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落語の世界でも”跡目争い”は騒動を生む ー 大倉崇裕「七度狐」

全く落語とは縁のなかったにもかかわらず「季刊落語」に配属になった新米編集者・間宮緑が、落語漬けになりながら、一癖も二癖もある編集長・牧に振り回されながら、落語絡みの事件を解決していくシリーズの二作目が本書『大蔵崇裕「七度狐」(創元推理文庫)』である。

【構成は】

第一章 杵槌村〜京都ー1995ー
第二章 杵槌村ー2000−
第三章 雨中の惨劇
第四章 狐の師匠
第五章 大狐の正体
第六章 継承者
第七章 過去からの証言
エピローグ 新宿ー2001ー

となっていて、今回は東京を離れて、静岡県の田舎の村が舞台となる。

【あらすじ】

なぜ、静岡なのかというと、ここで落語会の名門・春華亭一門の統帥である「古秋」の跡目を決める一門会が開かれるからで、この一門、「古秋」の名跡は、血縁関係がある者が不文律となっている。で、引退を表明した六代目古秋の三人の息子、古市、古春、古吉が、師匠の父の「古秋」の前で落語を演じて、その出来で七代目を誰が襲名するかを決める、という設定である。

まあ、こういう「親族で競争する」という設定は、骨肉争う騒動となるのは、歴史の多くの騒乱が証明しているわけで、今回の「跡目争い」の場合も、「緑」が到着した時に、飼い犬が変死したのを皮切りに、豪雨がこの地域を襲って土砂崩れがおき、この村一体が孤絶してしまうという「広範囲密室状態」で変死事件や怪事件が連続するのである。

変死事件は、一門会が開かれている旅館近くの泥田の中で次男・古春が埋もれて息絶えていたことを皮切りに、三男・古吉が旅館の離れで荒縄で絞殺されたり、と続いていく。さらに、六代目古秋も襲われたりして、さては、跡目争いが原因だろうから、犯人は跡目を争う「・・・」、ということになるのだが、ネタバレしておくと、その推理は外れである。変死は、この二人で終わらない。

さらには土に埋もれていた人間の骸骨が発見されたり、緑の味方と思われていた、古秋と肉親でない預かり弟子の「夢風」にも、どうやら古秋に関係する秘密がありそうで、といったところで、謎解きは混迷していくのである。

そもそもは、五代目「古秋」が1955年に「杵槌村」に湯治に来て行方不明になることから始まっていて、犯人もこの失踪事件と密接に関連しているので、根はとても深いですな。

【注目ポイント】

本書の筋を動かしているのは、「名跡」に執着する「噺家」「芸人」の執着心で、兄弟二人が変死し、父親が怪我をしたというのに、

親である前に、師匠や。間宮さん、そこのめくりをめくってみなはれ。次の紙には古秋を襲名する者の名を書くことになっている。襲名はもう済んだも同じ。引退した師匠に、何で今さら気を遣わんならんのや

とうそぶきながら、七代目が、妹の「瞳子」と知った途端、大狂乱してしまう古市の姿に象徴されている。
事件の謎解きは、謎解きとして、最近は「芸のためなら・・・」と奥さんを捨てたり、さらには自殺したりといった芸人は見なくなったのだが、この辺の「妄執」っぽいのが、ミステリーにはもってこいな気がしますね。

【レビュアーから一言】

本書のような、落語とミステリーのコラボものは、落語の魅力をミステリーの中にどう取り込むかということがポイントで、今回も、「七度狐」の噺が殺人事件の「見立て」となっていて、謎解きを読むとなぜか賢くなったような気がする。
「七度狐」の噺は、麦畑を川と思わされたり、石の地蔵の前で踊りを踊らせられたり、狐の尻尾を捕まえた、と思ったら、畑の大根であったり、といったあたりまでが定番で、そこから先は長くて切られることが多くて、噺も定まったものはないらしい。今回でてくる「七度狐」の噺も、wikipediaのものとはちょっと違っているようなのだが、まあどちらが正しいというものではあるまい。
すべての「落語」ファンにおすすめしたいミステリーでありますね。ちょっと長いけど・・・。

