時代小説・歴史小説」カテゴリーアーカイブ

お縫の父母の若い頃の「恋物語」は波乱万丈であった – 西條奈加「大川契り 善人長屋」(新潮文庫)

一人をのぞいて住んでいる住民が、すべて巾着切りやら詐欺やらの手練れであるにもかかわらず、裏家業を隠すために表向きは「善い人」ばかりの「善人長屋」シリーズの第2弾。

もめ事を呼び込んでくるのは、長屋で唯一の善人「加助」で、彼が「善行」によって、長屋の「悪人」たちが巻き込まれて事件を解決していくのも前巻と同じなのだが、主人公の「お妙」の兄、姉であるとか、母親の美貌が呼び込んだ若い頃の事件などが語られるのが、今巻である。

【収録と注目ポイント】

収録は

泥つき大根
弥生鳶
兎にも角にも
子供質
雁金貸し
詫梅
鴛鴦の櫛
大川契り

の8話。

第一話の「泥つき大根」では、お縫の兄の「倫之助」が登場。彼は千鳥屋の一人息子ながら、日本橋の茶問屋・玉木屋に婿入しているのだが、そこの大おかみが、千鳥屋と同じ深川の長屋に住む「石蔵」という信州出身の一緒になりたいと言いだした。その男と大おかみの年の差は25もあり、玉木屋の身代狙いを疑った倫之助が石蔵のことを調べてくれと持ちかける話。
この石蔵の近辺を洗っていくと、当然のように「盗人」に行き当たり、この盗人が玉木屋を狙っているのがわかるのだが、手引きをするはずの石蔵は、恩人に迷惑がかかると言って、江戸を離れようとするのだが・・、といった展開。

続きを読む

徳川の天下統一は「文」と「武」だけでは語れない ー 門井慶喜「家康、江戸を建てる」

徳川家康が豊臣秀吉によって、三河・駿府から関東へ領土替えをされたころから、幕府開府のあたりを扱った歴史小説のほとんどは、関ヶ原、大阪冬・夏の陣といった「戦記」ものがほとんどで、徳川三百年から平成の時代まで続く「江戸(東京)」の繁栄の基礎がどう築かれたか、とりわけ生活・経済インフラの整備について語ったものはほとんどないのではなかろうか。

本書『門井慶喜「家康、江戸を建てる」』は、江戸の幕府の黎明期に、治水、貨幣、水道、江戸城の造営など、江戸のインフラを築いた立役者についての物語である。ただ、収録されている五話のそれぞれのメインキャストは伊奈忠次・忠治・忠克、後藤庄三郎、春日与右衛門、吾平・喜三太、徳川秀忠となっているのだが、名前を聞いて、「あぁ」と言えるのは最後の「徳川秀忠」ぐらいで、江戸の「基礎」を築いた立役者たちはほとんどが忘却の海の中に潜り込んでいるといいってよい。

 

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 流れを変える
第二話 金貨を延べる
第三話 飲み水を引く
第四話 石垣を積む
第五話 天守を起こす

の五話。

まず第一話の「流れを変える」は、当時、東京湾に注いでいた「利根川」の流れを変えた、伊奈家三代の話。
家康が領地替えをされた当時の関東は「湿地」の広がる原野であったということは、その領地替えが言い渡された際に、断って謀反を、と進言した家臣がいたことはよく知られている。そんな関東の地を穀倉にかえた70年余にわたる大工事を伊奈家の三代四人が仕上げた物語なのであるが、武将として功をあげる機会を失いながらも、営々と「志」をつないだ一族の物語は、大河ドラマを見るようであるな。

続きを読む

「善助」の死の真相はいかに。そして只次郎は家出してどこへ行く ー 坂井希久子「あったかけんちん汁 居酒屋ぜんや」(時代小説文庫)

前巻までで、お妙の元亭主・善助の死が自己ではなく、殺しではなかったのか、しかも、彼の元同僚で今は材木問屋にまで成り上がっている「近江屋」が関係しているのでは、という疑惑が膨らみながらの、「ぜん屋シリーズ」の第6弾である。

