カテゴリー別アーカイブ: 時代小説・歴史小説

「正義の味方」の意外な正体と「お縫」の恋の行方は? ー 西條奈加「閻魔の世直し 善人長屋」

長屋の住人のほとんどが故買屋や情報屋、美人局などなど悪事に手を染めているのだが、それを隠すために、皆親切で「善人長屋」と言われているのが、主人公の質屋で故買屋の娘・お縫の父親が差配する「千七長屋。そこに本当の善人の「加助」が引っ越してきたことから、長屋の「悪党」たちが、江戸の町を守るために立ち上がらせる、というのがこの「善人長屋」のシリーズ。その第2弾で、今回は、「お縫」の恋模様も織り込まれていているのが本書『西條奈加「閻魔の世直し 善人長屋」(新潮文庫)』。

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江戸情緒と人情の「宮部ワールド」へようこそ ー 宮部みゆき「堪忍箱」(新潮文庫)

(この記事は2018.10.14にリライトしました)
おなじみの江戸もの。
今回は古い大店(おおだな)にかけられた呪いの顛末や仲の良い幼馴染や長屋の住人が垣間見せる一瞬の闇など庶民の暮らしをなぞりながら、底に流れる暗闇を描いている。
「本所深川ふしぎ草紙」以来の江戸ものも円熟味を増して、どっぷりと江戸情緒と人情の影にふれる短編集である

【収録は】

収録は
「堪忍箱」
「かどわかし」
「敵持ち」
「十六夜髑髏」
「お墓の下まで」
「謀りごと」
「てんびんばかり」
「砂村新田」
の8篇

【あらすじ】

◯「堪忍箱」

開けると店(近江屋)に不幸がふりかかえると伝えられる堪忍箱。その箱には喪の花、木蓮の螺鈿飾りが施されている。店の火事で祖父を失い、人事不省となった母親を抱えることになった、お駒は、その日以来、堪忍箱と起居をともにする。その暮らしの中で、箱を抱えて「かんにん、堪忍」といっていた父親や母親、祖父の姿が去来する。
そして店に火をつけた女の登場、そして、お駒は、歴代の近江屋の怨念が封じ込まれた箱と生死をともにする決心をしていく・・・

◯「かどわかし」

出入りの大店の坊ちゃん(小一郎)から、自分をかどわかして、店から身代金をせしめるよう頼まれる畳屋の箕吉。小一郎は、その金を実家へ帰った乳母へ届けるつもりらしい。
子供の乳母を慕う気持ちが、偽のかどわかし事件を引き起こし、ひいては、お店の取り潰しまで発展する。
小一郎の兄を、小さなときに死なせてしまい、そのため、乳母に小一郎を預ければ、小一郎の気持ちが離れてしまったと悩む、母親おすえの独白が悲しい。
店がつぶれた後、貧しいながらも親子二人で暮らす、おすえと小一郎は本当の親子になれたのかもしれない。

◯「敵持ち」

世話になった師匠に頼まれて、大きな居酒屋「扇屋」の手伝いに通っている板前の加助。
彼は、ちょっとした誤解から、扇屋の女将に懸想する客に命を狙われることになる。
命を守るため、長屋の浪人に用心棒を頼むが、頼んだ初日、彼と用心棒は、金貸しが殺されている現場に遭遇する。
実は、扇屋の女将と客は以前から懇ろで、金貸し殺しを加助に罪をなするつける企み。
用心棒の浪人が、実は嫉妬深い殿様から上意討ちにされている侍というのは、でき過ぎの感あり。

◯「十六夜髑髏」

十六夜の月の光が、一筋でも主人にさせば、主人は死んでしまうという呪いをかけられた店に奉公にあがった娘、おみち。
彼女が奉公にあがって、初めての十六夜の日、店は近くから出火した火事にみまわれる。
自分の命を救うため、主人に月の光がさそうと構わず店の雨戸を開け放つ奉公人達。
それは、この店へ呪いをかけた初代に殺された者(おそらくは初代の主人)が願う奉公人に裏切られる主人の姿の再現。

◯「お墓の下まで」

親に捨てられたり、親を亡くした子供を何人もわが子のように育てている差配の市兵衛。
彼に育てられている、親が食い扶持を減らすために捨て子を装って、市兵衛に預けられている兄妹の秘密。そして、市兵衛がわが子のように捨て子を育てる理由。
みな、墓の下までもっていく秘密を持ちながら、信頼しあっている義理の親子の姿が、何かしら温かい。

◯「謀りごと」

浪人の「先生」の部屋で死んでいる大家の姿から話は始まる。店子が、ばらばらに語る大家の因業な姿から人情のある姿まで、てんで違う姿。
大家の死は、心臓麻痺とわかるが、なぜ大家が「先生」の留守に忍び込んだのか。
禁制の書を隠している「先生」の本当の正体は何だろうという謎の残る一篇。

