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落語の世界でも”跡目争い”は騒動を生む ー 大倉崇裕「七度狐」

全く落語とは縁のなかったにもかかわらず「季刊落語」に配属になった新米編集者・間宮緑が、落語漬けになりながら、一癖も二癖もある編集長・牧に振り回されながら、落語絡みの事件を解決していくシリーズの二作目が本書『大蔵崇裕「七度狐」(創元推理文庫)』である。

【構成は】

第一章 杵槌村〜京都ー1995ー
第二章 杵槌村ー2000−
第三章 雨中の惨劇
第四章 狐の師匠
第五章 大狐の正体
第六章 継承者
第七章 過去からの証言
エピローグ 新宿ー2001ー

となっていて、今回は東京を離れて、静岡県の田舎の村が舞台となる。

【あらすじ】

なぜ、静岡なのかというと、ここで落語会の名門・春華亭一門の統帥である「古秋」の跡目を決める一門会が開かれるからで、この一門、「古秋」の名跡は、血縁関係がある者が不文律となっている。で、引退を表明した六代目古秋の三人の息子、古市、古春、古吉が、師匠の父の「古秋」の前で落語を演じて、その出来で七代目を誰が襲名するかを決める、という設定である。

まあ、こういう「親族で競争する」という設定は、骨肉争う騒動となるのは、歴史の多くの騒乱が証明しているわけで、今回の「跡目争い」の場合も、「緑」が到着した時に、飼い犬が変死したのを皮切りに、豪雨がこの地域を襲って土砂崩れがおき、この村一体が孤絶してしまうという「広範囲密室状態」で変死事件や怪事件が連続するのである。

変死事件は、一門会が開かれている旅館近くの泥田の中で次男・古春が埋もれて息絶えていたことを皮切りに、三男・古吉が旅館の離れで荒縄で絞殺されたり、と続いていく。さらに、六代目古秋も襲われたりして、さては、跡目争いが原因だろうから、犯人は跡目を争う「・・・」、ということになるのだが、ネタバレしておくと、その推理は外れである。変死は、この二人で終わらない。

さらには土に埋もれていた人間の骸骨が発見されたり、緑の味方と思われていた、古秋と肉親でない預かり弟子の「夢風」にも、どうやら古秋に関係する秘密がありそうで、といったところで、謎解きは混迷していくのである。

そもそもは、五代目「古秋」が1955年に「杵槌村」に湯治に来て行方不明になることから始まっていて、犯人もこの失踪事件と密接に関連しているので、根はとても深いですな。

【注目ポイント】

本書の筋を動かしているのは、「名跡」に執着する「噺家」「芸人」の執着心で、兄弟二人が変死し、父親が怪我をしたというのに、

親である前に、師匠や。間宮さん、そこのめくりをめくってみなはれ。次の紙には古秋を襲名する者の名を書くことになっている。襲名はもう済んだも同じ。引退した師匠に、何で今さら気を遣わんならんのや

とうそぶきながら、七代目が、妹の「瞳子」と知った途端、大狂乱してしまう古市の姿に象徴されている。
事件の謎解きは、謎解きとして、最近は「芸のためなら・・・」と奥さんを捨てたり、さらには自殺したりといった芸人は見なくなったのだが、この辺の「妄執」っぽいのが、ミステリーにはもってこいな気がしますね。

【レビュアーから一言】

本書のような、落語とミステリーのコラボものは、落語の魅力をミステリーの中にどう取り込むかということがポイントで、今回も、「七度狐」の噺が殺人事件の「見立て」となっていて、謎解きを読むとなぜか賢くなったような気がする。
「七度狐」の噺は、麦畑を川と思わされたり、石の地蔵の前で踊りを踊らせられたり、狐の尻尾を捕まえた、と思ったら、畑の大根であったり、といったあたりまでが定番で、そこから先は長くて切られることが多くて、噺も定まったものはないらしい。今回でてくる「七度狐」の噺も、wikipediaのものとはちょっと違っているようなのだが、まあどちらが正しいというものではあるまい。
すべての「落語」ファンにおすすめしたいミステリーでありますね。ちょっと長いけど・・・。