【収録と注目ポイント】

収録は

「口切り」
「歩く魚」
「鬼打ち豆」
「表と裏」
「初午」

の五話。

まず第一話の「口切り」は、ぜん屋の馴染客の太物問屋・菱屋の隠居のところでの「お茶会」で、お妙が路開きの懐石料理を披露する話。とはいうものの、お妙の料理の腕が良いので、料理を頼んだわけではなく、人目をはばからず、ぜん屋の常連たちが集まって、近江屋に関する情報を交換する会を催したというわけ。この情報交換の中で、以前に打ち壊しの煽動者・草間某と近江屋が関係していた、ということが明らかになる。草間某といえば、ぜん屋の用心棒・重蔵と同一人物の疑いがあるのだが・・・、という展開。

続きを読む

京の戯作者と美人絵師の恋模様は、彼の過去に復讐されるのか ー 三好昌子「京の絵双紙屋 満天堂 空蝉の夢」(宝島社文庫)

代々、男の子は生まれず、しかも娘は26歳になると突然死する「祟りつき」の家である京都の口入業「縁見屋」の跡継ぎの一人娘・お輪を主人公にした前作「京の縁結び・縁見屋の娘」に続く「京」シリーズの二つ目である。

今巻は「縁見屋」とはちょっと離れて、絵双紙屋・満天堂書林を舞台に、忌まわしい過去を隠し、本名を捨てて、京に暮らす駆け出し戯作者・月乃夜行馬、料亭・若狭屋の娘ながら、これまた秘密を抱えている美人絵師・刈谷冬芽をメインキャストにした物語で、最初は、錦絵づくりを巡っての行馬と冬芽の出会いといった男女の恋愛ものっぽいスタートなのだが、行馬が津山藩にいた当時の仲間が斬殺されはじめるところからにわかにきな臭い展開になってくる。

 

【構成と注目ポイント】

構成は

其の一 幽霊図の事
其の二 満天堂の夢
其の三 冬芽の夢
其の四 八重の夢
其の五 若狭屋の夢
其の六 辰蔵の夢
其の七 嵐山の夢
其の八 般若刀の事
其の九 春次の事
其の十 秘めケ淵の事
其の十一 横田源之丞の事
其の十二 おぶんの事
其の十三 岸田松庵の事
其の十四 紅屋の隠居の事
其の十五 津鷹惣吾郎の事
其の十六 泣き般若の事
其の十七 空蝉の事

となっていて、時代的には、明和七年あたりが設定されている。明和という時代は。宝暦と安永の間で、時の公方様は十代の徳川家治。この人は趣味三昧に生きた将軍であるとともの、田沼意次を登用した人で、あまり誉めた話を聞かないのだが、明和二年に錦絵が誕生したり、明和九年には江戸で明和の大火があったり、と文化爛熟の気配がありつつも災害の多い年代といった感じであろうか。

続きを読む

健気な娘「お春」の”くらまし”は成功するのか? ー 今村翔吾「春はまだか ー くらまし屋家業」(時代小説文庫)

前巻で、香具師の親分のもとから姿を「くらまし」たい二人を、何十人もの手下が取り囲む宿屋や、街道筋で目を光らせている道中同心たちの目をかいくぐって「くらます」ことに成功した、堤平九郎、七瀬、赤也の「くらまし屋」三人組の活躍を描くシリーズ第二作である。

このくらまし屋が仕事を受けるには「くらまし屋七条箇条」の
一 依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと。
二 こちらが示す金を全て先に納めしこと。
三 勾引かしの類ではなく、当人が消ゆることを願っていること。
四 決して他言せぬこと
五 依頼の後、そちらから会おうとせぬこと
六 我に害をなさぬこと
七 捨てた一生を取り戻そうとせぬこと
を守ることが条件なのだが、早々と、これが守られない依頼をうけることになる二巻目である。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章
第一章 幼い逃亡者
第二章 血文字
第三章 掟破り
第四章 土竜
第五章 春が来た
終章

