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集中すべき「コア」をどう見つける — 野口悠紀雄「「超」集中法」(講談社現代新書)

超整理法の提唱者の野口悠紀雄による「集中」についてのビジネス本。「集中」とはいっても、精神集中とかの意味ではなく、我々が仕事をする上での労力とかを集中させる分野を、どう見出すか、と言ったのが本書の肝。
 
構成は
 
第1章 2割に集中する人が成功する
第2章 2:8法則を無視する人々
第3章 「超」整理法は自動的にコアを見出す
第4章 試験勉強でこそ2:8法則が有効
第5章 変化するビジネスのコアをつかむ
第6章 世界は偏っている
第7章 8割の逆襲?ロングテールとブラックスワン
 
となっていて、目次を見てわかるように、まずはパレートの法則に従って、集中すべきは2割で8割はちょっと置いておく、というのが基本原則。
 
この本では、この部分を「コア」と呼んでいて、この「コア」をどう見つけるかが問題なのだが、その見つけ方は本書でも一筋縄ではいかなくて、
本書では、「ワーキングファイル」を押し出し式で運用することがその要点で、押し出し式によく使い、かつ新しいワーキングファイルが「コア」
といったことであるらしい。
 
ワーキングファイルというのは、本書ではかっこ新しい資料と繰り返し使う資料」とされていて、その選別は、時系列と使用頻度がフィルターで、けして、分類に基づく、ヒエラルキー的な概念からではないことに注意したい。
 
つまりは「コア」への最短のアクセスは、実践の中で選別していくことであるようで、どうやら当方のように、安直な見つけ方マニュアルを期待してはいかんらしい。正道を着実に歩め、ということか
 

相手を説得するテクニックが満載。でも悪用厳禁でお願いします。 — 向谷匡史「説得は「言い換え」が9割」(光文社新書)

いくらこちらが頑張っても、なかなか相手の理解が得られなかったり、堅い心の扉が開かなかったり、という経験は、ビジネスマンだけでなく、多くの人が経験していることであろう。とりわけビジネスマンの場合は、クライアントや上司、あるいは部下を「説得」することが仕事の根幹であるから、なおさら悩みは深い。本書は、「相手を説得できない」と悩んでいる方への福音の書になるかもしれない(?)
 
構成は
 
第1章 説得のプロが使っている言い換え術
第2章 相手の心を手玉に取る言い換え術
第3章 人を動かす言い換え術
第4章 迫ってくる相手をうなす言い換え術
第5章 天下無敵!「逆転の言い換え術」
 
となっていて、基本のところは「言い換えの技術」をシチューションに応じてレクチャーしてくれるもの。
 
なんとなく「言い換え」というと、言葉でごまかす感じがあって、印象gあよくないのだが、冒頭のところで、マラソンの小出コーチが、故障した選手にかける
 
「どんな状態のときでも「せっかく」と思えばいいんだよ。そうすれば、すべてが力になる」
「せっかく故障したんだから、しっかり休もう」
(中略)
言い換えによって新たな視点を提示し、
(それもそうだな}
と選手は気持ちを前向きに切りかえる(P14)
 
といったエピソードを読むと、言い換えは一種の「ごまかし」かもしれないが、相手に元気を出させる、あるいは新境地に導く効果のある方法であるな、と気づく。
 
とはいっても、人の悪い部分はあって、
 
人間は常に自分に対する言い訳で精神的なバランスを取っている。したがって、これを説得という視点から見れば、自分に言い訳する材料を相手に与え、それを大義名分にしてやれば、相手にとってネガティブなことであっても説得しやすくなる(P34)
 
とか
 
相手に一線を超えさせようと思うなら、相手に「決断」を迫っては駄目。「決断=責任」という負荷がかかるため引いてしまう。したがって、あの手この手の言い換えで、決断させずして、いかに引き込んでいくか(P65)
 
とかいうところは、ちょっとブラックな香りはするのは否めない。
 
このほかにも
 
二者択一で迫る
これが、相手を一気に押し切る鉄則である(P84)
 