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「謎解き」と「落語」の見事なコラボレーション — 大倉崇裕「三人目の幽霊」(創元推理文庫)

”季刊落語”の「緑」さんも、二つ目昇格っぽく、良い味だしてきました。 — 大倉崇裕「やさしい死神」(創元推理文庫)

【作者の他の「季刊落語」シリーズの本】

”季刊落語”の「緑」さんも、二つ目昇格っぽく、良い味だしてきました。 — 大倉崇裕「やさしい死神」(創元推理文庫)

落語専門誌の編集者二人を、ホームズ役とワトソン役にした、この「季刊落語」シリーズの三冊目である。2冊めは、落語界の名門の跡目相続絡みの事件を扱った長編であったので、短編集としては2冊めとなる。編集長の「牧」と新米編集者の「間宮緑」のかけ合いもこなれてきて、シリーズとしては円熟してきところであろうか。

収録は

やさしい死神
無口な噺家
幻の婚礼
へそを曲げた噺家
紙切り騒動

となっていて、いくつかを、レビューすると

一話目の「やさしい死神」は月の家一門の領袖・栄楽が自宅で昏倒。意識を失う前に「「死神にやられた」と言う一言。もちろん、謎解きの鍵となる噺は、何をしてもうまくいかない男が、死神の助言で医者になるが、最後は死神を騙したため、命を失いそうになる。男は命をつなぐロウソクの火を他のロウソクにうつそうとするが・・という「死神」。この噺の死神が座っている場所がヒントですな。
話の大筋は、栄楽師匠が昔破門した、才能ある噺家に関係するもので、最後は人情噺よろしく強情な師匠と弟子のやり取りで終わるのが、なんとも魅力的である。

二話目の「無口な噺家」は、松の家文吉という大名跡の跡目を巡る、演芸協会の会長や後援会長の無理押しを阻止する話。無理押しの阻止のためには、大病をしてリハビリ中の「松の家文喬」の復帰とその弟子の伸喬と文三の奮起が必要となるのだが、文喬は大病後、人が変わったようでちゃんと復帰デキるか危ぶまれる中・・といった展開
。文喬師匠の復帰のため、弟子二人が策を巡らすが実は・・、というところで、やはり古手の噺家は奥が深いや、と恐れ入る。

すべての話をレビューすると興ざめであるし、営業妨害にもなるので、第三話、第四話は飛ばして、最終話の「紙切り騒動」は、「間宮緑、はじめてのお使い」ならぬ「はじめての単独探偵役」ということで、「噺家」から「紙切り」に転じたいという若手落語家・松の家京太とその師匠の間に入って、破門話をなんとか丸く納めようと、京都で探偵行を行う話。
その若手落語家・京太が紙切りを志すきっかけとなった、三十年前に活躍し突然姿を消した、伝説の紙切り芸人「紙切り光影」を見つけようというのだが、さすがに三十年前のことでなかなか手がかりが見つからない。果ては、緑の行き先々に先回りして手掛かりを先取りする男も現れる。
さて、「紙切り光影」は見つかるのか・・・、そして京太は「紙切り」芸人になれるのか・・・といった筋立て。

さて、落語ミステリーの読みどころは、落語だけでもなく、謎解きだけでもなく、その2つの混合具合というか、絡み合い具合で、このシリーズが、互いに邪魔したり、主張しあったりということもなく、ほどよい感じである。これを契機に、リアルの落語を聴いてみるのも一興かもしれんですね。

「謎解き」と「落語」の見事なコラボレーション — 大倉崇裕「三人目の幽霊」(創元推理文庫)

