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「心配性のビジネスマン」に向けたストレスフリーの仕事術のポイント

ビジネスマンには、楽天的なのと、心配性なのと二種類あるのだが、真面目に仕事をしている割に、突然のトラブル(と「突然」とはいうが、これが必ず起こるんだよね)に対応で消耗したり、あちこちが気になって完全主義に陥って疲弊してしまって、楽天的なビジネスマンに比べてどうも割を食ってしまうのが、「心配性」のビジネスマンであろう。そんな「心配性」たちがストレス少なく、仕事を進めるポイントをあげてみる。
 
【心配性と楽天家、どっちがビジネスに向いている?】
 
まず、その前に「心配性」のビジネスマンと「楽天家」のビジネスマンを比較してみよう。
パーソナル面から言うと、「心配性」の人は、いつも仕事のことが気になりがちで、完璧に詰めたがる傾向があるから、仕事時間も増えてしまうことが多い。家庭や家族のことを考えると、長時間労働の原因になりがちな「取越苦労」は避けたいところですな。
 

一方で、管理職からみると、部下が楽天家である場合は、ちょっとひるんでしまうような仕事も前に出てやってくれるので、突破力の面では頼もしいのだが、細部の詰めとなると結構危ういままになっていることが多い。時によっては、どんでん返しの憂き目に会うこともあるので、結構、注意が必要になるのも事実ですね。

 
他方、「心配性」のビジネスマンの場合は、着火するのに時間がかかるし、着火してもまだ火が小さい場合は下手をすると、「石橋を叩いてかえって、石橋を・・」のとおり、自分で火を消してしまういそうになることもあるから、プロジェクトの始めは要注意である。ただ。一旦、着火すると火を消さないようにするベクトルは、楽天家の比ではないし、物事をきちんと詰めるのはまちがいないので、任せておいても大丈夫なことが多い。
 
総じて、離陸のときや離陸直後は「楽天家」、離陸して水平飛行に移るまでは「心配性」。水平飛行になったら、「心配性」のほうが安心、ということで、ベンチャーのようなビジネスを除けば、「心配性」のビジネスマンのほうが安心度は高い。
 
【心配性のビジネスマンがストレスを軽減するポイント】
 
とはいうものの、当人にとっては任されるプロジェクトが得体がしれないほど、また大きければ大きいほど、精神状態が常ならぬことは確か。
ということで、ストレスフリーに仕事に取り組むポイントをピックアップしてみた。
 
1 一手先の方向性の準備までで、シミュレーションをやめておく
 
あれこれといろんな事態を想定したシミュレーションをするのだが、いつも起きるのはそれ以外のこと、というのが「心配性」たちが見舞われる事態。もともと、未来のことは予測不可能。すべての事態への対応を細かに考えておくことなんてできるわけがない。
ここは、可能性の高い事態(天候だとか、ドタキャンだとか)のうちで最悪と思われるものへの対応方向と事前準備の大事なところを決めておくぐらいにしよう。
 
2 わざと空白の部分をつくっておく
 
準備をしておくにしろ、最後の最後のところまで詰めて対応を準備をしようとすると、膨大な作業と時間が必要になる。さらには想定どおりの展開になることは少ない。ここは大まかに持っていきたい方向を考えておいて、そこに至る周辺のところは、その場・その時にまかせて、あえて「空白」にしておくのも有効な方法。
 
3 部下や同僚に任せた仕事の行方を思い悩まない。
 
「心配性」の「心配」の多くは、自分で手に染めていることではなくて、他人に任せたことの進捗とか出来具合の事が多い。
プロジェクトの肝心のところは自分できっちり管理して、後は他の人に任せるという方法をとっておけば、他人に任せた仕事の出来に迷わされることは少なくなる。
もっとも、「心配性」はほとんど全てを「肝心なこと」と思いがちなので、そこは要注意ではあるけどね。
 
 
【〆のアドバイス】
 
「心配性」たちは、準備が万端だろうか、抜かりはないか、後々まで気になるもの。ただ、どこまでやっても「万全」という状況は訪れない。
どこかからは、神様仏様の領分と下駄を預けておきましょう。

出遅れプロジェクトを突然担当する事になった時の「キレのよい」対応ポイント3つ

どこの会社の社内でもかならず、重要と思われているのだが、焦げ付いて先行きが見えないプロジェクトがあるはず。
そしてサラリーマンなら、突然、「君を見込んで・・・」と、それを担当させられて途方にくれそうになることも・・・。
そんなときに、おさえておくべきポイントを3つ整理してみた。
 