【関連記事】

「謎解き」と「落語」の見事なコラボレーション — 大倉崇裕「三人目の幽霊」(創元推理文庫)

”季刊落語”の「緑」さんも、二つ目昇格っぽく、良い味だしてきました。 — 大倉崇裕「やさしい死神」(創元推理文庫)

【作者の他の「季刊落語」シリーズの本】

”季刊落語”の「緑」さんも、二つ目昇格っぽく、良い味だしてきました。 — 大倉崇裕「やさしい死神」(創元推理文庫)

落語専門誌の編集者二人を、ホームズ役とワトソン役にした、この「季刊落語」シリーズの三冊目である。2冊めは、落語界の名門の跡目相続絡みの事件を扱った長編であったので、短編集としては2冊めとなる。編集長の「牧」と新米編集者の「間宮緑」のかけ合いもこなれてきて、シリーズとしては円熟してきところであろうか。

収録は

やさしい死神
無口な噺家
幻の婚礼
へそを曲げた噺家
紙切り騒動

となっていて、いくつかを、レビューすると

一話目の「やさしい死神」は月の家一門の領袖・栄楽が自宅で昏倒。意識を失う前に「「死神にやられた」と言う一言。もちろん、謎解きの鍵となる噺は、何をしてもうまくいかない男が、死神の助言で医者になるが、最後は死神を騙したため、命を失いそうになる。男は命をつなぐロウソクの火を他のロウソクにうつそうとするが・・という「死神」。この噺の死神が座っている場所がヒントですな。
話の大筋は、栄楽師匠が昔破門した、才能ある噺家に関係するもので、最後は人情噺よろしく強情な師匠と弟子のやり取りで終わるのが、なんとも魅力的である。

二話目の「無口な噺家」は、松の家文吉という大名跡の跡目を巡る、演芸協会の会長や後援会長の無理押しを阻止する話。無理押しの阻止のためには、大病をしてリハビリ中の「松の家文喬」の復帰とその弟子の伸喬と文三の奮起が必要となるのだが、文喬は大病後、人が変わったようでちゃんと復帰デキるか危ぶまれる中・・といった展開
。文喬師匠の復帰のため、弟子二人が策を巡らすが実は・・、というところで、やはり古手の噺家は奥が深いや、と恐れ入る。

すべての話をレビューすると興ざめであるし、営業妨害にもなるので、第三話、第四話は飛ばして、最終話の「紙切り騒動」は、「間宮緑、はじめてのお使い」ならぬ「はじめての単独探偵役」ということで、「噺家」から「紙切り」に転じたいという若手落語家・松の家京太とその師匠の間に入って、破門話をなんとか丸く納めようと、京都で探偵行を行う話。
その若手落語家・京太が紙切りを志すきっかけとなった、三十年前に活躍し突然姿を消した、伝説の紙切り芸人「紙切り光影」を見つけようというのだが、さすがに三十年前のことでなかなか手がかりが見つからない。果ては、緑の行き先々に先回りして手掛かりを先取りする男も現れる。
さて、「紙切り光影」は見つかるのか・・・、そして京太は「紙切り」芸人になれるのか・・・といった筋立て。

さて、落語ミステリーの読みどころは、落語だけでもなく、謎解きだけでもなく、その2つの混合具合というか、絡み合い具合で、このシリーズが、互いに邪魔したり、主張しあったりということもなく、ほどよい感じである。これを契機に、リアルの落語を聴いてみるのも一興かもしれんですね。

「謎解き」と「落語」の見事なコラボレーション — 大倉崇裕「三人目の幽霊」(創元推理文庫)

落語ミステリーのキャストといえば、愛川晶の「神田紅梅亭」シリーズの、「福の助」「馬春」や、北村薫の「円紫」といった落語家や、同じく愛川晶の「神楽坂倶楽部」シリーズの、出版社からの出向中の新米「席亭」代理のの 希美子であったりとか、落語界の「中の人」であることが多いのだが、今回の大倉崇裕のシリーズは、落語界の「中」ではあるが、ちょっと周辺の「季刊落語」という落語専門誌の編集者が主人公。