◯「てんびんばかり」

親を流行病や事故でなくしてから、二人で差さえあって生きるお吉とお美代。
そんな二人の別れは、お美代に大店の後添いの話が持ち上がってから。
後添いに入ってから、二人のてんびんは、お美代のほうにふれたばっかり。
しかし、お美代が不義の子を身ごもってから、てんびんはもとに戻ろうと動き始める。
お美代の不幸な姿をみるのが嫌で、あるいは不幸な姿を喜んでみるのが嫌で、お吉は他所で所帯をもつことを決心する。

◯「砂村新田」

眼を悪くした父親と母親の暮らしを助けるため、家事手伝いの奉公に出るお春。
彼女は、奉公先に行く途中で、母親の若い頃を知る男に出会い、その男から、お春は頼みごとをされる「おっかさんを大事にな」と
しばらくして、母親からその男が病死したことをしらされるが、男の言葉の中に母親への
隠された恋情を汲み取ったお春は、男からの頼みごとを守っていこうと決心する。

【まとめ】

宮部みゆきさんの江戸物は「怪しくて」「悲しくて」といった主題を抱えながら、それだけでは終わらない「あとくち」をもっているのが特徴。
本書もそうした味わいで、重層的に楽しめる一冊でありますね。

変調百物語は続く ー 宮部みゆき 「あんじゅう」(中央公論新社)

(この記事は2018.10.14にリライトしました)
神田の袋物屋 三島屋の「黒白の間」で、三島屋の姪・おちかを聞き役に始められた変調百物語の第2冊目

【収録は】

序 変わり百物語
第一話 逃げ水
第二話 藪から千本
第三話 暗獣
第四話 吼える仏
変調百物語事始
「序」は第一冊目の「おそろし」とこの「あんじゅう」をつなぐ口上というべきもの。「おそろし」での経緯が語られ、百物語の続きであることが朗詠される、芝居の幕開きの口上みたいなものか。

【あらすじ】

さて、では本編のレビュー

◯「逃げ水」

「逃げ水」は、山出しの丁稚と彼がつれてきた(というか彼に故郷の山で憑いている)山の主が主人公。この二人が、三島屋と、彼が故郷から連れてこられた質屋の大店で巻き起こす、「水が逃げる」という大騒ぎと、それが起きた顛末のお話。割とドタバタした展開なのだが、人の心の移ろいと、喉元過ぎればなんとやらの人の世の習いにちょっと悲しくなる。

◯「藪から千本」

「藪から千本」は、三島屋のお隣の、住吉屋の一人娘の祝言と、それに至るまでの住吉屋の本家と分家の両方で繰り広げられた、嫁姑の争いに名分を借りた、一見、仲の良い兄弟、家族の底に潜む、暗い感情の怖さを見せてくれる話。最後にわかる住吉屋の双子の長女 お花の健気な心根と思われる振る舞いが救いになるか。

◯「あんじゅう」

「あんじゅう」は、手習所に通わせてもらうことになった、三島屋の丁稚 新どんの縁で知り合いとなった手習所の師匠 青野利一郎のこれまた師匠が「紫陽花屋敷」と呼ばれていた屋敷を隠居所として暮らした時の、屋敷の怪異譚。者としては、第一冊目の「凶宅」や「家鳴り」の主人公であった「安藤家の屋敷」と同類項なのだが、こちらの話は、屋敷の徳というものであろうか、陰惨でない、「怪異」というより「妖しい」物語とでもいうべきもの。まあ、屋敷に住み着くものは、「怪しげなもの」であることには違いないのだが、この物語の一方の主人公である「あんじゅう」(暗獣)は、優しげで妙に人なつっこい。

◯「吼える仏」

「吼える仏」は先の「あんじゅう」で知り合った手習所の若師匠 青野利一郎の知り合い の偽坊主 行然坊が若い頃、山里で遭遇した怪異というより、残酷譚。古くからの山里のしきたりに抗ったために家族ごと潰されてしまう若者がもたらす災いの話。どちらがどうともいえないが、最後は救いの薄い、滅びの話。

【まとめ】

で、最後の「変調百物語事始」は今までの話を、災厄なく終わらせる禊ぎの話であろう。三島屋に忍び込む賊を、「暗獣」や「吼える仏」などで知り合いになった面々で取り押さえる話。発端は行然坊が不審がった、三島屋にかかる暈というのだから、あながち偽坊主と見くびってもいられない。まあ、終わりよければ全て良し。
第1冊目と比べて、この「あんじゅう」は話がほのかに明るくて、そう陰鬱にならずに読めるのが良い。これからも百物語が続くことを願って、今回のレビューも大団円としよう。

百物語の聞き手の名手「おちか」誕生 ー 宮部みゆき「三島屋変調百物語 おそろし」(新人物ノベルズ)

(この記事は2018.10.14にリライトしました)
百物語の聞き手 おちか は三島屋の長兄の娘で、実家で忌まわしい事件に会い、その後、この三島屋に預かってもらっているという設定(彼女の「事件」の内容は、「邪恋」でわかる)。三島屋の主人 伊兵衛が碁に使っていた「黒白の間」に客を呼び、彼女が話を聞く。客たちは、彼女の佇まいに安心するのか、心の底に押し込めていた、忌まわしい話、不思議の話を外へ出していく、という筋立てだ。
第一話 曼珠沙華
第二話 凶宅
第三話 邪恋
第四話 魔鏡
第五話 家鳴り
となっていて、それぞれが独立した話なのだが、相互に関連し、最後の話につながっていく構成となっている。

