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「定食」は、ユニバーサル・フードになった ー 今 柊二「定食ツアー 家族で亜細亜」

定食評論家・今柊二氏のおなじみの定食のレポートなのだが、今までの国内各地の「定食」の行脚から、東アジアの国々での「定食」ツアーとなったのが本書『今 柊二「定食ツアー 家族で亜細亜」(亜紀書房)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

ソウルぱくぱく定食ツアー
台湾ほくほく定食ツアー
シンガポールどきどき定食ツアー
バンコクわくわく定食ツアー
香港うまうま定食ツアー
沖縄つれづれ定食ツアー

となっていて、「定食」という日本固有っぽいものが主テーマ(サブ・テーマにインスタントラーメンとか稲荷寿司とか、学食なども点在しているのだ)であるので、やはり、「定食文化」が今までの歴史や交流の具合から染み出しやすい、東アジア中心で、しかも中国本土は除いたところが舞台。

収録は、2007年から2011年にかけての旅行なのだが、日本国内での「定食紀行」と勝手が違うのは、家族旅行を兼用しての定食ツアーであるので、基本的に奥さんと二人の娘さんの筆者の「定食志向」への目線は冷たく、地元らしい料理か、そうでなければロッテリア、マクドナルドといった店への嗜好が強いこと。
ま、たしかに、家族旅行で、明洞の「さぼてん」に入ろうなんて言われたら、それはムッとするよな、と今さんの家族に激しく同意をするともに、それに付き合わざるを得ないことに同情してしまいます。

ただ、海外における氏の”定食”の範疇は、韓国の「里門ソルロンタン」のソルロンタンを食して

黒い器の中には白濁した牛肉スープ、牛肉のスライス、そしてごはんとそうめんが入っている。汁、ごはん、おかず、漬物がそろっており、定食の要素を文句なしに満たしているわけだ。(P51)

であったり、

シンガポールにきたらまずはこれだろう。海南鶏飯。3.8シンガポールドルなので280円くらい。かなり安いな。チキンスープで炊いたごはんに蒸した鶏肉をスライスして乗っけたものだ。濃厚なタレをつけて食べるとうまい。中国海南島出身の人々が伝えて、シンガポール名物となったそうだ。スープも付いている。もちろん日本に由来する定食ではないけど「ごはん、おかず、汁」の三要素がsろった、じつに正しく定食的な一品だ。
うっすらと色のついたライスをスプーンで口に運ぶ。鶏のエキスがごはんに染み込んでいて、なんとも味わい深い。添えられた青梗菜の鮮やかな緑色がまた食欲をそそる。(P160)

といったように、「定食」基準はかなり低く、海外標準にしてあるのは確かである。
とはいっても、韓国の豚焼肉の店「五友家」での

まずはサンチェ(サニーレタスやエゴマなど)がたっぷり、そして白菜キムチ、イカのキムチ、栄養のあるタレ、普通のタレ、青菜、厚揚げの揚げたもの、何かコリコリした食べもの、糊、味噌汁、そして竹の容器に入ったごはんなどが次々と出てくる。・・・さらにおかみさんが三昧肉とともにやってきて、テーブルで焼いてくれ、適当な大きさに包丁で切ってくれる(P78)

のように、もともとミパチャンのような食文化のある韓国はまだしも、台湾 三越のフードコートで
 
”カツレツ御飯”と日本名で記された排骨(豚骨付き肉)の定食がすてきだったので、これにしよう。140元。
(中略)
しばし待っていると定食が登場。おお、ボリュームあふれる排骨にキュウリの漬物。そして3つの副菜と汁物がまぶしい。ごはんは魯肉飯という台湾名物。白飯の上に肉のそぼろが乗っている。日本と現地の食文化が見事に融合した定食といえますね(P122)

や、シンガポールのホーカーセンター「フードジャンクション」の

私が絶対食べたいと狙いをつけたのが<JAPANESE CUISINE>という日本料理の店であった。・・ひときわ目を引いたのがSABA FISH SET。6ドルだかた400円から500円ぐらいと値段も手頃だ。
(中略)
席について出来上がりを待ちながら遠目にこの店の注文風景を観察していると、ランチでやってくる日本人サラリーマンの多くが、揃いもそろってこのSABAを注文しているではないか。

カウンターでトレーに乗ったセットを受け取りテーブルへ。さてお待ちかねの定食は、カットレモンが添えられた半身のサバ、味噌汁、ごはん、そしてまさかの付け合せスイカという布陣である。
まずは味噌汁から。具はワカメで味は薄め。シンガポールの味噌汁はどこも味が薄いのかな、メインのサバに手をつけようとすると、あれ、箸先を少々跳ね返してくる弾力があるぞ。何も考えずに「サバ塩焼き」だと思っていたら、なんとサバの素揚げだった。(P163)

のように、もともとの食文化での定食性が薄いところで、日本料理店などの定食が出てくるとさすがに。家族も良い顔をしないだろう。個人的には、定食の匂いがするにしても

鳥の唐揚げを売っている店で見つけたピラフライス&フライドチキンは55バーツ。200円弱は安い。これを2人前で間に合うかな。注文するとおじさんが唐揚げを包丁でサクサクと切ってお皿に盛り、ピラフは型に入れてポーションし、付け合せの薄切りキュウリ、スープと一緒にトレーに乗せ渡してくれた。(P204)

続けて、ガラス越しに吊るされていた肉を乗っけたチャーシュー丼。スープと空芯菜の痛めものが別皿で付いていて、見た目の満足度は高い。まずはスープから。鶏肉、春雨、玉子の具でスーラー経過と思ったら意外とマイルドな味だ。空芯菜炒めはタレがかかっており繊維質の歯応えも充分で、いかにも野菜を食べているなという気になる。(P259)

