カテゴリー別アーカイブ: その他のブックレビュー

楓の強さと健気さにあらためて感心いたしました ー 成田名璃子「東京すみっこごはんー親子丼に愛を込めて」(光文社文庫)

駅前の再開発騒動で、常連メンバーに中に亀裂が入りそうであった、第二巻の危機を乗り越えてどうにか順調な運営が保たれ始めた「すみっこごはん」。
今巻もいつもと変わらない「人情噺」が展開されていくのだが、奈央と一斗の結婚がそろそろ決着か、というところと、楓が再びいじめにあっているというのが、今巻の心配の種である。
 

【収録は】

 
「念のための酢豚」
「マイ・ファースト鱚」
「明日のためのおにぎり」
「親子丼に愛を込めて」
 
の四編で、「明日のためのおにぎり」のところで、ボクシングジム経営者で人相の悪い「柿本」の口から、再開発は頓挫しそうだ、ということが明らかにされるので、先にネタバレしておく。
 
 
 

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”すみっこごはん”の存続の危機を跳ね返せ ー 成田名璃子「東京すみっこごはんー雷親父とオムライス」(光文社文庫)

都会の片隅にある”共同台所”の「すみっこごはん」を舞台にした現代版人情噺の第二弾。
早逝した母から娘に託された「レシピノート」を伝えるために守られてきたことが、前作で明らかになった「すみっこごはん」なのだが、近くの駅の再開発が始まり、「すみっこごはん」の敷地もその範囲内に含まれることになり、存続の危機に立たされるのが今巻である。
 

【収録は】

 
「本物の唐揚げみたいに」
「失われた筑前煮を求めて」
「雷親父とオムライス」
「ミートローフへの招待状」
 
となっていて、楓、奈央、柿本、丸山といったレギュラーメンバーのキャラも落ち着いてきたところで、単話ごとに新たな参加者を迎えながらの人情噺が展開されていく。
 

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都会の片隅の「ほっこり」とする”共同台所”の物語 ー 成田名璃子「東京すみっこごはん」(光文社文庫)

都会の路地の奥のほうに

一 一ヶ月ごとに更新の会員制とします
(略)
四 くじであたりを引いた人が、その日の料理当番です
五 当番は、レシピノートから好きなメニューを選んでつくりましょう
  その時、なるべきレシピ通りにつくってください。必ず野菜を入れること
(略)
八 たとえ出来たお料理がまずくても、文句を言わないで食べましょう
九 食べ終わった食器は、ちゃんと自分で洗いましょう
十 店の奥の椅子は永久予約席です。足りない時以外は動かさないようにしましょう

というルールが決められている「共同台所 すみっこごはん ※素人がつくるので、まずい時もあります」という張り紙がされている、古びた一軒家がある。
ここは、会員が集まって、その日の当番が夕食を自炊して、皆でそれを食べる、という不思議な場所。そんな「すみっこごはん」を舞台にした、現代都市の”すみっこ”の人情物語である。

【収録は】

「いい味だしてる女の子」
「婚活ハンバーグ」
「団欒の肉じゃが」
「アラ還おやじのパスタ」
「楓のレシピノート」

の五編の短編仕立て。「会員制」とはいっても、その日食事をする人数の調整さえつけば、その場で入会OKという、ゆるゆるの会員制なので、メンバーはかなり無造作に追加されていくのだが、今巻の主な登場メンバーは、女子高校生の「楓」、彼女の幼馴染「純也」、大手企業のアラサーのOL「奈央」ちゃん、板前の「金子」さん、主婦の「田上」さん、ミュージシャンの「一斗」くん、区役所の公務員の「丸山」さん、ごま塩頭の人相の悪い「渋柿」こと「柿本」さんといった面々である。

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下町の町工場の「大逆転劇」は爽快感、半端ない ー 池井戸 潤「下町ロケット ヤタガラス」(小学館)