【あらすじ】

さて、それぞれのお話のレビュー。

◯「曼珠沙華」

「曼珠沙華」はこの百物語が始まる発端となった話。いわば、百物語の0話目といったところ。
さて、百物語のはじまりは、主人の伊兵衛も女将のお民も、急な所用が出来、来客の相手ができなくなったため、主人の姪としておちかが来客の対応をさせられるところからスタート。ところが、その客、庭の曼珠沙華を見て、ひどく驚き、体調を悪くする。なにやら曼珠沙華の陰に何かを見たらしい。その見たものとは・・・といった展開。この客から話を聞いた伊兵衛が、こうした話を集めようと思い立ったところから百物語は正式に開幕する。

◯「凶宅」

「凶宅」の語り手は、やけに美人な「おたか」という女性。彼女が幼い頃、関わった、あるお屋敷の話。そのお屋敷で父親が預かった「鍵」をきっかけに、その父親の頭領の家を巻き込み、そして彼女に一家をある恐ろしい出来事へ導いた「お化け屋敷」の話が語られる。ところが、この話、この「お化け屋敷」の昔話に終わらなくて、「おたか」の意外な正体を、この話の最後で知ると、驚くこと請け合い。

◯「邪恋」

「邪恋」の語り手は おちか。彼女が実家でどのような凶事に出くわし、この三島屋にくることになったかが、同じ三島屋の女中 おしまを相手に語られる。「恋」とされているように、語られる話の中心の話題は「男女の恋愛」。ただ、「恋愛」につきものの甘酸っぱさと寄り添うように、「善意の中の隠れた侮蔑」があるのが、この話を陰鬱にする。「邪恋」の「邪」と何を指すのか。これは読んだ人それぞれに、また読んだ人がその時置かれた状況それぞれに違うかもしれない。

◯「魔鏡」

「魔鏡」の語り手は、おしまが若い頃奉公していたところのお嬢様。お嬢様といっても。おしまもかなりの年齢なので、お嬢様も「昔のお嬢様」だ。
戯れ言は置いておいて、これで語られるのは、病のため離ればなれに暮らしていた、美男美女の姉弟が、年頃になって出会ってから何が起きたか、のお話。まあ、何がおきそうかは、年齢を重ねて、道徳観念っていうものは不易のものではないってことがわかってきている諸兄にはお分かりだろう。だが、この話の怖さは、その後の顛末。自死を選んだ姉と、その後嫁を娶った弟に起きた事件とは・・・、という筋立て。怖いのは、あの世とこの世の枠すら外してしまう恋の盲目さといったところか。

◯「家鳴り」

「家鳴り」は、「凶宅」でおちかの前に現れた「おたか」の見舞い(彼女は座敷牢に押し込めになっていたのだ。)に彼女の親のお店に訪れるが、彼女の中に住む「お屋敷」の中に取り込まれ・・・、といった展開。このお屋敷、すでに現実のものではなく(確か、おたかが幼い頃、彼女の家族に降りかかった災厄のときに焼け落ちたはず)おたかの心の中に存在しているだけなのだが、そこが、またこの「安藤屋敷」の怨念の強さか。
このお話は、そういった屋敷に向かって、おちかが、おたかを解放するために、いや屋敷そのものも含めて解放するために立ち向かうことになる。ただ、この時、一緒に第一話から第四話までの物語で出てきた、忌まわしきものたちも、一緒におちかとともに立ち向かう。それにより、この第一話から第五話までの話の浄化、登場人物たちの浄化が果たされるのである。

【まとめ】

さて、読み応えのある変わり百物語でありました。さすが、当代きってのストーリーテラー、宮部みゆき様である。おちかのお話、とことどころの浄化を果たしながら、続けて欲しいものである。

江戸の怪異の数々はお好きですか? ー 宮部みゆき 「あやし」(角川文庫)

(この記事は2018.10.14にリライトしました)

旧い商家にとりついた魔物の手から、早死した姉に守ってもらった妹の話(「布団部屋」)やかどわかしをして刑死された女の亡霊に狙われる太郎をかぼちゃが救う話(「女の首」)、十年おきに同じ顔の人間が違う経歴で口入を頼んでくる話(「蜆塚」)

など、江戸時代を舞台にした怪異や不思議な話を集めた短編

【あらすじ】

詳しく書くと、下手なネタばらしになるが、こんな話が収録されてます。

◯「居眠り心中」

 若旦那の子をはらんだため、店を追い出された女中のもとへ使いに出された小僧が、使い先で若旦那とその女との心中の幻をみる。それは、後日の若旦那と若妻との理由のわからない心中の前兆だったのか