とか
 
決断を迫るとき、あるいは断念を迫るときの魔法の言葉がある。「もし」という仮定の問いかけである。
(中略)
「もし」という仮定の問いかけを使うのだが、あり得そうな事態ではなく究極の状況を想定してみるのがポイント(P93)
 
とか、人の心理の隙間をつく「説得のテクニック」は満載であるのだが、あまりテクニカルな説得技術を駆使ばかりしていると、どんどん人が悪くなりそうな気がしてくるのも確かではある。毒は時にして特効薬になりうるが、乱用は禁物でありますね。
 
ただまあ、営業に限らず、組織内での説得作業に手こずっている向きは一読して損はないし、なんとなく、自信をもって説得に当たれそうな気がしてくるのが不思議な一冊であります。
 

若手起業家の根幹に、泥臭い「努力」と「活動」を見た — 前田裕二「人生の勝算」(幻冬舎☓NEWSPICKS BOOKS)

女優の石原さとみさんとの話が突如クローズアップされて、話題の人になってしまった著者なんであるが、そういったネタとは無関係に、今、インターネット・サービスの世界で、最も熱いサービスを提供している、新進気鋭の起業家の、ビジネスへの思いと熱意が込められた、四半世紀の自叙伝である。
 
構成は
 
プロローグ ー経営はストリートから始まったー
第1章 人は絆かにお金を払う
第2章 SHORWROOMが作る新しいエンターテインメントのかたち
第3章 外資系投資銀行でも、求められたのは「思いやり」
第4章 ニューヨーク奮闘記
第5章 SHOWROOM起業
第6章 SHOWROOMの未来
エピローグ ーコンパスは持っているかー
 
となっていて、筆者の幼少期、とりわけ、母親を亡くし、心の居場所を亡くした時、小学生たあたりから、ストリート・ミュージックを始め、外資系金融機関、DeNAを経てSHOWROOMを立ち上げ、軌道に乗せているところまでが書かれている。
 
とかくネット系の起業家というと、テクニカルな知識が豊富で、スマートな事業展開がイメージされるのだが、筆者の場合は、「泥臭さ」「アナログ」な部分を隠さない、アナログな部分あってのインターネットサービスであることを見せてくれるのが、「スゴイ」ところ。
 
それはストリート・ミュージシャンの時の
 
駅前に出ると、つい、「私の演奏を聴いてください」という、供給側の論理に立った一方通行なスタイルを取りがちですが、それでは「モノ(演奏)対ヒト」の関係になってしまっていて、ダメなのです。絆を醸成するには、モノを一方的にぶつけるのではなく、他者への想像力と思いやりを持って、「ヒト対ヒト」の関係性を築くことに意識を集中させねばなりません
 
であったり、外資系金融機関での
 
「プライドはコミュニケーションの邪魔になる。まず、お客さんとコミュニケーションの接点を増やせ。そうしないと、俺たちの仕事は始まらない。あいつバカだねと思ってくれたら、成功だ。バカを演じきった次の日に、お客さんに電話してみろ。俺の言っていることがわかるはず
 
 
ビジネスの世界では優れたスキルや高度な情報を持っているだけの人はそれほど重宝されません。なぜなら、競争の激しい業界ほどハードスキルに優れた人はいっぱいいて、往々にして代替可能だからです。  多少、能力やキャリアで劣っても、純粋に好かれる人が勝つことを、証券会社時代に学びました
 
であったり、
 
SHOWROOMを軌道に乗せる時の
 
それからというもの、都内の地下アイドルが集うライブに通いつめました。来る日も来る日も、異様なまでの熱気を持ったファンと一緒にステージを見続けました。時には、見よう見まねでファンと一緒にフリをして盛り上がってみました。  ほとんどの対バンライブに顔を出して、アイドルを覚えていましたから、もはやオタクと呼ばれる方々にも負けない、という謎の自負を持つまでに至りました
 
といったところに顕著で、若い起業家のビジネスへかける意気込みと泥臭い努力をあまねく見せてもらい、ああ起業というのは時代が変わっても共通のあるのであり、それをとことんできるかどうかが、事業の成功の輪kれ道なのであるな、と前田氏の懸命さにエールを送るとともに、「努力した人が公平・公正に夢を叶えられる社会づくり」という彼の夢を応援したくなってくる。
 
