へうげもの」カテゴリーアーカイブ

織部は「豊徳合体」を進めるが難航。さらに、秀忠・お初の仲も微妙に ー 山田芳裕「へうげもの 18服」(モーニングKC)

茶人大名・古田織部をメインキャストにした「数寄」マンガ。年代的には1608年2月から1610年10月まで。イベント的には、織部が秀忠の茶道指南に任命されているほかに、薩摩が琉球を支配下においたり、大名の所有する500石以上の軍船と商船を幕府に没収する「大船建造の禁」がだされたり、と幕府の統制の陰が濃くなってきている時代でありますね。


ちなみに、先回のレビューで「十二服」としておきながら、「18服」と突如、数字が飛んだのは、講談社の文庫版が十二巻の「第百八十六席 けだもの来たりて」までで新刊がでていないので、当方がモーニングKC版に乗り換えしたためである。文庫版が一巻あたり16話、KC版が一巻きあたり11話となっているので、文庫版を買っている人は、ここらへんの数字を目安に乗り換えを考えるといいでしょうね。

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【収録と注目ポイント】

収録は

第百八十七席 未来世紀JAPAN
第百八十八席 Adam ef Eve
第百八十九席 La Dolce Vita
第百九十席  DESIREー劣情)
第百九十一席 愛の十字砲火
第百九十二席 Bloody Christmas
第百九十三席 本気でちょっちゅね
第百九十四席 沖縄Bay Blues
第百九十五席 PLEASE.PLEASE.PLEASE
第百九十六席 お嫁においでYO
第百九十七席 安泰とロープ

となっていて、冒頭は長谷川長安がお茶々様に「けしからぬ振舞」をするところで始まるのだが、史実かどうかは闇の中でありますね。

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織部正は「豊徳合体」に向け、秘策を繰りだすのが・・ ー 山田芳裕「へうげもの 十二服」(講談社文庫)

茶人大名「古田織部」を主人公に描かれる歴史マンガ「へうげもの 十二服」では年代的には1606年8月から1608年3月までの約2年間がとりあげられる。
関ヶ原の戦から6年後、大坂冬の陣の6年前ということで、大きな歴史的な事件はないものの、陰では、豊臣家側と徳川幕府側が、主導権を巡って争っていた時代を描くのが今巻で、時代の閉塞感が漂う中、織部正の怪しげなたくらみと「へうげ」の数寄が炸裂していく。

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関が原は、茶人大名をどう変えていったか ー 山田芳裕「へうげもの 十一服」(講談社文庫)

数寄大名として戦国末期から江戸初期にかけて一世を風靡した「古田織部」を主人公にしたマンガの講談社版の文庫の第11弾。
千利休といった先人の死や、戦乱を乗り越えて、風格を増してきた「織部」なのであるが、関ヶ原という時代の景色を大きく変える事態を迎え、そのスタンスもなにかしら、権力者の望む姿と離れていく姿を描き始めているのが今巻である。

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【収録と注目ポイント】

収録は

第百五十四席 September Rain
第百五十五席 横綱トリッパー
第百五十六席 Flying Sohsho
第百五十七席 グリーンスパイダー
第百五十八席 ぼくたちは失敗
第百五十九席 H jungle with T
第百六十席  星屑の記憶
第百六十一席 千年のごとく
第百六十二席 名物は買わない
第百六十三席 イシダイシダ
第百六十四席 Forget Me not
第百六十五席 アイ・ラブ・ユー、OF
第百六十六席 パラダイス京都
第百六十七席 Samurai,Pottery & Violence
第百六十八席 feels So-AN good
第百六十九席 TOUCH BOYS
第百七十席 North windy lady

となっていて、時代的には、1600年9月14日から1605年6月までの間の物語なので、関ヶ原の戦、徳川家康の征夷大将軍の就任、二代目徳川秀忠が征夷大将軍位を引き継ぐといった、安土桃山時代から、江戸時代へと移っていく時代である。

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「数寄」と「政治」のすれ違いは昔から根深いもの — 山田芳裕「へうげもの 十服」(講談社文庫)

