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マンガの価値を再定義する ー 堀江貴文「面白い生き方をしたかったので仕方なくマンガを1000冊読んで考えた →そしたら人生観変わった」

毎回センセーショナルな問いと挑戦的な言葉で世間を騒がせる筆者が、今回は、市民権を確立してきたとはいえ、まだまだ陰に回ったところでは軽視されている「マンガ」について、おもいきり、ヨイショしてモチアゲているのが本書『堀江貴文「面白い生き方をしたかったので仕方なくマンガを1000冊読んで考えた →そしたら人生観変わった」(KADOKAWA)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

PROLOGUE 「遊びが仕事になる時代」に漫画が必要なワケ
CHAPTER1 「仕事はセンス」と教えてくれるマンガ
CHAPTER2 想像力は観察力だ
CHAPTER3 人は情報を食べて生きている
CHAPTER4 鉄文という生き方
CHAPTER5 栄光なき天才たちが社会を動かす
CHAPTER6 著者で読むマンガ
CHAPTER7 ”読書家”に負けない知識がつく、実用マンガ
CHAPTER8 いろんな「if」
CHAPTER9 忘れられないトラウマ・マンガ
CROSSTALK 堀江貴文×佐渡島庸平 マンガは新しい「遊び」をつくる

となっていて、冒頭のところで

はまだ存在していない想像上の知識が次々に仕事を生み出し、未来をつくってゆく時代だということだ。今はまだ遊びの中にある想像的知識の中から新しく仕事を生み出していく人が、これからの時代で活躍してゆくのだろうと感じることが最近明らかに増えた。  これからは、遊びが仕事になる時代なのだ。

ということで、基調的には「僕たちはもう働かなくていい」や「情報だけを武器にしろ」と同じ路線で、本書は新しい時代の新しい生き方をするための「読書論」という位置づけであろう。

なので、

そもそもマンガとは、言い換えれば「時短メディア」なのだ。マンガは絵がある分、情報量が多い。文章であれば数行読まなければならないような人物描写や風景描写も、1枚の絵で表現することができる。そうして視覚情報で示されることで、難しいテーマでも理解しやすい。しかも細かなデータは文章で補足することも可能だ。
マンガはこれからの時代に必要なメディアだ。

ということで、マンガは「娯楽」という限られた視点にとらわれがちな当方たちの「常識」を揺さぶってくれるのは、かなり嬉しい知的刺激でもある。そして、マンガの中に筆者はビジネス書顔負けの、様々なアドバイスを見出していて、

やりたいことが見つからないダメな若者の落語家の弟子入り修行を描いた『尾瀬あきら「どうらく息子」』に

読み進めるうち、「幸せの尺度は人それぞれ」だということに何度も気づかされる。給料が多い少ないと一喜一憂する人生よりは、好きなことに集中しているほうが幸せなことは多いはずだ。それは本人にしか分からないことである。この作品はそんな基本的なことを分からせてくれるだけでなく、それを本当に上手く落語の古典にマッチさせたストーリーに落とし込んでいる

といったことを見出したり、『三田紀房「インベスターZ」』で

そもそも起業するということは、イノベーションを起こすことと同義だ。それゆえ今の世の中には存在しないもの、まだ誰もやっていないことが対象になる。作中の私の発言にある通り、「イノベーションは周りの反対から生まれる」のだ

と筆者の「起業論」との共通点を見出したり、といった具合なんである。

筆者の他の著作と同じように、世間の風に気落ちしそうになっているときには絶好のカンフルになるのは間違いない。さらに、筆者オススメのマンガ・リストも紹介されています。

【レビュアーから一言】

本が売れなくなった、日本人の読書にかける時間が短くなったといわれ久しく、書籍の売上も伸びていない印象はあるのだが、

マンガとの出会いをつくっていたのは、昔は雑誌だったんだと思うんです。それか書店の平積みですね。しかし今後はそうした役割が全部キュレーションメディアに移行していくんだと思います。もちろんツイッターやフェイスブックも重要なんですけど、大切なのはキュレーターへのフォローの仕組みですね。たとえば「食べログ」や「Retty」の中でもレビュアーをフォローできる仕組みがある。キュレーションとして誰をフォローするかで情報を取り合っていくようになるんじゃないかな。