1 すぐに処方箋や対応案を出そうと焦らない。
 
 とかく、こういうときは早く成果を出そうとしたり、少なくとも目処をつけようとあせりがちになる。しかし、遅れるには遅れるだけの原因があるはず、まず。なぜ遅れているかの分析がまず先決。
 
 特に内部要因か外部要因かを探る事が大事で、外部に強大なライバルがいるようであれば、そこを攻略できるかどうか、あるいは方向を転じてブルーオーシャンを目指したほうがいいのか、ということになるし、内部に抵抗勢力がいるようであれば、社内政治でそこをなんとかするのが先決になる。
 
敵が外か内かで戦術が全く違ってくるので要注意である。
 
 
2 人員や予算の多い少ないは言わず、集中投資するところを探り出す
 
 さらに、こうした場合、配置される人員数や能力、予算の不足に目が向いがちで、その不足を埋めることが大事なことをあちこちに声高に喋ってしまいがちなのだが、これはお薦めしない。
 
ある程度、社内で認知されている中規模以上のプロジェクトであれば、一定程度の人員や予算はすでに措置されているはず。最初から不足を言い立てると、他の部署やあるいは上層部からの余計な反発を招いてしまう恐れが高い。
 
 ここはぐっと堪えて、小さくていいので、成果が目に見えてアピールできる所に、持っている資源を集中投資していこう。もともと期待されていたpロジェクトであれば、小さなものでも動き始めれば社内から注目を取り戻し始める。
 
注目を取り戻す初めたところで、陣容の充実を図っていこう。
 
3 歩いて情報を集めて、戦略を点検して改善する
 
そもそも、焦げついたプロジェクトになる原因の一つに、頭でっかちの情報で動いた結果、ということが多い。情勢分析が地に足がついていないから、打つ手が空回りしてしまうのである。
すべて自らが動いて情報を集めて回る必要なないが、かならず現地現物にあたらせて情報を集めることが大事である。
 
そうして収集した情報を使って、今までの戦略・戦術の改善をやろう。得てして新しく担当すると、今までの戦略・戦術をご破産にして、全く新規に始めがちなのだが、そうすると先に担当していた部下や同僚の反感を招いて、折角の新規戦略が浸透するの時間がかかってしまう。
 
同じ人間の考えることだから、全くダメな戦略・戦術はそんなにない。多くは掘り下げがほんの少し足りなかったり、ターゲットや時期が少しズレていたり、といったことが多いはず。
 
まずは「小修繕」から始めよう。
 
 
【〆のアドバイス】
 
とにかく焦らないこと。山で遭難する時と同じで動き回って、予算や人員・時間を消耗するのが一番いけない。
 
出遅れプロジェクトや焦げ付き案件を担当させられるということは、周囲が頼りにしていることは間違いない。「現地現物」を基本にして、冷静に戦略・戦術を練ること。健闘を祈ります。
 

スペシャリスト偏重の風潮に物言いをつける — 田坂広志「知性を磨くー「スーパージェネラリスト」の時代」(光文社新書)