さて十巻は、加藤・福島らの石田三成を除こうとする反乱に始まる1599年閏3月3日に始まり、関ヶ原(1600年10月21日)の直近の1600年9月8日まで。
反乱騒ぎで、石田三成は五奉行を辞し、前田利家の亡くなり、いよいよ世の実権は「徳川へ」というご時勢での数寄大名の振る舞いは如何に、というところが
上杉、毛利が徳川に歯向かいたいという意思の背中を押したのが、小堀作助の手がけた真っ白の天守閣であるとなっているのだが、すいません、ここの暗喩は解けませんでした。
本書では「直江状は家康の改作」となっていて、古田織部は、この直江状に、石田・上杉方の数寄への冷たい態度をみて上杉への味方をやめるし、味方に入るよう口説く石田三成に大谷刑部が
その方の強がる姿も今は見えぬ。なれど眼に焼きついて離れぬ姿がある。
頭に茶碗をかぶりし真の姿が・・・
人間誰しも笑うて死にたいもの。
徳川様とその方、いずれに就かば面白がって死ねると思う・・?
と三成に加勢を決めたり、
佐竹義宣を徳川方に引き入れるために、家康から「銅」と「徳川の数寄の差配」を代償に提示され、古田織部が佐竹方の説得に赴くのだが、佐竹が徳川方に翻ったのも、織部の演奏と声明(歌)といった感じで、「数寄」「風流」「粋」といったことが要因で物事が決まるのである。
一方で、石田三成は兄・石田正澄に形の良い「瓢」を渡されるが「いかに努めようと、何をどうあがいても、私にはわからぬのだ。かような物に惹かれる心が」と無粋者であることを認めているし、徳川家康は家康で、利休所蔵であった「尻膨の茶入れ」を細川忠興に進呈した後で、「茶入れなぞ茶が湿気ねば何でもよい」と数寄へ興味がこれっぽっちもないことを白状している。
どうも、この時代の大大名の多くは利休居士の薫陶を受けた数寄大名が多いのだが、どうやら、関ヶ原の戦の勝敗がどうであろうと「数寄」「安土桃山文化」は風前の灯火であったのか、と現在でも様々なところでおこっている「文化」と「政治」のすれ違いを嘆息して見るんであるな。
細川ガラシャが石田方で攻めら敗死するのだが、史実と異なり、レオナルド・ダ・ヴィンチ考案のマシンガンを連射して石田方と華々しく戦った末の敗死という筋立て。明智の娘であるガラシャへの筆者ならではの高評価であろう。
このへんから曲者ぶりが如実にでてくるのが、茶々の方。徳川にも石田にもどっちつかずで豊臣秀頼の母としての地位の確立を目指し、織田政権の再興を狙う。たしか8巻あたりで、秀頼が秀吉の種でないことを茶々の方自ら白状しているのだが、その種の主は織田有楽斎ではないことだけは、その時のやりとりで明らかになっている。物語の今後の展開で明らかになるや否やというのも楽しみではある。

巨星が堕ちるときには大振動があちこちでおきるもの — 山田芳裕「へうげもの 九服」(講談社文庫)