収録は

「三人目の幽霊」 「不機嫌なソムリエ」 「三鶯荘奇談」 「崩壊する喫茶店」 「患う時計」

となっていて、キャスト的には、「季刊落語」の新米編集者の「間宮 緑」がワトソン役で、ホームズ役は、編集長の「牧」という仕立てである。

簡単にレビューすると

「三人目の幽霊」は、長年対立してきた、松の家葉光と鈴の家梅治の二門の手打ちを妨害するように、弟子の高座の湯呑の中身が酒にすり替えられたり、手拭いがすり替えられる悪戯が発端。さらには、梅治の「累ケ淵」の上演中に登場する幽霊が二人のはずが三人でたりといった怪事が生じる。さて、一連の事件の犯人は、ということなのだが、元はといえば、両師匠の若い時の意地の張り合いが原因。そして「牧」の推理で、事件は解決、大団円と思いきや、というどんでん返しが用意されているので侮れない。

「不機嫌なソムリエ」は落語界の中の話ではなく「緑」の学生時代の友人で、ソムリエ見習いの「恭子」の勤めるホテルのマスターソムリエの失踪事件。話の中で引用される「厩火事」の奥方よりも「瀬戸物」が大事な「さる旦那」とソムリエを重ね合わせるのが、謎の解決の鍵。

三話目の「三鶯荘奇談」は、妻が怪我した三鶯亭菊太郎の息子を預かって避暑にでかけた「三鶯荘」で遭遇するサスペンス。「三鶯荘」の管理人の女性の失踪に始まって、最後は菊太郎の師匠の師匠の大看板・三鶯亭菊司の早死の原因となった、菊司の妻・治美の失踪の謎を解くことになる。リードする噺は「野ざらし」で、「髑髏」の発見から、幽霊の来訪までが形が違いこそすれ再現されるのが秀逸である。

四話目の「崩壊する喫茶店」は、目の見えない人は感覚が鋭くなるというが、白紙の絵に「何も感じなくなった」という視力を失った「緑」の祖母・良恵の言葉は、感覚の鋭さか認知症のはじまりか、と「緑」が悩むところからスタート。その白紙の絵は、祖母が若い頃に病気療養していて時に淡い恋愛関係にあった画家からのプレゼントらしいのだが、「なぜ白紙?」「すりかえられた?」といった謎を解く筋。四話目はリードする「噺」が見当たらないのがシリーズの中では異色である。

最終話の「患う時計」は、三鶯亭菊朝の実子ながら、一門ではあるが別系の菊丸師匠のもとにいる「華菊」の高座が、濡れ雑巾で転倒するよう仕掛けられたり、メガネを隠されてTVの録画で失態を誘導されたりといった邪魔をしかけられる。華菊は、実父の「菊朝」の名跡を継ぐのでは、と噂されており、それを妬んでのことかという推測がされるのだが、実は華菊の芸が他所へ行くことを惜しんだ・・、といった筋立て。事件解決の鍵は「火炎太鼓」のオチの道具屋の「十万両!」なのだが、詳しくは本書で確認を。

さて、こうした落語ミステリーの楽しさは、単なる謎解きだけでなく、話の中で引用されたり、筋の展開に関係してくる「落語」との「絡まり」具合であり、話を読むながら、隠し味のように、頭の中に浮かんでくる落語の高座である。読むうちに、伝来の話芸を堪能している感じがしてくるのが、なんともよろしいですな。

物腰の柔らかな「推理機械」の登場 — 大倉崇裕「福家警部補の挨拶」(創元推理文庫)

最初に犯行が読者のもとに示され、それを、ホームズ役である女性刑事の「福家警部補」が、じわじわと解きほぐし、真犯人へとたどり着く、という、ずっと以前に一斉を風靡した、「刑事コロンボ」風のミステリー。もっとも、「刑事コロンボ」の場合は、犯人が社会の勝利者であったのだが、本シリーズの場合はそうでもないところが、時代の変化というものであろうか。
 