「ゴースト」編で帝国重工のロケット分野見直しと、知財訴訟を解決してやったギアゴーストの突然の裏切りにあって、窮地を脱しきれない「佃航平」率いる佃工業と、家業の農業を継いだものの農協や周辺農家との軋轢でストレスが貯まる一方の佃工業の元経理部長「殿村直弘」なんであるが、今までの悪戦苦闘の努力が実って、スパーッと霧が晴れていくのが、この「ヤタガラス編」である。

【構成は】

第一章 新たな提案と検討
第二章 プロジェクトの概要と変遷
第三章 宣戦布告。それぞれの戦い
第四章 プライドと空き缶
第五章 禍福スパイラル
第六章 無人農業ロボットを巡る政治的思惑
第七章 視察ゲーム
第八章 帝国の逆襲とパラダイムシフトについて
第九章 戦場の聖譚曲
最終章 関係各位の日常と反省

となっていて、ヤタガラス編のスタートは、盟友になるはずであったギアゴースト社が佃工業のライバル会社・ダイダロスとの提携という苦いスタートから始まるのだが、ロケット事業から追われた「財前」が帝国重工の農業ビジネスの立ち上げのため、無人ロボット耕作機の研究者・野木教授のところ一緒に訪れてくれというところから新しい物語が始まる。

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下町の町工場は”農業機械”の新天地をめざす ー 池井戸 潤「下町ロケット ゴースト」(小学館)

「下町ロケット」「下町ロケット ガウディ計画」で技術力の高さを見せつけた佃航平率いる佃工業なんであるが、樹が高くなるとその分吹く風も強くなる、というのが世とこのシリーズの常で、今巻からの「ゴースト」「ヤタガラス」のシーズンも、大取引先の「帝国重工」の重役をはじめとして、佃工業の前に強敵がたちはだかるのだが、今回は、仲間と思っていた下町の町工場からの裏切りといったシチュエーションもあって、構図がかなり複雑になってますね。

【構成は】

第一章 ものづくりの神様
第二章 天才と町工場
第三章 挑戦と葛藤
第四章 ガウディの教訓
第五章 ギアゴースト
第六章 島津回想録
第七章 ダイダロス
第八章 記憶の構造
第九章 青春の軌道

となっていて、発端は、帝国重工内の社長の座を巡っての権力争い。現社長の藤間の対抗馬として、出世のためなら手段を選ばない「的場俊一」がロケット事業の担当重役になったところからスタート。

的場がロケット事業の大幅見直しを行ったため、この分野の先行きが怪しくなったこととあわせて、今まで納めていた農機具メーカーにも新たな企業が参入してきて、一挙に佃工業は苦境に立たされる。
さて、佃航平はじめ佃工業のメンバーはこの苦境をどう切り抜けるのか・・・、といったところである。

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下町の町工場は、新天地「人工心臓」市場をめざす ー 池井戸 潤「下町ロケット ガウディ計画」(小学館文庫)

前作「下町ロケット」で自社の技術力を活かして、帝国重工のロケット事業に食い込んだ、研究者あがりの下町工場の社長・佃航平の率いる「佃工業」。
内製化が至上命令で、外注をしないのが基本の「帝国重工」にバルブのような小さなものとはいえ、自社製品を納入している実績を活かして、業績拡大を目指す「佃工業」の前に、今巻では、NASA出身の技術者社長・椎名直之が率いる「サヤマ工業」という会社が立ちはだかる。
佃航平は、帝国重工に振り回される状況をよしとせず、新たな分野、人工心臓の分野に進出しようとするが、そこにもサヤマ工業が対抗馬として現れてきて・・・、といった展開である。

【構成は】

第一章 ナゾの依頼
第二章 ガウディ計画
第三章 ライバルの流儀
第四章 権力の構造
第五章 錯綜
第六章 事故か事件か
第七章 誰のために
第八章 臨戦態勢
第九章 完璧なデータ
第十章 スキャンダル
第十一章 夢と挫折
最終章 挑戦の終わり 夢の始まり