となっていて、七箇条が守られない、最も大きな原因は、今回の「くらまし」の相手方が、田舎から出てきたまだ幼い出稼ぎの娘で、しかも、雇い主によって換金されている状態で依頼をしたためである。

通常なら七箇条が守れない依頼を、相手にどんな事情があろうと自分たちの身を守るために受けないのだが、今回の依頼者・お春の姿に、平九郎が自らの家族の姿をダブらせてしまったためであるらしいのだが、彼の家族の「状況」の詳細はまだ本巻では霧の中である。

続きを読む

江戸から「消えたい」望みを叶えます ー 今村翔吾「くらまし屋家業」(時代小説文庫)

江戸時代の「江戸」は、世界でも有数の大都市で、経済の中心でもあったのだが、富と人が集まって「光」が強いところには、その分、深い「闇」が生まれるのは世の常で、「姿を消してしまいたい」「姿を消さなければならない」事情を抱えた人も、それだけ多くなるというもの。

そんな江戸で、不忍の池の畔にある地蔵の裏に、名と所を書いて置いておけば、
今の暮らしからくらまし候。
約定が破られし時は、人の溢れるこの浮世から、必ずやくらまし候

と、どこからともなく現れて、大金と引き換えに、どんな人間でも、神隠しのように姿を消してくれる「くらまし屋」シリーズの第一巻である。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章
第一章 足抜け
第二章 隠れ家
第三章 江戸の裏
第四章 道中同心
第五章 別れ宿
終章

となっていて、最初のネタバレ的にメインキャストを紹介しておくと、「くらまし屋」稼業を営むのは、表向き「飴細工屋」を営む「堤平九郎」という浪人あがり、日本橋堀江町の居酒屋「波積屋」の従業員の「七瀬」、「波積屋」の常連で色男で博打好きの「赤也」という三人である。このうち、くらまし屋のリーダー格が「堤平九郎」なのだが、彼がくらまし屋稼業に踏み込んだのは、家族が行方不明になったことが原因らしい、という設定である。

続きを読む

信平、京都へ出張するが、やはりそこでも事件が・・ ー 佐々木裕一「公家武者 信平 比叡山の鬼」(講談社文庫)

奥方である紀州藩主・徳川頼宣の娘の松姫の心の傷もようやくふさがりかけたところで、江戸の闇に潜む悪党退治に再び乗り出した松平信平であったが、第一巻・第二巻で、武家を狙う凶暴な剣客や大名や大店の跡目騒動を解決して、その存在感が世に出ると、輪をかけた大きな事件に巻き込まれてしまうのが、彼の常である。

今回も、将軍家綱から直々に、名代として宮中へ参内し、帝にご機嫌伺いを頼まれ、京都に向かったまではよいのだが、その京都で事件にまきこまれ、さらに江戸へ帰る道中でも道々、騒動を片付けながら江戸へ帰る、といった状況で、先回の例といい、よくよく京都とは信平と事件の相性が良いらしい。

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 比叡山の鬼
第二話 魔の手
第三話 藤沢宿の嵐
第四話 黒天狗党

の四話で、第一話と第二話が京都滞在中、第三話が京都からの帰り道の藤沢宿、第四話が帰府後の事件である。

続きを読む

跡目争いがもたらす事件を「信平」がスパッと解決 ー 佐々木裕一「公家武者 信平 逃げた名馬」(講談社文庫)

先巻で、江戸の闇を晴らす役回りに再デビューした、公家出身の旗本・松平信平を主人公とした「公家武者」シリーズの第2シリーズの第2弾。

 

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 逃げた名馬
第二話 悪しき思惑
第三話 佐吉を捜せ!
第四話 頼母の初恋
特別収録短編 神宮路との戦いの果てに