といった現地風味があるほうが、やはり海外の定食っぽいと思うのは私だけかな。
ま、ここは、日本風の定食を求めて、家族の冷たい視線を浴びながら、東アジア探訪をする作者の努力に敬意を払いつつ、最後の章の「沖縄」で純粋とはいえないかもしれないが「日本風の定食」のお話を味わって「〆」としてくださいな。

【レビュアーから一言】

筆者のレポートを読んでいると、日本の定食文化がいつの間にか海外における「TEISYOKU」文化として発展していっている様子が伺いしれる。「SUSHI」に続いて「お弁当」が「OBENTO」としてパリっ子たちの間でも流行になったように、定食も国際的な食べ物になっていく日も近いのではなかろうか。だって、バンコクのホテルのコーヒーショップの日本食

まずは天ぷら弁当が登場。これがまた目をひくラインナップである。まず器の左手前にはエビ2尾とニンジン、かぼちゃ、ごぼう、ピーマン、さつまいもといった野菜天が盛りだくさんで、大根おろしとおろしショウガが脇に添えられている。左奥にはサーモンの刺身に・・・。(P199)

なんてのは、まさに国内のものと同じで、まさに「普遍化」しているではありませんか。

日本人のソウルフード「定食」を極めよう ー 今柊二「定食学入門」

「定食」のことを語らせたら、この人の右にでる人はいない、と言っていい、「定食学の権威」今柊二さんによる「定食」を極めるための入門の書が『今柊二「定食学入門」(ちくま新書)』。
出版されたのが2010年なので、店の情報が古くなっているところはあるが、本書の冒頭の

21世紀の現在。かつて以上に、必要不可欠な存在として、定食の重要性はましている。不景気が長引くいま、家計の緊縮財政に悩んでいるご同輩は多いだろうが、安くてうまくて栄養バランスのいい定食は、我らの強い味方なのである。

という「定食の価値」は、好景気が継続と言われていても個人の暮らしでは実感の薄い2020年現在でも変わっていないのは間違いない。

【構成と注目ポイント】

構成は

第1章 素晴らしい定食屋に行こう
第2章 揺れる男心が決断する「おかず」
第3章 独身男のライフライン発展史
第4章 全国の「心の基地」を訪ねて
第5章 定食学徒誕生の記

となっていて、まず第1章は筆者の定食についての「熱意」が語られる助走の部分。第2章で、だんだんとスピードに乗ってきて、「定食」のおかずについての「あれこれ」が語られる。
とりあげる「おかず」は焼き魚、煮魚、刺身、寿司、シラス、魚卵、鯨カツ、ウナギ、天ぷら、煮物、野菜炒め、焼肉、ショウガ焼き、ビフテキとポークソテー、鉄板プレー ト、すき焼き、トンカツ、か唐揚げ・焼き鳥、玉子料理、豆腐、フライもの、ハンバーグなどなど、およそ定食で出されるおかずのほとんどを網羅して、店の紹介に加えて、定食として出されるようになった経緯など、薀蓄が語られる。

たとえば「鳥の唐揚げ」が鳥肉を使った定食の主流になったのは

1980 年代以降は「かまどや」などテイクアウトの弁当チェーンで、唐揚げ弁当が定番メニューになっていたことが影響してるだろう。ちなみに、かまどやの大きな功績の一つに、宮崎の郷土料理「チキン南蛮」を世に広めたこともある

といった考察や

ハンバーグが広く浸透していく上で、マルシンフーズの「マルシンのハンバーグ」と石井食品によるイシイの調理済みハンバーグが果たした役割が大きい

といった話など、同時代を経験した人なら、「おお、なるほどね」となんとなく共感してしまう話も多いだろう。こうした薀蓄もさることながら、自分の食したことのある定食のあれこれの記憶がよみがえってくるのが楽しい。

第3章は「定食」の社会史とでも言うべき章。定食の始まりから今にいたるまでの歴史が語られる。江戸期の茶漬けからデパートの食堂、ファミレスまで、定食の歴史を俯瞰するといっていい。
この中では、軍隊が定食隆盛に果たした役割だとか、明治の東京の貧困地域で売られていたという「残飯飯」や江戸情緒あふれる「深川飯」「馬肉飯」の話や戦後闇市の「残飯シチュー」とかおもわず身を乗り出したり、引いてしまったりする話があるのだが、まあ、その 詳細は本書でご確認を。

こうした薀蓄の後、日本各地の定食めぐりともいうべきなのが第4章。
とりあげる地は、北は札幌・仙台から南は沖縄まで。人口の多さと、サラリーマン層の多さという点で東京の各地を取り上げているボリュームが多いのだが、特筆すべきは、札幌の定食 に関する記述がやけに分量が多いこと(第1章の「いの一番」にとりあげられているのが札幌の「おかわり1・4食堂」であるのもこの証左なのかもしれないが)。
残念ながら当方は北海道の地を踏んだことがないのでわからないが、一度でも住んだことのある人にはたまらない描写なんでしょうね。

と、あれやこれやの定食学徒の面目約如といった感のある本書。「定食」をめぐるエッセイとして読んでもいいし、「定食」の食物史、あるいは「定食」の食 べ歩きガイドマップとして読んでもいい。どの読み方でも楽しめるはずである。

【レビュアーから一言】

本書によると「定食学」を志す者の心得として、

・外からメニューがわかり、店内の様子も覗ける店を選べ
・明るい店内と気持ちのよい接客に着目せよ
・ 豊富な小鉢とお代わり自由のシステムは栄養価でもありがたい
・女性客が多い店は、清潔で居心地がいい

