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学歴による強固な「ガラスの床と天井」が、日本にもたらす影響は何か — 吉川徹「日本の分断 切り離される非大卒若者たち」(光文社新書)

世代論というのは、年を取った世代から、若い世代へ向けての評価ないし、レッテル貼りという仕掛けのようで、たいてい、好意的な評価はくだされないのが通例である。ただ、そうした場合の大前提も、意識の面で同じ共同体にいることでなのだが、そうした「意識面」において日本の世代間の分断、しかも学歴をキーにする分断がおきつつあるのでは、と提起するのが本書。
 
構成は
 
第1章 忍び寄る次の時代
第2章 現役世代の再発見
第3章 学歴分断社会
第4章 人生の分断
第5章 分断される「社会の心」
第6章 共生社会に向かって
 
となっていて、実はこうした「分断」の状況を作りつつあるのが
 
昨今の若者文化のよどみの背後には、団塊世代が主導した、20世紀近代のわかりやすく力強い文化現象が過去のものになりつつあることがあるのです。・・この現象は「若者の団塊離れ」と意味づけることができるかもしれません(P34)
 
ということを背景に、大学進学率も50%ぐらいで頭打ちという状況の中で
 
大卒層と非大卒層には、就いている職種や産業、管理職への昇進のチャンス、仕事を失うリスクの大きさ、求職時の有利・不利、そして賃金において明らかな格差があります。さらにものの考え方や行動様式も異なり、友人関係や恋愛や結婚においても同じ学歴同士の結びつきが強く、日常生活においても異なる学歴の人と接する機会が少ないなどの傾向があります。
加えて、大卒学歴をもつ父母は大学進学を望み、両親が非大卒であると、子どもの大学進学率が低いという傾向があるため、ひとたび成立した学歴分断の傾向は、世代を超えた慣性をもちはじめます(P94)
 
という「学歴」による世代間を超えた「分断」「乖離」が生じ始めているという啓示は、日本社会の今後の行く末に大きく影響しそうな気配を感じる。
というのも、同じ社会の中に、ほとんど交わる、あるいは溶け合う部分を持たない層、グループを持ち、それが継続するということは、今、階級差の厳しい国(欧米も例外ではないよね)におけるような騒乱、事件の種子となることはもちろん、戦後、我が国の安全な経済発展を支えてきた、国民の同質性意識を根底から崩す萌芽ともなるかな、とも思えるのである。
 
そして、その分断される中心が
 
分析を進めるうちに姿を現してきたのは、若年非大卒男女がおかれている生活状況の厳しさです。
ただし若年非大卒女性は、若年層のなかでは既婚者が最も多く、次世代を生み育てるということにかんして、他の人びとでは担うことのできない重要な貢献をしています。・・・彼女たちのなかに貧困と隣合わせの水準で暮らしている、リスクの大きい社会的弱者が数多く含まれていることを、わたしたちはすでに知っています。それゆえに彼女たちには、行政を中心にさまざまな支援の手が差し伸べられています。(P214)
 
しかし、若年非大卒男性のほうはどうかといえば、彼らについては、気力や体力があり、自由を謳歌している人たちだとみなされていて、その人生・生活に考慮すべき困難があるとは、一般には考えられていません。
けれども、実情はそうではありません。(P215)
 
という筆者の仮設が間違いなければ、最近のさまざまな事件の数々も、こうした「分断」が根っこにあるのでは、と邪推してしまう。
 
筆者の分析によれば、現代日本の各世代のプロフィールは、
 
・壮年大卒男性・・・20世紀型の勝ちパターン
・壮年非大卒男性・・・貢献に見合う居場所
・壮年大卒女性・・・ゆとりある生き方選び
・壮年非大卒女性・・・かつての弾けた女子たちは目立たない多数派に
・若年大卒女性・・・多様な人生選択、都市部で最多数派
・若年非大卒女性・・・不安定な足場、大切な役割
・若年大卒男性・・・絆の少ない自立層
・若年非大卒男性・・・不利な境遇、長いこの先の道のり (P155〜)
 
ということになるらしく、「学歴」による固定化をさけるため、筆者は「軽学歴」といった新たな概念をつくることを提唱している。「高度人材の育成」「高度プロフェッショナルの育成」といった側面でなく、それぞれが、きちんと居場所と力の振るう所を作り上げることを目的とする政策議論が必要なのかもしれんですね。
 