最初は「本、売れなくなるんじゃないか?」って思ったけど、実際は逆で、本は売れている。要約を読んで、気に入った本を買って、置いておくんだね。

といったあたりは、書籍のメディアとしての存在価値を再確認させてくれる話である。ここらも、「常識」というやつに巻かれてしまわないようにしないといけないらしいですね。

手代や妖の手助けで「若旦那」は成長するか? ー 畠中 恵「ぬしさまへ」(新潮文庫)

「しゃばけ」でデビューした廻船問屋兼薬種問屋長崎屋の若旦那「一太郎」と手代の「佐助」と「仁吉」、このほかに妖の「鳴家」や「屏風のぞき」たちが活躍する。江戸ものファンタジー「しゃばけ」シリーズの第2弾が本書「ぬしさまへ」

【収録と注目ポイント】

収録は

「ぬしさまへ」
「栄吉の菓子」
「空のビードロ」
「四布の布団」
「仁吉の思い人」
「虹を見しこと」

の6編で、いずれも、独立した短編なのだが、1作目の「しゃばけ」のいくつかの場面の補遺とも思える短編もある。

全体を通じてキャストやそれぞれの役回りは前作と同じ。若旦那は相変わらず病弱で、ちょっと外に出たかと思うとすぐ熱を出して寝込んでしまうし、犬神と白沢の変化である手代の佐吉と仁吉は一太郎に大甘だし、妖たちは、一太郎のまわりをうろちょろしている。ただ、前作とちょっとかわってきたのかなと思うのが、一太郎の毎夜の菓子や酒の振る舞いになついたのか、鳴家や屏風のぞきが喜々として一太郎の事件捜査を手伝うようになってきていることと、一太郎が大店長崎屋の将来の大旦那としての自覚をもたなきゃ、と思い始めていること。
特に、後段の一太郎の変化の兆しは、次の作品の伏線ともなっていくのだろうと思わせる。

さて、この本の作品について、ネタバレにならない程度にレビューをしよう。

「ぬしさまへ」は苦味走ったイケメンの仁吉の袂に、付け文(ラブレターですよ。念のため)らしきものが入っていたことから始まる。”らしき”ものと書いたのは、その手紙の字が付け文らしからぬ、とんでもない金釘流で、なかなか読めないという代物。いったいこれはなんじゃと皆で思案中に、どうもこの付け文の出し主らしい、小間物屋天野屋の一人娘が殺される、という事件がおきる。さて犯人は・・・、というもの。

色恋のもつれであることは間違いないのだが、底意地の悪い女は怖いな、といったところ

「栄吉の菓子」は一太郎の幼馴染で、腕の”悪い”菓子屋の跡取り、栄吉の菓子を食べて隠居が死んでしまうところから始まる。いくら腕がわるくても菓子で人は死なないと思うのだが、どうやら栄吉の菓子は、死ぬほど”マズイ”らしい。筋立ては、隠居殺しにされそうになる栄吉を助けるために一太郎や手代、妖たちが走り回るお話。栄吉が一太郎の店に転がり込んでいるので妖たちにはないかと不自由で、早く栄吉を追い出すために力を尽くしている、といったこともあるらしい。

最後の「植えられた草木を、美しい花と見るか、人を殺す毒と思うか」といったあたりはヒント。

「空のビードロ」。”空”は”くう”でなくて”そら”の方。そらいろのガラスの根付。
話の中身は、一太郎の腹違いの兄の松之助が、東屋という桶屋の奉公していたときの話。「しゃばけ」で松之助の奉公先あたりが火事になった後、長崎屋に勤めを変えることになるから、その前あたりの話。「しゃばけ」では火事も付喪神になりそこなった墨壺の仕業になっているから、このあたりは「しゃばけ」の補遺ともいえる。
話の中心は、松之助の店の近くでおきる犬猫殺しの真相と、奉公先のお嬢さんの底意地。

「四布(よの)の布団」は一太郎のために新調した布団から夜中になると若い女の泣き声がする。なぜだ、というところから謎解きが始まる。「四布」は布団の幅のことだって。(勉強させていただきました。)
仕掛けは、非業の死をとげた人の魂魄が残って泣いたり話をしたりという「鳥取の布団」(鳥取の宿屋で、その布団を被って寝ると、夜、「お前寒かろ」「兄さんこそ寒かろ」と兄弟が話しをする声が聞こえる)のようなものかな、と思ったが、少し柔らかくなっていて安心。