本書は、起業家を目指す人向けというよりは、むしろそうでない人が、全速力で時代の先を走っていっている「先頭ランナーの軌跡」として一読しておくとよいな、と思う一冊であります。
 

「勉強する」ということの『本質』は何? — 斎藤孝「地アタマを鍛える 知的勉強法」(講談社現代新書)

「勉強」と聞くと、急に頭が痛くなったり、気が重くなるのは当方だけではないと思う。最初に言うと、「あとがき」で「「もっとも大切なのは・・・総合的判断力です」と述べられているように、けして、物事を要領よく記憶したり、試験で出そうなところを上手に覚える技術についての本ではない。
 
構成は
 
序章 勉強しているのに、なぜ身につかないのか?
第一章 大切なことを瞬時につかむ勉強法
第二章 地アタマを鍛え身体に染み込む勉強法
第三章 人格を磨く勉強法
第四章 実力がワンランクアップするヒント集
終章 直感力で本質をわしづかみ
 
となっているのだが、本書は、
 
勉強したからといって柔らかく本質を捉える「しなやかな地アタマ」が身につくわけではない。むしろ勉強法が重要。(P6)
 
というように、「勉強することの型」「勉強するスタイル」についての本であって、
 
生きていく上で3つの力が基本になる
①まねる力(技を盗む力)
②段取り力(物事を為す大切な手順を理解し、組み立てる力)
③コメント力(質問力を含む)(P26)
 
まねる勉強法とは、勉強法自体を盗むことでもあります。もちろん、勉強法を考えずに勉強を教えてもらうやり方もありますが、勉強法のポイントを盗み、それにネーミングして自分のものにしてしまうほうが、はるかに有効だと思われます(P30)
 
といったところに本書の肝があるといっていい。
 
もちろん、勉強法の本であるから
 
勉強したい本、制覇したい参考書などの目次を拡大コピーします。そこに、その本の重要と思われるポイントを書き込んでいきます。それを色分けしたり、あるいは余白に自分で作った問いの答を書いたりして、目次を中心に、いわば地図のような本の俯瞰図を作成します=目次勉強法
 
 
新しく知識を得るために、それについて書かれた本を10冊買ったとしまし。・・まず自分に必要な知識が何かを設定し、それを探す(サーチする)ように読みます。これなら、必要なところだけ取り出せばいいので、驚くほど早く読めます(P102)=「サーチ式とばし読み」勉強法
 
であったり、
 
答を探し出す合理的な方法は、まず仮設を立てて実験してみることです。それで、もし間違えていたら、修正して次に進む。その思考回路を頭の中に造ってしまおうという勉強法=「仮設→実験→修正」回路勉強法
 
とか
 
野生のライオンはほとんど一日寝て過ごしますが、いざ獲物が近づくと、瞬時に反応します。獲物をしとめたら、食べたいとこだけ食べて、去っていく。私の本の読み方は、まさにこれです。流しながら読んでいて、ここだと思った時だけ、ガバッと食らいつく。あとは振り捨ててしまうので、読むのが異常に速い=野生の勉強法
 
といった、筆者おすすめの方法については、かなりのページを割いて紹介されて入るのだが、それ何か物事をを覚える、あるいは記憶する方法論を紹介するという趣旨ではない。むしろ、
 
知的というと、論理の積み重ねによって頭を働かせるようなイメージがありますが、実はむしろ知的な人ほど直感的に物事を判断しているように思います。(P174)
 
 
大筋をつかむためには、直感が働くことを優先させるクセが必要です。例えば、問題を解く時は、まず巨視的に問題を見ます。直感でどうしたらいいか、自分自身に聞いてみるのです(P178)
 
といった「直感力」が、より効果を上げる、力を発揮するための「情報」「知識」を得るための方法論を紹介するという意味でとらえるべきで、其その意味で、世間一般の「勉強法」の本とは一線を画していると考えるべきであろう。
 
まあ、本書によれば『勉強とは「生きる力」を身につける最強のスキルである。』とのこと。生きるための「直感力」が最も発揮できるスタイルを、個々に探していけばよいのかもしれんですね。
 