◯「影牢」

 遊び人同士の息子夫婦に座敷牢に閉じ込められた母親が、陰惨な渇き死をとげた後、起きる不思議なことごと。息子夫婦とその子供たちの集団毒殺事件

◯「布団部屋」

 奉公に出ている旧家についている魔物(その魔物はお店を繁盛させるかわりに奉公人の魂を吸い取るらしい)の手から幼い妹を守ろうとする、その店で早死した姉の話

◯「梅の雨降る」

 母親代わりの近所でも評判の良い厳しい姉。その姉が器量の悪さが原因で奉公を断られる。神社で凶のおみくじをひいた後、姉の代わりに奉公に出ていた娘が流行病で急死する(凶のおみくじを誰かに肩代わりさせるおまじないのエピソードあり)
 その死を自分のせいとおもった姉の狂っていく姿。肩代わりののせいで、顔に青黒い腫れ物ができ(弟も見た)、死ぬまで手ぬぐいをとらなかった。死後に見ると、そんな腫れは、どこにもなかったそうな

◯「安達家の鬼」

 寝付いている姑は鬼がみえるらしい。もとは別の店の奉公人あがり。
 店では、姑のうなづいた者としか商いをしない。一人、良い商売話をもってきた男を姑に会わせると、男は化け物を見たかのように驚き、逃げていく。
 姑は若いころ、奉公先の老主人の出身地まで一緒に旅をする。旅先で病みついた老主人は、その地のケガレを引き受ける家(安達家)に押しこめられる。その家は、昔は大層繁盛していたが、事件がもとで没落。以後、主の絶えた家に、村人は重病人や流行病の者を押し込めることにつかっていた。姑は、そこで安達家のケガレが凝り固まった鬼と出会い、連れて行くことに。その後、姑の連れる鬼に出会うと、人は、自分の心の中にあるものを見るようになる。
 最後まで、その鬼をみることがなかった、姑に気に入られていた嫁。

◯「女の首」

 口をきかない太郎は、縫い物屋へ奉公に。(太郎の母親名かぼちゃの神様に願をかけてかぼちゃをくわないというエピソードあり)気に入られれば、そのまま養子になれるらしい。その店では、昔、一人息子が赤ん坊のころ、かどわかしにあっている。納戸でみつけた屏風に女の首がかかっていて、それは生きているようだ。その首が太郎を取り殺しにくる。昔、息子をかどわかした女の首らしい。太郎は首代わりにかぼちゃを
くわせて退治する。実は太郎は、この店のかどわかしにあった息子。女が追ってを避けるために太郎を畑に隠したが、かぼちゃの陰に一言もしゃべらなかったので助かった過去の出来事。

◯「時雨鬼」

 言い寄ってくる男の話の真実を確かめるために、世話になった口入屋に相談にくる娘。
 そこで、主人の女房だという女に話をきいてもらい、世間の油断ならなさをアドバイスされるが、その実、主人は女とぐるの盗賊たちに殺されていた。

◯「灰神楽」

 理由もなく店の主人の若い弟に切りつけた女中の事件にまつわる話。
 女中は何かにとりつかれているようだ。最近、古い火鉢を買っている。
 事件の調査中、火鉢を預かる。深夜にみたつんつるてんの一重の着物をきた痩せた女が歩く姿。捜査の後、火鉢を寺で供養してもらうが、そこの住職もみたらしい。謂れはまったくわからない

◯「蜆塚」

 家出したが、帰ってきて口入屋の後をつぐ息子。
 同じ顔をした人間が10年ぐらいおきに、まるっきり違う名前で違う経歴で口入を頼みにやってくるという話。知らないふりをしているうちは良いが、調べようとすると、よくないことが。

【まとめ】

怪異といっても、不気味なだけの話ではなく、読後に、ちょっと寂しい、しみじみとした感じが残るのは、この人の手練れた語り口によるものだろう。ミステリーの風合いが強い「初ものがたり」や霊験お初のシリーズとは異なり、江戸のさまざまな話というイメージで、気楽に、しかも江戸の情感にふれながら読める上品。いずれも庶民しか登場しない話なので、お家騒動やら、政治にまつわる暴露話もないので、血沸き肉踊るというわけにはいかないが、ちょっと疲れている時に、古の時代の風情にふれて傷を癒すのにもお奨め。
コミック版もあります。

常陸の名門・佐竹は「敗れたが、負けない」 ー 蓑輪 諒「でれすけ」

戦国の後期、特に豊臣政権から徳川政権に移行する間の「時代小説」は、どうしても、その舞台が「上方」か「江戸」が中心となることが多いのだが、「うつろや軍師」や「最低の軍師」で、中央からちょっと外れたところの戦国模様を描いた筆者による「東北・常陸」の名門・「佐竹家」の戦国終焉の物語が、本書『蓑輪 諒「でれすけ」(徳間書店)』である。

【構成は】

第一章 平定

第二章 東は東

第三章 花散る里

第四章 冢中の枯骨

第五章 巴渦

第六章 その香りは童心にも似て

終章 鬼骨は折れず

となっていて、物語の中心は、時代的には後北条家が豊臣秀吉によって攻め落とされる天正十八年(1590年)から、関ヶ原の戦いが終わって2年後の慶長七年(1602)までのほぼ十年間の物語。

