etc」カテゴリーアーカイブ

3年間の「単身赴任」で役立った生活小道具たち3つをピックアップしよう

今年の3月末で、3年間の単身赴任生活にもピリオドを打つことができたので、記念にその間に役立った生活小道具たちを感謝を込めて、3製品をピックアップしてみる。

ただ、当方は、家具家電付きのアパート(今何かと話題になっているレ◯オパ◯ス)に居住していて、食事は、ほとんどの食事はタイ・シンガポールスタイルで「外」、備え付け以外の家具はパソコンとスキャナ、衣装ケースのみという、今どきの学生のほうが物をもっているぞ、というミニマルな暮らしをしていたので、参考になるかどうかはあなた次第である。

まず、第一は、T-falのクイックボウルと電気ケトル。これさえあれば、朝食の目玉焼きから、呑んで帰った後の雑炊、インスタントラーメン、もっと小腹が空いたときのチャーハン、具だくさんスープあたりまでレンジでなんとかなる。もっとも、目玉焼きは「焼き」というより「蒸し」であるし、チャーハンも炒めるわけではないので、チャーハン風混ぜご飯といった感じなるのはご容赦を。

添付のレシピ集によると「ご飯を炊く」ことに始まって、「鮭チャーハン」、「塩蒸し焼きそば」「BLTスープ鍋」「肉じゃが」などなどたくさん載ってます。ただ、経験からいくと、パスタだけは茹で上がりが中途半端でイマイチでありましたな。パスタは、ノーマルに「鍋」で茹でたほうがよろしいです。

続きを読む

「夢」を思い描かずに目的を達成する方法について考えてみる

先だって、「成功する人は自分の目標を言わない」という自己啓発系の真逆のアドバイスについてエントリーしたのだが、今回は、同じく自己啓発系への挑戦とも言える

人間の脳は、幻想と現実を見分けるのが得意でないことが、明らかにされている(だから映画はスリリングなのだ)。何かを夢見ると、脳の灰白質はすでに望みのものを手に入れたと勘違いしてしまうので、自分を奮い立たせ、目標を成し遂げるのに必要な資源を集結させなくなってしまう。そのかわりにリラックスしてしまうのだ。

するとあなたはやるべきことを減らし、達成すべきことも減らし、結局夢は夢で終わってしまう。残酷な話だがポジティブシンキングそれ自体は、効果を発揮しないのだ。

という記事(「夢を思い描く」が人生の及ぼす悪影響」)をPRESIDENT Onlineに発見。

 

要点は

・ポジティブシンキングそれ自体は、夢の実現に結びつかない。夢に描くことは目標達成前に達成感を与えてしまうので、目標達成の活力を失わせる

・夢を実現するには、夢見て満足するのではなく、実現のための道のりと立ちはだかるものを見つける。そしてその克服方法を考える

・さらに「もしも(if)」と「そのときは(Then)」を考える、つまり障害をあらかじめたくさん想定し、いざというときに脳が自動的反応できるようにしておく。

が大事ということで、夢を本当に叶えるには

①自分の願いや夢をイメージする

②願いに関して自分が望む成果を具体的に思い描く

③現実を直視し、目標達成への具体的な障害について考える

④障害に対処する計画を考える

というステップを踏むべき、というもの

 

言われれば当たり前のことで、いわゆる自己啓発本が、夢の実現についてあまりに精神論的な処方箋だけを提示することが多いことへの批判でもある。ただm自己啓発本を弁護するわけではないのだが、夢をあたかもそれが叶ったよおうにイメージしろ、というのは、「夢」の達成のいあまりにも遠い道のりからくる絶望感を麻痺させるという効果を狙っているところもあるので、あながち全否定すべきものでもないと思う。

 

大事なのは、夢が叶っているときの幸福感をイメージしつつも、それが叶っていな現在の飢餓感や焦燥感を忘れない、あるいはそれ以上に、現在の不完全な状態をイラつきながら噛み締めて、次の行動をする、ということであるように思う。

つまりは、今が不完全な状態あること、夢から遠く離れていることから逃げずに、やるべきことを「象い歩みのように」着々とやれ、ということなんであろう。なにやら、一昔前の「スポ根」ものと基本のところは変わらない、ということであるようだ。闘争心は大事、ということだな、とまあ勝手に総括いたしましたが、いかがでありましょうか。

 

加茂川の桜

米子への単身赴任も三年目を迎えた。飽きがきた頃ではあるのだが、「宮仕え」ゆえやむを得ぬ。まあ腐らずに勤めるとするか、と我が身を説得する。

というところで、本日は加茂川の桜。松江の堀川の桜ほどのメジャー感が出ないのが寂しいところではあるが、風情はそこそこある。陽も暖かく、米子の春の昼下がりでありました。

ミレニアル世代の食生活の特徴に何を見るか?