「仕事の技法」に引き続いて、田坂広志氏の著作をレビュー。
構成は
第一話 なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか
第二話 「答えの無い問い」にあふれる人生
第三話 なぜ、「割り切り」たくなるのか
第四話 「割り切り」ではない、迅速な意思決定
第五話 精神のエネルギーは、年齢とともに高まっていく
第六話 「固定観念」を捨てるだけで開花する能力
第七話 なぜ、博識が、知性と関係ないのか
第八話 頭の良い若者ほど、プロフェッショナルになれない理由
第九話 なぜ、優秀な専門家が、問題を解決できないのか
第一◯話 「スーパージェネラリスト」のは、いかなる人材か?
第一一話 「垂直統合の知性」を持つスーパージェネラリスト
第一二話 スーパージェネラリストに求められる「七つの知性」
第一三話 なぜ、経営者がスーパージェネラリストになれないのか?
第一四話 「予測」できない未来を「予見」するにおは、どうすればよいのか?
第一五話 なぜ、「目標」と「ビジョン」が混同されるのか?
第一六話 「志」と「野心」は、何が違うのか?
第一七話 なぜ「戦略」とは「戦わない」ための思考なのか?
第一八話 なぜ優れたプロフェッショナルは「想像力」が豊かなのか?
第一九話 「知性」を磨くための「メタ知性」とはな何か?
第二◯話 なぜ、古典を読んでも「人間力」が身につかないのか?
第二一話 あなたは、どの人格で仕事をしているか?
第二二話 なぜ、多重人格のマネジメントで、多彩な才能が開花するのか?
第二三話 なぜ、スーパージェネラリストの知性は、現場にあるのか?
第二四話 なぜ人類は、二◯世紀に問題を解決できなかったのか?
第二五話 「二一世紀の知性」とは、いかなる知性か?
となっていて、まずは、知識、知能と「知性」との違いで
「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力。
「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。
すなわち、「知性」とは、容易に答えの見つからぬ問いに対して、決して諦めず、その問いを問続ける能力のこと。
ときに、生涯を賭けて間うても、答えなど得られぬと分かっていて、それでも、その問いを問い続ける能力のこと。
と、我々がよく感じる、「頭の良い人」と「知性のある人」との違いが明確に示されていて、いつもながらのすっぱりとした分析は胸がすくようだ。
そして、筆者が、そうした「知性感」に基づいて、これからのビジネスマンのあり方として提案されるのが、スーパージェネラリスト」である。最近は、スペシャリスト偏重の風潮が強くて、向かい風の強いジェネラリスト志向の面々には嬉しい援軍であろう。
当方が思うに、ジェネラリスト志向とスペシャリスト志向は時代の風潮によって毀誉褒貶があるもので、一時期は、ジェネラリストとスペシャリストを融合した「T型人材」なんて言葉もあったが、人には性格性向というものがあって、そう簡単に志向を変えられるものでもない。
本書にいう「スーパージェネラリスト」とは
「学際的問題」を解決するためには、何よりも、個別の「専門の知性」を、その「垣根」を超えて統合する「統合の知性」が必要であり、コーワン博士が「スーパージェネラリスト」と呼んだのは、そうした「統合の知性」を持った人材のことであった。
それは、正確に言えば、様々な専門分野を、その境界を超えて水平的に統合する「水平統合の知性」を持った人材
というものであって、「スペシャリスト」志向型の考えから「今日的」と言われる、いくつかの専門性をもちながら、それを広げるといった人材ではなく、むしろ、ジェネラリストの進化系、多くの専門性の共通項を見出しバインディングする力を持つ人材であるように思ったのだが、どうであろうか。
そして、そのスーパージェネラリストの活躍する場面も
これまでの戦略思考は、「山登りの戦略思考」とでも呼ぶべきものであった。
すなわち、あたかも山に登るときのように、地図を広げ、地形を理解し、目的とする山頂を定め、その山頂に向けて、どのルートで登っていくかを決めるという戦略思考であっそのことを理解すべきであろう。
これは、どういうことか?「波乗りの戦略思考」である
すなわち、あたかもサーフィンで波に乗るときのように、刻々変化する波の形を瞬時に体で感じ取り、瞬間的に体勢を切り替え、その波に上手く乗りつつ、目的の方向に向かっていくという戦略思考である。
ということであるらしく、今まで盤石であった「上昇志向」の世界観からの脱却を必要とするもので、それは
ネット革命は「知識社会」というものを加速していくが、こうした状況が生まれてくる結果、「知識社会においてば、知識が価値を失っていく」という逆説が起こる
という時代の変化の大潮流へどう対応していくかの答えでもある。
本書によれば、
「言葉で表せる知識」が価値を失っていく社会において、何が価値を持つようになるのか?言うまでもなく、「言葉で表せない智恵」である。
ということであるらしい。時代は再び技術や知識ではなく「叡智」が尊ばれる時代へと移ろうとしているのでありますかな。
 
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ビジネス現場で重要な「根幹的技法」とはなにか — 田坂広志「仕事の技法」(講談社現代新書)

本書は
 
実は「仕事の技法:には、企画であれ、開発、生産、サービス、総務、経理、人事、情報、広報、いかなる仕事であても求められる、「根幹的技法」と呼ぶべきものがある。・・・それは「対話の技法」である。
 