【注目ポイント】

物語の主人公は、常陸国を支配する佐竹家の十八代当主・佐竹義重である。で、この佐竹家というのが

だが、佐竹家は違う。この家は、五百年来の歴史を持つ、紛れもない源氏の 後裔であった。
先祖は、 河内 源氏の棟梁・頼義 が三男、「新羅三郎」の通称で知られる源義光であり、その孫の 昌義 が常陸国(茨城県)佐竹郷に住まうにあたり、佐竹氏を名乗るようになった

という家で、名家中の名家といっていいのである。

なので、戦国大名の元祖といえる北条家に対しても

もともと、中部や近畿など早くから開け、下剋上が特に激しかった地域に比べ、東国は血筋や家格を重んじる気風が強く、北関東から東北にかけては特にその傾向が根強かった。
それゆえ、佐竹家をはじめよする利根川以東の領主たちは、北条家を、
ー東国にゆかりなき、西国よりの乱入者
として敵視し、この強大な新興勢力に対して、死にものぐるいの抵抗を続けてきた

といった具合であるので、戦国末期の天下統一の騒ぎは、おそらくは多くの部分で「不本意」であったろうと想像する。
というのも、秀吉、家康などの「西の勢力」による天下統一の名の侵略は、父祖伝来のと土地を、周囲の敵と戦いながら守ってきた「鎌倉以来の名門」の武士たちにとって、物理的な侵略だけでなく、「土地」というものに対する「概念」への侵略でもあり、それは物語の終盤、徳川家康と佐竹義重が対峙する場面での

「徳川殿から見れば、土塊はどこまで言っても土塊に過ぎぬのでしょう。しかし、我らにとっては、五百年の歴史と、血肉と、矜持が染み込んだ、かけがえのない土塊なのです。たとえ時代遅れと笑われようと、こればかりは曲げることができませぬ

といったところに現れていて、戦国の終焉史というのは、実は「西国」の土地に対する概念が、「東国」の土地に対する概念を擦りつぶしていった歴史という風に考えてもよいような気がする。

このあたりのところは、義重から家督を譲られた嫡男の義宣の行動によく現れている。
例えば、秀吉に急かされて、早急に常陸全土を攻略するため、臣従しない領主たちを居城・太田城に呼び集め、酒を饗応し、酔ったところを

四方のふすまが一斉に開き、刀槍を携えた刺客たちが躍り込む。驚愕する領主たちを、刺客は嗣ぐ次と容赦なく斬殺した。
その様子を能重は義宣の隣で、盃を傾けながら見ている。
・・・多くの死が広間を赤く彩ったが、大半の物はなにがおこったかさえ分からず、悲鳴を上げる暇もないまま絶命した。

という、先祖からのタブーであった「暗殺」に手を染めざるをえなくなるし、気は強いが愛していた元正室の「照日の方」が、実家が豊臣家に反逆したことによって側室に格下げし、佐竹家の中の居場所がなくさせ、ついには自害させてしまったところに、「時代の流れ」という名目で、自分が大切の守っていたものを捨てざるをえなかった悲哀をみるのである。

そして、それは義重自らが経験することでもあって、関ヶ原の戦の際、石田方に与して徳川を攻めようとする義宣を最後の最後のところでおしとどめて、徳川方に裏切らせた時、

暗闇の中で懐かしい記憶が、蜃気楼のように浮かんでは消えていく。父・義昭と共に馳せ駆けた初陣。北条や蘆名、那須に小田といった、東国領主たちとの死闘の日々。そして、あの雪原で鎬を削りあった、年若き仇敵。
だが、どれほど恋しくても、焦がれようととも、その過去がもはや還ることはない。過ぎ去った勝機が、二度と戻りはしないように。

といった述懐に、すり潰されていった「伝統」をみるのでありますね。

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お妙のストーカー事件の鍵は夫の過去にあり? ー 坂井希久子「居酒屋ぜんや つるつる鮎そうめん」

「お妙」を付け狙う一味が逮捕され、狙った理由は不明ながらも、平穏な日々が訪れていたのだが、この巻に至って、黒雲が漂い始める。まだ、雨にはならないまでも、なにやら豪雨の前触れのような感じを漂わせるのが、居酒屋ぜんやシリーズの5巻目『坂井希久子「居酒屋ぜんや つるつる鮎そうめん」(時代小説文庫)』。

【収録】

収録は

五月晴れ
駆け落ち
七夕流し
俄事
黒い腹

となっていて、この巻で、お妙の父親の生前の様子であるとか、死に別れた旦那の忘れられていた情報とかが、じわじわと滲み出し始めている。

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百物語の聞き手・おちかが「黒白の間」を離れる時 ー 宮部みゆき「三島屋変調百物語 五之続 あやかし草紙」(角川書店)

江戸神田、筋違御門先の袋物問屋・三島屋の主人の姪・おちかが、店の「黒白の間」で、訪問客の経験した「怪しい」物語を聞く風変わりな「百物語」の第五作が本書『宮部みゆき「三島屋変調百物語 五之続 あやかし草紙」(角川書店)』。
 