収録は
 
「最後の一冊」
「オッカムの剃刀」
「愛情のシナリオ」
「月の雫」
 
となっていて、被害者は図書館を潰して売っぱらうことを企むオーナーとか、老舗の酒造会社を買収して銘酒を奪おうとするライバル酒造業者であるとか、同情をそんなに買わない相手で、犯人にしてみればズダボロにしたい相手を殺すのであるが、殺人自体にドロドロ感を感じさせないのが本書の特徴。
 
それは、造形的には、小柄でとても捜査一課の刑事らしくないのだが、実は、いくら呑んでも酔わないというアンバランスなキャラであるのだが、人間臭さが少なく、どことなく「無機質」な感じが漂うところによるのであろうか。
 
主人公の「福家警部補」、人の心のスキマにはいってくる技は一品で、「月の雫」で遣り手のリカーショップの社長が、「福家は巧みな間で、するりと人の心に入ってくる」と評した技で、犯人たちが犯行を隠すために纏ったアリバイの衣を一枚一枚、剥ぎ取っていく技は凄腕である。
 
全体に、手に汗握ってどうこうというミステリーではない。「ほぉ、こうして犯人にたどり着きましたか・・」といった感じで、福家警部補の推理散歩に、ポツポツの共に歩んでいるうちに事件が解決してしまう、なんとも落ち着きのあるミステリーであります。
 

可愛いい素っ頓狂な「女性巡査」の名探偵登場ー大倉崇裕「小鳥を愛した容疑者」(講談社文庫)

橋下環奈と渡部篤郎の主演で以前テレビドラマ化されていたのでご記憶の方もあるだろう。ミステリーには「謎で読ますタイプ」と「設定で読ますタイプ」と2つあるのだが、本書は「設定で読ますタイプ」のうち主人公であるホームズ役とワトソン役の設定で読ますタイプ。
このタイプの場合、その設定が嘘くさくなくて、しかも異色度の度合いが問われるのだが、本シリーズは、公務負傷でリハビリ中の元敏腕刑事と、動物愛護の波にのって新設された、警視庁の超・お荷物、いや荷物にもなっていない、超・端っこ職場の「警視庁総務部総務課動植物管理係」の新人女性巡査という設定で、そのあたりは軽くクリアしているといえる。
収録は
小鳥を愛した容疑者
ヘビを愛した容疑者
カメを愛した容疑者
フクロウを愛した容疑者
となっていて、それぞれの話のキーとなる動物は「十姉妹」「コロンビアボア」「ケヅメリクガメ」「モリフクロウ」ということなのだが、申し訳ないが、「十姉妹」以外は、当方はその姿が茫漠として映像を結ばない。
事件は「小鳥を愛した容疑者」は自宅マンションに小鳥を買っている殺人未遂事件で、容疑者が意識不明といったように、下手をすると、いずれも迷宮入りか、といったものなのだが、このシリーズの魅力は、そういう事件の謎解きよりも、なんといっても、動植物係の担当でホームズ役の薄巡査のノーテンキなキャラ。
彼女は獣医で成績優秀。動物園に勤務していたが、警視庁の動植物管理係の急募で採用。潜水、乗馬関係の免許を持ち、アニマルセラピー、生物学にも詳しいといった、小柄で素っ頓狂な見かけによらないスゴイ娘であるのだが、故事成語に疎くて世間知らずという、リケジョにありがちなキャラなのである。
そしてその彼女が、屈強な相棒刑事の須藤を混乱の極に導きながら、普通、事件の解決にはおよそ関係のなさそうな「動物たちの習性」や「希少種の動物たちをめぐる人間の思惑」といったものを、推理のテコにしてお蔵入りしかけている事件を解決していく、というちぐはくな感じが、このシリーズの魅力であるだろう。
まあ、こうしたシリーズは、社会派のように眉間にシワをよせて読んだり、「イヤミス」のようにちょっと斜め目線で読んだりと言った姿勢では楽しめない。気楽に、ハチャハチャと展開していく二人の掛け合いを楽しんでいくのが良いかと思うのであります。
ちなみに、橋本環奈さんのちょっと甲高い声が「薄巡査」のイメージに見事にオーバーラップしてTVドラマもはまり役であったな、と思う次第であります。