といった書き出しから、想像すると、仕事をテキパキと効率よくこなしていいくテクニックや方法論が満載、と思ってしまうのだが、けしてそうではない。むしろ、仕事を行う上での「根本的な思想」に関する「仕事の思想」の本と思って読んだほうがいい。
 
構成は
 
序話 「仕事の技法」の最も根幹的な技法とは何か?
第一話 すべての分野で役に立つ「仕事の技法」は「深層対話の技法」
第二話 「仕事のできる人」は必ず身につけている「相手の心を感じ取る技法」
第三話 「心配り」や「気配り」の本質は「言葉以外のメッセージ」を感じ取る力
第四話 相手の「真意」や「本音」を感じ取る「深層対話力」
第五話 「言葉意外のメッセージ」こそが相手に伝わってしまう
第六話 本を読んだだけでは掴めない「プロフェッショナルの技法」
第七話 「深層対話の技法」が身につく本の読み方
第八話 多忙な日々の中でも深層対話力を身につける「反省の習慣」
第九話 商談や交渉、会議や会合の直後に必ず行うべき「追体験」
第一◯話 「追体験」において求められる「視点の転換」
第一一話 相手の表情、仕草、動作から感じ取る「言葉以外のメッセージ」
第一二話 優れたプロフェッショナルから学ぶべき「深層対話の視点」
第一三話 「一人での反省」がしばしば陥る「解釈の誤り」
第一四話 究極の「深層対話力」を身につける「深夜の反省日記」
第一五話 「深夜の反省日記」において見つめるべきは「自分の心の動き」
第一六話 相手から必ず見抜かれる心の中の「操作主義」
第一七話 「直後の反省会」を効果的にする「場面想定」の技法
第一八話 「場面想定」の習慣で身につく最も実践的な「戦略思考」
第一九話 「無意識に相手に伝えているメッセージ」に気がつく高度な「深層対話の技法」
第二◯話 最も成熟した「深層対話力」は「聞き届け」の技法から
第二一話 すべての仕事において活用すべき「深層対話力」
第二二話 「心理学」を学ぶだけでは決して身につかない「深層対話の技法」
第二三話 「深層対話力」とは着分けて切れ味の良い「諸刃の剣」
 
となっていて、かなり詳細な目次となっていて、本書のレビューの場合、これに加えて、抜き書きをすると筆者の主張を無造作に引用してしまうことになるので、今回は自戒。
 
当方的に重要なポイントは、まずは、交渉ごとを含めた仕事の現場では
 
・「言葉のメッセージ」だけでなく、その背後、あるいは周辺の「言葉以外のメッセージ」が重要
・この「言葉以外のメッセージ」を汲みとる力(深層対話力)を身につけるには、経験を積み重ねる以外ない
 
といったところで、そこは「勉強のできる人間は「知識を学んだだけで、「智慧」をつかんだと思いこむ」落とし穴に落ち込むことが多い、というところで明らかなように、知識偏重、理屈偏重のビジネスや自己啓発へのアンチテーゼでもある。
 
そして、それは流行の「相手を思うままに操る・・」あるいは「顧客を虜にする・・」といった表題に象徴される「操作主義的な技術」を教えるマニュアル本・啓発本への批判でもあって、それを希求する我々の心にある「手っ取り早くなんとかしたい」という「楽な道の希求」と、相手への配慮を欠いた、自分のほうが優れていると思い上がる「小さなエゴ」の戒めでもあって、ここらの主張は結構、耳に痛い。
 
そうしたことを踏まえ、筆者が身につけるべきという「戦略思考」は「その先」を読み、どのような場面が展開するかを考え、その場面にどう対応していくかを瞬時に考える」もので、その基礎となる「深層対話力」「深層対話の技法」は、「相手の心」がわかり、相手の立場や心境を深く理解するものであるらしい。
この力を磨くため、例えば「直後の反省会」であるとか、「深夜の反省日記」などいくつかの手法は提案されるのだが、肝は「実践重視」「経験重視」ということには間違いないようだ。
 
ビジネスの現場力を磨く上で重要なのは、知識や理屈を追い求めるのではなく、自らの経験をしっかりと振り返りながら進む手法であるようですね。
 

テクニックだけではない。PDCAの真髄は「スピード」 — 冨田和成「鬼速PDCA」(クロスメディア・パブリッシング)