左遷された時は、「その道一筋」から自由になってはいかがか — 池上 彰「知の越境法 「質問力」を磨く」(光文社新書)

「プロフェッショナル」と「ジェネラリスト」についてのエントリーをあげたばかりなのだが、その発端は、池上彰さんが、NHKの論説委員になれずに、今のフリーになった経緯に触発されたところもある。
本書は、そんなあたりのことを「越境」という表現で表して、専門化を賛美する風潮への警鐘ととってもいい。
 
構成は
 
第1章 「越境する人間」の時代
 1 「知の越境者」が求められている
 2 政治と経済の越境
第2章 私はこうして越境してきた
 1 逆境は独学で切り抜ける
 2 自分の足りないものを点検し、補う
第3章 リベラルアーツは越境を誘う
 1 画期的アイデアが生まれる背景
 2 すぐ役立つものは、すぐに陳腐化する
第4章 異境へ、未知の人へ
 1 使える「ゆるやかな演繹法」
 2 この人びとに惹かれる
 3 人こそ異境である
第5章 「越境」の醍醐味
 1 守られているものは弱い
 2 歴史への越境、歴史からの越境
 3 南スーダンと戦後日本の共通項
第6章 越境のための質問力を磨く
 1 愚かな質問はない、愚かな答えがあるだけだ
 2 想定外の質問を投げかける
終章 越境=左遷論
 1 「事実」が揺らいでいる
 2 ムダなことが後で生きてくる
 
となっているのだが、そもそも、池上さんが「越境」というか、専門特化ができなかったのは
 
この「越境」は、自発的に「越境」したのではありません。やむをえず、受け身の「越境」を繰り返しているうちに、こんなに各方面について語る立場になってしまった
 
とするとともに
 
私は図らずも会社の都合で専門性を持つことがなかったわけで(それはそれで楽しんだのですが)、それなのに、「専門性がない」とは。解説委員になれば、それなりのレベルのことができるという自負はありました。いや、専門家に勝てないまでも、渡り合えることはできるだろう、との思いがありました。  しかし、解説委員室への扉は閉じられてしまった
 
と、左遷ないしは出世の道が閉ざされたことがもともとの原因らしく、このあたっり、当方的にも「うむうむ」と頷いてしまうのである。この専門家が出世するというのは、欧米流のシステムが流布してからと思いがちなのだが、
 
MITで印象的だったのは、こちらが当然のように、「最先端のことを教えてらっしゃるんでしょうね」と先生方に尋ねたところ、「いや、そんなことはありません」という答えが返ってきたことです。 「いま最先端のことは4年程度で陳腐化します。すぐに陳腐化することを教えても仕方ありません。新しいモノを作り出す、その根っこの力をつけるのがリベラルアーツです。すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなります
 
といったところから見ると、むしろ、それは
 
日本には一つのことをやり通すことがいい、という牢固とした思想があります。それがスポーツであろうと、人生という長いスパンであろうと、われわれの選択肢を狭めている可能性があります。
 
といった、日本に顕著な、「その道一筋」「求道」の精神に負うところが多くて、実は、最近、日本が力を失ってきた原因も、専門家偏重がもたらす「硬直性」のゆえかもしれず、その解決の道は、本書の言う「越境」によって、自由なアイデアを提供する、あるいは、今までとは違ったポジションから物事に取りくっんで見る、といったあたりにあるかもしれないな、と妄想してみるのである。
 
そして、「越境」ということが我が事にように思えるのは、やはり不遇のとき、左遷されたと思う時で、本書のアドバイスに従えば
 
ビジネスパーソンにとって「自発の越境」と「受け身の越境」のどちらが多いかというと、圧倒的に後者ではないかと思うのです。その最たるものが「左遷」ではないでしょうか。本人の意思に反して、別の場所に置かれるわけです。  そこで、「左遷」などと受け止めないで、「越境」だと考えたらどうか、と提案したいのです。会社から越境させてもらった、とポジティブに考えてはどうか、と思うのです。左遷されなければ絶対に経験できなかったところに行けるわけです。
 
ということで、出世街道から外れたな、と思ったときにも「越境」は有益な対処方法であるようだ。
 
さて、左遷に悩む時はその対処法保が大事である
 
若者、ばか者、はぐれもの――いずれも越境のエネルギーを持った人たちばかりです。この人たちは、簡単に越境します。この人たちが未知の領域に進むおかげで、未来が 拓けるのです
 