という「定食初心者」へのアドバイスから

・店内が見えないときは、メニュー情報をチェックすべし。安めはやや安心
・やさしいサービス精神はちょっとした工夫にあり
・ 商品見本が食品サンプルでなく、その日につくった「生」であるとはずれがない
・人の流れにも注意。サラリーマンや近所に住むようなおじさんが入っ ていくなら期待大
・客がマナーを守って喫煙している店は「大人度」が高い。寛容の精神も必要

といった「定食上級者」になるためのアドバイスが嬉しい。そして極めつけの「定食達人」をめざすためには

・ のれんの力強さや佇まいから、実力店のオーラを感じよう
・でたとこ勝負でもし失敗しても、それを楽しめるぐらいの心の余裕を持つ

ということが要点であるそうなので、達人を目指すかたはしっかりとおさえていきましょう。大学生からビジネスマンへと年齢を重ねていくにつれ、男女を問わず「定食」を使いこなす場面が増えてくる。「大人の証」としてマスターしてみてはいかがでしょうか。

美味しい「洋食」は日本人のソウルフード ー 今柊二「洋食ウキウキ」

ビジネスマンや学生の皆々の生活を支えている「日本各地の定食」について、おそらくは日本で一番詳しい「定食研究家」(?)である筆者が、もうひとつ日本人の心の「故郷」である「洋食」について著したのが本書『今柊二「洋食ウキウキ」(中公新書ラクレ)』。

【構成と注目ポイント】

第1章 「洋食の場」発展史と「ウキウキ」分析
 1 「洋食の場」発展史
 2 世代別洋食「ウキウキ」感の研究
第2章 メニューの研究
 1 メインの研究
 2 アラカルトの研究
第3章 洋食「聖地」探訪 〜その1〜
 1 人形町
 2 銀座
 3 日本橋
 4 浅草
 5 上野
第4章 洋食「聖地」探訪 〜その2〜
 1 神保町・御茶ノ水・小川町
 2 横浜
第5章 洋食ニッポン・関西三都物語
 1 京都
 2 大坂
 3 神戸
第6章 首都圏洋食紀行
 1 郊外エリア
 2 山手線沿線
 3 東京北部・東部ゾーン
 4 中央線沿線
 5 東京南部ゾーン
 6 最後は地元・町田
第7章 洋食ニッポン・全国めぐり
 苫小牧、札幌、仙台、新潟、名古屋。岡山、広島(呉)、松山
第8章 洋食とチェーン店・のれん分けなど
 1 チェーン店あれこれ
 2 南海旅行
終章 未来の洋食、世界の洋食

となっていて、第1章、第2章のところが「洋食」の起源を含めた洋食の歴史と、肉・シチュー・魚・フライと種類豊富なメニューの考察、第3章から第8章までが筆者が食べ歩いた各地の「洋食」のレポート、最終章が、洋食の新たな愛好者と世界に広がった「洋食」の考察、といった仕立てになっている。
で、「洋食」というやつには、本書の冒頭で

よし、ちょうどいい時間だ。いつもの洋食屋に行こう。土曜はやっているはずだ。おっ、やはり開いていた!ドアを開ける瞬間、気持ちがなんだかウキウキしてくる。

とあるように、日本人の遺伝子の中に心を沸き立たせる何かがあるようで、そのへんを筆者は洋食の大傑作である「お子様ランチ」の
①いろいろなおいしさに出会える
②見た目の豪華さに感動する
③お土産もある
という魅力に感動する子供時代に始まり「食べ物だけでなく、店もおいし」と気付く青年洋食時代、「友人たちとワイワイ楽しく食べて飲んでもいいけど、1人で洋食を食べつつゆっくり飲むのも悪くないな。こんな自分は大人だなと気がつく」おっさん洋食時代、そして「店の人たちが心を込めてつくってくれたことによる「滋養」や、店の人たちが演出する囲碁事のよさが、ご老人たちの「元気」につながっている」老人洋食時代と、一生を通じて魅惑する「洋食の力」を抽出しているのだが、まさに至言ですね。これに加えて、第二章では、「話をハンバーグに戻すと、現在の洋食店のハンバーグは、大きくは挽肉を粗挽きにした肉々しいタイプとよく挽かれたなめらかタイプがあり、それぞれのおいしさがある」といハンバーグに始まって、ソテー、シチュー、フライト続く洋食の「メイン」と「アラカルト」料理が詳述に分析されているので、「洋食」の理論編に興味ある方は熟読するとよいでしょう。

そして、筆者の「定食本」を読む醍醐味である、実体験に基づくレポートは第三章から始まっているのだが、そこは全国各地のレストラン、定食屋の「定食系」のメニューに飽くなき探究心をもつ筆者らしく、例えば洋食の聖地が多い東京では、人形町の老舗洋食屋「来福亭」の

エアコンもついているが、天井には扇風機がついていて、さすがは明治からの老舗だなと思っていると、メンチカツとライスが登場。これはこぶりだけど、とても美しいメンチカツ。ポテトサラダ、パセリ、キャベツつきだ。・・・ではまずメンチから。「ザクリ!」というより「サクリ!」かもしれない。「ザ」と「サ」の間のとても素敵な揚げ方。肉はなめらかかつミッチリの素晴らしいバランス。

