茶人大名という異色の人物を主人公にした戦国歴史もの — 山田芳裕「へうげもの 第一服」(講談社文庫)

歴史コミックの構成は、もちろん、歴世の英雄をもろにとりあげる「良い子の伝記」モノのようなものもあるのだが、コミックとしてきちんと読めるものは、英雄の側に異物(例えば、未来からタイムスリップした高校生なんてのだよね)をすべりこませるか、歴史上の人物ではあるが一般人はあまりなじみのない人間の姿を借りて物語を紡ぐか、といった二つに絞られる。「へいげもの」は後者に属していて、茶道を嗜む人や骨董に造詣が深い人なら知っているのだが、普通の人なら名前を聞いたことがあるのがせいぜい、という茶人大名の「古田織部」が主人公。

で、こうした忘れられた英雄を取り上げるときに、注意すべきは、フィクションの部分がどんどん大きくなって、本当の歴史とはかなり乖離してしまい嘘くささがでてくることであるのだが、「へいげもの」は少なくとも文庫版第1巻を読む限り、そんなところはないのでご安心あれ。

構成は

第一席 君は”物”のために死ねるか!?

第二席 黒く塗れ!?

第三席 椀LOVE

第四席 茶室のファンタジー

第五席 天界への階段

第六席 強き二人の情事

第七席 京のナイトフィーバー

第八席 カインド・オブ・ブラック

第九席 天下よりの使者

第十席 決意のかけひき

第十一席 運命’82

第十二席 武田をぶっとばせ

第十三席 愛して欲しい

となっているのだが、まあ、これを見ても時代設定はわからないので、あえて記すと、1577年の松永弾正の謀反のところから武田攻めの1582年まで。

たった5年ではあるのだが、戦乱の世の目まぐるしさもあるのだろうが、松永弾正が平蜘蛛という茶釜をふっとばすところから、鉄張りの大安宅船の親水、荒木村重の謀反と中川清秀の織田方への寝返り、武田攻めで仁科盛信に城外へ蹴落とされるところ、と歴史上の事件も多い上に、エピソードも多い。

さらに、戦国ものの特徴であろうか、謀反をそそのかす茶人や、落城の瀬戸際で今生の名残に敵の使者とセックスしようとする側室とか、まあ様々な人物が登場するし、本書の信長は、唐天竺の征服を夢想する野心家でありながら、一族、特に息子に全てを残そうとする家族主義者であったり、と一風変わった人物の登場がまた良い。

そして、ひとまずは異色の歴史ものとして読むのもいいし、数寄をとるか武功をとるか、すなわち、自分のやりたいこと(趣味でもよし、独立起業でもよし)をとるか、組織内の出世をとるか、といったビジネスものとして読むのもよかろう。ひさびさに様々な読み方のできる歴史コミックである。

で、本巻の名言は、自らの牙城を織田方に包囲された荒木村重が落ち延びる時(この本ではなんと茶道具の名物を抱え込んで逐電なんだよね。これは歴史事実かは、当方は浅学にてわからない。)に言う

「松永弾正は武人としては立派やった。だが、あいにく・・・わしのほうが業は上や」

といったあたり。生死にかかわる場面でありながら、名品に執着する「人の業」といったものがでていて、なんとも「人臭い」ですな。

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