先だって、「PDCAからCAPDへ」といったことのエントリーをしたのだが、実はPDCAのフレームの有効さが失われているのではなくて、「PDCA」という言葉が免罪符のように使われて、方法であったり、サイクルを回す速度であったりが、おざなりになっていることがゲインんであるな、と気づかせてくれるのが本書。
 
もちろん、構成は
 
1章 前進するフレームワークとしてのPDCA
2章 計画初級編:ギャップから導き出せる「計画」
3章 計画応用編:仮設の精度を挙げる「因数分解」
4章 実行初級編:確実にやり遂げる「行動力」
5章 実行応用編:鬼速で動くための「タイムマネジメント」
6章 検証:正しい計画と実行の上に成り立つ「振り返り」
7章 調整:検証結果を踏まえた「改善」と「伸長」
8章 チームで実践する鬼速PDCA
 
となっているので、PDCAのPからA(本書によるとこれは「アクション」ではなく「調整」というものであるのだが)までの方法論や注意点が通しで
 
当方的に注目したのは、なんといっても
 
PDCAが「前進を続けるフレームワーク」である限り、それを、高速を超える「鬼速」でまわし続けることで、会社、部署、そして個人が圧倒的なスピードで成果を出し続けることができる。
 
 
PDCAの考え方は・・「これかな?」と思ったらさっさと検証してブラッシュアップしていけばいい、という考え方だ。
保守的な組織や、頭の固い上司のもとでPDCAが回りづらいのは、失敗が悪者扱いされているからだ。
 
といった、PDCAを回す「速度」であろう。とかくPDCAの欠点に「遅い)ということが言われるが、
 
過度の慎重さ、過度の心配はPDCAサイクルを遅くする。過度の思慮不足、過度の日和見主義はPDCAサイクルの精度を落とす。PDCAを回す人や組織に必要なのは、慎重さと大胆さの中間あたりなのだ。
 
というあたりに、システムの構造でなく、システムを動かす人の力量の大事さを改めて認識させるのだが、その根底は、
 
当社で浸透している文化のひとつとして「行動ファースト」がある。悩んでいるならやってみよう。やることで課題が見える」という発想だ。この発想のベースは仮説思考である。正解などそもそもないのだから、ある程度仮設を立てたらやるしかない。いくら調べてもわからないものjはわからないし、不安を解消するための情報収集は往々にして莫大な時間を消費し、大した成果は得られない。だとしたら最初から失敗しても擦り傷程度で終わる範囲で動けばいい、というのが「行動ファースト」である。
 
ということにあるように思える。
 
PDCAの計画段階での
 
計画フェーズでは、まず最終的に到達したい山頂を決める。これをしないと何も始まらない。そしてそのゴールはできるだけ具体的であるべきだ。定めるゴールは「いつかできるだけ高い山に登る」といった曖昧なものではなく、「1年後の今日、あの山の頂に立つ」というくらい明確にすべきである
 
とか、計画の検証段階では
 
計画フェーズで考えたルートも課題も解決案も、さらには実行フェーズで考えたアクションもタスクも、実際には仮説にすぎない。いま考えられる最適解」にすぎないからこそ
計画フェーズでは、まず最終的に到達したい山頂を決める。これをしないと何も始まらない。そしてそのゴールはできるだけ具体的であるべき
 
とか
 
鬼速PDCAには仮説精度の向上が欠かせないわけである。そしてその仮説精度を支えるのが『因数分解能力』 である。数学で使う言葉になぞらえているが、要するに、「ゴール」と「現状」を構成する因子をどんどんリストアップしていく考え方
 
 
など、PDCAを効果的に回していくためのテクニックは満載なのであるが、ここはブックレビューなので、そのあたりは、本書でしっかり確認してもらいたい。
 
この所、いたるところで取り上げられるPDCAはなんか風当たりが強くて、ちょっと可哀想なところはあるのだが、そこは定番中の定番が受ける風の強さでもある。なので、定番をきっちり学習してから脇へそれるというのが一番であるし、本書はPDCAをの肝は、テクニックだけではなく、「正しい方法で、素早く動く」が鍵であることを改めて認識させる。
PDCAについてしっかり考えたい人はおさえておいたほうがいい一冊ですな。
 

DCPAを実践する時におさえておきたい3つの大事なこと

PDCAは速度が遅い、DCPAで動くべき、と煽る記事を見つけるのだが、PDCAが「優等生的なやり方」であるに対し、「DCPA」は現場主義の野戦軍的なやり方である。体系的なやり方ではないだけに、いくつか注意点をまとめてみた。
 