途中で繰綿問屋の田原屋の主人が青筋立てて奉公人を怒るところは、偽装マンション事件でTVによくでてくる社長さんの怒号を思いおこしてしまった。

「仁吉の思い人」は手代、仁吉が惚れて、長年お仕えした女性(といっていいのかな?妖なのだが)のお話。若旦那が暑気あたりで半死半生になっており薬湯を飲ませるためにしょうがなくやった思い出話。相手の名は。吉野(よしの)という名前(江戸時代になったらお吉さんとなっている)の女性。ところが、とんでもなく長生きの大妖の恋愛もの。話は平安時代から始まって、江戸時代まで続く、なんとも息の長いお話。乱暴にまとめると、仁吉がいくら想いを募らせても、お吉御嬢さんは、鈴君という人間の男が好きでふりむいてくれませんでした・・・ということなのだが、鈴君の生まれ変わり譚やらが絡んでくるので、ちょっとせつない。

最後のところで、一太郎にかかわりがでてくるところで「ほーっ」と感心。

最後の短編「虹を見しこと」は、ある日、無断外出して帰ってくると、いつもまわりでわちゃわちゃしている妖の姿が見えなくなっている。手代たちは、いつものような過保護でなく、なにかしらよそよそしい。これは一体・・・、というお話。
誰かの夢の中に入りこんでしまった、のでは一太郎が疑ってあれこれかぎ回るあたりから、「虹を見しこと」という表題と虹は大ハマグリが見ている夢だという話が結びつく。

【レビュアーから一言】

坂田靖子さんのコミック「珍見異聞」(珍見異聞―芋の葉に聴いた咄、珍見異聞 (2))の中に、御殿暮らしの夢を見て、目が覚めたところで、夢がかなうことを予測させるような公達と出会う、漁師の娘の話があったことをふいに思い出す。
 
 親の看病に帰省している女中のことがきっかけで、一太郎が、

私は・・・私は本当に、もっと大人になりたい。凄いばかりのことは出来ずとも、せめて誰かの心の声を聞き逃さないように

と自省を始めるあた り、次の作品での新展開を期待させる終わりかたである。

病弱若旦那と妖怪使用人に江戸ものファンタジー開幕 ー 畠中恵「しゃばけ」(新潮文庫)

江戸を舞台にしたファンタジーは、ちょっと手を出し辛かったのだが、登場人物たちの設定と語り口の軽妙さに惹かれ、思わず手にしてしまったのが、この「しゃばけ」
このシリーズは続々と続き、映画化もされるほどの人気シリーズになるのだが、その第一作目にあたる作品。

【あらすじと注目ポイント】

江戸ものの主人公というと、やおいっぽい御役者か過去をもってる岡っ引、あるいはニヒル浪人か剣豪マッチョ・・・といったところが定番で、定番くずれでも、暇を持て余す旗本か大店の次男坊といったところ。

犯人探しとはいっても、若旦那はすぐ熱を出して寝込んでしまうような質だから、捜索の主体鳴家で、あとは店出入りの岡っ引や幼馴染の菓子屋からの情報といったアームチェア・ディクティティブ。しかし、若旦那が、どっちかというと”ぽー”とした”のほほん”タイプでなんとも頼りないので、こうした安楽椅子探偵にありがちのスノッブな臭みがないのが嬉しいところ。

この「しゃばけ」の主人公は廻船問屋の一人息子の”一太郎”というところは定番を掠めているのだが、小さな頃から病弱で、店では、とんでもなく過保護にされている。
おまけに屏風のぞきや鳴家(やなり)といった妖がまわりをうろうろしているし、幼い頃から一緒に育った手代の佐助の仁吉は、これまた犬神と白沢という妖怪変化。

このシチュエーションを考え付いた時点で、この話を面白くなるよな、と感じさせるような仕掛けである。

で、こうした若旦那と妖が何をするかというと、若旦那が店に内緒で外出した帰りに、大工の棟梁が殺されるところに出くわしたところから、次々とおこる殺人事件の犯人捜しに手を出してしまうという筋立て。