落語ミステリーのキャストといえば、愛川晶の「神田紅梅亭」シリーズの、「福の助」「馬春」や、北村薫の「円紫」といった落語家や、同じく愛川晶の「神楽坂倶楽部」シリーズの、出版社からの出向中の新米「席亭」代理のの 希美子であったりとか、落語界の「中の人」であることが多いのだが、今回の大倉崇裕のシリーズは、落語界の「中」ではあるが、ちょっと周辺の「季刊落語」という落語専門誌の編集者が主人公。

収録は

「三人目の幽霊」 「不機嫌なソムリエ」 「三鶯荘奇談」 「崩壊する喫茶店」 「患う時計」

となっていて、キャスト的には、「季刊落語」の新米編集者の「間宮 緑」がワトソン役で、ホームズ役は、編集長の「牧」という仕立てである。

簡単にレビューすると

「三人目の幽霊」は、長年対立してきた、松の家葉光と鈴の家梅治の二門の手打ちを妨害するように、弟子の高座の湯呑の中身が酒にすり替えられたり、手拭いがすり替えられる悪戯が発端。さらには、梅治の「累ケ淵」の上演中に登場する幽霊が二人のはずが三人でたりといった怪事が生じる。さて、一連の事件の犯人は、ということなのだが、元はといえば、両師匠の若い時の意地の張り合いが原因。そして「牧」の推理で、事件は解決、大団円と思いきや、というどんでん返しが用意されているので侮れない。

「不機嫌なソムリエ」は落語界の中の話ではなく「緑」の学生時代の友人で、ソムリエ見習いの「恭子」の勤めるホテルのマスターソムリエの失踪事件。話の中で引用される「厩火事」の奥方よりも「瀬戸物」が大事な「さる旦那」とソムリエを重ね合わせるのが、謎の解決の鍵。

三話目の「三鶯荘奇談」は、妻が怪我した三鶯亭菊太郎の息子を預かって避暑にでかけた「三鶯荘」で遭遇するサスペンス。「三鶯荘」の管理人の女性の失踪に始まって、最後は菊太郎の師匠の師匠の大看板・三鶯亭菊司の早死の原因となった、菊司の妻・治美の失踪の謎を解くことになる。リードする噺は「野ざらし」で、「髑髏」の発見から、幽霊の来訪までが形が違いこそすれ再現されるのが秀逸である。

四話目の「崩壊する喫茶店」は、目の見えない人は感覚が鋭くなるというが、白紙の絵に「何も感じなくなった」という視力を失った「緑」の祖母・良恵の言葉は、感覚の鋭さか認知症のはじまりか、と「緑」が悩むところからスタート。その白紙の絵は、祖母が若い頃に病気療養していて時に淡い恋愛関係にあった画家からのプレゼントらしいのだが、「なぜ白紙?」「すりかえられた?」といった謎を解く筋。四話目はリードする「噺」が見当たらないのがシリーズの中では異色である。

最終話の「患う時計」は、三鶯亭菊朝の実子ながら、一門ではあるが別系の菊丸師匠のもとにいる「華菊」の高座が、濡れ雑巾で転倒するよう仕掛けられたり、メガネを隠されてTVの録画で失態を誘導されたりといった邪魔をしかけられる。華菊は、実父の「菊朝」の名跡を継ぐのでは、と噂されており、それを妬んでのことかという推測がされるのだが、実は華菊の芸が他所へ行くことを惜しんだ・・、といった筋立て。事件解決の鍵は「火炎太鼓」のオチの道具屋の「十万両!」なのだが、詳しくは本書で確認を。

さて、こうした落語ミステリーの楽しさは、単なる謎解きだけでなく、話の中で引用されたり、筋の展開に関係してくる「落語」との「絡まり」具合であり、話を読むながら、隠し味のように、頭の中に浮かんでくる落語の高座である。読むうちに、伝来の話芸を堪能している感じがしてくるのが、なんともよろしいですな。