【収録】

収録は
 
第一話 開けずの間
第二話 だんまり姫
第三話 面の家
第四話 あやかし草紙
第五話 金目の猫
 
の五話。
今回は、黒白の間で聞いた話の厄払いというか、話を聞き捨てにするための工夫が、三島屋の次男坊・富次郎によって生み出されるほか、話の聞き手が変わるという、このシリーズの大きな節目となる巻。
 

【あらすじ】

 
それぞれの話を簡単にレビューすると
 

◯第一話 開けずの間

 
第一話は、吾妻橋の近くで「どんぶり屋」という飯屋の亭主「平吉」の子供の頃の話。
彼は、もともと三好屋という金物屋の大店の息子だったのだが、一番目の姉が引き込んだ「行き遭い神」に一家が侵食されていく話。
この「神様」、願い事を叶えてくれるのだが、その身代わりに「供物」、人の命とか体の一部を求める「神様」で、その誘いにうかうかと乗ってしまう、平吉の家族の心の隙間は、誰にでもあるよな、と薄ら寒くなる。
 
ーどんな願いか、言ってごらん
うふふ。行き違い神は笑う。平吉は、その笑みが身体を這い上がってくるように感じた
 
といったところに、背筋が「すーっ」としてきますね。
 

◯第二話 だんまり姫

 
第二話の始まりは「恵比寿講」という神無月の十月二十日
に、親戚や得意客、職人衆がそろって大宴会をするしきたりらしいのだが、三島屋のその席に訪れていた紙問屋美濃屋の主人の実の母親・おせいが語り手。
 
母親といっても、美濃屋の主人は入婿なので、その母は遠州の人で、そこのお城での話。
 
この女性、声がしゃがれた奇声で、故郷では、化け物に呼びかける「もんも声」として忌まれているのだが、彼女がその声を使わないために生み出した「指文字」(手話のようなものっぽい)を見込まれて、お城の「口をきかない」お姫様の下働きに雇われる。
 
彼女は、城中で「もんも声」を出してしまい、「あやかし」を呼び出してしまうが、その「あやかし」は、当代の義理の兄で、幼くて死んでしまった若様・一国様の霊だった。どうやら、姫様が口をきかないのも、この一国様の霊が城中に留まっているせいならしいのだが・・・、というところで、仲良くなった「おせい」と「一国様」の奇妙な交流が味わい深いですね。
 
一国様が若くして死んだ理由は、お見込みのとおり、跡目を巡るお家騒動なのだが、普通の跡目争いとは様相が違う「悲しい」経緯があって、このあたりは、原書で確認してくださいな。
 
この話で、黒白の間の「百物語」を聴き捨てにするために、富次郎が墨絵で、聞いた話を一枚の絵にするという工夫を始まる。
 

◯第三話 面の家

 
この黒白の間には、様々な客が訪れるのだが、第三話の語りては、今までの話の中でも、もっとも、この間に似つかわしくない小娘のお種。彼女が、奉公先の家で出会った怪異で、その家では多くの「面」を所蔵している。その「面」が逃げ出すと、世の中に災厄をもたらすらしく、奉公先の家人は「面」たちを見張っているのだが・・・、という筋。
 
語り手の「お種」が、「黒白の間」に似つかわしくないのは、その薄汚い身なりというよりは、手癖の悪い性悪娘なところなのだが、「面」の声を聞くことができるのは、そういう「性悪娘」でないといけない、というのだから面倒くさい。「あやかし」は「暗闇」と親和性が高い、ということか。
 
「面の家」のように、町の中に人知れずそういう怪異が隠れている、っていうのは、深山幽谷で怪異に出会うより稀かもしれないが、普段の暮らしの中で、ちょいとゾクっとくるところがありますね。
 

◯第四話 あやかし草紙

 
第四話は、三島屋に出入りの貸本屋・瓢箪古堂がまだ若い子供の頃の話で、語り手は瓢箪古堂の若主人。
 
貸本屋というのは、本がないと始まらないところがあるので、本の写本づくりを、多くの人に頼んでいるのだが、今回の「怪異」はそのうちの栫井十兵衛という浪人ものに起きた話。
 
この十兵衛が、井泉堂という貸本と版元を兼業する大手の「本屋」から、その家に伝わる冊子の写しを依頼される。その値が、なんと百両という破格なものなのだが、その冊子を写す際、
 
写本を作るためには文字を追わねばなりませんが、文章までは読み取らぬよう、固くご自分を律していただきたいのでございます。
 
という妙な条件付きの依頼であった。さて、その冊子とはいかなるもので・・・、という展開。
 
怪異の肝は、この冊子に何が書かれているのか、ということなのだが、そこのところと、読んでしまった者の運命は、原書で。
瓢箪古堂の若主人と「おちか」にまで、話の余波が及んでしまうのはちょっと驚き。さすが手練れの筆者でありますな。
 
この話で、富次郎の描く絵の呼び名が「あやかし草紙」と決められる。「あやかし」を描いたものを残しておくというのは、あんまり縁起が良くない気がするのだが、「名前」をつけられることによって、魔が晴れるのかもしれませんね。
 