第9巻で、とりあげられる時代は、慶長の役が始まる1956年から石田三成を除こうとする加藤・福島の反乱(?)が起きた1599年3月2日まで
冒頭、禁教令が発布され、高山右近を見せしめとして処刑しようとする石田三成に対し古田織部は九州であった三成の兄の話を持ち出し
冷徹に務めを果たすのみでなく、今後は人情というものを解しなされ。
恨みを持つ者を増やせば、ついには豊臣が世を危のうしますぞ
と諭し、右近の命を助ける。これが織部にとって吉なのか凶なのかはこの時点では不明だが、後に大谷刑部との仲立ちをさせられ、これが石田三成の力を強めることになるのだから、徳川政権下での家の存続にはあまりプラスにはならなかっただろうな、と推測。
この巻では、豊臣秀吉が没する。没する時に、織部正の仕立ての余興があって、筆者のフィクションではあるのだろうが、絢爛好きの秀吉が逝く時はこのぐらいのことがあってもよいな、と思わせるエピソードがつくってある。秀吉の死はしばらく秘匿されていたので、暗殺説やらひっそりと誰にも看取られず死んだなど様々あるのだが、土民から成り上がって豪華絢爛な世を創り上げた人物の死であるし、これぐらいは手向けとしてもよかろう。
さて、秀吉の死後、朝鮮の役は中止されるのだが、朝鮮の役の収束にあたって石田三成が威張って諸将の不興と怒りをかったのも、秀吉没後に豊臣家に抗いそうな武将のあぶり出しであったとの解釈。本書の三成はのぺっとした顔の、能吏ではあるが人情を解さない人物として描かれていて、こういう奴ならこれぐらい謀らむよなと思わせる書きぶりは見事。
巻の最後は、加藤清正、福島正則らが石田三成を除こうと反乱(?)を起こすところで次巻へ。反乱というのは異論あろうが、この時期、政権の中枢は石田三成が握っていたのだから、やはり反乱、クーデター騒ぎというのが正しいだろう。ただクーデターを起こしたにもかかわらず首謀者の加藤、福島、細川といった面々が無傷なのも、この時代の勢力構図の複雑さのなせる技ではあるな。
本巻の名シーンと思えるのは、石田三成が大谷刑部懐柔のため茶を被ったシーンではなく、石田三成が朝鮮の役終了の申し渡しを諸将にした同じ頃、織部・中川・小堀の数寄大名たちが茶室で語り合っているところで
何故、戦が起きるか考えてみよ
皆、領地が欲しいからぞ・・・
領地とは武人としての評価・・面子・・
それを阻む者を是が非でも排したいのだ。・・・
されど私を含め貴殿らにそこまで領地を欲する気はあるか?
我らは戦を斜めに見ておればよいのだ。
今より勝ち馬に乗らんと焦ることもない
その場その場で己が都合の良い方につき、領地ならぬ欲しいものを頂くのだ。
これが新しき乙将の生き方ぞ
と織部がこれからの数寄大名の方向をしゃべるあたり。うむ、と感心しつつも、これでは謹厳実直がメインで、忠義を重んじる「徳川の世」では生きづらいよな、と嘆息してみるのであった。

熟すれば「数寄」と「統治」は袂を分かち始めるのだね — 山田芳裕「へうげもの 八服」(講談社文庫)

第8服の「へうげもの」文庫版は。1595年2月伏見邸の完成から1596年伏見城の山里丸が建築される頃まで

ざっくりと、この巻で筋をレビューすると

前巻で、伊達政宗と大騒ぎをした、蒲生氏郷は病死している。

織部は唐津務めを良いことに朝鮮に渡り焼き物の窯探しをする。秘密の渡朝ゆえ松浦党の世話になるが、これが後で裏切られて難渋することになるのだが、事を逸るといろいろ問題が起きるという典型であろうか・

朝鮮では、慶尚道の今の梁山市で両班の妾の子で、女性陶芸家の柳英子(ヨンジャ)と出会う。

この英子が、日本へ渡り、唐津焼の窯を起こす、といった筋立てに成っていて、この時期多くの陶工が朝鮮から日本へ連れてこられたらしいのだが、その象徴として描かれているような気がする。

朝鮮国の義勇兵軍に攻められ退却。途中、難破しそうな船の中で英子とまぐあう。これを妻の「おせん」に正直に感想を込めて打ち明けたために別居になりつつも、

織部は茶頭筆頭として、新しい茶室や茶碗の考案と作成、伏見酒の育成といったことで、数寄の道と利殖の道双方をずんずんと歩む。ところが1596年閏7月の伏見大地震で茶碗も酒もみなひしゃげ、破産の瀬戸際といった事態に。

ところがこれが、妻おせんとの仲がもどったのは不幸中の大幸であろう。ちなみに、加藤清正も秀吉のもとにいち早く駆けつけ、蟄居を解かれている。

1596年は慶長の役の1年前、関ヶ原(1600年)の4年前、古田織部の「数寄」の姿が見えつつあるのと、徳川家康が朝鮮の役で兵役の費用捻出に困る大名に金を融通して勢力を広げるといった、徳川幕府の礎石が着々と敷かれていっている時代風景でありますな。

この巻で特徴的なのは、徳川家と織部の歩むところの違いというか、齟齬が如実に鳴り始めるところ。

それは徳川秀忠が。淀君の妹である「お江」と婚姻するときに、家康と伏見の徳川屋敷で語り合うところが顕著で

(家康)

賢き者は爪を隠してでも己を前へ田さんとするもの・・・

出さんとすればまた争いが起こる・・・

この流れを止めねばならん

(秀忠)

民に余計な思案は不要・・・

要るのは忠義・・・

清廉潔白なる心のみと、申されるのですな・・・

といったやりとりがあるのだが、秀忠は古田織部がパトロンをしている美濃焼きの茶碗を割ろうとするのだが、まだオーソドックスな風情のある美濃焼きですら「数寄が過ぎる」という感覚なのであるから、織部が唐津で創ろうとしている「めぎゅわ」のような茶碗なんてのは言語道断であろうな、と徳川政権と古田織部の将来の暗雲を感じてみるのである。