といった気持ちで、「越境」を楽しみましょうかね。
 

「福沢諭吉」という「冷めた活動家」を解剖する — 斎藤孝「座右の諭吉」(光文社新書)

「座右の・・」シリーズの三作目。今回とりあげられている「福沢諭吉」は、「ゲーテ」「ニーチェ」と違って、冷めた傾向の人物であるので、前作とは斎藤孝氏の言いぶりも、ちょっと勝手が違うようだ。
 
構成は
 
Ⅰ 独立の章
 1 精神はカラリとしたもの
 2 喜怒色に顕わさず
 3 浮世を軽く見る
 4 血に交わりて赤くならぬ
 5 他人の熱に依らぬ
 6 世間に無頓着
 7 運動体の中心になる
Ⅱ 修行の章
 8 書生流の議論はしない
 9 大事なのは「意味を解す」ということ
 10 活用なき学問は無学に等し
 11 勉強法の根幹は自力主義
 12 自分の基本テキストを持つ
 13 修行期間を自ら設定する
 14 最高の師匠を選ぶ
Ⅲ 出世の章
 15 人生をデザインする
 16 まず相場を知る
 17 大きな間違いを起こさない
 18 たくらみも方便
 19 贋手紙の効用
 20 有らん限りの仕事をする
 21 空威張りは敵
 22 莫逆の友はいなくていい
 23 極端を想像す
Ⅳ 事業の章
 24 なぜすぐにやらないのか
 25 時節柄がエラかっただけ
 26 「自分探し」は時間の無駄
 27 才能より決断
 28 パブリックとおいう意識を持つ
Ⅴ 処世の章
 29 雑事を厭わず
 30 大切なのは健康とお金
 31 運動は米搗薪割
 32 理外には一銭金も費やすべからず
 33 家計は現金主義
 34 必要な金ならば使え
 
となっていて、勝手が違うと表現したのは、斎藤氏流の解釈というか、福沢諭吉の言葉に託して、斎藤氏の主張を展開するというところが希薄になっている気がして、そこのところは、
 
福沢がその時代には珍しく、「精神がカラリと晴れた」、合理的な考え方に徹した人物だったからだ。彼はどんな 閉塞 状況にあっても、あるいはどんな難しい事態に 陥っても、まったくへこたれるところがなかった。パニックにならずに対処し続ける。無駄なことには一切悩まない。自分のやりたいことがうまく進むように具体的な手だけを打っていく男
 
というところに象徴されるように、諭吉の言葉が明晰で「解釈のブレ」をゆるさないせいであろうか。
 
特に
 
福沢は人間を解剖学的に見てしまうところがある。それだけに、人間という存在に向き合ってその深層を理解したいと思う人にとっては物足りなさを覚えるタイプかもしれない
福沢は人間を解剖学的に見てしまうところがある。それだけに、人間という存在に向き合ってその深層を理解したいと思う人にとっては物足りなさを覚える
 
というタイプであるから、「座右の・・」も、ウエットなもの侵入を許さないので、とても乾いた印象を受ける。ただ、そういう人物の行動が計算高く、高所かた観察するという態を取ることが多いに対し、
 
確かに、自分一人で何かを始めるのはつらい。それゆえ、自分から動くことが普通の人はなかなかできない。また、人を 焚きつける空気を持ち込む人がいても、最初は抵抗感がある。  しかし、まどろんでいる状態が幸せか、覚醒している状態が幸せかと言えば、覚醒して何かに燃えている状態のほうが断然面白い。福沢にはその実感があった。一カ所にとどまるより、自らが運動体となって発電機のように放熱していこうと啓蒙活動をした。
 
といった風に、冷めた活動家であるところが未だに評価を落としていない所以であろうか。そして、
 
福沢は、読書を中心に置いたからこそ見識があって、世の中のために多くのことを成し遂げることができた。その力があったから人から期待されることも多く、他に類を見ないほどの広い人間関係を築くことができた。読書を柱として人生を打ち立てると、これほど豊かに生きられることを見せてくれた人物である。
 
といったところにもあるようで、いわば「冷めた行動的な古典主義者」であるところが、筆者が「諭吉」を好む理由であるだろうか。
 
さて、筆者によれば
 
私が福沢について説明するなら、「彼はプロフェッショナルの 啓蒙 家だった」と言わせてもらう。日本のために八面六臂の活躍をした実業の部分の実力はものすごい。しかし、もっとも讃えられるべきは、人々が精神までをも近代化しなければいけなかった時代に、旧態依然とした思想を突き壊し、真に蒙を 啓 くために活動したこと
 