◯第五話 金目の猫

 
今回、話の聞き役が三島屋の次男坊・「富次郎」に交代する。というのも、「おちか」がお嫁にいってしまうからなのだが、そのお相手とか経緯はレビューを控えておこう。
 
第四話の語り手は、富次郎の兄で、三島屋の長男・伊一郎。彼が、子供の頃に出会った、枝に引っかかっていた白いほわほわと、そのほわほわが化身したのか、三島屋に迷い込んできた金目の白猫・まゆの話。
 
この話は「怪異」ではなく、二人の兄弟のことを心配する三島屋の元縫い子の「おきん」の愛情が、ほんわりさせる話で、「おちか」の嫁入りへの手土産話といった性格であるかも。
 

【まとめ】

  
三年の間、「黒白の間」を舞台にして続けられてきた、「変調百物語」であるが、この巻に至って、その聞き役を交代する時を迎えた。故郷で、許嫁を巻き込む悲惨な事件を経験した「おちか」ちゃんのめでたい門出をお祝いしたいのだが、なんとなく、これからも「黒白の間」との関わりは切れない気がするのだが、果たしてどうだろうか。
 
願わくば、この「三島屋変調百物語」は、以前「波瑠」さん主演でテレビドラマがつくられていて、彼女の出世作っぽい感じがしているのだが、その続編が、この「聞き役交代」をきっかけにできるといいですね。

琴姫、愛する夫の救出に乗り出す ー 百万石の留守居役(十一) 騒動

隣藩の松平福井藩に使者として赴いたものの、加賀前田家の取り潰しを踏み台に豊穣な地への国替えを狙う福井藩の本多大全と、そろそろ精神状態がおかしくなってきた松平綱昌によってあやうく殺害されかけた、瀬能一馬たちの救出劇が本書『上田秀人「百万石の留守居役(十一) 騒動」』(講談社文庫)。

【構成は】

第一章 将軍の手
第二章 女駕籠
第三章 姫の顔(かんばせ)
第四章 街道の応答
第五章 城下騒乱

となっていて、ほぼ全てが、福井藩内での大活劇。ただ、当方に地理感がなくて、頭の中で、リアルに映像化できなかったのが残念。この際、北陸旅行を考えて、「百万石の留守居役」シリーズの舞台を歩くのも面白いような気がする。

【あらすじ】

まずは、一馬一行の救出劇と平行して、「堂々たる隠密」本多政長を江戸へ呼び寄せる策謀が動き始める。この策謀の黒幕となるのが、老中・大久保加賀守なのだが、この人物、老中・堀田備中守が殿中で稲葉正休に斬り殺された後、政権の中枢を握り、念願の小田原に返り咲いた人物なので、このシリーズでも、さらに重みを増してくるのかな、と推察する次第。

さて、福井藩で騒動に巻き込まれた、一馬一行急須つなのだが、なんと、一馬の新妻・お琴姫が、自ら救出に向かい事になる。彼女の乗る女駕籠に、一馬を乗せ、福井藩からの脱出を目論むのだが・・・、というのが本巻の読みどころ。

もちろん、琴姫自らが、といっても単独で行くわけではなく、お供を連れてのこと。加賀の忍びを差配する本多家のお姫様であるから、腕利きの「女軒猿」が複数名同行するということで、平穏な救出にはならないことは、この設定で明明白白である。

さらに、琴姫は評判の美人である上に、福井藩の当主・松平綱昌の精神状態がおかしくなってきていて、自分の地位を守ろうとするだけでなく、色ボケもひどくなる、という展開なので、一馬の命だけでなく、琴姫が乱暴されないか心配させるあたり、筆者は読者の心の動きをよくつかんでいますな。
ちなみに、この松平綱昌というお殿様、後に、史実でも、精神状態が不安定で乱行が続いて、藩主の座を追われてしまう。その原因は、この殿様が代替わりをした時の、跡目を巡っての藩内の対立にあったようで、加賀藩との軋轢があったかどうかは別にして、この類の藩内の騒乱はあったのかもね、と想像させる。

なんといっても、今巻の読みどころは、琴姫一行の侍女として付き従う、夏、杉、楓といった、「女忍」の大活躍である。
例えば、大聖寺藩の領内で琴姫を殺そうとする、加賀藩の反本多政長派の侍を城下の宿屋で

いいな、殺すなよ。殺せば騒ぎになる、姫様のごシュッ質に影響が出ないとはいえなくなる、殺すkとなく、戦う力を奪え。目を潰すか、両足の腱を切るか、両腕をへし折るか。それくらいならば、喧嘩を装えよう

と苦もなく片付けたり、一馬と合流して藩境を目指す琴姫一行を襲う、越前松平藩の先手組に対して

越前松平藩士たちがうろたえた。見た目は若い乙女が、馬よりも早い足で向かってきているのだ。困惑して当然では会ったが、それは大きな隙きになった。
「邪魔だ」
「愚か者ども」
夏が逆手に握った懐刀を小さく閃かせて越前松平藩士の首を裂き、楓が手裏剣でその隣の藩士の目を突いた。
「手裏剣は高いのでな、そなたらていどで使い捨てにはでききぬ」
楓が続けてその奥にいた三人目の喉をついた

