ロリポップのWordPressでkakuを使ってみる

Mac用のブログエディタは名だたるものがたくさんあるのだが、それなりのお値段がして、貧乏性の中高年世代である当方は無料の「Kaku」を使っている。

最近までMT5を使っていたのだが、最近WordPressにブログアプリを変えたら、設定が変になってしまった。改めて設定したのでメモしておく。

まずはロリポップのxmlrpc.phpの場所を探す。

ロリポップのユーザーページにアクセスしてロリポップFTPを起動。このファイル一覧の下のほうにxmlrpc.phpを選択。

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canon imageFORMULA dr150を仕事場用に導入

私は自称デジタル化マニアといってよく、家庭、仕事を問わず、紙系のものはできるだけデジタル化している。
使うのは、家庭がScansnapのix500、職場ではBrotherのMDS-700Dを使っているのだが、MDS-700Dの方は手差しなので効率が悪くストレスがたまる。
ということで
安価なドキュメントスキャナーを物色。選んだのは中古のcanon imageFORMULA dr150。
発売されてから時間が経っているので、安いものは9000円弱の値がついている。

かなりコンパクトなので、机の上に置いていてもじやまにならないのが良。

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小川和也「デジタルは人間を奪うのか」(講談社学術新書)

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ロボットに仕事が奪われる職業についての記事に触発されて、本書を読み始めた。
 
まずは、デジタルあるいはロボット技術の陽の面から始まる。ボストンの爆弾テロで左足を失った社交ダンスのダンサー ハスレット・デービスさんがバイオニック義肢で再び踊りの世界に復帰したという良いニュースから始まる。
 
ではあるが、デジタル絶賛の書ではない。むしろ、筆者がこうしたデジタルを中心としたコンピュータ、ロボット技術に詳しいがゆえの、デジタル社会の大きな潮流を少しばかり堰き止めよう、流れを阻害しようとする書であるといっていい
 
構成は
序章 デジタルの船からは、もはや降りられない
第1章 デジタル社会の光と影
第2章 モノのネット化で変わる生活
第3章 ロボットに仕事を奪われる日
第4章 仮想と現実の境界線が溶ける
第5章 脳と肉体にデジタルが融合する日
第6章 「考える葦」であり続ける
終章 デジタルは人間を奪うのか
となっているが、
 
例えば
 
子どもたちがソーシャルメディアを使うようになったことで、友達の反応を求める習慣がつき、その結果、子どもたちが「評判を求める行動」へと系統している
 
ことや
 
モノがネット化されることで、自宅の家電や自動車、自分が身につけるウェアラブルコンピュータがハッキングされる危険性を考えてネット化を考えるべき
 
あるいは
 
パソコンやスマホ、インターネットを。「外部脳」として頼ることによる前頭葉の退化
 
などなど、第1章から第5章までは、最新にコンピュータ技術、デジタル化の技術とその影の部分が中心。
 

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リーナス・トーパルズ「それが僕には楽しかったから」(小学館)

Linuxの創始者、リーナス・トーパルズの半生記。彼が、PCにどう親しむようになって、どうやってUnixに出会い(この本ではミニックスとなっていて、どうやら、Unixの変形判に出会ったのが最初らしいね)、これをLinuxにつくりかえ、そしてアメリカに渡り、オープンソースの領袖となり、といった、今もなお現在進行形で進んでいるトーパルズの人生でもあり、Linuxの歩みでもある、間違いなく、情報工学の重要な歴史の流れが綴られている。
構成は
第1部 オタクの誕生
第2部 オペレーティング・システムの誕生
第3部 舞踏会の王
となっていて、第1部では、幼少期から大学時代までの間が、第2部ではLinuxの誕生、第3部では、アメリカのシリコンバレーに移住と、オープンソース運動が語られている。
しかし、リーナス・トーパルズの半生記を読みながら、つくづく思うのは、Linuxの創世が、こうした人物の手でよかったよな、ということである。FedoraやDebian、Ubuntu(和製ではVineというのもあるね)などなどの流れに別れてしまっているとはいえ、マイクロソフトのWindowsへ対抗しうる、ただ一つのOSが、仮に、ビル・ゲイツばりのビジネスにも長けた人物であったら、PCの普及も、もっと混迷をきたしていただろうし、フリーなオープンソースといった概念も生まれてこなかっただろう。
(もっとも、WindowsがすべてのPCのOSを支配している、というマイクロソフト長年の夢が叶っていたかもしれないが)
このオープンソースの「フリー」という概念は、非常に魅力的である。
当然、「無料」ということや「誰でも使える」という考えも魅力的なのだが、もうひとつの、ソースコードの公開の義務付けと、商用利用でなければ、誰でも改変ができるという概念は、「情報公開」と「参加の自由」というべきもので、これがPCのOSやアプリケーションに及ぼした影響は計りしれないものがある。
そのおかげで、数々のフリーソフトの恩恵に浴しているし、Googleの誕生も、オープンソースという考えが世になければ、数十年は遅れていたのではなかろうか。
ちょっと、話がとりとめがなくなってきたので、こうしたOSをつくる人間っていうのは、どんな人間なのか、いくつか引用しよう。
リーナス・トーパルズがLinuxを開発したときの暮らしぶりは
 ぼくは素晴らしい満足感を味わった。それは、その夏、コンピュータ意外、何もしなかったことを考えあわせると、とりわけ意義深いものに思われた。
 大げさなことを言ってるわけじゃない。フィンランドの四月から八月といえば、一年で一番いい季節なのだ。人々は多島海でセーリングしたり、ビーチで日光浴したり、夏の別荘でサウナを楽しんだりする。ところが、ぼくときたら、いまが夜なのか昼なのか、ウィークエンドなのかウィークデイか、まるでわかってなかった。れいの分厚い黒のカーテンが、ほとんど沈むことのない太陽から、つまり、外界からぼくを遮っていたのだ。ある日ーある夜かもーぼくはベッドから転がり出て、六十センチと離れていないコンピュータに取りついた。
ってな具合であるし、
12〜14歳の頃は、というと
 コンピュータにまさる楽しみはなかった。家でコンピュータに向かっていると、徹夜をしても平気だった。男の子はみんな毛布の下で<プレイボーイ>を読んで夜更かしをする。けれど、ぼくは<プレイボーイ>を読むかわりに寝たフリをして、ママが行ってしまうとベッドから跳び起きてコンピュータの前に座ったものだ。まだチャットがはやる以前のことだよ。
「リーナス、ご飯よ!」
 そう呼ばれても、部屋から出ないこともある。すると、母は友人のジャーナリストに、この子は維持費のかからない子でね、コンピュータと一緒に暗いクローゼットに入れておいて、時々ドライパスタを放り込んでやればそれで幸せなの、と話し出す。まあ、当たらずとも遠からずだ。
ってな具合だ。
うーむ、「オタク」色いっぱいですな。