となっていて、発端は「日本クライン」という医療メーカーから、何に使うのかわからない「試作品」のバルブの注文が入るところから始まる。

これが遠因で、佃工業が、「人口心臓」のバルブ供給に新天地を開くきっかけになるのだが、道のりは当然平坦ではない。
前述のように、強敵のライバル企業の出現と、佃工業が部品を納めるのが面白くない、前作で苦渋を飲まされた帝国重工の調達グループと宇宙開発グループの評価担当があれこれ邪魔を仕掛けてくるし、「人口心臓」のほうは学会の大御所とそれとつるむ医療品メーカーが開発と製品認可を陰に陽に妨害してくる。
さて、この数々のハードルをクリアして、帝国重工のロケット・バルブの注文を継続し、さらには、人工心臓のバルブという新天地を開くために、佃航平と佃工業のメンバーはどうするのか・・といった展開である。

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中小企業の「心意気」と「技術力」を見せつけろ ー 池井戸潤「下町ロケット」(小学館文庫)

阿部寛さん主演でテレビドラマ化されたので、ご存知の方も多数とは思いながらも、半沢直樹シリーズに続いての池井戸氏の人気シリーズで、下町の工場が脚光を浴びた一因でもあるかな、と当方では思っている。

【構成は】

プロローグ
第1章 カウントダウン
第2章 迷走スターダスト計画
第3章 下町ドリーム
第4章 揺れる心
第5章 佃プライド
第6章 品質の砦
第7章 リフト・オフ
エピローグ

となっていて、下町のバルブなどの製造をやっている中小メーカーの佃製作所が舞台の、血湧き肉躍る、中小企業の経営者始め従業員の、大企業と宇宙開発の大規模プロジェクトを相手にした、サクセスストーリーである。

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シルバー世代が持つ隠された力とは — 寺島実郎「シルバー・デモクラシー 戦後世代の覚悟と責任」(岩波新書)

日本のベビーブーム世代(団塊の世代)とは1947年〜1949年に生まれた層で、この期間の出生数は合計すると800万人を超えるらしい。この団塊の世代も今は70代にさしかかろうとしているわけだが、本書は、この団塊の世代を先頭に昭和20年代の終わりぐらいの世代についての論述。なのであるが、この本で取り上げる世代が当方にとても近く、レビューが難しいなー、というのが本音ではある。
 
構成は
 
第1章 戦後民主主義の総括と新たな地平
 ー「与えられた民主主義」を超えて
第2章 戦後世代としての原点回帰
 ー1980年という時点での自画像
第3章 それからの団塊の世代を見つめて
 ー21世紀に入ってからの二つの論稿
第4章 2016年参議院選挙におけるシルバー・デモクラシーの現実
 ーなぜ高齢者はアベノミクスを支持するのか
第5章 2016年の米大統領選挙の深層課題
 ー民主主義は資本主義を制御できるのか
第6章 シルバー・デモクラシーの地平
 ー結論はまだ見えない、参加型高齢化社会への構想力
 
となっていて、第1章から第3章までは、筆者の戦後世代についての以前の論述の再掲。第4章から最終章までが、それを踏まえての、さて、その戦後世代(筆者は昭和20年代生まれを戦後第一世代、昭和30年代以降生まれを戦後第二世代と読んで区別すべきとしている)についての論述である。
 
戦後世代といっても年齢もとり、世の中に影響力など何もないのでは、と思われる向きもあるかもしれないが、それに対して筆者は
 
英国のBREXITに対し、43歳以下の若者の多くが反対したことは・・言及したが、米大統領選挙においても、出口調査などを参考に判断すると、若者の多くは究極の選択の中で、トランプよりもヒラリーに表を入れた。・・ここでも世代間ギャップが際立ち、シルバー・デモクラシーの陰の問題が透けて見えるのである(P135)
 