話は、没薬のようなものを探しているような男に、若旦那の店が、内緒で木乃伊を切り売りしているとばっちりで若旦那が殺されかかったり、付喪神になりそこなった妖怪がでてきたり、果ては若旦那の腹違いの兄まで出現したり、火事おきたりといった具合に人、妖怪いりまじったてんこ盛状態で展開していき、果ては、何故、若旦那を守るように妖怪がうろうろしているのか、といった若旦那の謎も解明されていく。
ネタバレしてもいけないので、ここらあたりで止めておくが、軽いタッチの語り口もあるのか、とんとんと調子よく読み進めることができ、後味はほんのり甘口、といった印象。

【レビュアーから一言】

巧妙なトリックに満ちた推理ものというわけではなく、また、因縁渦巻くおどろおどろしい怪異譚でもなく、軽妙洒脱な、江戸もの+妖怪ものファンタジーとして読んでいただきたいお話である。

決められない人は「仕事は3割」と割り切るべし ー 出口治明「早く正しく決める技術」(実業の日本社)

物事をなかなか決められずにチャンスを逃してしまった、という経験は誰しもあることだろう。「すばやく決断し、すばやく行動する」っていうのが、現代のビジネス環境の中で成功していくのが大事だとはわかっていても、失敗した時のダメージとか、周囲の目線とかが気になって、なかなか決められない、行動できないと悩んでいるあなたに、ライフネット生命の創業者で、現在は立命館アジア太平洋大学学長の筆者が「決断のコツ」をアドバイスするのが本書『出口治明「早く正しく決める技術」(実業の日本社)』である。

出口治明さんといえば、多忙な日々の中での読書や歴史などへの造詣の深さなどで有名なのだが、日本生命に長年勤務し、退職後はその系列会社の取締役という安定した地位にありながら、当時は、海のものとも山のものともわからない「インターネットベースでの生命保険ビジネス」に会社を辞めて飛び込んだ、という「決断」えおした経験の持ち主で、実践に基づく「決断力」のあれこれが期待できる。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章 決められる人が物事を進められる
Chapter1 なぜ正しく決断できないのか
Chapter2 「数字」「ファクト」「ロジック」で物事を組み立てる
Chapter3 チームで決めるためのルールの作り方
Chapter4 働きながら完成させる
Chapter5 1%の直感に従うために
終章 人生の30%に過ぎない仕事で、どう決断していくか

となっていて、まず最初に釘をさされるのが

決断力の弱さを、日本人の特徴として捉える見方があります。
おおざっばにいって、曖味なままにしておくことを好む民族だという話です.しかし僕はこれには大いに異論があります。
日本人の決断力が仮に弱いとしたら、それは日本人の特徴ではなく、いわゆる戦後の1940年体制、高度成長のもとで、たまたま決断力が弱まっているだけだと思うのです。

というところで、筆者によれば日本人が決断しないのは、高度成長時代の黙っていても社会全体の成長の恩恵を受けていればよかった時代の名残にすぎなくて、それ以前は、日本人もリスクをとって決断してたし、ゼロ成長時代に突入した現在では、「アタマを使ってよく考えて頑張った人にはリターンがあるし、サボった人は損をするという至極真っ当な社会」になったのだから、「自ら決断する」癖をつけないと沈んでいく一方ですよ、と決断できないことを、外部環境のせいにしたがる我々に厳しい「お小言」があります。

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元バリキャリ娘が「神使」見習いの小狐に憑かれてのドタバタ劇 ー 柏てん「京都伏見のあやかし甘味帖 おねだり狐との町家暮らし」

彼氏には捨てられ、仕事では失敗プロジェクトの責任をとらされて自主退職を迫られた、バリキャリ女子「小薄れんげ」が、失意の上で選んだ先は古都「京都」への逃避行、といったところから始まる、御当地ものファンタジーである。

その逃亡先の「京都」で出会ったのは、民泊サイトで探した宿泊先の主で、和菓子フリークの「穂積虎太郎」と、伏見稲荷神社で憑かれてしまった小狐の「クロ」という一人一匹。今まで一度も訪れたことのない未踏の地・京都を舞台に「れんげ」の京都生活が始まるのだが・・・、といった物語である。

【構成と注目ポイント】

構成は

一折 京都で狐と草食男子
 虎太郎の甘味日記〜宇治編〜
二折 瓢箪からわたあめ
 虎太郎の甘味日記〜平安神宮編〜
三折 白鳥はバーにいる
 虎太郎の甘味日記〜松風編〜
四折 お菓子の喧嘩は狐も食わない
 虎太郎の甘味日記〜出町柳編〜
五折 錦市場でつかまえて
 虎太郎の甘味日記〜祇園編〜
六折 色い靄と消えた小狐