寄席は「落語」ばかりではないよ — 愛川 晶「高座の上の密室」(文春文庫)

東京の神楽坂の老舗寄席「神楽坂倶楽部」シリーズの第2弾。

寄席といえば、落語、噺家が中心となるのだが、寄席の演目はそればかりではない。手妻、大神楽と呼ばれる撥・傘の曲芸、漫談など「色物」と呼ばれる他の芸も豊富なのだが、タイたいていのところ、ここに注目した小説はあまりお目にかからない。

今回は、そんな色物を題材にしたミステリー。

収録は

高座の上の密室

鈴虫と朝顔

の二編で、最初の「高座の上の密室」が手妻。二番目の「鈴虫と朝顔」が大神楽という芸が主題。

最初の「高座の上の密室」は手妻師母娘の「葛籠(つづら)」を使った「葛籠抜け」という手妻がメインテーマ。ちなみに、本書によると「手妻」の「ツマ」はもともと刺身のつまとと同じで「てづま」つまりは手慰みという意味で、仕掛けらしい仕掛けを使わず、指先の技術を見せる芸を「手妻」、からくりのある道具や大道具を使う芸を「手品」というらしい。

この話では、手妻師とその元夫で元噺家の師匠との確執がからんでくるので少々込み入ってくるが、篭抜けのトリックの謎解きと、母娘がテレビの録画の前で篭抜けの実演をやった時に、娘が舞台の上から忽然と消えてしまうという児童誘拐もどきの事件の謎解きもセットの二重の謎解き。

二番目の「鈴虫と朝顔」は太神楽という曲芸の父から息子への芸の伝承がテーマ。太神楽とは、「ルーツは室町時代までさかの」ぼり「もともとは「代神楽」、つまり神社に参詣できない人たちのため、出張サービスとして獅子舞などを行っていたのに、やがて曲芸や茶番が加わって現在の形になった」ものであるらしい。

謎の大筋は、神楽坂倶楽部で太神楽を演じている「鏡太夫一座」が父親の鏡太夫から息子の鏡之進の代を譲るに当たり、席亭代理の希美子に芸の検分をしてほしい、というところから。で、その検分の当日、鏡之進は高座の前列に座った高校生カップルを前に、どういう訳か、課題である五本の綾撥を披露しない。披露したのは傘芸でしかも季節外れの「鈴虫の鳴き分け」。なぜ鏡之進は、襲名がかかった大事な時にそういうことをしたのか・・・、という理由を希美子が解き明かすのが一番目の謎解き。これをもとにして、鏡太夫の離婚の理由と天才と評された鏡之進の姉の突然の芸の衰えと引退、そして鏡太夫の引退の理由あたりもはっきりとしていくのが第二・第三の謎解きである。

一作目と同じく、小粒感は否めないが、なに、大掛かりな長編モノばかりがミステリーの醍醐味ではない。最近は、400g超えのステーキや、フランス料理フルコースのようなものが評価される傾向が強いように思うのだが、蕎麦屋で台抜きか小さな小鉢に入った酒盗を肴に、日本酒をキュッと呑って、スイッと店をでていくようなミステリーの醍醐味もあるというところであろうか。

現代娘「寄席」の経営者デビュー — 愛川 晶「神楽坂謎ばなし」(文藝春秋)

「神田紅梅亭」シリーズに続く「寄席」ものが、この「神楽坂倶楽部」シリーズ。発端は、神楽坂倶楽部の席亭の娘に生まれつつも、幼いころに、席亭の父と母が離婚したため、生き別れになっていた教育系出版社に勤務する「武上希美子」が、父の実家「神楽坂倶楽部」の席亭代理となり、芸人や近隣の人々、あるいは実の父親などが巻き起こすトラブルに振り回されていきながら、謎解きをしていくというストーリー。