の4話+特別編1話。

第一話の「逃げた名馬」は、信平が江戸市中を散策中に出くわした「暴れ馬」に絡んだ、旗本の家のお家騒動。茶会からの帰り道に、信平は大藪為泰という旗本に出会うが、彼は五百両以上の値がつく名馬を売りに行く途中だという。どうやら、弟がこしらえた借金の返済にあてるというのだが、弟に金を貸した荷馬と早馬を扱う木曽屋の陰には弟の企みもあって、ということで、やはり出てくるのは定番の跡目争いということで、一人総取りのシステムってのは争いの元なんですかね。

続きを読む

公家あがりの剣豪旗本、再び江戸の闇を晴らすため登場 ー 佐々木裕一「公家武者 信平 消えた狐丸」(講談社文庫)

徳川家光の御台所の実の弟で、公家の名門・鷹司家から幕臣となった、松平信平の活躍を描いたシリーズの第二シリーズの始まりである。

前シリーズで、江戸の闇に潜む悪党を、その剣技によって次々退治し、徳川家光、徳川家綱の覚えめでたく旗本に昇進したのもつかの間、幕府からの命で幕府転覆を狙う豊臣の残党・神宮寺翔の討伐に乗り出し、愛妻が命を落としかけたというのがが、前シリーズの最後のところであった。
なんとか、神宮寺を倒したものの、愛妻・松姫は恐怖によって精神を病んでしまい、神宮寺の残党から彼女を守るのと看病のために隠棲をしていた「信平」であったのだが、彼女の病もなんとか回復したところで、再び江戸や京都の平安を守るために再登場といった設定である。

【収録と注目ポイント】

収録は

第一話 消えた狐丸
第二話 友情の剣
第三話 長い一日
第四話 信平と放蕩大名

の四話で、今巻は「再登場編」とあって、信平の身の上には大きな変化はなく、江戸の闇を晴らすリハビリ活動中といった具合である。

続きを読む

「望」くんの料理の腕も、お蔦さんの推理も冴え渡っております ー 西條奈加「お蔦さんの神楽坂日記 みやこさわぎ」(東京創元社)

元芸妓で、まだまだ元気で粋な祖母・お蔦さんと、彼女と同居している、料理上手の「望」くんとが、住んでいる神楽坂を中心におきる、日常の謎の数々を解きほぐしていくという、「お蔦さんの神楽坂日記」の第三弾である。
望くんの初恋の相手「楓」ちゃんも無事進学し、彼女の実の父親で風来坊の画家・泰介おじさんも今の所、放浪の旅にはでていない、ということで、今巻では、大きな波瀾はない。
とはいうものの、そこそこの事件は尽きないもので、事件は小さいが、それなりに細かな味わいの事件ばかりで、お蔦さんの推理と、望くんの料理もますます冴えわたるのが今巻である。

【収録とあらすじ】

収録は

「四月のサンタクロース」
「みやこさわぎ」
「三つ子花火」
「アリのままで」
「百合の真贋」
「鬼怒川便り」
「ポワリン騒動」

の六編。

 

 

第一話の「四月のサンタクロース」は、小学校二年生の「真心(こころ)」ちゃんが、彼女の両親が自分のせいで「離婚」してしまうのでは、と心を痛めている案件の解決。
真心ちゃんのお父さんは、神楽坂でイタリアン・レストランを経営しているのだが、最近になって、真心ちゃんが自分の実の子供ではないのでは、という疑惑が心の中で大きくなり、親子鑑定をするしないで、夫婦仲が悪化しているという筋立て。

どうやら、つい最近になって、奥さんの元カレが店を訪ねてきて、自分がこれからやる店の料理長をやらないか、と誘ったことが遠因らしいのだが・・・、ということで、主人公の望のおじさんで頼りない芸術家の泰介が、お蔦さんの命で説得に乗り出すのだが・・、といった展開である。
この説得工作を通じて、泰介おじさんと彼の娘「楓」の仲がほぐれていくのが怪我の功名ですな。

続きを読む