となっていて、まずは、失意のうちに京都にやってきた「れんげ」が、頼りない民泊先の主人の大学生・虎太郎に出会うところからスタートするのだが、ここで出てくる小ネタが、日本橋錦宝琳の「かりんとう」の「アーモンドシュガー」と京都・ゲベッケンの「パン」。ただ、この錦宝琳のものは「アーモンドスカッチ」しかヒットしませんね。

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中洲に現れる不思議な屋台が心の凝りを溶きほぐす ー 篠宮あすか「あやかし屋台なごみ亭 1 金曜日の夜は不思議な宴」

「屋台」っていうのは場所を問わず、売りものがラーメンであろうとおでんであろうと、はたまたフレンチであろうと、妙な吸引力をもっている存在であることは日本国中の共通理解に間違いない。客の吸引力の強い「屋台」の中でも、九州・博多の中洲の屋台は最強で、博多っ子だけでなく、出張者や「トラベラーも夜な夜な引き込んでいる存在である。

そんな数ある博多の屋台の中でも、
①屋台にメニューがない
②誰もが行けるわけではない
③いつもあるわけではない
④店主の女性はモデル並みの美人
という、ひときわ変わった存在の屋台・なごみ亭を舞台にくりひろげられるファンタジーが、本書「あやかし屋台なごみ亭」シリーズである。

【収録と注目ポイント】

シリーズ最初となる本巻の収録は

はじまりの一夜
二夜・あの子のシチュー
三夜・金曜日の醤油風味
四夜・お節介な餃子奉行
五夜・卵焼きとやさしい番人
番外夜・ある日、彼女の憂鬱

となっていて、このシリーズの主人公の一人、木戸浩平が「なごみ亭」のアルバイトとして引き込まれるところからスタート。この浩平という人物、甘味・辛味・酸味は感じるが塩味だけは感じない、というやっかいな味覚の持ち主である。

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若き女性シューズデザイナーは謎解きに奮闘する ー 成田名璃子「不機嫌なコルドニエ 靴職人のオーダメイド謎解き日記」

プロのホテルマンは洋服ではなく、靴を見て客の質を評価する、という話があるぐらい「靴」が、その人の品格を表すものであるらしく、その中でも「ビスポークシューズ」といわれる、熟練の職人の手によって最初から最後まで、客の注文どおりに靴の部品からつくっていく手作り品は、その最高峰。
そんな、ビスポークシューズをつくる靴店を舞台に、地元横浜元町に起きる数々の謎を解き明かすミステリーが本書『成田名璃子「不機嫌なコルドニエ 靴職人のオーダメイド謎解き日記」(幻冬舎文庫)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

SHOES1 優しい靴紐
SHOES2 サイズ違いのスニーカー
SHOES3 メッセージ・シューズ
SHOES4 憑いてる靴
SHOES5 覚悟のフラットシューズ

となっていて、最初のシーンは、イタリア留学帰りの新米シューズデザイナーの本巻の主人公・湯浅京香が、横浜元町のビスポークシューズの腕利き職人・天野の経営する靴店「コルドニエ・アマノ」で、デザイナーを求人していると聞いてやってきたら「雑用係」だった、と憤慨する場面から始まる。この就職話は、彼女の恋人らしき「雅也」という男性の口利きで、このあたりから不審な雰囲気が漂うのだが、真相は本編の中程で。

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ホームレス女子、がら空きの朝ごはん食堂を再生する ー 成田名璃子「ハレのヒ食堂の朝ごはん」(ハルキ文庫)

単身赴任をしていると、面倒なのが「朝ごはん」が結構悩みのタネで、ファーストフード店の朝食メニューも充実してきてはいるのだが、毎日となると変化をつけるのにも限界があって、「日替わり朝ごはん」なんていうのを出してくれる定食屋を探し出すのが、「幸せ」の分かれ目であったりする。