もともと、出版社から席亭代理になる経緯も、大御所の落語家の時事評論ものの出版をめぐるトラブルからということで、まあ落語家をはじめとする芸人とは切ってもきれない関係であったということか。

収録は

セキトリとセキテイ

名残の高座

の二編。

で、今回の「神楽坂」シリーズは、「紅梅亭」シリーズが落語が中心であったに対し、今回は手妻、大神楽といった「色物」がよくでてくる。

「セキトリとセキテイ」は、このシリーズのオープニング・ストーリー。冒頭の大御所落語家の出版をめぐるあれこれと生き別れの父親との再会、そして席亭代理への就任といったあたり。

「名残の高座」は、癌にかかって余命幾ばくもない老噺家の最後の高座の話。といっても、病気と年波で結構芸が荒れてしまっている老師匠にの引導を渡していく筋なので、本来とてつもなく暗くなるか、妙に人情噺っぽくなるのが常ではあるが、希美子が席亭代理になる原因となった噺家、寿々目家竹馬の計らいで粋に仕上がっている。希美子の化物よけのおまじないの所以などなど幼いころの記憶の種明かしが判明する。

謎と言っても小ぶりの寄席ネタが多いので、本格モノなどを期待して読みたい向きにはちょっと向かないが、寄席や高座の豆知識を得ながら楽しめる、ちょっとした箸休め的なミステリーというべきであるかな。

いよいよ馬春師匠の復帰独演会なのだが・・・ — 愛川 晶「三題噺 示現流幽霊」(創元推理文庫)

紅梅亭シリーズも4作目となり、そろそろ馬春師匠の復帰や福の助の真打ち昇格はどうなるんだ、と今後の展開に催促をしそうなあたりである。

収録は

多賀谷

三題噺 示現流幽霊

鍋屋敷の怪

特別編(過去)

の4編。

冒頭の「多賀谷」は、馬春師匠の復帰の独演会の日程が決まり、その準備を始めようというところで、福の助が亮子の勤めている学校の生徒、安田琴乃の依頼で、彼女のお母さんの知り合いの会社社長が催す屋形船での独演会での出来事。寄席の色物の定番である「手品」「マジック」のからくりをつかいながら、この社長に仕掛けられた詐欺事件の解決をするもの

二作目の「示現流 幽霊」は馬春師匠の復帰独演会のネタが「海の幸」という聞いたこともないネタであるためのその謎解きを始めるうちの事件。前作でも登場した落語研究の大家である、池山大典教授の実の兄である落語家松葉屋文吉が主な舞台回し役。彼は、以前寄席で、三題噺でしくじって半ば引退となっていたのだが、再度高座に復帰するのだが、福の助の奥さんの亮子さん「(彼女は文吉師匠の実の娘と儀お買いされるのだが)が師匠の世話をしているうちに、彼への殺人未遂で出くわしてしまうというもの

三作目の「鍋屋敷の怪」はいよいよ馬春師匠の復帰独演会。ところが、師匠はワガママにも独演会の前日に。山奥の「鍋屋旅館」というところでリハビリをしたいといい出す。そこは、師匠の兄弟子(既に引退している)の娘が経営している旅館なのだが、さて当日、そこへ缶詰状態になり、ぎりぎり独演会に間に合うような意地悪をされる。ようやく間に合った独演会での趣向は・・、ということで、噺家ってやつは食えない輩ばかりと再認識する次第。

四作目の特別編(過去)は馬春師匠の前座の修行時代の話。なのであるが、現在のあれこれを彷彿させるようなエピソードがあって、絶好のデザートといった存在

さて、四作目ともなり、これからの展開が気になるところで、福の助の真打ち話の結末も最後の方で明らかになる。「紅梅亭」シリーズもかなり熟れてきましたな~、といったところであろうか

紅梅亭シリーズの円熟味がますます — 愛川 晶「うまや怪談」(創元推理文庫)