ということであるらしく、旧来の価値が壊れていく上に、AIという「人間の知性」を揺さぶってくる存在が出現した今日、「福沢諭吉」という存在をもう一度、再考察してもいいかもしれんですね。
 

集中すべき「コア」をどう見つける — 野口悠紀雄「「超」集中法」(講談社現代新書)

超整理法の提唱者の野口悠紀雄による「集中」についてのビジネス本。「集中」とはいっても、精神集中とかの意味ではなく、我々が仕事をする上での労力とかを集中させる分野を、どう見出すか、と言ったのが本書の肝。
 
構成は
 
第1章 2割に集中する人が成功する
第2章 2:8法則を無視する人々
第3章 「超」整理法は自動的にコアを見出す
第4章 試験勉強でこそ2:8法則が有効
第5章 変化するビジネスのコアをつかむ
第6章 世界は偏っている
第7章 8割の逆襲?ロングテールとブラックスワン
 
となっていて、目次を見てわかるように、まずはパレートの法則に従って、集中すべきは2割で8割はちょっと置いておく、というのが基本原則。
 
この本では、この部分を「コア」と呼んでいて、この「コア」をどう見つけるかが問題なのだが、その見つけ方は本書でも一筋縄ではいかなくて、
本書では、「ワーキングファイル」を押し出し式で運用することがその要点で、押し出し式によく使い、かつ新しいワーキングファイルが「コア」
といったことであるらしい。
 
ワーキングファイルというのは、本書ではかっこ新しい資料と繰り返し使う資料」とされていて、その選別は、時系列と使用頻度がフィルターで、けして、分類に基づく、ヒエラルキー的な概念からではないことに注意したい。
 
つまりは「コア」への最短のアクセスは、実践の中で選別していくことであるようで、どうやら当方のように、安直な見つけ方マニュアルを期待してはいかんらしい。正道を着実に歩め、ということか
 

相手を説得するテクニックが満載。でも悪用厳禁でお願いします。 — 向谷匡史「説得は「言い換え」が9割」(光文社新書)

いくらこちらが頑張っても、なかなか相手の理解が得られなかったり、堅い心の扉が開かなかったり、という経験は、ビジネスマンだけでなく、多くの人が経験していることであろう。とりわけビジネスマンの場合は、クライアントや上司、あるいは部下を「説得」することが仕事の根幹であるから、なおさら悩みは深い。本書は、「相手を説得できない」と悩んでいる方への福音の書になるかもしれない(?)
 
構成は
 
第1章 説得のプロが使っている言い換え術
第2章 相手の心を手玉に取る言い換え術
第3章 人を動かす言い換え術
第4章 迫ってくる相手をうなす言い換え術
第5章 天下無敵!「逆転の言い換え術」
 
となっていて、基本のところは「言い換えの技術」をシチューションに応じてレクチャーしてくれるもの。
 
なんとなく「言い換え」というと、言葉でごまかす感じがあって、印象gあよくないのだが、冒頭のところで、マラソンの小出コーチが、故障した選手にかける
 
「どんな状態のときでも「せっかく」と思えばいいんだよ。そうすれば、すべてが力になる」
「せっかく故障したんだから、しっかり休もう」
(中略)
言い換えによって新たな視点を提示し、
(それもそうだな}
と選手は気持ちを前向きに切りかえる(P14)
 
といったエピソードを読むと、言い換えは一種の「ごまかし」かもしれないが、相手に元気を出させる、あるいは新境地に導く効果のある方法であるな、と気づく。
 
とはいっても、人の悪い部分はあって、
 
人間は常に自分に対する言い訳で精神的なバランスを取っている。したがって、これを説得という視点から見れば、自分に言い訳する材料を相手に与え、それを大義名分にしてやれば、相手にとってネガティブなことであっても説得しやすくなる(P34)
 
とか
 
相手に一線を超えさせようと思うなら、相手に「決断」を迫っては駄目。「決断=責任」という負荷がかかるため引いてしまう。したがって、あの手この手の言い換えで、決断させずして、いかに引き込んでいくか(P65)
 
とかいうところは、ちょっとブラックな香りはするのは否めない。
 
このほかにも
 
二者択一で迫る
これが、相手を一気に押し切る鉄則である(P84)
 
とか
 
決断を迫るとき、あるいは断念を迫るときの魔法の言葉がある。「もし」という仮定の問いかけである。
(中略)
「もし」という仮定の問いかけを使うのだが、あり得そうな事態ではなく究極の状況を想定してみるのがポイント(P93)
 
