追指揮をとる検事「佐方貞人」の活躍を描くシリーズの第4弾が、『柚月裕子「検事の信義」(角川文庫)』です。

前巻の「検事の死命」では、父・佐方陽世が被っていた汚名を晴らしたり、検察上層部や有力政治家たちからの圧力に屈せず、女子高生痴漢事件の真相を暴いた佐方だったのですが、
今回は無罪求刑をはじめ、検察官が忌み嫌う「問題判決」が連発する事態を迎えます。

あらすじと注目ポイント

構成は

「裁きを望む」
「恨みを刻む」
「正義を質す」
「信義を守る」

の四篇。

第一話の「裁きを望む」では、地元の資産家で実父の郷古勝一郎の書斎に忍び込み、500万円相当の腕時計を盗んだとして、認知されていない実子の男性(芳賀)が起訴された事件です。
実はその時計は、盗んだものではなく、郷古勝一郎から一族の反対で実子として認知できないことのお詫びとして、盗んだ日より前に男性に贈られたものだったのですが、その証拠となる事実を公判日まで喋らなかった、というもので、再捜査の結果、佐方は公判で「無罪」を求刑せざるをえなくなるという検察官として一番したくないことをやるはめになってします。

被告が実父の死で動転していたため、公判日まで黙っていたというのですが、被告のスマホから、逮捕前に刑事部の次席検事へ電話していたことに、佐方検事は違和感を感じます。

そして、「検事の死命」で公判を戦った井原弁護士から、郷古か死ぬ前に芳賀の認知をしようとしたことと、弁護士の説得でそれを思いとどまったのだが、認知することを記した遺言書がなくなっていることを聞き、今回の「無罪の求刑」が芳賀が仕組んだものだったことに気づき・・という展開です。

第二話の「恨みを刻む」は、覚醒剤の常習者だった室田という男が、幼馴染のスナック経営者の女性からのタレコミがもとで覚醒剤所持の疑いで逮捕されるのですが、彼女は、室田が覚醒剤を射っていたのを目撃した、という日は、小学校の運動会の次の日の月曜日です。
学校へ娘の迎えに行く途中に目撃したという証言に不審を抱いた佐方が調べを進めると、その女性のスナックはヤクザの出入りするいわくつきの店であることと、タレコミをうけた警察官も札付きであることがわかり・・という展開です。
証言のウソに警察官や警察組織も絡んでいることを知った佐方が検察官としてどうするか、が焦点となりますね。

第三話の「正義を質す」は、佐方検事が、修習生時代の同期検事から、故郷の宮島の温泉旅館に誘われるところから始まります。その同期生の木浦検事は広島地検の検事をしているのですが、婚約者に突然婚約を解消され、女性との記念旅行で予約した宿のキャンセル料を払うのがもったいないので彼を誘った、というふれこみです。
しかし、本当の目的は、広島地検の組織的な意向を受け、佐方に担当している広域暴力団の幹部の保釈を承知させることが目的で・・という展開です。今回は、佐方検事が児童福祉施設の支援という彼のライフワークのために、やむなく信条を曲げることになるのですが、実は彼をそう仕向けた検察側にある思惑が潜んでた、という苦い結末です。

第四話の「信義を守る」で扱うのは実の母親殺しです。その犯人・道塚昌平は学校卒業後、東京で宅配ドライバーをしていたのですが、故郷に住む母親が認知症を発症したため、仕事を辞めて帰郷。三カ月ぐらいは地元の宅配会社に勤めていたのですが、それも退職し、母親の介護に専念していた、という境遇です。
しかし、母親の認知症が進行し、暴れることも増え、介護に疲弊した道塚は、近くの山林で母親を絞殺し、という事件です。

担当の刑事部の検事は介護疲れによる殺人として、公判部に送ってきたのですが、佐方検事は、事件発生から、警察が被疑者の身柄を確保したのが二時間経過後だったというところに不審を抱き、先輩検事の捜査を無視するように事件の再捜査を始めます。。

先輩検事の反発を受けながら、佐方検事が明らかにした尊属殺人の真相と求刑内容は驚くもので・・という展開です。

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レビュアーの一言

今巻ででてくる居酒屋ふくろうの銘酒は「恨みを刻む」の悪徳警察官と警察により揉み消しを明らかにして、敗訴を覚悟するシーンで、「検事の本懐」以来、検察に協力してもらってきた米崎東署の南場署長と呑む「出羽桜」です。
このお酒は吟醸酒ファンなら知らないものはいないといわれる山形のお酒で、山形名産のラ・フランスを思い起こさせるフルーティーな吟醸香が特徴のお酒です。
物語的には、南場署長は、この事件で警察内部の暗部が暴露されてしまった責任をとらされれて、僻地の警察署に左遷されてしまい、この宴席が実質的に送別の宴となってしまうのですが、作者としてはせめてものはなむけでこの銘酒を登場させたのかもしれません。

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