二つ目落語家の寿笑亭福の助とその奥さんの亮子さんをワトソン役に、その元師匠の山桜亭馬春をホームズ役にした紅梅亭シリーズも三作目となって、かなりこなれて、円熟味がでようというもの。

収録は

ねずみととらとねこ

うまや怪談

宮戸川四丁目

の3編。ネタバレ承知のレビューをすると

「ねすみととらとねこ」は紅梅亭の競演会でも、因縁の兄弟子との対決話が主題。まあ、兄弟子の仕掛ける意地悪い罠をはねのけて福の助の芸が上達していくので「結果よければ・・・」といえるのではあるが、この兄弟子は意地悪で暗いだけの人物なので、やっつけられても今ひとつすっきりしないのが残念ではある。

なかほどの「うまや怪談」は福の助の奥さん、亮子さんの実の兄、翔太の結婚話。この結婚、亮子のお母さんと、翔太の相手方のお父さんが反対、という一昔前のゴールデンタイムの恋愛ドラマさながらの設定。それに、亮子さんの勤め先の学校のさえない臨時教員の「只野」先生の恋愛話が挿入されて、なんとも目出度いんだか、面倒くさいんだがよくわからない展開の中、福の助が謎解きと新しい噺をこしらえて、芸の腕を上げるという筋。

福の助が自力で謎をといたことが次の「宮戸川四丁目」の発端になる。

最後の「宮戸川」は、馬春師匠の女好きがあれこれと暴露されるとともに復帰話が進展を見せる話。色ごとは芸の肥やしとは言うもののほどほどにしないと、きついお仕置きを受けるものらしい。

落語ものは、この愛川 晶氏のシリーズぐらいしか見かけなくなっているのだが、あちらこちらに落語の楽屋ネタが挟まっていて、読んでいるうちに、落語のウンチクが豊富になるような錯覚に陥るのも、このシリーズの楽しみである。謎解きとあわせて、落語通になった気になりたい人はぜひ。

ミステリーを古典落語とともに(第2弾)ー 愛川 晶「芝浜謎噺」(創元推理文庫)

中堅落語家の寿笑亭福の助と、その奥さんの亮子さんをワトソン役に、ホームズ役に福の助の元師匠で病気療養中の山桜亭馬春をすえての、落語ミステリーの第二弾である。

収録は

野ざらし死体遺棄事件

芝浜謎噺

試酒試

の三作で、下敷きの落語はかなりの名題ばかりで、このシリーズのおきまりで、話の最初あたりや肝要なところで、落語の引用があるのだが、そこが謎解きに関連するかどうかは少々「?」がつくところ。

ざっと筋立てをレビューすると、

「野ざらし死体遺棄事件」は、落語好きで足袋の老舗の「桔梗屋」の主人の甥が売れない役者で、彼に「野ざらし・の展開が腑に落ちない、それどころかいいかげんだ、とケチをつけられて憤慨した福の助がその役者の難癖を解決しようと試みる話と、奥さんの亮子さんの厳格な伯父さんが、「野ざらし」さながらに河原で「骨」の発見を偽装する話と交錯して進む。

「芝浜謎話」は福の助の弟弟子の万年亭亀吉が、大それたことに、「芝浜」という大ネタをかけて故郷で独演会をやるという、身の程知らずなことから始まる話。もちろん、独演会をやる理由や独演会がハプニングなしに終わるわけではないのだが、ここでは紅梅亭の席亭の遠縁のお嬢さんで紅梅亭の中売りをしているお嬢さんへのストーカーっぽい事件やらが並行話として進行しながら、「芝浜」自体が大ネタである上に話に辻褄をあわせるのが難しい噺であるため、弟弟子が少しでも演りやすくするために、兄弟子の福の助が奮闘する筋立て。かなりおなじみの噺であるはずの「芝浜」が