ミレニアル世代の食生活は、今までの世代に比べ、外食を好み、調理済みの食品を好むという傾向があるらしい。
古くを辿れば、明治時代も牛鍋という新たな食を手に入れ、戦後もインスタントラーメンという食を手に入れ、文化が変わった。今回も、将来的には文化そのものを変えていく可能性が高いかもしれない。

その食事の持つ特性というものが、人の考えを規定し、人の行動を規定していく。そんな因果関係があるように思えるのである。明治は、江戸時代の因習からはなれ、肉食という文化を手に入れることによって、今までの文化を破壊した。戦後は、インスタントという手軽さを手に入れ、行動の軽さを手に入れるともに生活を妙に軽くした。

今度は、どんな変化がやってくるのだろう。外食の増加はすでに、SNSの拡大という形で現れているのかもしれない。さて、調理済み食品というのは、何をもたらすのであろうか。

日本の幸福度ランキングが低いのはなぜ。

今年も、世界幸福度ランキングが発表され、第一位はフィンランド、第二位はノルウェー、第三位はデンマークと北欧の諸国が栄冠に輝いた。ランキング好きの日本は、というと54位という成績で、去年より順位を落としたらしいので、アベノミクスによる景気回復もなんとも気勢があがらない。

ノルウェーは2016年は4位だったので、ランクアップしたのだが、ノルウェーが幸福度が高い理由は、Diamond Onlineのこの「インスタ映えの対極、デンマーク人の人生観に癒やされる人多数」の記事では、デンマーク人特有の「ヒュッゲ」という言葉に現されるとしている。「ヒュッゲ」と、「ほっこり」とした気分のことのようで、「自然体で温かい人とのふれあいを尊重すること」を言葉にしたもののよう。

で、この記事では、デンマーク人が自身を幸せだ、と思う根拠として、「ヒュッゲ」を重んじる国民性と、充実した社会保障にもとめているのだが、当方としては、「社会保障」のあたりは??と思う所。

高レベルの社会保障の裏打ちは「高額な税金」もあるのだが、北海油田でかなり国の財政も豊かにになっていることもあると思うので、景気の良さとハイレベルの社会保障ということもあるのだが、日本でも2012年には40位にランクしており、社会福祉や景気の部分がどこまでリンクしているか疑問に思える。

 

それよりも、主要なキーは「自己肯定感」ではないだろうか。「ヒュッゲ」とは親近感を生み出すもの” や “魂が快適だと感じる環境” 、“苛立ちがない状態” など、様々な「快適さ」を指すものでるともいう。

そうした快適感の裏打ちは、現状を「良きもの」として受け入れる。であるなら、デンマークの人たちが「良きもの」として感じるものと、日本人が感じるものは同じものではないかも、と思ってもみる。

 

案外に、ランキング上位のところと比較して、あそこにはこれがあるが、日本にはこれがないから、といった単純な比較論で議論することこそ、幸福度が上がらない理由なのでは・・。

 

安易な他国比較に走らず、我々がどういう状態の時に幸せと感じるか。そこをもう一度振り返った方が良い気がするのですがね。

「信長の野望 大志」のアンケートで”上司・部下にしたい武将”でどちらにもエントリーされている武将がいる

C-net Japanで「コーエーテクモ 「信長の野望・大志」調べの”上司・部下にしたい戦国武将”」として、武将のアンケートランキングがレポートされている。

上司にしたい武将は、一位 織田信長、二位 武田信玄、三位 北条氏康

部下にしたい武将は、一位 竹中半兵衛、二位 石田三成、三位 片倉小十郎

ということで、まあ、手堅い得票である。上司にしたい武将は「部下を思いやる」という点、部下にしたい武将は「軍師タイプ」で「的確な助言をしてくれそう」といったところが評価のポイントらしい。

ただ、当方が、「ほーっ」と思ったのは、上司にしたい武将・部下にしたい武将のいずれも七位が黒田官兵衛、上司にしたい武将九位・部下にしたい武将十位に豊臣秀長、がエントリーされているところ。

いずれもナンバー2あるいは副将・軍師格で、智謀に長けているが、黒田官兵衛は秀吉に自分の死後、天下をとるのはあいつ、と警戒され、中央から遠ざけられた人物でもあるし、豊臣秀長は名調整役で豊臣政権の屋台骨を支えながら、彼の死後、豊臣政権がガタガタと崩れていったというのが当方の理解で、いずれも一筋では語れない武将という感じが強い。

上司・部下にしたい武将、いずれにもエントリーされているのは、この二人だけ。どうやら、上位の人気武将だけではなくて、こういう曲者・ナンバー2も、時代が求めている人物像であるのかもしれないですね。

女官と廷臣は遠ざけるべきであるか・・・

久々にリアルに大河ドラマの最終回を見た。

今年は「真田丸」ということで、判官びいきで、敗者の好きな日本人のはしくれである当方としても好みのネタで、大蔵卿であるとか、大野修理の迂闊さとか、豊臣秀頼の若ぼんらしい優柔不断であるとか、あちこちにはまりどころが三谷幸喜氏の絶妙な手練卓だが仕掛けられている。

とはいうものの、真田幸村の大阪の陣の敗戦は、やはり豊臣秀頼自らの出陣が叶わなかったということにつきるように思え、そこはやはり、彼を出陣させなかった体制というか周囲の人材の影響が全てのような気がする。