と、実はその影響力がバカにならないことをまず示していて、
 
都会の高齢化は容易ならざる問題を顕在化させつつある。80年論稿の主役とした都市新中間層、つまり、都市近郊型の団地、ニュータウン、マンションなどに人口を集積させて産業化を進めたためにつくりだされた存在が、いま急速に高齢化し、それらの人たちの精神状況、社会心理が、これからの日本のシルバー・デモクラシーの性格を決めかねないような重要な要素になってきている
サラリーマンとして企業、団体、官庁などで働き、つまり機能集団としてのゲゼルシャフトに帰属じていた人生を送ってきた人たちは、ひとたびそこから去ったら、多くの場合、もはややることがないのである。
 
この社会的に孤立化しかねない高齢化した都市新中間層の社会心理が時代を動かすマグマとなって蓄積されつつある。(P166)
 
 
とあるように、これからの国の方向性を左右するのは、人口ボリュームとして多い「高齢層」が力を依然もっているということをまず押さえておかなければなるまい。そして、これらを踏まえながら筆者は、
 
高齢化し単身化している都市新中間層を、再び社会的な接点を拡大して、経済的にも精神的にも安定した主体にしていく構想(P172)
 
が必要であるとし、
 
やがて日本人は「食と農」に関われることが幸福の要素であり、そうした参画の仕組みを通じた社会との接点の拡大が、シルバーデモクラシーの質を高めることに気づくであろう。「食と農」を至近距離に引き寄せる社会システムを実現することが、高齢者に安定した豊穣な人生をもたらし、日本の産業構造を一段と重心の低いものにするであろう。(P177)
 
と、最近のリニア新幹線構想など新しい交通インフラも使いながら、都会と地方をつなぐ、新たな「農本主義」を提唱するのであるが、当方の思考は「戦後世代の影響力」といったところで立ち止まってしまう。
 
というのも、平成28年の人口統計で、60歳から70歳までの人口の合計は約1970万人、全体人口約1億2700万人の15%である。2040年代には高齢者が人口の4割を占めるという推計はさておき、選挙権は一人一票であることを考えると、現在においても、その影響力は巨大であるといっていい。そして、筆者の提案はありつつも、その「戦後世代」の動きは方向付けられておらず「バラバラ」のように思えるのである。すなわち「混沌」が我が国の方向性を決めているということではなかろうか。
 
といって「では・・」と方向性を提案することは本ブログの本旨ではない。「混沌」が力をもっていること、「混沌」が支配するところは方向性が予測できないゆえに「予測できない可能性」も秘めていること、そしてなんとなく、そんな「可能性」がよき可能性であることを期待していること、を表明して、まとまりがつかなくなったので本稿は終わりとするか。
 

「51対49で勝利できれば御の字」と肩を押してくれる先達のアドバイスは嬉しい — 出口治明「本物の思考力」(小学館新書)

最初に乱暴な感想をいうならば、「また叱られたけど、頑張れよ、肩を押してもらったな」というところ

なにせ、昨今の、「日本人エライ」の論調の向こうをはって「誤解を恐れずに言ってしまうなら、僕は「日本人の特性」など存在しないとさえ思っています。」から始まるんである。

構成は

第1章 根拠なき「常識」が蔓延する日本

第2章 日本の教育を再考する

第3章 腹に落ちるまで考え抜く

第4章 怠け癖には「仕組み化」

第5章 構想する力

となっていて、ライフネット生命に会長から、今は環太平洋大学の学長に就任された出口治明氏の、考えることを放棄している日本人への警鐘と辛口のエールが本書。

 

警鐘というあたりは

日本の戦後復興は「ルートが目の前に一本道でハッキリと見えていた状態で臨む登山」だったわけです。

日本人の「考える力」が弱いのは、キャッチアップモデルによる戦後経済の価値観がそのまま続いていることも一因ではないでしょうか。

といったところに明らかで、工業モデルに特化してうまくいっていた日本の戦後復興。高度成長の思考形態・行動形態が制度疲労を起こしているということを認識しなればいけないようで、このあたり、地域振興といえば工業誘致と求人確保がすべてといった、地方政府の役人たちはこの人の声に耳を傾けたほうがよい。