謹厳実直が大本の徳川幕府と「数寄」が命の織部では、もともと折り合うことは困難であったのであろうが、これは、文化が爛熟した時にお決まりの事態ではありますかな。

時代の文化的象徴の壁が崩れる時は、かくも劇的か — 山田芳裕「へうげもの 七服」(講談社文庫)

武人にして茶人である数寄大名・古田織部を描いたコミックの文庫版の第7巻。

年代は1991年2月24日から1595年9月。

秀吉が刺客に襲われ千鳥の香炉が鳴いて危難を逃れたエピソードから、利休の処刑を経て、伊達政宗と蒲生氏郷が和解するまで。

前の巻で利休の娘「吟」が秀吉の側室となるが、彼女は松永弾正の娘でという設定になっているのだが、どうもここは作者のフィクションぽい。

利休の解釈を織部が命じられることなるのだが、切腹を命じられた上杉家で大暴れというエピソードに仕立て上げてあるのだが、ちょっと暴れようが過ぎますかな、といった感想。介錯人は織部ではなく、蒔田淡路守という説が主流であるようで、まあこの辺りは織部が主人公のコミックだよね、と読んでおけばよいか。

ただ、この巻の1/3までは利休の処刑が一大テーマではあるのだが、世の中の流れは無情なもので、処刑後はどんどんと時代が動いていく。というか、時代の激流を幾分かせき止めていた利休という堰がなくなったせいで、どうどうと流れ始めた、というところか。

この巻の途中から、織部は亡き利休の後を襲って茶頭筆頭となるのだが、その際に秀吉から

茶の湯においては、未だ利休の・・・町人の型が流布しておる・・・

これでは世は治まらん・・・

武人が町人に倣うようではふたたび下克上を招きかねん・・・

茶の湯を町人がものから武人がものに改めよ

お前の創る新しき価値を以ってな

と命じられ、その答えが

ひずみを待つでなく、自らゆがませるのだ

ということであるのだが、「わざとゆがませる」というところは、時代が安定を超えて「熟れ」てきたということであろうか。

そして「熟れすぎて」堕ちていく状態が「関ヶ原」であるのか、と思うんでありますな。

茶人大名の戦国絵巻〜北条氏滅亡から利休が捕らわれるまで — 山田芳裕「へうげもの 六服」(講談社文庫)

武人にして茶人である数寄大名・古田織部を描いたコミックの文庫版の第6巻。

時代は1590年6月下旬から1591年2月まで。

事件的にいうと戦国関東の雄・北条氏の滅亡から始まる。

その後、織田長益が出家して織田有楽斎となったり、利休の娘・お吟が関白秀吉の側室となる。お吟は松永久秀の娘であるらしく、秀吉の暗殺の気持ちも秘めていた、なんとも業の深い親娘ではある。

さらには、利休が秀吉暗殺の陰謀を企み、家康を引き込もうとするが失敗。利休の叛意を察知した、石田三成が、大徳寺山門の上に安置された利休の木像の県などで、利休の誅殺を画策し、利休が捕らわれ屋敷に蟄居させられ、処刑の日を待つ、といったところまで。利休が蟄居先に護送される途中で、その後に利休介錯の原因となる、細川・古田両名が利休を遠目に見送るといったエピソードの挿入もある。

年数的には9ヶ月ほどなのだが、時代が動くときにはさまざまな物事が連続して起こるのだな、あらためて感じさせる。

利休にせよ、石田三成にせよ、さらには豊臣秀長死去の際の黒田如水など、なにかと陰謀を企むのは、時代のもつ特徴なのか、両人の性格ゆえなのかはわからないが、こうした陰謀好きは、自らの陰謀に溺れてしまうというのが通例のよう。世の中や為政者を自らの思うがままに動かしたいという念が強すぎると、関白が山上宗二を誅殺したり、利休が明智光秀を謀反に追い込んで滅亡させたり、といった、自らが求める(数寄・風流)の道を担う後継者を潰してしまうという愚を犯すものであるらしい。