「試酒試」は、その独演会本番。当然、横槍ありありなのがミステリーの定番で、亀吉の実の兄やその差金で動く男たちによって独演会がぶち壊しにされるところを、馬春師匠がきわどく防ぐ筋立てであるのだが、この顛末でおそらく、筆者はこのシリーズを長く書き続こうと決心したのかな、といらぬ憶測をする。

このシリーズ、落語の引用は多出するは、事件の展開や謎解きの肝心なところに落語のサゲやらが関係してきたり、落語が嫌いな向きにはちょっと手強いかもしれないが、お笑いブームが続く昨今、落語のことも少し勉強しながら読んでみてもよい。

さらには、

「どんぶり勘定」の「どんぶり」とは、「その昔、職人が着ていた前かけについていた大きなポケット」のことで「そこにお金を入れておいて、無造作に出し入れすること」に由来するそうで、けして「丼」ではないらしい

といった薀蓄もそこかしこに散りばめてあるので、ちょっとしたネタ探しに読んでみてもよいかもしれないですな。

 

落語フリークのミステリーここにあり — 愛川 晶「神田紅梅亭寄席物帳 道具屋殺人事件」(創元推理文庫)

落語がテーマで、主人公ないしは主要人物が落語家というミステリーといえば、北村薫の「わたしと円紫さん」シリーズが有名ではあるのだが、愛川晶の「神田紅梅亭」シリーズも、病気療養中の落語家の師匠をアームチェア・ディクティティブに仕立てて、弟子の落語家のおかみさんがワトソン役になって、落語家や落語がからんだ事件を解決していくという仕立てで、これもなかなか粋な出来上がりのミステリー。

収録は
道具屋殺人事件
らくだのサゲ
勘定板の亀吉
となっていて、おおまかな筋立てをレビューすると
「道具屋殺人事件」は、「紅梅亭」シリーズのデビュー作で、作者が親の介護で作家業のほうが閑古鳥が鳴いている状態の時の作品、とあとがきにある。そうしてみると、作者が妙に自分の趣味の赴くままに書いている感があるのは気のせいか。大筋は紅梅亭で前座が「道具屋」を演じているのだが、最後のサゲで扇子から、血糊のついた仕込みの小刀が飛びだしことに始まる、女性から金をだまし取っていた男の殺人の謎解き。二重三重に男女の因縁が交差して、ちょいと生臭い謎解き。
「らくだのサゲ」はワトソン役の亮子の旦那で落語家の福の助が、兄弟子福太夫の奸計で「らくだ」の新しいサゲを披露させられるというのが発端。「らくだ」という噺は、葬式の酒をせしめるため大家のところで死体にかんかんのうを踊らせたり、弔い酒で酒乱の屑屋が管を巻いたりと賑やかなせいかサゲ(落ち)が難しい話らしい。事件は、福の助の弟弟子が交際していた女性を殺したという嫌疑をかけられるもの。
「勘定板の亀吉」は、福の助の弟弟子の亀吉の噺が下ネタが多いのをみかねてのあれこれが伏線ではあるのだが、メインは亮子の務める学校の教師が、紅梅亭のネタ帳のコピーが欲しいといったことに秘められた内緒事の謎解き。
このシリーズ、探偵役は福の助の師匠の馬春師匠なのだが、脳血栓で言葉と体が不自由になっているので、片言の筆談しかできないので、アームチェア。ディクティティブとはいえヒントをいくつか出してくれるところまで。後は福の助と亮子が判じ物のように解いていくという筋なので探偵役はホントは誰かは渾然としているのは確かではある。
さらに、このシリーズの特徴として作者の落語フリークが如何なく発揮されていて、落語の引用はさかんに出るし、師匠の謎解きのヒントも落語という、かなりの落語色にベタ塗りされている。ミステリーを楽しむ底地に、興津要氏の落語の口述本や古屋三敏の「寄席芸人伝」、雲田はるこの「昭和元禄落語心中」あたりを一緒に読むと一層味が深まること請け合います。