かといって、成長モデルを小馬鹿にして、精神的な豊かさを偏重する輩に対して

「酸っぱいブドウ」の心理は、ある種の退行現象といえます。経済成長を目指さなくてもいい、と唱える人は、これからの日本をどう生き長らえさせていくつもりなのでしょうか。精神的な豊かさを追求すれば、これからの時代を生きる子どもたちに素晴らしい社会を残していけるのでしょうか。

といった論調は切れ味が尖すぎて、怪我人が出そうではある。

 

とはいいつつも、辛口のエールであるのは、日本人の工業モデルに偏した思考形態の硬直性や、英語ができても「話すべきコンテンツ」が「少ない」といった教養不足を批判したり

日本社会の不幸な点は、社長は偉い、部長は偉い、課長は偉い……といった具合に、単なる機能にすぎない組織内でのポストが、社会的評価と同一視されていること

と断じる一方で、「人間はみんなチョボチョボである」という視点を提示しながら

人間、「おもしろそうだ」と思えたら、勝手に手が出てしまうもの。それなら、楽しく仕事ができるように、自分で設計図をつくってしまえばいいのです。

どうしても納得いかないのであれば、その場所にこだわる必要はありません。「この職場は、自分の能力を評価できない人々の集まりだ」と考えて、他の職場を探せばいいのです。置かれた場所で咲くことにこだわる必要は、まったくないと思います。置かれた場所で咲ければそれでいい。でも、頑張っても咲けないのであれば、咲ける場所を探せば、それでいいのです。世界は広いのですから。

自分のことを評価してくれない組織であれば、他に自分のことを評価してくれる組織を探せばいい

といった単方向ではない、複線的な道筋をすすめてくれるあたりで、この辺は、日本生命時代に出世競争で涙を飲みながら、その後ライフネット生命の立ち上げなどの飛躍をした氏ならではの説得力がある。

しかも、こうしたエールは、普通なら次世代を担う「若者」に向けてされることが多く、当方のような定年間近に年配者は放っておかれることが多いのだが、氏の著述の場合は

僕は医師に「どうすれば健康寿命を延ばせますか」と尋ね歩いたことがあります。答えは全員「働くこと」でした。

働く元気があるお年寄りには、できるだけ長く働き続けてもらうほうがいいのです。  そうであれば、政府がまず着手すべきは「定年制の廃止」です。それを政策として打ち出し、法定すれば、それだけで状況は一気に好転すると考えます。

人間は誰でもいまがいちばん若いのです。明日になれば1日分歳をとります。やりたいことや、おもしろいことに、みなさんもっともっとチャレンジしましょう。 「環境が、あなたの行動にブレーキをかけるのではありません。  あなたの行動にブレーキをかけるのは、ただ一つ、あなたの心だけなのです」

といったところが嬉しいところである。

さて、本書によれば「51対49で勝利できれば御の字です。」とのこと。若者を助ける意味で、年配者もひと頑張りしましょうかね。

 

「教養」という言葉で何を連想しますか? — 出口治明「人生を面白くする 本物の教養 」(幻冬舎新書)