といった「メンチカツ」に始まり、なかなか当方のような地方在住者には遠い聖地である、北千住「三幸」の

おお、こりゃおいしそう、グツグツ生音を立てているよ。土鍋の中には、牛肉の角切り、ポテトフライ、インゲン、そしてスパゲティが入っている。
まずはスプーンでビーフシチューを。アチチ、本当にこれは熱いね(笑)。酸味のあるおいしさ、続けて牛肉。こりゃ柔らかくてトロトロのお肉。うまいよ!おかず力もあるので、ご飯をパクパク食べる。・・・肉一切れとスパとシチューが残る・・・。「これは間違いない!」と思いつつ、スパを食べるとやはりビンゴ!牛肉のpエキスが充分に溶けたシチューが絡まり、凄まじいおししさ。

というビーフシチューであったり、とまさに百花繚乱なのである。
このほかにも、大坂の住吉大社ちかくの「やろく」の玉子コロッケ、エビフライ、カキフライ(または貝柱フライ)の三種が載った「限定セット」であるとか、神保町にある「キッチン南海」から暖簾分けして、高円寺・高田馬場・下北沢など東京の各地に広がった「南海」ファミリーの「ハンバーグ+目玉焼き+ウィンナーのセット」「イカフライ+しょうが焼き」「ヒラメフライとメンチカツのセット」など、各地の「洋食」の数々がでてくるので、これから先の詳細は原書でお楽しみを。

【レビュアーから一言】

もともと日本の「洋食」というのは、「西洋料理」をはじめとして外国から伝来したものであるが、すでに日本料理と言ってもおかしくない完成度になっている。本書の最後のほうで、ソウルのCOEXモールのフードコートで、鉄板に上に、ライス、チーズハンバーグ、もやし、味噌汁とつぼ漬とらっきょうが鉄板の上にのっている「チーズハンバーグ・ステーキ」9500ウォンが「ジャパニーズ」のメニューに入っているように「YOSHOKU」が輸出される時代もくるのかもしれません。

街の中華料理屋は我々の心の故郷 ー 鈴木隆祐「愛しの街場中華 東京B級グルメ放浪記2」

出張や新規の取引先での仕事が終わった後、知らない街で昼飯を食いそこねて、空腹を抱えているときや居酒屋でしこたま飲んだ後、満腹中枢の麻痺した状況で小腹が空いた状況でふらふら歩いている時、黄色や赤の「〇〇亭」や「△△軒」といった看板を見つけて「ホッ」とした経験はないだろうか。

どんなメニューがあるのかわからない、バカ高い値段では、入ると常連客ばかりで居心地が悪いのでは、といった知らない街の知らない店につきものの「不安」を全くまとっていないのが、街にあるフツーの中華店というもの。

そんな、庶民の味方、国民食の提供者といっていい存在である「街の中華店」について、愛情をこめてレポートされているのが本書『鈴木隆祐「愛しの街場中華 東京B級グルメ放浪記2」(光文社)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

はじめに「すべてはもののついでである」
第1章 下町中華のめくるめく世界
 まんぷくコラム1 ラーメンスープに薫る洋食スピリット
第2章 城北・城南の谷間中華
 まんぷくコラム2 郊外中華はファミレス仕様
第3章 副都心の街場中華を駆け抜ける
 まんぷくコラム3 関東中華の本場、横浜にこそ弾力街中あり
第4章 学生街の中華店
 まんぷくコラム4 秀才集う国立にガッツリ中華が息づいていた!
第5章 VIVA!生姜焼き
 まんぷくコラム5 街場中華パワーで鬼門が幸運のスポットで
第6章 街場中華の母港・埼玉をゆく
 まんぷくコラム6 大阪の中心部にありながら、最も庶民的な街で中華三昧
第7章 「街中的」中華チェーンとは
 まんぷくコラム7 街中こそ国民食、庶民の無形文化遺産なのだ!
第8章 街場中華における半チャンラーメンの存在意義とは?
あとがき「街場の中華こそ民主主義の広場である」

となっていて、本書によれば街場中華というのは

とくにはっきりした定義はない。ただ街中にあって、私たちの舌になじんだ和式の中華屋を、ぼくや少数の同志がそう呼んでいるにすぎない。
だが対極にある存在ははっきりしている。本格的で、また高級な中華料理店だ。

ということで、TVとかグルメ雑誌とは、まったく縁のない「中華店」と考えておけばいいようだ。
ただ、そういった店の料理が魅力がないといえばそんなことはなく、「ラードで豪快に炒め、塩胡椒に日本の醤油で一直線に味をまとめた」味っていうのは、我々の味覚の根底を支配しているといって間違いない。

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博多の旨いものは「とんこつラーメン」だけじゃない ー サカキシンイチロウ「博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか」

本書がひょっとしたら、書店のフード・ビジネスの棚にあって、博多うどんのビジネス展開のあたりを想定して購入したビジネスマンは、読み進むにつれて、ちょっと違和感を覚えるのかもしれない。
もちろん、フードビジネスのコンサルタントの著者によるものなので、そういうあたりも当然アドバイスされているのだが、それよりも圧倒されるのは、「博多うどん」に対する筆者の愛情のほどで、博多うどんの「名店」の数々のレビューも含めて、ちょっと変わった、「フードビジネス論」+「博多うどんグルメ論」である。

【構成と注目ポイント】

構成は

はじめに
第1章 博多へ
第2章 こんなに違う、うどんとラーメンの儲け方
第3章 「牧のうどん」本店の謎
第4章 博多うどんをめぐる半日ツアー
第5章 片道一時間半の王国
第6章 東京で博多うどんビジネスは成功するか?
おわりに