そういう陰謀者の愚を脇に置きながら、我らが主人公・古田織部は、伊達政宗と蒲生氏郷との喧嘩の仲裁をしたり、京都に瀬戸屋を使って自作の染め付け茶碗の商売をしたりとか、ちょっと小物感が拭えない。「利休」という大きな壁がそびえていると、思う存分好き勝手ができないようで、突き抜ける気持ちが必要であるな。

さて、今巻は、個人的に豊臣家がずでんどうと転んでしまう原因となった、「利休の処刑」の前夜の風景といったところ。信長が鎮めた「時代」が騒ぎ始めるのはこれからであるな。

茶人大名、小田原でさらに脱皮する — 山田芳裕「へうげもの 五服」(講談社文庫)

さて、本日は続いて「へうげもの 文庫版」の第五巻をレビュー。

年代は1588年1月~1590年5月

歴史的なエポックは、小田原の北条攻め。

先立って、あの山上宗二が北条氏に厄介になり彼の居場所を発見するのだが、これが彼の悲劇的な死の発端になるのだから、人生というものはわからない。辛口の評論家として比叡山にいたり、諸国を放浪して悪態をついていたほうが、ひょっとすると命は伸びたのであろう。

そして、このあたりから石田三成がいろんな案件の、プランナー、仕掛け人としてやたらあちこちに登場してくる。例えば、千利休の茶頭筆頭からの追い落としであるとか、山上宗二殺しなどなどで、のぺっとした顔立ちに、能吏ばりばりのいけ好かなさで、「やな野郎」感がよくでてますな。

また、「のぼうの城」で有名な、忍城攻めの三成の失敗の場面も描かれているのだが、彼の「企画好き」の「現場嫌い」の様子が少し悪意を込めて描かれていると思うのは、当方の勘違いないしは錯覚であろうか。

さらに、これはご当地の読者には顰蹙買うかもしれないが、伊達政宗の天下統一を夢見る、「夜郎自大」さが強調されていて、筆者は政宗ちゃかしも極まれり、である。

まあ、歴史事実のほどは別として、一風変わった戦国ものコモックとして、脂がのってきておりますな。

禁令の出た時の立ち居振る舞いに、人の本質は顕になるものであるな — 山田芳裕「へうげもの 第四服」(講談社文庫)

さて、引き続き、古田織部のコミックもの「へうげもの」に文庫版第4巻をレビューしよう。

年代は1586年~1587年。歴史的な出来事としては、家康の上洛、秀吉の九州攻め、禁教令の発布、聚楽第の完成と大茶会といったところで、秀吉の天下がこれから爛熟に向うところである。

ただ時代が熟していくことと比例して、今まで培われてきた人間関係が壊れていったり、不和の種が芽吹いたり、といったことはいつの世も変わらぬもので、大茶会の開催は、実は千利休を筆頭茶頭から罷免しようという秀吉の企みが隠れていたり、とかなんとも生臭い。

ただ「爛熟の時代」は人の姿もまた熟れさせ、その人となりも拡大して見せてくれるようで、キリスト教の禁教の際に、高山右近が「幾年月も培ってきた南蛮趣味を鶴の一声で変えさせられてはたまりません。」とキリスト教者と南蛮趣味の茶人の意気地を見せる一方で、織田長益(後の有楽斎)は、「南蛮趣味を控えねばならなくなった今・・・世の流れはこちらに軍配が上がるかも。」と南蛮趣味を早々に見限りながら、利休の「わびさび」の将来性を感じ取る目先のきくところを見せたりと、人様々であるな、と自分の身近な実際の人々を思い浮かべ、改めて実感する。

さて、この巻では、南蛮趣味から「わびさび」といった茶の湯で代表される日本的な価値観があちこちとでてきて、風流を解さぬ当方は、ぼーっとコミックを読む以外はないのだが、そうした価値観、流行を追うことに血道をあげている権力者が、

「詰まるところ、茶の湯には台子も何も無いのです。

全て各人それぞれの作法、趣向でもてなせば良いのです。

決まりごとなど無いというのが極意にございます」

「関白様は、その本質がわからぬゆえ、台子手前を許可制になさり、茶の湯に格をつけておられる。」

なんて様子で冷水を浴びせられたら、そりゃ打ち首にもしたくなったんだろうな、と思いつつ、権力者の好みに合わせていくのも、そりゃ草臥れるよなと、同情もしてみるのである。

さて、こういった権力者と芸術家の争いに、皆様は何を感じ取りますかね~。