読むスピードの競争は厳禁。「速く読むこと」にもきちんと目的はある。 — 角田和将「速読日本一が教える すごい読書術」(ダイヤモンド社)

先だって、「人生で大切なことはすべて「書店」で買える」のレビューの際に「速読」のことをあまり褒めなかったのだが、そのままでは、ちょっと公平性に欠けるな、と思ったので、速読派の中から本書をレビューしておこう。
 
構成は
 
序章 なぜ速く読んでも覚えられるのか?
第1章 社会人の9割が知らない本当の読書術
第2章 最速・最短で読書もモノにする4つののポイント
第3章 速読を極めて、情報収集力を上げる
第4章 本の価値を最大化し、自身のスキルに変える
終章 読書のスキルで、人生が変わる
 
となっているのだが、注意しないといけないのは、本書は、けして本を「速く読むための技術」の本ではないということ。だから、例えば、本の読み解きの「目の動かし方」であるとか、「読む姿勢」であるとかのフィジカルな部分はむしろ枝葉である。要は、
 
読書に限れば、「読書速度」と「頭に残っている情報量」との間には、そもそも関係性などないのです。 読書速度と頭に残る情報量に関係がないのであれば、速く読んだほうがいいし、「忘れる前に読み返す=忘れない」と考えれば、むしろ速いスピードで読んだほうが何度も読めるので、頭に残る情報量が増える
 
といったように、「本の情報をいかに頭に残すか」の技術、そのための速読の技が述べられているのである。
 
なので、その方法論も
 
なるべく速いスピードで1〜2回、本を読んでいきましょう。次の6つのポイントを意識しながら取り組んでみてください。 ① 普段読む時間の3分の1を目標にする ② 1行1秒以内のペースで見る ③ 立ち止まりそうになったらマークをつける ④ 速読モードに切り替える ⑤「自己満足」よりも「自己成長」を優先する ⑥ ツールを活用して「難しそう」のハードルを下げる。
 
基準としては普段読んでいるスピードで1冊を読み切るのにかかる時間の3分の1の時間内で読み切れるように進めてください。
 
といったことを基本に
 
 1冊を3時間で1回読むよりも、1冊を1時間で3回見るほうが、記憶に残るページ数は増えるのです
 
 
ひととおり読み切ることができたら、次は「何が書いてあったか?」を思い出して、頭に残っている内容を引き出していきます。
(中略)
必死におもいだそうとすることによって、速く読んでいたなかで何となく目にした文章から記憶を引き出す力を鍛えることができます。
 
といったように、単に速度を競うのではなく、頭に内容を残すために一工夫が必要なものが多い。
 
とはいっても、いわゆる「読書術」の本のアドバイスとも食い違っているところもあって、
 
私は、 本を読む前にあらかじめ読む目的を明確にする必要はない と考えています。・・・本を読む目的は知識を得ることではなく、自分を進化させるために必要な行動イメージを得ること です。ですから、レベルアップする前の自分が本を読む前に、検索したい言葉を明確にすることは不可能なのです。
 
といったところには、「齋藤孝さん派」はちょっとカリッときてしまうかもしれないのだが、そこは用法に応じて読み分ける、といった大人の対応をお願いしたい。
 
まあ、読書の目的は、筆者の引用する「バフェットの教訓」の「「人は経験から学ぼうとするが、他人の経験から学べるならそれに越したことはない」であることも事実。上手に大量の本が読めるように、様々な方法論を比較しながら「やってみる」ということが一番大事なのかもしれないですね。
 

面白い本は全体の1%。とにかくたくさん「読書」しよう — 千田琢哉「人生で大切なことはすべて「書店」で買える」

「本」を読みましょうよ、「本」を読むといいことありますよ、成功しますよ、ということを、こんなに熱く語ってくる「読書論」の本は最近は珍しい。
 
構成は
 
プロローグ 僕の出身校は、仙台の丸善と金港堂だ。
第1章 本さえ読めば、どんな時代になって知恵で生き抜いていける
第2章 本が背中を押してくれる「行動力」
第3章 本が教えてくれる本当の「コミュニケーション力」
第4章 本が伸ばしてくれる効率的な「勉強力」
第5章 本が磨いてくれる結果を出す「仕事力」
第6章 本が導いてくてるお金の不安から自由になれる「経済力」
第7章 本が加速させてくれる「成長力」
第8章 人生を変える本の「買い方・読み方」
エピローグ つらいときに群れるな、本を読め
 