といった風に、二十人以上の藩士を壊滅させたり。圧巻は、福井藩主・松平綱昌たちが、一馬・琴姫一行を取り囲んで狼藉を働こうというところで

「羽根田、御子神、志賀、女どもを押さえろ。吾が加賀藩の者を・・・」
命を受けた工藤が志賀たちに指図を出した。
「・・・どうした、動け」
反応しない三人に、工藤が怪訝な顔をした。
「・・・・」
声もなく、三人の藩士が馬から落ちた。
(略)
驚いた工藤が落ちた藩士の喉に手裏剣が刺さっているのに気付き、それを見た綱昌が絶句した。

といったところは、胸のすく思いがしますね。

【まとめ】

ネタバレを少しすると、越前松平家を牛耳り、主家を危うくさせた「本多大全」は小悪党っぽく、藩外に逃亡しようとするところを成敗されてしまう。
ハラハラ・ドキドキ、、そして大団円。しかし旅は続く、といった「水戸黄門」的時代劇の要素は全ておさえてあるので、秋の夜長の読み物に最適な気がいたします。

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数馬の「会津行き」は、なかなかの収穫を得た旅になりましたな– 上田秀人「百万石の留守居役 6 使者」(講談社文庫)

継室探しは、加賀前田家を騒動に巻き込んでゆく。それにつられて数馬も・・ — 上田秀人「百万石の留守居役 7 貸借(かしかり)」(講談社文庫)

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一馬、福井藩へ使者として赴き、大騒動を起こす ー 上田秀人「百万石の留守居役(十) 忖度」(講談社文庫)

 

【百万石の留守居役シリーズ】

 
 

 

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一馬、福井藩へ使者として赴き、大騒動を起こす ー 上田秀人「百万石の留守居役(十) 忖度」(講談社文庫)

加賀前田家の取り潰しを画策していた堀田老中と手打ちをして、ひとまずは安心して、お国入りをする前田綱紀が分家の富山藩の家老に襲われたり、加賀藩江戸屋敷が、江戸の闇に潜む「武田党」から狙われたり、と相変わらずの、敵だらけの加賀前田家で、新婚ほやほやの瀬能一馬も、ほんわりとはしていられない。
 

【構成は】

 
第一章 藩主の不在
第二章 格別な家柄
第三章 長年の確執
第四章 殿中争闘
第五章 獅子身中の虫
 
となっていて、藩主綱紀襲撃を陰で操っている気配のある老中・大久保加賀守の牽制のため、隣国、福井松平藩へ瀬能一馬が使者として派遣されるあたりから、本巻の物語が動き始める。
 

【あらすじ】

 
瀬能が福井藩へ使者として派遣されたのは、もともと加賀前田家の抑えとして置かれていた、福井松平家へ、参勤交代の国入りが遅れたことの説明という名目なのだが、本音は、藩主・綱紀の襲撃は、主犯の富山藩家老の近藤主計を福井松平家の誰かが手助けしているのでは、と疑ってのこと。こうした使者行に、加賀藩の「軒猿」と言われる「忍び」が同行するところが、一馬が。本多政重の娘婿となったお陰であろう。
 
で、なぜ一馬が、というとそこは本多政重の企みで
 
「儂はすべてを読んでいるぞと見せつけるため、娘婿を使者に出した。福井も馬鹿ではない。加賀の前田を潰したいと考えている者も、この泰平に騒動を起こすべきではないと思っている者も、儂の意図に気づくだろう。そうとわかっていて数馬に手を出すかどうか。それを見ている。
 
ということなのだが、残念ながら、そうしたことには全く頓着せずに、己の出世欲だけを考える輩が福井藩の重役にいるおかげで、再び騒動がおきる。
 
というのも、福井藩の筆頭家老に面談したあたりまではよかったのだが、藩主に目通りして挨拶するとなってから事態は急転する。このへんからの展開は、あれよあれよという間に活劇モードになってきて、城下や城中での死闘の数々は、ハラハラしながら、一馬たちの胸のすくような武辺ぶりを楽しんでおけばよい。
 
さらに、騒動に輪をかけるのは、福井藩の藩主・松平綱昌で、前巻までは気弱な藩主といったぐらいの感じだったのだが、この巻から、史実のような「狂乱」の気配が出てくる。その原因は本書でお確かめあれ。
 
少々残念なのは、江戸屋敷の騒動の方で、武田党が以外に腰砕けなこと。もっとも、これも作者の手の内で、後日、加賀藩が窮地に落ちいる隠し玉になっているのかしれんね、邪推してみるのである。
 

【まとめ】

 
なんといっても、本巻の読みどころは、瀬能一馬、臣下の石動庫之介、今回の使者行で本多政重の好意で従者となった「軒猿」の頭・形部の、福井城下や城中での大立ち回り。
敵役になる福井藩組頭「本多大全」がいかにも、欲に溺れた小物ふうに造形されているので、まあ、スカッとすること請け合いでありますね。
 

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