とか、人の心理の隙間をつく「説得のテクニック」は満載であるのだが、あまりテクニカルな説得技術を駆使ばかりしていると、どんどん人が悪くなりそうな気がしてくるのも確かではある。毒は時にして特効薬になりうるが、乱用は禁物でありますね。
 
ただまあ、営業に限らず、組織内での説得作業に手こずっている向きは一読して損はないし、なんとなく、自信をもって説得に当たれそうな気がしてくるのが不思議な一冊であります。
 

若手起業家の根幹に、泥臭い「努力」と「活動」を見た — 前田裕二「人生の勝算」(幻冬舎☓NEWSPICKS BOOKS)

女優の石原さとみさんとの話が突如クローズアップされて、話題の人になってしまった著者なんであるが、そういったネタとは無関係に、今、インターネット・サービスの世界で、最も熱いサービスを提供している、新進気鋭の起業家の、ビジネスへの思いと熱意が込められた、四半世紀の自叙伝である。
 
構成は
 
プロローグ ー経営はストリートから始まったー
第1章 人は絆かにお金を払う
第2章 SHORWROOMが作る新しいエンターテインメントのかたち
第3章 外資系投資銀行でも、求められたのは「思いやり」
第4章 ニューヨーク奮闘記
第5章 SHOWROOM起業
第6章 SHOWROOMの未来
エピローグ ーコンパスは持っているかー
 
となっていて、筆者の幼少期、とりわけ、母親を亡くし、心の居場所を亡くした時、小学生たあたりから、ストリート・ミュージックを始め、外資系金融機関、DeNAを経てSHOWROOMを立ち上げ、軌道に乗せているところまでが書かれている。
 
とかくネット系の起業家というと、テクニカルな知識が豊富で、スマートな事業展開がイメージされるのだが、筆者の場合は、「泥臭さ」「アナログ」な部分を隠さない、アナログな部分あってのインターネットサービスであることを見せてくれるのが、「スゴイ」ところ。
 
それはストリート・ミュージシャンの時の
 
駅前に出ると、つい、「私の演奏を聴いてください」という、供給側の論理に立った一方通行なスタイルを取りがちですが、それでは「モノ(演奏)対ヒト」の関係になってしまっていて、ダメなのです。絆を醸成するには、モノを一方的にぶつけるのではなく、他者への想像力と思いやりを持って、「ヒト対ヒト」の関係性を築くことに意識を集中させねばなりません
 
であったり、外資系金融機関での
 
「プライドはコミュニケーションの邪魔になる。まず、お客さんとコミュニケーションの接点を増やせ。そうしないと、俺たちの仕事は始まらない。あいつバカだねと思ってくれたら、成功だ。バカを演じきった次の日に、お客さんに電話してみろ。俺の言っていることがわかるはず
 
 
ビジネスの世界では優れたスキルや高度な情報を持っているだけの人はそれほど重宝されません。なぜなら、競争の激しい業界ほどハードスキルに優れた人はいっぱいいて、往々にして代替可能だからです。  多少、能力やキャリアで劣っても、純粋に好かれる人が勝つことを、証券会社時代に学びました
 
であったり、
 
SHOWROOMを軌道に乗せる時の
 
それからというもの、都内の地下アイドルが集うライブに通いつめました。来る日も来る日も、異様なまでの熱気を持ったファンと一緒にステージを見続けました。時には、見よう見まねでファンと一緒にフリをして盛り上がってみました。  ほとんどの対バンライブに顔を出して、アイドルを覚えていましたから、もはやオタクと呼ばれる方々にも負けない、という謎の自負を持つまでに至りました
 
といったところに顕著で、若い起業家のビジネスへかける意気込みと泥臭い努力をあまねく見せてもらい、ああ起業というのは時代が変わっても共通のあるのであり、それをとことんできるかどうかが、事業の成功の輪kれ道なのであるな、と前田氏の懸命さにエールを送るとともに、「努力した人が公平・公正に夢を叶えられる社会づくり」という彼の夢を応援したくなってくる。
 
本書は、起業家を目指す人向けというよりは、むしろそうでない人が、全速力で時代の先を走っていっている「先頭ランナーの軌跡」として一読しておくとよいな、と思う一冊であります。
 

「勉強する」ということの『本質』は何? — 斎藤孝「地アタマを鍛える 知的勉強法」(講談社現代新書)