となっていて、「読書礼賛」のあたりは、例えば
 
読書している人は同じ環境にいても精神的にタフです。 なぜなら、自分を励ます言葉をたくさん持っているから
 
 
なにか新しいことに挑む場合、読書せずに挑むのとたっぷりと読書してから挑むのとでは、結果は雲泥の差となります
 
といったところでも顕著で、しかも、
 
質の高い読書をしている人は、必ず圧倒的な量の読書をしています。
量と質は相反するものではありません。量と質は比例するものです。 圧倒的な読書量をこなさなければ、質の高い読書ができるようにはなりません
ということであるから、とにかく「本を読め」かつ「大量に読め」というのが本書の「読書術」の基本となる。しかし、とかく大量の読書を勧めるものの中には、「速読」の方向へ行くのが多いのだが、
速読術として僕が行き着いたある結論があります。それはゆっくり読むようにすると、結果として速く読めるようになるということです。「速く読まなくてはいけない」と焦ると、内容が頭に入らない上に遅くなります。
といったところは、むしろ出口治明さんの「わかるまで読む」といった正統的な読書術に近く、さらには、
不思議なことに、模範解答を選んで○をもらうために生きている人たちは揃いも揃ってあまり幸せそうな顔をしていないのです。反対に、好き放題に読み間違えている人たちはみんな幸せそうな顔をしています。 大人の国語では読み間違えたもの勝ちです。「どこにもそんなこと書いていないのに……」と、著者から叱られてしまいそうな解釈をして勝手に一人で興奮してアクションを起こす人が成功します。
といったところには、スピード・効率重視で、生き方そのものも効率を最大限に重要視してしまって、生きることの「味」そのものを喪ってしまいがちな現代の風潮への、穏やかな批判でもあるように感じるし、
いったい成功者は一人で何をしているのでしょうか。 本を読んでいるのです。本を読んで常に自分の活かし方を考え、気づきを得ているのです。群がっていると、本を読むことができません。
 
といったあたりは、とかく集団の中にいると安心してしまう我が身への戒めでもある。
さて、読書の効用はわかったとしても、つまらない本に出会ってしまうのは誰しも嫌なもの。ところが、本書によれば
どんな世界でも面白い作品は1%です。1つの面白い作品に出逢うためには、100の作品を味わえばいいのです。10 の面白い作品に出逢うためには、1000の作品を味わえばいいのです。
とのこと。盛大に読んで、盛大に感動し、「つまらない本」に出会ったことを盛大に感謝しましょう。たくさん読むことは、面白い作品に出会う機会を広げるコツであるようですから。
 

議論やディベートの意義は「論争」に勝利することではない — 斎藤 孝「頭が良くなる議論の技術」(講談社現代新書)

「議論」あるいは「ディベート」の技術が、必須のものとして扱われてきたのは、ここ最近のような気がする。以前は、口角泡を飛ばして論じ合うより、「以心伝心」や「男は黙って」といったことのほうが美徳のように語られていたものだが、グローバル化や、価値観が多様化が、こうした「議論」の技術の重要性を高めたのも一因であろう。
 
構成は
 
序章 ネットと議論 ネットの可能性
第一章 議論とは何だろう
第二章 議論のジャンル
第三章 議論の技術 基本は西洋流
第四章 新しい日本の議論
第五章 根本的な議論をしてみないか
 
となっていて、筆者によれば
 
「いつでもどこでも」楽しい議論をしたい。言うなれば「後味スッキリ議論」をいつでも現出させることができる技術。これが本書の目指すところ(P5)
 