「教養」という言葉ほど、日本の近現代の中で、明治から昭和初期の頂上のあたりから、バブル崩壊後グローバリズム全盛期の底辺期まで、毀誉褒貶のアップダウンが激しかった言葉もないような気がしている。
 そして、現在の混沌期も「教養」というものに対するう胡散臭そうに見る目は衰えていないように思えるのだが、そんな時に「教養」の価値を高らかに訴える「出口治明さんの言説は小気味いい。
構成は
第1章 教養とは何か
第2章 日本のリーダー層は勉強が足りない
第3章 出口流・知的生産の方法
第4章 本を読む
第5章 人に会う
第6章 旅に出る
第7章 教養としての時事問題ー国内編ー
第8章 教養としての時事問題ー世界の中に日本編ー
第9章 英語はあなたの人生を変える
第10章 自分の頭で考える生き方
となっているのだが、この順番のとらわれず、出口流の「教養主義」と思って自由に楽しんで読んだほうが良い気がする。
で、そういう読み方をする場合、気になった言葉、フレーズをあちらこちら書き散らのも許されるはずと勝手に思ってレビューしてみよう。
最初に「うっく」となるのは冒頭の方の
教養」とは生き方の問題ではないでしょうか(P18)
といったところで、ひさびさに「教養」というものをここまで持ち上げる話は見ないですね〜、と驚かされる。
さらには、アメリカの学生の
米の大学生が在学中にどのくらい本を読んでいるかを調べた調査がありました。
それによると、日本の大学生が平均約一○○冊の本を読んでいるのに対して、アメリカの大学生は平均約四○○冊という結果が出ていました。
じっに日本の四倍、勉強量に圧倒的な差があります。
とか、イギリスの
「インドを失った連合王国はもはや今後大きく成長することができない国家です。
いわば、没落が運命づけられている国です。学生たちには、そのことをしっかり認識してほしいと思っています。オックスフォードは明日の連合王国を担っていくエリートを輩出する学校ですから、未来のリーダーたちに、連合王国の現実を過不足なくしっかり理解してもらいたいのです。そして、没落を止めることはできないまでも、そのスピードを緩めることが、いかにチャレンジングな難しい仕事であるかを理解し、納得してもらいたいと考えています。」
といったところに世界帝国である(あった)国の矜持に感嘆するとともに、留学生の状況や今までの歴史的蓄積から、日本は中国に抜かれ離されるのであろうかな、という危機感と、「あぁ、やはり日本は武辺のくにであったのか・・」と嘆息してしまうのである。
まあ、こんな偏屈な読み方はしなくても、一つの分野を極める方法として
たとえば、何か新しい分野を勉強しようとするときは、まず図詳館で、その分野の厚い本を五、六冊借りてきて読み始めます。
分厚い本から読み始め、だんだん薄い本へと読み進んでいく。
これが新しい分野を勉強しようとするときの私の読み方のルールです。
分厚い本には詳しく商度なことがたくさん評かれていますから、岐初は何が沸いてあるのか分からず、読むのが大変です。しかし、「この分野について勉強しよう」と決めているのですから、辛抱してていねいに読みます。それでも、たいていは部分的にしか理解できませんので、岐初の一冊は「点の即解」にとどまります。
二冊目を読むと、こんどは少しずつ点と点が結びついてこれまで理解したことがつながり始めます。「線の理解」、すなわち線が浮かんでくるのです。分厚い本を五冊ぐらい読んでから薄い本を読むと、それまでの点がすべて線になってつながり、さらには「なるほど、この分野はこういうことなのか」と全体像が見えてきて、一挙に「面の理解」に広がります。
極論すると、いままで読んだ本すべてが、同時に脈に落ちるのです。
一カ月ぐらい時間をかけて一○冊ほど読むと、もう大丈夫です。
その分野に詳しい人と話をしても、何を言っているのかが分かり、会祇が楽しくなります。私はこのようなやり方で、新しい分野を開拓してきました。
といった一種の実用的なテクニックも披瀝されているので、その点はご安心を。
ただまあ、本書の効用は、「生産性」あるいは「効率」だけの議論で、心が荒れてきた時に
どのような問題であれ、「幹」と「枝葉」を峻別して考えていくことが必要です。
どんな事例でも一○○%メリットだけという話は存在しません。
必ずメリットとデメリットが混在しています。
まだら状のなかにあって肝心なことは何か、何が「幹」で、何が「枝葉」かを見極めていくことが、大局的な判断を謝らないために求められているのです。
(P200)
といったことを胸において、書物とともに着々と人生の「歩」進めていくべきことが大事であること教えてくれるところなのかもしれんですね。