となっていて、まずは、筆者の「うどんビジネス失敗譚」から始まる。それは筆者がまだ若いころであった1990年代、「讃岐うどん」で。最終的な全国制覇をもくろんで、うどんの聖地ともいえる「高松」と「博多」の店をつくったのだが、高松では好評だったものの、博多では「こげん硬いうどんば食べれんばい」と拒否され、しかも「うどんの本場、讃岐で人気の」とプロモーションしたがために、誇り高い博多っ子の逆鱗に触れてしまったという経験である。

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日本の「定食文化」が元気なら日本経済も大丈夫 ー 今 柊二「ニッポン定食散歩」(竹書房)

ミシュランガイドの日本版に近くの店が掲載されたなどなど、TV番組や雑誌でもグルメ系の番組や特集の人気は衰えるところをしらないのだが、この美食ブームは、景気の良し悪しに左右される、とても移り気な感じがしている。
これに対し、限られた時間と限られた予算で、できるだけ、大盛りで美味なものを探す「定食愛」は、いつの時代でも色褪せない不動のものであろう。
そんな「定食愛」に突き動かされるように、日本全国の「定食」を食べ歩き、秀逸な定食をレビューしてくれる今柊二さんによる「定食ニッポン」の続編ともいえるのが本書である。

【構成は】

はじめに「定食・散歩でおいしさ倍増」
第1章 山手線一周 定食ぶらぶら散歩
第2章 何度でも通いたい!ワクワク洋食巡り
第3章 みんな大好き生姜焼き定食
第4章 安定の美味しさ チェーン系定食屋&中華屋
第5章 北から南へ定食漫遊 全国食べ歩き
第6章 ステキな一杯を求めて 立ちそば巡礼は続くよ
おわりに「定食と音楽」

となっていて、まずは「定食ニッポン」が刊行されてから10周年を記念しての山手線一周の定食旅に始まり、「洋食ウキウキ」(中公新書ラクレ)の未収録店、定食メニューの”大定番”生姜焼き定食の名店、安価で安定した味の庶民の味方・チェーン店、北は札幌から長崎までの全国の定食の名店が紹介される、という、まあ定番の定食行脚が展開されている。

 

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旅の食事の基本は「朝」にある ー 西川 治「世界ぐるっと朝食紀行」(新潮文庫)

(この記事は2018.11.24にリライトしました)

旅本でうまいもの紀行というのは、よくある話で、そういうテーマで1冊をものしようとすると、かなりの工夫か味付けか、あるいはグロものか、といったことが必要になるのだが、「朝食」だけにテーマをきめた旅本というのは、ほかにあまり例をしらない。

しかも、とりあげられている国は

トルコ、モロッコ、イタリア、フランス、オーストリア、ドイツ、デンマーク、スコットランド、イギリス、カナダ、アメリカ、メキシコ、オーストラリア、フィジー、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、インド、モルディブ、モンゴル、韓国、香港、台湾、中国、そして日本

とアフリカ、南米以外の国を幅広くカバーしている。

おまけに、旅本というとあやしげな屋台やポン引き、あるいは美しいが危険な美女や、おカマといったものが登場するのがおきまりなのだが、「朝食」をテーマにしているため、そうした胡散臭い色合いはなく、非常に健康的で明るい旅本である。

【注目ポイント】

で、どんな朝食がいいかなー、というのは、もうそれぞれのお好み次第だ。こうした「食べ物」をテーマにした旅本は、冷静な態度で読むもんじゃなくて、読者それぞれの偏見と独断で、これは美味そうだ、とか、これは勘弁してくれ、とか、こんなスカした食い物はいやだ、とか我が儘勝手な評論をしながら読むのが一番正しい読み方だと、これも勝手に決め込んでいる。

なんにしても、朝、昼、晩の三食の中で、朝食は旅先で食べるのが一番美味い気がしていて、それは国内外を問わず、ホテルのありきたりのバイキングだろうが、市場のガタガタいうベンチとテーブルで食べる食事であろうと変わらない。
そうした「旅先の朝食」が、これでもか、というぐらいにでてくるのだから、これはもう食べる、というか読むしかないだろう。

で、いくつか引用させてもらうと、まずは最初の一篇のトルコのバザール

三分の一ほどに切ったパンを、今度は縦に切り裂き、なかのやわらかいところを毟り取りその空いたところに、先程、刻んだ羊の腸を詰め、やはり、先程、毟り取ったパンをその上にのせた。肉のこんがり焼けた匂いだ。口にすると羊の強い匂いがする。だが、嫌な匂いではない。香ばしい匂いだ。滑らかな舌座割は羊の脂肪だ。肉の塊とおもっていたのは、羊の脂肪、そこに羊の腸をきっちりと強く巻きつけていたのだ。

美味いものは朝食しかないといわれるイギリスは

あのうまいベーコンエッグにカリカリのトースト(トーストもまり厚くてはいけない。それも前の火に買っておいたやつでなくては)にバターと甘ずっぱいマーマレード。もちろんイギリスの朝食時は、ぼくも背広に清潔なワイシャツ、ネクタイというスタイルである。トーストとベーコンエッグだけではない。ステーキがでたり、キッパー(スモークしたニシン)、キドニーのシチュー、ブラックソーセイジ、コールドミート、ポーリッジ、数種類の卵料理が今でもホテルではでてくるところがある。その料理の数が二十種類以上はあるはずだ。
  それに朝からでも伝統的にビールを飲んでもよいとされている。