ということのようであるのだが、本書は、「議論に勝つ技術」「議論に勝つテクニック」を披瀝するものではなく、
 
当時の(日本)陸軍では、ディベートや議論の訓練が行われていて、それが上手な人が出世の階段を上がっていくという構造があったのです。軍隊などというと、議論などおかまいなしにトップダウンで物事がガンガン決まっていくような印象を抱きがちですが、幹部たちは議論の練習を積んでいた、というのはちょっと驚きです。
しかし悪いことに陸軍では、中身が現実を反映していない空理空論のようなものがあっても、白いものをあたかも黒のように言いくるめるテクニックを持つ人が登用されていきました。それが非現実的な意思決定がされていく背景にあったともいわれています。これが日本を襲う悲劇を招いたのでした。(P48)
 
といった過去の反省から、「議論すること」そのものの大切さに立脚しているところであろう。そしてこの例から見ると、正しく議論し、正しく結論を導くことは、議論の技術論でではなく、「地に足のついた話をする」「議論で相手を嵌めない」といった、ビジネス道徳にきちんと立脚していることが前提であるような気がしてくる。
 
そして、「ディベート」や「議論」を扱う本は、ともするとディベートの勝ち方に重心をおきがちであるのだが、本書の
 
ディベートは確かに二手に分かれて意見を闘わせますが、そこには必ず聴衆がいて、どちらの主張が理にかなっていたかを判断するのです。
もしもディベートの結果、何らかの結論を導かなければならないという場合は、その役割を担うのは第三者の聴衆たちということになります(P61)
 
ということが意味する「議論で大切なのは「気づき」です。相手の意見によって、「気づき」が生まれ、意見を修正していくことです(P41)」という本質を外れずに、議論は手段であって、本質ではないということを肝に銘じておくべきなのだね、と思い知る
 
とはいっても、そこは手練の筆者であるから
 
プライドの扱いをしくじると、うまくいく議論も上手くいかなくなる(P134)
 
 
中には、発言を途中で遮られたことに怒り出す人もいます。そういうタイプの人に対してはいきなりカットインするのではなく、「まさにそうですよね」とどうしながらさりげなく話を引き取ってしまう。(P204)
 
あるいは
 
とっ散らかった議論を元に戻す時に使える言い回しというは、「まさにいま多彩な意見が堕されたことでわれわれの視野が広がりました。そこで今度はちょっと絞り込みに入りたいと思います」というようなものです(P205)
 
といったテクニカルな部分も、ちゃんと示してくれるのは、さすがベテランの大学教員であります。
 
「議論」や「ディベート」というと、往々にして「言い争い」や「人格攻撃」に陥ってしまうことが日本人的な議論にはよくあること。どうせ議論やディベートをしないといけないご時世であるなら、「上手な議論の方法」と「議論でしてはならないこと」を学んで、より実りある「議論」をやりたいものですね
 

「瞳ちゃん、頑張れ」と言いたくなるWebマーケッティングのビジネスマンガ — 「マンガ版 Webマーケッター瞳 シーズン1〜4」(インプレス)

「三立 瞳」という元気な女性を主人公にした、ジャンルはWebマーケットの成り上がり系ビジネスマンガ。

シーズン1は「瞳」が「ネットデイズ」というコンサルタントのコンサルとして、無理解なクライアントとバトルを繰り広げながら理解を得、Webマーケッターとしての知識や、ノウハウを学んで、ほぼほぼ一人前になるところまで。

シーズン2、講演会でのクライアント寄りの姿勢を評価されて、大手生活消費財メーカー「桜花」へのヘッドハンティング。そこで、足で稼ぐ外回りしか信用しない営業部の「おじさん」たちやリアル店舗を味方につけながら、Webマーケティングの手法で人気商品の売り上げでトップ企業も抜いて大功績をあげるまで。

シーズン3は、この功績を評価したのか妬まれたのか、誰がやってもうまくいかない「お荷物部署」の「サプリ事業部」を任され、会社の部員のリストラ要求を跳ね返して花形部署に持ち上げるまで

シーズン4は、桜花を退職し、独立してWebマーケティングのコンサルタントを立ち上げた「瞳」が、地方のコンビニチェーンのWeb担当となった初心者社員をサポートして、Webを使って、コンビニチェーンの売り上げを伸ばし、人気コンビニチェーンへ押し上げる