「勉強」と聞くと、急に頭が痛くなったり、気が重くなるのは当方だけではないと思う。最初に言うと、「あとがき」で「「もっとも大切なのは・・・総合的判断力です」と述べられているように、けして、物事を要領よく記憶したり、試験で出そうなところを上手に覚える技術についての本ではない。
 
構成は
 
序章 勉強しているのに、なぜ身につかないのか?
第一章 大切なことを瞬時につかむ勉強法
第二章 地アタマを鍛え身体に染み込む勉強法
第三章 人格を磨く勉強法
第四章 実力がワンランクアップするヒント集
終章 直感力で本質をわしづかみ
 
となっているのだが、本書は、
 
勉強したからといって柔らかく本質を捉える「しなやかな地アタマ」が身につくわけではない。むしろ勉強法が重要。(P6)
 
というように、「勉強することの型」「勉強するスタイル」についての本であって、
 
生きていく上で3つの力が基本になる
①まねる力(技を盗む力)
②段取り力(物事を為す大切な手順を理解し、組み立てる力)
③コメント力(質問力を含む)(P26)
 
まねる勉強法とは、勉強法自体を盗むことでもあります。もちろん、勉強法を考えずに勉強を教えてもらうやり方もありますが、勉強法のポイントを盗み、それにネーミングして自分のものにしてしまうほうが、はるかに有効だと思われます(P30)
 
といったところに本書の肝があるといっていい。
 
もちろん、勉強法の本であるから
 
勉強したい本、制覇したい参考書などの目次を拡大コピーします。そこに、その本の重要と思われるポイントを書き込んでいきます。それを色分けしたり、あるいは余白に自分で作った問いの答を書いたりして、目次を中心に、いわば地図のような本の俯瞰図を作成します=目次勉強法
 
 
新しく知識を得るために、それについて書かれた本を10冊買ったとしまし。・・まず自分に必要な知識が何かを設定し、それを探す(サーチする)ように読みます。これなら、必要なところだけ取り出せばいいので、驚くほど早く読めます(P102)=「サーチ式とばし読み」勉強法
 
であったり、
 
答を探し出す合理的な方法は、まず仮設を立てて実験してみることです。それで、もし間違えていたら、修正して次に進む。その思考回路を頭の中に造ってしまおうという勉強法=「仮設→実験→修正」回路勉強法
 
とか
 
野生のライオンはほとんど一日寝て過ごしますが、いざ獲物が近づくと、瞬時に反応します。獲物をしとめたら、食べたいとこだけ食べて、去っていく。私の本の読み方は、まさにこれです。流しながら読んでいて、ここだと思った時だけ、ガバッと食らいつく。あとは振り捨ててしまうので、読むのが異常に速い=野生の勉強法
 
といった、筆者おすすめの方法については、かなりのページを割いて紹介されて入るのだが、それ何か物事をを覚える、あるいは記憶する方法論を紹介するという趣旨ではない。むしろ、
 
知的というと、論理の積み重ねによって頭を働かせるようなイメージがありますが、実はむしろ知的な人ほど直感的に物事を判断しているように思います。(P174)
 
 
大筋をつかむためには、直感が働くことを優先させるクセが必要です。例えば、問題を解く時は、まず巨視的に問題を見ます。直感でどうしたらいいか、自分自身に聞いてみるのです(P178)
 
といった「直感力」が、より効果を上げる、力を発揮するための「情報」「知識」を得るための方法論を紹介するという意味でとらえるべきで、其その意味で、世間一般の「勉強法」の本とは一線を画していると考えるべきであろう。
 
まあ、本書によれば『勉強とは「生きる力」を身につける最強のスキルである。』とのこと。生きるための「直感力」が最も発揮できるスタイルを、個々に探していけばよいのかもしれんですね。
 

読むスピードの競争は厳禁。「速く読むこと」にもきちんと目的はある。 — 角田和将「速読日本一が教える すごい読書術」(ダイヤモンド社)

先だって、「人生で大切なことはすべて「書店」で買える」のレビューの際に「速読」のことをあまり褒めなかったのだが、そのままでは、ちょっと公平性に欠けるな、と思ったので、速読派の中から本書をレビューしておこう。
 
構成は
 
序章 なぜ速く読んでも覚えられるのか?
第1章 社会人の9割が知らない本当の読書術
第2章 最速・最短で読書もモノにする4つののポイント
第3章 速読を極めて、情報収集力を上げる
第4章 本の価値を最大化し、自身のスキルに変える
終章 読書のスキルで、人生が変わる
 