という具合であるし、ベトナムの屋台料理の定番フォー・ガー(鶏入りフォー)は

 まず、麺ともやしを茹でる、茹でる時間は沸騰している湯にざっとつける程度だ。それをどんぶりにいれる。日本のラーメンのどんぶりより小さい。
  鶏の肉を削り、それをのせる。そこに、熱いスープを注ぐ。このスープは、本来は、ハノイで食べられている犬の骨がもっともうまいらしいが・・・・。ここは鶏のスープ。ちょっと薄いスープだ。テーブルにはそのとき一緒にザウ・ムォンと生のもやしがでてくる。いきなり食べるのではない。食べようとすると、その店の人が目の前のヌクマム、青い柑橘のチャイン、唐辛子を発酵させたトウオンオット、バナナの果汁から作られた酢につけたニンニクをいれ味を調え、自分の味覚にあわせるのだと、手振りで教えてくれた。調味をし、ペラペラのアルミのレンゲで味を見て食べ始めた。

といった感じだ。どうです、思わず頬が緩んでしまいそうになるでしょ。

【レビュアーから一言】

まだまだ、たくさんの国、たくさんの朝食がある。まずは御一読あれ。それにしても、また旅先の朝食が食べたくなった・・・。

どっか、行くかな。

 

国内にある「世界各地の豊穣さ」を楽しもうではないか — イシコ「世界一周ひとりメシ in JAPAN」(幻冬社)

一人で食事することが苦手なのに、世界を巡りながら一人で食事をする旅を「世界一周一人メシ」にまとめた、イシコ氏による、再びの一人メシの世界旅である。とはいうものの、「世界一周一人メシ」の旅から帰国後、岐阜県の定住者としてどっぷり地域に浸かってしまった同氏なので、海外ではなく、国内での「世界ひとりメシ」なんである。

収録は

1 テレビの一が気になるタイ料理店(東京都墨田区)
2 美人姉妹のいるイラン料理店でひとりメシ外交(愛知県名古屋市東区)
3 年老いたドイツ人店主の料理店はぼったくりなのか?(東京都港区六本木)
4 中国語でしか予約できない中華料理店(愛知県名古屋区中区)
5 エジプト料理店でか投げる日本がイスラム教になる可能性(静岡県静岡市)
6 ミャンマーの少数民族と怖い話(東京都新宿区高田馬場)
7 餅好きにはたまらないナイジェリアの「エマ」(東京都新宿区)
8 一夫多妻のスリランカ生活を想像する(愛知県名古屋市名東区)
9 焼鳥屋でスウェ−デン人が働く理由
10 謎のメモが導いた日本で唯一のスロヴェニア料理店(京都府京都市右京区)
11 ひとりメシに向かないトルコ料理店(東京都荒川区西日暮里)
12  世界一周したからってウイグル料理を知っているとは限らない(埼玉県さいたま市桜区)
13 インド料理激戦国日本で鳥栖に辿り着いたカレー職人(佐賀県鳥栖市)
14 辛くはできても甘くはできないバングラディシュカレー屋(福岡県福岡市中央区)
15 ロシア流酒の呼び方と飲み方(福岡県福岡市中央区)
16 カンボジア人との国際結婚を妄想する
17 韓国料理で刺身を食べる
18 遊牧民の血が騒ぐモンゴル人店主
19 ドミニカ共和国料理をなんとか食べたけど(北海道札幌市北区)
20 吹雪の中のブラジル料理(群馬県邑楽群大泉町)

となっていて、「世界」とはいうものの、出てくる国はアジア、中近東、アフリカ、ロシア、南米といったところで、まあ、「旅モノ」として読ませるなら、こうしたマイナーなところでないと面白くはないわな。

国内の外国料理店は個性のオンパレード

なので、国内と入っても、出てくる料理は、錦糸町の路地裏の食料雑貨店と一緒になったようなタイ料理店での

歯を閉じたまま息を素早く吸い込み、舌の辛さをやわらげた後、一気にビールを注ぎ込む。それにしても辛い。ヤムウンセンはタイ料理独特の甘さも酸っぱさもあるが、唐辛子の辛さが圧倒的に舌を支配している

や、名古屋の新栄の日本語の通じない中国料理店の

テーブルに僕が注文した料理が置かれた瞬間、絶句した。皿の上に盛られた蚕揚げである。吉林省など東北地方では貴重なタンパク源として食べる、文字通り「蚕」だ。
てっきり唐揚げ粉がまぶされ、表面が茶色の衣で覆われ、唐揚げのような感じで出てくると思っていたが、素揚げに近く、姿形がはっきりしている。黒いさなぎの山は釣り好きの友人の道具箱に並べられた 擬似餌 のワームを思い出す。
とても一人で食べられる量ではない。

といった風にとても個性的なものが多いし、名古屋のイラン料理店では

「イラッシャイマセ」
二十代半ばくらいだろうか。黒のタートルネックセーターにジーンズと普段着にもかかわらず、見とれてしまう。きれいな人だねぇ……男友達と一緒に来ていたら、顔を見合わせて言っていたに違いない。しかし、ひとりメシ。にやけ顔を作り笑顔に変え、軽く会釈をして店内を見渡す
(略)
厨房から白シャツにジーンズの若いイラン人女性が、メニューを持って現れた。これたまた美しい。イランの女性ってこんなに美しい

といった感じで、異国の美女たちとの出会い(「出会うだけ」なんだけどね)も、「旅の楽しみ」でありますね。

外国料理店は日本国内に溶け込んでいる

ここで、ふーむと思うのは、もちろん東京や名古屋、福岡といった都会地が中心なのであるが、外国の料理店の所在地が日本の広い範囲に及んでいることと、外国の料理を手加減なく提供しながらも、日本人が自分の食環境として受け入れているところで、それは、札幌のドミニカ料理店で