といったのがそれぞれの大まかな筋立てで、

シーズン2の「FAQのPVが増えていることは、お客が望んでいる情報にたどり着けていない可能性が高い」や「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」

とか

シーズン4の「Web担当者はまず会社やフランチャイズのみんなに認めてもらうことを目指す」や「ユーザー中心設計(UCD)」、「O2O」

といったこのジャンルの専門ワードもあちこちにはでてくるのだが、専門書とは違い、そう多くの解説はない。むしろ、「瞳」の元気溢れる活躍をワハワハと読みながら、Webマーケティングってのは、こんなやり方するんだ、と入り口部分の初歩のところをおさえておくといった感じがよいと思う。Kindle Unlimitedでの提供もされているので、会員の人はそっちでもどうぞ。

いわゆる「ギョーカイ」のタコツボ化を壊せるか — 山口啓一「10人に小さな発見を与えれば1000万人が動き出す」(ローソンHMWエンタテイメント)

筆者は音楽プロデュースを中心に、様々な分野のエンターテインメント分野のプロデュースにも関わっているのだが、音楽を含め、いわゆる「ギョーカイ」化して、蛸壺的な様相を示している分野について、乱暴なところもあるが、その蛸壺を壊す処方箋を提案してみるのが本書。
 
構成は
 
PROLOGUE 時代を換える3つのポイントを知ろう
CHAPTER1 音楽は「ストリーミング」で聴く時代
CHAPTER2 変わるテレビ、変わらないテレビ
CHAPTER3 「コネクテッドカー」から「ロボットカー」へ
CHAPTER4 電子書籍は出版業界を再定義するか
CHAPTER5 ニュースと新聞の行方
CHAPTER6 ウェアラブルデバイスとIoTの衝撃
CHAPTER7 非オタクのためのUGM入門
SUPPLEMENT コンテンツの価値を多様にとらえよう
EPILOGUE 時代を予見する力を持とう
 
となっていて、とりあげられる「ギョーカイ」は、音楽、テレビ、車、出版、報道、と「花形」としてとりあげられることの多かった世界である。
 
本書では、今風の手法として
 
「グロースハック」とは、仮設を立て、結果を計測、検証し、その結果をプロダクトやサービスにフィードバックするという作業を、短期間で頻繁に繰り返すという方法のことです。
ユーザーがすべてを決める時代ですし、そのユーザーの意思が、可視化されている時代なので、事業者側が一方的に長期にわたる精密なプランを立てても、ほとんどその通りにはなりません。サービスの基本形ができたら、まずはユーザーに提示してみて、反応をみながらサービスの変更、調整を繰り返していく、このグロースハッカー的なやり方が、もっとも効果的といわれています。(P26)
 
が採用されているようで、それは、「車ギョーカイ」では
 
コネクテッドカー(自動車がインターネットに常時接続する)に進化することによって、従来のカーナビ+カーステレオという社内サービスがより高度化します。(P110)
 
コネクテッド・カーは、すぐその先のロボットカーによって再定義されるのです(P117)
 
ロボットカーが一般化すると、自動車の中は、エンターテインメント・シアターになるでしょう。(P120)
 
であったり、「出版ギョーカイ」では
 
これまでは”仕方なく”書物であった本は、デジタル化するときに、紙の書物を単純に電子化した「電子書籍」という携帯である必要はありません(P140)
 
電子書籍の議論をする際に、忘れてはいけないのは、出版業は、その国の母国語を基本にしたビジネスだということです(P145)
 
といった感じで、少し変わった切り口が提案されてくるのが斬新である。
 
で、当方的にこうした提案を面白がりつつも、「おっ」と唸らされたのは
 
音楽プロデューサーも、映画プロデューサーも、エンターテインメント作品をプロデュースするときは、みんなヒットして高い収益を上げること、誰かの人生に大きな影響を及ぼすような作品にすること、歴史に残る名作になることなど、レイヤーもベクトルも違った目標をあわせ持つものです。この矛盾しがちな異なる欲望を同居させられる器の大きさが、プロデューサーには必要だと僕は思っています。
文化やアートは、市場経済より何十倍の長い歴史を持っています。コンテンツを四半期の収益性だけで判断する人は、コンテンツの神様に愛されることはないよ、と強くいっておきたいです(P231)
 