となっているのだが、注意しないといけないのは、本書は、けして本を「速く読むための技術」の本ではないということ。だから、例えば、本の読み解きの「目の動かし方」であるとか、「読む姿勢」であるとかのフィジカルな部分はむしろ枝葉である。要は、
 
読書に限れば、「読書速度」と「頭に残っている情報量」との間には、そもそも関係性などないのです。 読書速度と頭に残る情報量に関係がないのであれば、速く読んだほうがいいし、「忘れる前に読み返す=忘れない」と考えれば、むしろ速いスピードで読んだほうが何度も読めるので、頭に残る情報量が増える
 
といったように、「本の情報をいかに頭に残すか」の技術、そのための速読の技が述べられているのである。
 
なので、その方法論も
 
なるべく速いスピードで1〜2回、本を読んでいきましょう。次の6つのポイントを意識しながら取り組んでみてください。 ① 普段読む時間の3分の1を目標にする ② 1行1秒以内のペースで見る ③ 立ち止まりそうになったらマークをつける ④ 速読モードに切り替える ⑤「自己満足」よりも「自己成長」を優先する ⑥ ツールを活用して「難しそう」のハードルを下げる。
 
基準としては普段読んでいるスピードで1冊を読み切るのにかかる時間の3分の1の時間内で読み切れるように進めてください。
 
といったことを基本に
 
 1冊を3時間で1回読むよりも、1冊を1時間で3回見るほうが、記憶に残るページ数は増えるのです
 
 
ひととおり読み切ることができたら、次は「何が書いてあったか?」を思い出して、頭に残っている内容を引き出していきます。
(中略)
必死におもいだそうとすることによって、速く読んでいたなかで何となく目にした文章から記憶を引き出す力を鍛えることができます。
 
といったように、単に速度を競うのではなく、頭に内容を残すために一工夫が必要なものが多い。
 
とはいっても、いわゆる「読書術」の本のアドバイスとも食い違っているところもあって、
 
私は、 本を読む前にあらかじめ読む目的を明確にする必要はない と考えています。・・・本を読む目的は知識を得ることではなく、自分を進化させるために必要な行動イメージを得ること です。ですから、レベルアップする前の自分が本を読む前に、検索したい言葉を明確にすることは不可能なのです。
 
といったところには、「齋藤孝さん派」はちょっとカリッときてしまうかもしれないのだが、そこは用法に応じて読み分ける、といった大人の対応をお願いしたい。
 
まあ、読書の目的は、筆者の引用する「バフェットの教訓」の「「人は経験から学ぼうとするが、他人の経験から学べるならそれに越したことはない」であることも事実。上手に大量の本が読めるように、様々な方法論を比較しながら「やってみる」ということが一番大事なのかもしれないですね。
 

議論やディベートの意義は「論争」に勝利することではない — 斎藤 孝「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)

「議論」あるいは「ディベート」の技術が、必須のものとして扱われてきたのは、ここ最近のような気がする。以前は、口角泡を飛ばして論じ合うより、「以心伝心」や「男は黙って」といったことのほうが美徳のように語られていたものだが、グローバル化や、価値観が多様化が、こうした「議論」の技術の重要性を高めたのも一因であろう。
 
構成は
 
序章 ネットと議論 ネットの可能性
第一章 議論とは何だろう
第二章 議論のジャンル
第三章 議論の技術 基本は西洋流
第四章 新しい日本の議論
第五章 根本的な議論をしてみないか
 
となっていて、筆者によれば
 
「いつでもどこでも」楽しい議論をしたい。言うなれば「後味スッキリ議論」をいつでも現出させることができる技術。これが本書の目指すところ(P5)
 
ということのようであるのだが、本書は、「議論に勝つ技術」「議論に勝つテクニック」を披瀝するものではなく、
 
当時の(日本)陸軍では、ディベートや議論の訓練が行われていて、それが上手な人が出世の階段を上がっていくという構造があったのです。軍隊などというと、議論などおかまいなしにトップダウンで物事がガンガン決まっていくような印象を抱きがちですが、幹部たちは議論の練習を積んでいた、というのはちょっと驚きです。
しかし悪いことに陸軍では、中身が現実を反映していない空理空論のようなものがあっても、白いものをあたかも黒のように言いくるめるテクニックを持つ人が登用されていきました。それが非現実的な意思決定がされていく背景にあったともいわれています。これが日本を襲う悲劇を招いたのでした。(P48)
 