黄色のパンツを穿いた活発そうな女性とジーンズにコットンの白シャツを着た清楚な女性が店内に入ってきた。どちらも大学生にようだ。北海道大学の演劇サークルの公演ポスターや「学生さんは五十円引き」と墨文字で書かれた貼紙から、徒歩圏内の北海道大学の学生客の多さが想像できる

ということであったり、埼玉県さいたま市のウイグル料理店で

店主は日本に住んで十七年になるそうだ。来日して最初に通い始めた日本語学校がたまたま南与野にあり、そのままずっと住み続け、店まで出した。店内にはられたいちご狩りツアーのチラシやこの店が参加する地域イベントのポスターから、店主が地域に溶け込んでいることは想像できる。

や、福岡の「天神」から10分ほど歩くアパートの一階部分を改築したバングラディシュカレー屋で

開店してから三十分足らずで、客席の半分以上が埋まってしまった。昨晩同様、常連客が多かったが、この店が初めての老人のグループもいた、彼らが「カレーの辛さ」について店主に質問していた。
「甘くはできません。だったら薬膳カレーがいいと思います。」
誰に対しても態度を変えず、冷静に答える

といったところに現れていると思える。

まとめ

さて、筆者が最後に言う

知らない国の料理を食べるということは、人の足跡を辿ることに似ていると思うことがある。動物の心臓やフルーツを焼く、蚕や竹蟲を揚げる、蜂蜜や刺身を発酵させる……世界の誰かが最初に手を加え、口に入れ、足跡として後世に残していく。そうした世界中の足跡を日本で味わうことができるというのは、幸せなことである。この旅は、一旦、これで終了するが、今後も、日本のどこかで未知の国の料理を食べることのできる店を見かけたら、世界の足跡を求めて扉を開けると思う

のように、文化も宗教も、そして肌の色も違う人々を混沌のように受け入れ、同化ではなく同居するかたちで受け入れる日本文化はある意味、我々、日本人が立脚する原点でもあり、また存在意義でもあるように思う。堅苦しい教条や価値観に占拠されることなく、とてつもない混沌が続くことを祈りたいですな。

 

【筆者の他の著作】

  

極度に「東京的」な懐かしい味は、今、滅びつつあるのかもしれない — 町中華探検隊「町中華とは何か 昭和の味を食べに行こう」(立東舎)

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グルメ・リポートというと「豪華」路線か「ヘルシー」路線か、といったところが最近の定番であるような気がするが、そのどちらからも離れたところにいるのが、「町」の「中華料理」「中華屋」というものであろう。
 
本書の構成は
 
プロローグ・・下関マグロ
1 われら町中華探検隊
2 飛び出せ!町中華探検隊
3 これが町中華だ
4 炎の町中華
5 鼎談 改めて町中華ってなんだろう
エピローグ・・北尾トロ
 
となっていて、我々のごく身近ありながら、なんとも掴みどころのない存在である「町中華」についてのルポである。
ただ、いわゆる「B級グルメ」とかのグルメリポートの中華版と勘違いはしてほしくない。もちろん、東中野駅前の「大盛軒」の
 
こちらの名物が〝鉄板麺〟というメニュー。二人ともそれをいただいた。肉と野菜を炒めたものが鉄板鍋にのっかってて、ジュージュー湯気を立ち上げながら出てくる。これに半ラーメンとご飯、生卵がセットになっているのが鉄板麺だ。生卵は、肉野菜の中心に割り入れる。ニンニクのチップがついてくるので、それもかけて、最後にタバスコをかけていただく。
 
や、下北沢の「中華丸長」の
 
レバニラ炒めは、たいていの店では全食材をまとめて調理するが、そうすると野菜から出た水分がレバの生臭さを誘発したりする。レバ嫌いの人たちは、こういうのを嫌いがちだ。ところが『中華丸長』のレバニラ炒めは、炒めたニラとモヤシの上に、別途に調理されたであろうレバがのせられていた。レバはカラッと揚げられていて香ばしく、生臭みなんて全然ない。これならレバ嫌いでもおいしく食べられそうだ。
 
といった、野蛮な食欲をそそる、グルメ・レポート的なところがないわけではないのだが、本書の基本のところは、あの店の〇〇が絶品で云々というところがメインではなくて、「町中華という文化」あるいは「町中華という都市現象」の記録といったところであろう。それは、
 
「昭和以前から営業し、一〇〇〇円以内で満腹になれる庶民的な中華店。単品料理主体や、ラーメンなどに特化した専門店と異なり、麺類、飯類、定食など多彩な味を提供する。カレーやカツ丼、オムライスを備える店も。大規模チェーン店と違ってマニュアルは存在せず、店主の人柄や味の傾向もはっきりあらわれる」
 
という北尾トロ氏の「町中華」の定義にも現れていて、戦前から、戦後、高度成長期、バブル期、そして、リーマンショック後の失われた「20年」の時代までの長い期間、日本の、けして豊かではない庶民階級の満腹感とささやかな贅沢感を満たしてきた、庶民の「混沌」の「食」の文化史ともいってもよい。
 
そういえば、当方の「学生時代」も百円玉数枚で食せるが、けして飛び上がるほど美味ではない「中華屋」がアパートや大学の近くのあちこちにあって、三食(「朝・昼・夜」ではなくて「昼・夜・深夜」)のほとんどを、この類の店で食していたような気がする。当時の当方の身体は、「町中華」の麺と餃子と飯でできていたようなものであったのだな、とあらためて述懐する。
 
ちょっと注意しておきたいのは、このいかにも「昭和的な食文化史」は、当方的には、「都会的」しかも極度に「東京的」なものである、という印象が強くて、東京圏を離れた「地方都市」の住民からは、一種の憧れを持って語られるものであったり、いつか過ごすであろう「東京の」学生生活のシンボルとして語られるもので、けして全国共通のものではないというところかな。
 