というところで、この辺で、筆者のコンテンツを創っていくクリエイターの「心意気」を感じてしまいましたな。
才気溢れる音楽プロデューサーの斬新な提案を愉しみつつ、「コンテンツ」を創造する人の凛とした精神性を感じさせる本でしたな。
 

「名門の凋落」に、組織の衰亡の原理を見いだせるか? — 立石康則「さよなら、僕のソニー」(文春新書)

話の大筋は、日本の「高性能・高機能・高品質」の代表であったソニーが、その頂点から、出井社長、ストリンガー社長と経て、凋落していく様子の物語である。構成は
 
第一章 僕らのソニー
第二章 ソニー神話の崩壊
第三章 「ソニーらしい」商品
第四章 「技術のソニー」とテレビ凋落
第五章 ホワッツ・ソニー
第六章 黒船来襲
第七章 ストリンガー独裁
最終章 さよなら!僕らのソニー
 
となっていて、ソニーを愛してやまなかった筆者が、半分、恨み節も込めながら綴ったのが本書ではあるのだが、一つの企業体であるソニーの凋落物語にとどまらず、一世を風靡した組織が、なぜ下り坂を迎え、転がるように落ちていったのか、といった「組織の衰亡」の物語として読むのも”あり”と思う。
 
その衰亡の原因は、人によっていろいろ解釈があって、本書のいう
 
残念に思ったのは、その当時のソニー全体を覆っていた雰囲気に負けたのではないかということである。
ソニーという会社の本質は、過去の成功体験や教訓に「解」を求めないことになると思っている。つねに、未来に、自分の目で見つめる未来の中に「解」を求めてきた会社であると思っている。(P101)
 
というように、「創業の精神」やというものが失われていったことや
 
「ソニーの顔」となるトップ(井深、盛田、大賀)は、具体的なソニーらしい製品の開発・ヒット商品と結びついて一般消費者に理解されている
それに対し、出井氏、中鉢氏、ストリンガー氏の三人には、そのような商品は存在しない(P148)
 
というように、キラーコンテンツが生み出されなかった、あるいは生み出そうとしなかった、ということも正しいと思う。
 
とはいいながら、ここで当方なり違ったか解釈をするとすれば、凋落の原因となったトップが目指した「変化」が、その組織のDNAに合わなかったのでは、という解釈もできるのではないか、と思う。つまりは。ソニーのような「ものづくり」のDNAを根幹においている企業は、金融とかエンターテインメントとかの「ことづくり」を目指すことは、組織の転換をもたらすのではなく「自壊」、すなわち
 
(リーマンショックで16000人の人員削減を発表した際に本社の広報の女性管理職は)
「いえ(本社の社員には)動揺なんてありません。人員削減といっても工場などほとんど製造現場が対象ですから、本社には関係ありません」(P126)
 
といった「組織の分解」を産んでしまったのであろう。
もちろん、その変化を噛み砕いて、組織自体が上手く変身していけるところ(花王と3Mとかがそうかな)もあるのだが、ソニーのように、ある分野で秀でてしまった組織は、他の分野に転身しようとすると、組織のあちこちの細胞が「癌化」して、自らを食い荒らしてしまうといった現象が生じてしまう、そして、適合するかどうかは、その時に社員の多くが、その変化に頷くかどうかであるのかな、ということを本書の
 
「抽象的な」話ばかりなので、それが現場でどう理解され、日常の業務にどのように活かされているのかを知りたくて取材するのだが、現場の社員からは「諦め」と「戸惑い」しか返ってこなかった(P187)
 
といったあたりに感じてしまう。
 
本書は、大賀氏の死去の所で終わるのだが、その後、ストリンガー氏の退陣、平井社長の誕生、そして業績回復に兆しが見えた所での吉田社長へのバトンタッチ、とソニーの経営陣もその後、変化している。この中に、組織の凋落、そして復活といった普遍原理をどう見出すか、難問でありますな。