登録メンバーが集まって、夕食を自炊する変わった食堂「東京すみっこごはん」を舞台にした人情話を紡いでみせた筆者が、朝食しか提供しない店「ハレのヒ食堂」の美人店主「晴子」とちょっとドジな従業員「深幸」という、どちらもコミュ障の傾向のある二人が、食堂を繁盛させていく奮闘の数々と常連客とのふれあいを描いたのが、本書『成田名璃子「ハレのヒ食堂の朝ごはん」(ハルキ文庫)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

1 噂の猫まんま
2 朝採れ野菜のサラダ
3 肴は、炭火焼きで
4 ハレの日、白ごはん

となっていて、まずは、本書の主人公の一人の「大家深幸」が、ホームレス状態になって行き倒れそうになっているところを、舞台となる「ハレのヒ食堂」に辿り着くところからスタートする。
辿り着くといっても、空腹に耐えかねて、この食堂で野良猫に与えている餌の「猫まんま」を横取りしようとして、ボス猫に撃退されるというなんとも情けない登場である。

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「児童書」は「大人」の必読書でもある ー 出口治明「教養は児童書で学べ 」(光文社新書)

「子ども」に物事を教えるというのは意外に難しいもので、余計な夾雑物や邪心があると、子どもはしっかりと見抜いてしまうもの。
これは「本」の場合も同様であるらしく、本書によれば、

いい児童書は、無駄をすべて削ぎ落としたうえで、ていねいに作ってあるのです。
児童書は、子どもの気持ちにならないと楽しめない本ではなく、優れたものは、子どもが子どもとして楽しめるのと同様に、大人も大人として楽しめます。

ということで、児童書はまっとうで良質な「大人の本」として扱うべきであるようだ。

本書は、そんな児童書の中から、当代きっての読書家である出口治明さんがとびきりの10冊をチョイスして「読みどころ」を解説したのが本書である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第1章 『はらぺこあおむし』には宇宙がぜんぶ詰まっている
第2章 『西遊記』ははちゃめちゃだけど愉快痛快
第3章 『アラビアン・ナイト』でわかる、アラブ人ってほんとにすごい。
第4章 どんな人生にも雨の日があるから『アンデルセン童話』を読む
第5章 『さかさ町』で、頭と心をやわらかくする
第6章 「エルマーのぼうけん』には子どもの「大好き!」がテンコ盛り
第7章 『せいめいのれきし』で気づく、いまを生きることの大切さ
第8章 毒があるから心に残る『ギルガメシュ王ものがたり』
第9章 「効率ばかり追って幸せですか?」と『モモ』は問いかける
第10章 大人も子どもも『ナルニア国物語』を読もう

となっていて、とりあげられている本は、児童書といっても、絵本から神話、童話までかなり幅広いともに、誰もが子供の頃に一回ぐらいは手にとったであろう本も含まれていて、子供の頃の本を手にして感じた楽しさや面白さを懐かしく思い出す人も多いと思う。

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「廃仏毀釈」の因果が明治になって復讐をはじめる ー 畠中恵「明治・金色キタン」(朝日文庫)

明治の二十年代、銀座にある派出所に勤務する「滝」と「原田」の二人の警察官を主人公にするシリーズの第2弾。
第1弾の「明治・妖モダン」は江戸から明治に時代が移る中で、こっそりと人間の世の中へ忍び込んでいた「妖」たちが、その姿をそろそろと現してくる物語であったのだが、今巻は、幕末に地方の小藩「甫峠藩」の「甫峠村」でおきた「廃仏毀釈」の前触れともいえる、「五仏五僧失踪事件」を発端に、その事件の関係者が明治になって出会った怪異事件に、牛鍋屋・百木屋の常連たちが絡んでいく物語である。

話のもととなる「五仏五僧失踪事件」のおきた「甫峠村」は架空の村であろうから場所探しをしてもしょうがないのだが、維新後「筑摩県」に編入されたとあるので、今の長野県中信地方・南信地方、岐阜県飛騨地方のどこか、菜種油が名産で江戸にも出荷していたとあるので、太平洋側に近い諏訪市などのある南信のどこかかな、と推察してみる。

明治の初期にここの「菜の花」が病気のために不作になって菜種油の生産ができないうちに、西洋から石油が入って廃れたといったエピソードは、明治初期のエネルギー転換による日本の産業の構造変換と、維新の開国によって外国から産物だけでなく病もはいってきたのか、といったことを思わせて、「開国」による「陰」の部分を連想させる。

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