で、その原因はやはり、宮中の中にしか情報と判断の基礎をもっていなかった女官と廷臣が影響力を持ちすぎたのであろうな、と当方として確信している。

もちろん、女官、廷臣とも主君のことを思わないではないし、むしろ、野戦の将より主君大事であるとは思うだが、如何せんその判断の基礎が限定的なことが大局を誤ったというべきことであろう。

ただ、野戦の中にこそ情報があり、野戦のなかにこそ戦の勝機もあるということが大事であるということに気づかないことがよくあるのではないでしょうかね。

フィクションは本当に劣勢なのか

日経Asocie 2015.12号の「男と女の言い分な関係」というコラムを読んでいたら、

男性、女性問わずm現代はこうしたフィクションや物語といった文化そのものが劣勢に立たされているのは、間違いのないところです。・・・ビジネスの現場に身を置いていると、小説やテレビドラマ、映画やマンガ・アニメに触れる機会は減る一方です。代わりに私たちを取り巻き、時間やエネルギーを半ば強制的に費やさせているのは「情報」

というところにでくわして、納得の半分、どうかな、と思うこと半分。

というのも、フィクションに触れなくなるのは現代と過去の比較ではなくて、年齢の重ね具合といったところもあるのではないかということ。特に現役世代であれば、仕事に追われる具合が強くて、フィクションが負けてきている、あるいは興味が持たれなくなってきている以上に「隙がない」といったことが多いせいでは、と思う次第。

当方とて若い頃よりフィクションを読まなくなってきているのは確かなのだが、それは興味が云々というより、仕事のアイデアを出したり、書類を読んだりといったことに時間を取られて、フィクションに使う精神の力が残らないなー、と思っているところである。

フィクションgあ読まれなくなったのは、フィクションが「劣勢」なのでなくて、フィクションへまわす精神のキャパが「乏しい」のではなかろうか。

 

エコプロダクツ展 その2 オフィス内で紙の再生をするマシンを見た

今回、出張の合間にエコプロダクツ展に行った目的の一つが、このエプソンのPaper Labというオフィス内で、紙を再生する機械を見ること。

オフィス内の紙をそのまま細かく砕いて、また再び紙にする機械。紙を溶かして再生する形式ではなく、水をほとんど使わないところに特徴がある。最初はコピー機を少々でかくしたぐらいかな、と思っていたのだが実際は結構デカイ。

20151212105904

はじめは前の方にある小さなものがそうかと思ったのだが、やはり、後ろのマシンでありました。

実演では調整してあるせいか、そんなに時間を待たずに紙が再生されて出てくる。色も真っ白で新品っぽい。

20151212111650

再生する様はイメージ映像しかなかったが、こういうのを見ると、題名を失念してしまったのだが、諸星大二郎の将来の人類が、あらゆるものを分子状態まで分解して再構成する機械を発明して、地球やら月やらを食い尽くしてしまうという短編を思い出してしまうのだが、こうした紙の再生は二酸化炭素や水の問題を考えても早急な実用化が望まれるもの。実際のところPCが普及して「紙は減る」といった言説がまことしやかに流されたこともあったが、実際は紙を増やしたことにつながっている。紙の視認性の素晴らしさもあるのだが、書類やデータを「モノ」として所有するという欲求のせいもあるような気がする。

当然その中には機密っぽい情報もはいっているわけで、この処理が自分の目の前でされれば安心して処理できるというものであるし、また古紙の輸送と新紙の輸送コストと手間を減らすことにもなる、といったことはエプソンさんのプレゼンのとおり。

ただ、妄想すれば、こうして自社内での紙循環が進み、さらに3Dプリンターの普及が進むと、今、ネット通販やらグローバル化などがあっても、「モノ」を運ぶというカタチで馬喰の時代からの原型を残している「流通」というものは、どんなものになってしまうのかな、と思ってしまいますな。

エコプラダクツ展にいってきた

仕事の関係で、東京ビッグサイトに来たついでに、エコプロダクツ展にいってみた。

先日は、東京モーターショーにお呼ばれして行って以来なのだが、最終日とはいえモーターショーの熱気と人出に及ばないのは致し方ないところなのだが、学生さんとか、老人クラブっぽい人とか勉強熱心そうなむきが多くて、コンパニオン目当てが多いモーターショーとは雰囲気が違う。(もっとも派手さと露出度ではモーターショーの方が上であるのは当然なのですが・・)

さらには、プレゼント。記念品企画の多いのも、こうした展示会ならでは。

これはCanonのブース

20151212105512

車メーカーも出展しているのだが、どうしても控えめで、主力はこうした事務器メーカーが主力になるのが地味になる所以か。

これはカシオ。お笑い芸人との掛け合いのプレゼンなのだが、お勉強風味がやはり漂っている。

20151212113733

トッパンのブースでクイズに答えて、カレンダーと紙の缶に入ったお茶をもらって会場を後にしたのでありました。

20151212124225