といった過去の反省から、「議論すること」そのものの大切さに立脚しているところであろう。そしてこの例から見ると、正しく議論し、正しく結論を導くことは、議論の技術論でではなく、「地に足のついた話をする」「議論で相手を嵌めない」といった、ビジネス道徳にきちんと立脚していることが前提であるような気がしてくる。
 
そして、「ディベート」や「議論」を扱う本は、ともするとディベートの勝ち方に重心をおきがちであるのだが、本書の
 
ディベートは確かに二手に分かれて意見を闘わせますが、そこには必ず聴衆がいて、どちらの主張が理にかなっていたかを判断するのです。
もしもディベートの結果、何らかの結論を導かなければならないという場合は、その役割を担うのは第三者の聴衆たちということになります(P61)
 
ということが意味する「議論で大切なのは「気づき」です。相手の意見によって、「気づき」が生まれ、意見を修正していくことです(P41)」という本質を外れずに、議論は手段であって、本質ではないということを肝に銘じておくべきなのだね、と思い知る
 
とはいっても、そこは手練の筆者であるから
 
プライドの扱いをしくじると、うまくいく議論も上手くいかなくなる(P134)
 
 
中には、発言を途中で遮られたことに怒り出す人もいます。そういうタイプの人に対してはいきなりカットインするのではなく、「まさにそうですよね」とどうしながらさりげなく話を引き取ってしまう。(P204)
 
あるいは
 
とっ散らかった議論を元に戻す時に使える言い回しというは、「まさにいま多彩な意見が堕されたことでわれわれの視野が広がりました。そこで今度はちょっと絞り込みに入りたいと思います」というようなものです(P205)
 
といったテクニカルな部分も、ちゃんと示してくれるのは、さすがベテランの大学教員であります。
 
「議論」や「ディベート」というと、往々にして「言い争い」や「人格攻撃」に陥ってしまうことが日本人的な議論にはよくあること。どうせ議論やディベートをしないといけないご時世であるなら、「上手な議論の方法」と「議論でしてはならないこと」を学んで、より実りある「議論」をやりたいものですね
 

「瞳ちゃん、頑張れ」と言いたくなるWebマーケッティングのビジネスマンガ — 「マンガ版 Webマーケッター瞳 シーズン1〜4」(インプレス)

「三立 瞳」という元気な女性を主人公にした、ジャンルはWebマーケットの成り上がり系ビジネスマンガ。

シーズン1は「瞳」が「ネットデイズ」というコンサルタントのコンサルとして、無理解なクライアントとバトルを繰り広げながら理解を得、Webマーケッターとしての知識や、ノウハウを学んで、ほぼほぼ一人前になるところまで。

シーズン2、講演会でのクライアント寄りの姿勢を評価されて、大手生活消費財メーカー「桜花」へのヘッドハンティング。そこで、足で稼ぐ外回りしか信用しない営業部の「おじさん」たちやリアル店舗を味方につけながら、Webマーケティングの手法で人気商品の売り上げでトップ企業も抜いて大功績をあげるまで。

シーズン3は、この功績を評価したのか妬まれたのか、誰がやってもうまくいかない「お荷物部署」の「サプリ事業部」を任され、会社の部員のリストラ要求を跳ね返して花形部署に持ち上げるまで

シーズン4は、桜花を退職し、独立してWebマーケティングのコンサルタントを立ち上げた「瞳」が、地方のコンビニチェーンのWeb担当となった初心者社員をサポートして、Webを使って、コンビニチェーンの売り上げを伸ばし、人気コンビニチェーンへ押し上げる

といったのがそれぞれの大まかな筋立てで、

シーズン2の「FAQのPVが増えていることは、お客が望んでいる情報にたどり着けていない可能性が高い」や「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」

とか

シーズン4の「Web担当者はまず会社やフランチャイズのみんなに認めてもらうことを目指す」や「ユーザー中心設計(UCD)」、「O2O」

といったこのジャンルの専門ワードもあちこちにはでてくるのだが、専門書とは違い、そう多くの解説はない。むしろ、「瞳」の元気溢れる活躍をワハワハと読みながら、Webマーケティングってのは、こんなやり方するんだ、と入り口部分の初歩のところをおさえておくといった感じがよいと思う。Kindle Unlimitedでの提供もされているので、会員の人はそっちでもどうぞ。