とはいうものの、この「町中華」が「減ってきている。・・・このままでは、町中華はいずれ絶滅危惧種になるに違いない」ということは、いわゆる「団塊の世代」の前後を中心とする日本の上昇期を支えた人口ボリュームが大きい層の「思い出」が消えつつある、といってよく、町中華の衰退は、「団塊の世代」から「ミレニアム世代」への世代交代を象徴しているものでもあるのだろう。
 
といったところはあるのだが、本書の「読みどころ」は
 
食べた瞬間に「あ、うまい」と思わされるレベルの料理には割と出くわすんだけど、脳にしっかり刻まれて「また行きたい」と思わされるほどの美味に出会えるチャンスとなると皆無に近いのだ。店を出て数分すると「あれ?どんな味だったっけ?」となり、生活圏内にある店とかでもない限り、再来店する可能性は極めて低い。町中華メニューのうまさというのは、あくまでも〝並レベルのうまさ〟なのである。決してまずくはないけど、絶賛するほどうまいわけでもない。端的に言うなら、可もなく不可もない。これが町中華なのだ。
 
といった町中華の味のごとく、まだ存在する「町中華」を愛し、食し続ける筆者たちの姿に、若い頃の中高年世代の思い出を重ねつつ、「懐かし」の味を思い出す、あるいは「昭和の味」を想像するところにある。
 
その時代を生きた人もそうでない人も、「町中華」の、ラップの裏に水滴のいっぱいついた、餃子とラーメンの出前を食しながら、本書を味わってみてはいかがでありましょうか。
 

日本の食文化の重要要素として無視できない「チェーン店」という存在 — 村瀬秀信「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」(講談社文庫)

当方の子どもたちがまだ、幼いころ、「外で御飯食べるぞ−」となると、行くのは決まって「チェーン店」であって、子どもたちも、テレビのCMにでてくる店で食事ができるということに大喜びしてしまうというのが、「辺境」に住まう家族の寂しいところ。

もっとも当方がガキの頃は、外食できるところといえば、街のうどん屋か蕎麦屋がせいぜいであったので、牛丼、ピザ、ステーキ、焼肉、ハンバーガーといった様々なもの(料理というと反論されそうなのであえて”もの”と言っておく)を、安価に、手軽に食せるというのは、日本の食文化の画一化を進めたという批判はあるにせよ、地方部の「食」を都市部のそれに近づけた、おおげさに言えば、「食」を介した日本人の「意識の共通化」「日本人という共通意識の強化」に貢献したといえなくもない。

収録されているのは

吉野家/山田うどん/CoCo壱番屋//びっくりドンキー/餃子の王将/シェーキーズ/サイゼリヤ/かっぱ寿司/ハングリータイガー/ロイヤルホスト/マクドナルド/すき家/レッドロブスター/蒙古タンメン中本/やよい軒/牛角/カラオケパセラ/くるまやラーメン/とんかつ和幸/PIZZAーLA/ビッグボーイ/鳥良/築地 銀だこ/日高屋/バーミヤン/ケンタッキーフライドチキン/てんや/どん亭/Sizzler/A&W/リンガーハット/ビリー・ザ・キッド/東京チカラめし/野郎ラーメン/ファミール

といった、外食チェーンの大所が多いのだが、例えば「ハングリータイガー」や「ビリー・ザ・キッド」「てんや」など、辺境に住まう当方には出張の折りぐらいしかお目にかかれない店もあるのだが、例えば、

「かっぱ寿司」の

「た、楽しい・・・」。かっぱ寿司を寿司屋と対比してはいけない。これは、総合フードエンタメなのだ。店内を見渡せば、同じように新幹線から寿司をとってニヤニヤするおっさん客の姿があちこちにある。ああ、楽しかった。店を出ると、一言もしゃべらなかったことに気がついた。

「牛角」の

筆者にとって、チェーン焼肉といえば、「牛角」だった、そのはじめての出会いの衝撃は今でも昨日のように覚えている。まずは肉質。焼肉というものを知らぬハタチそこその貧乏人にとって、牛角の肉は、まだ見ぬ松阪牛と錯覚するほどの実力を感じずにはいられなかった

といったあたりは、都市部、地方部共通であろう。さらには、「とんかつ和幸」の

思い返してみれば、とんかつ専門店という概念も知らなかった子供時代、筆者の家庭の事情ゆえなのかもしれないが、店で食べるとんかつといえば、30円の駄菓子〝ビッグカツ〟の親玉か、太ったハムカツ程度の代物で、下手なとこだと一口食べれば衣から豚肉がスッポリ抜けるガッカリとんかつが主流だった。  現在のようなぶ厚くジューシーな本物の〝とんかつ〟。あれに出会った瞬間、とんかつはとんかつでなくなり、ビッグカツは携帯用とんかつでないことを思い知る。

というところでは、高級洋食であった「とんかつ」を、皆の手元にもってきたのは、チェーン店の功績というべきであろう。

さて、こうしたチェーン店が元気なうちは、国の勢いも盛んであるようなのだが、チェーン店から高級志向への。「食の嗜好」が移るにつれ、なにやら世の中が難しくなって、世の中の熱気もなくなってきたように感じる。熱気があればよいものではないのだろうが、やはり世の中の「熱気」というものはある程度ないと、社会自体が衰えていくようだ。難しいことは、ちょっと置いておいて、家族と「チェーン店」へ行って、盛大に注文をしてみませんか。