① 考えながら動くこと
 
 DCPAは机上で考えるプランニングよりも、現場で有効な作戦を見出そうというものだから、とにかく速度が大事。「思いついたら吉日」が原則。
座ってぶんせきして、という時間があったら、まず動いて、実戦で検証することが大事
 
②完璧を期さない
 
 PDCAはきちんと計画を立てて、それをどう実行し、チェックし、改良しという一連のプロセスが大事。いわばお行儀のよいシステムでもある。(もっとも、最近読んだ「鬼速PDCA」は結構野戦軍的だけどね)
 「まず、やってみて、チェックする」のDCPAとは発想が異なる。
 「とりあえず」というスピード感を大事にするためには、完璧を目指して考える時間を減らさないといけないし、「完璧にやりたい」という心理的プレッシャーに勝たないといけない
 
③失敗にめげない
 
「考え抜いて」というところからはちょっと遠いから「失敗」の数も当然増えるので、それにめげないこと。もっともあれこれスピード感を重視してたくさん手数をうつ、という方法なので、数は多いが、失敗の規模は小さいはず
 
最後にDCPAはあくまでPDCAの弱点を補う方法であることを認識しておかないといけない。DCPAにもPやA(調整)が含まれているとおり、最終目標は何なのか、目標と手段との「調整」は定期的にやって、方向性を見失いよう点検していくことは必須のである。その意味で「PDCAなん古臭い」と思わずに、基本はきっちりと学習しておくことも必要かと考えますね。
 

「もうPDCAの時代じゃない!恐れずにDCPAサイクルへ」に現場が再評価される時代の到来を感じた

DIAMOND ONLINEで尾原和啓さんの著書「どこでもだれとでも働ける」の中の“PDCAサイクルの否定”のことが取り上げられていて、それによると
・PDCAのアプローチは周回遅れになりつつある。プランづくりに時間がかかり過ぎるという致命的な問題がある
・ネット時代にふさわしいのは、とにかくどんどん実行してみて、あとから軌道修正を図るDCPA。より正確には、DC→DC→DC→・・・とドゥとチェックを短期間で何度も繰り返して、とにかく答えを見つけること。求められているのは、できる限り速く(あるいは限られた期間内に)結果を出すこと
・完璧な分析、緻密な計画というやり方は、短期間で結果を出すことの最大の障害になっている。一方で、実行するためのハードルはどんどん上がっている。これはインターネット化が進むほど顕著になる
・このことは、ビジネスだけでなく、働き方も同じ。何度もトライできる時代だからこそ、みんなと同じゲームで戦うよりも、みんなと違うゲームに行ったほうが、競争は少ない
といったことが提案されている。
生き方・働き方のところは、また別の機会に譲って、今回思ったのは、DCPAへの転換によって、今までPDCAを精密にやるために重視されがちだった「本社」のもつシンクタンク的な機能より、「現場」の持つ身軽な実行力のほうが重要になるのでは、ということ。そして、何度も試すためには、大きな組織よりも小さな組織のほうが適しているのでは、とも思う次第である。
このあたりは「世界一速く結果を出す人は、なぜメールをつかわないのか」でも
・日本の企業で研修をしていて思うのは、「検討しすぎる」ということ
・あらゆることを「検討」してから何かを始めるのではなく、まず「直感」に従ってみる
というところとも共通している。
となると、これから組織論で注目しておかないといけないのは、大規模組織をどうコントロールするか、組織をどう構成するか、ではなくて、実行力ある組織を、現場の近くにどうつくり、独立性を保ちながら、どう有機的につなげるか、といったことなのかもしれない。
分社化の弊害から、組織統合があちこちで進んでいるように思うのだが、もうしばらくすると振り子は、再び分割に振れるのかも知れないですね。

上司にどんでん返しされずに仕事を進める意外なコツ

仕事を進めていく上で、一番困るのが、苦労しながらも、途中まで順調に進めてきて、最後の方になってから、聞いてないよとか、自分の思っていた方向と違うな、とどんでん返し、ちゃぶ台返しをされること。
 
これは、報連相をきちんとして、こまめに相談して考えている方向性をあわせておいたつもりでも起きるもので、双方の意思疎通の精度の問題や、捉え方・感じ方の違いが人間どうしても生じてしまうせいでもある。
 
で、こうしたどんでん返しを避ける意外なコツが、その案件を上司にとっての終わコンないしは委任案件にしてしまうというもの。
もちろん、その仕事自体を終わった案件やとるに足らない案件扱いにしてしまうと、必要な人員や予算も確保できないから、あくまでも継続中のそれなりに大事な案件であることを維持しておくことは必要。
その上で、上司の視点から見て、自分が乗り出したり、自分が采配を振るうまでもない案件と思わせておけば、報告や協議を適度にやっておけば、自分の裁量で仕事が進められる上に、上司にとっては自分の責任範囲という意識が少なくなるので、あとからあれこれ言われて、ちゃぶ台を返される確率が下がるのである。
 
そしてそのプロジェクトが意外に評判が良いようであれば、その時に上司の手柄的なものを演出すれば、八方丸く収まるというもの。
 
「聞いてないよ〜」癖のひどい上司への対応策としてお試しあれ。

「会議」というシステムの有効性を今一度考えてみる。

DIAMOND ONLINEで「最高品質の会議術」を書いた前田鎌利氏の連載がされていて、その中で
 
「質の低い会議」=「ムダな会議」を放置しているチーム・企業がその活力を失う一方、安直な「会議不要論」に乗せられて「必要な会議」までも中止するチーム・企業も必ず混乱を招く
 
といった言及がされている。そういえば、うちの組織でも「会議」ってのは開かれるんだが、トップの意向を示す「御前会議」や、何かを決めるというより情報共有が主であったりと、相変わらず有効な「会議」というのが少ないな、と感じた次第。
 
ただ、ではこれをメールによる周知とか、メール協議により意思決定で置き換えたほうがいいかというと
 
 
 
どれだけ便利になっても、最後は相手の顔を見て話すことに意味があります。オンラインチャットに下記音でいる最中でも、「じゃあ、直接話そうか」と言って、ハングアウトを立ち上げて、いきなり会話を始めます。表情が見えると、お互いに考えていることがダイレクトに伝わるので、文字だけや音声だけのやり取りよりもあるかに効果が高いと実感しています。
実際に会えば、先送りすることもなく、その場で問題が解決していきます
 
 
実はマイクロソフトやデロイトコンサルティングといったグローバル企業では、あまりメールを多用しません。チャットや電話、打ち合わせで、スピーディーに必要な取り決めをします
 
であったりと、面と向かって話をする、音声でやりとりをすることの重要性を説くビジネス書は結構あって、広い意味での「会議」の有効性というのは、再評価してみるべきなんだろう。
 
とかく。「会議というものは旧来の「会議の参加者が一堂に会する」ということが前時代的、形式的な印象を与えるから、必要性に疑問をもたれることの多いのだが、リアルにこだわらず、一堂に顔を合わせ、音声で話をすることの有効性をもう一度考えてもいいかもしれんですね。
 

目標は秘めて、ぐっと溜めておくべきか

President Onlineの茂木健一郎さんの 『デキる人は「自分の目標を言わない」』を読んだ。

要点は

・「できる人」の特徴は、自分の目標をやたらと人に言わない

・大言壮語せずに、地道に頑張るのは日本人の専売特許ではなく、アメリカの企業でもそういうところがある。

・今は「こういうものをつくります」とPRするよりは、出来上がったものを突然動画で公開するのが主流のスタイル

ということで、ずいぶん昔に流行った「◯◯は黙って・・」というのは、日本だけの行動様式ではないらしい。

 

自己実現のノウハウ本とかでは、「目標はいろんな人にいいまくって自分が逃げられないようにする」とか「目標が実現した時をリアルに想像する」とかが、目標達成の最適手段のように勧められているものもあるのだが、意外とそういう方法は、目標が達成しな間から一種の満足感や達成感を感じてしまって、目標達成のための意欲が阻害されるという説もある。

 

中国の古には「臥薪嘗胆」ってな言葉もある。達成したい目標がおおきれば大きいほど、また世の中の動きよよろ相当前を言っている場合、中途半端な満足感を得ているよりは、じっと心に秘めて、着実に努力するという古典的なことのほうが、かえって達成のためのパワーがでるのかもしれないですな。物事は、あまりスマートに考えず、少々泥臭いことも見直したほうがよいのかもしれまんせんですな。