”季刊落語”の「緑」さんも、二つ目昇格っぽく、良い味だしてきました。 — 大倉崇裕「やさしい死神」(創元推理文庫)

落語専門誌の編集者二人を、ホームズ役とワトソン役にした、この「季刊落語」シリーズの三冊目である。2冊めは、落語界の名門の跡目相続絡みの事件を扱った長編であったので、短編集としては2冊めとなる。編集長の「牧」と新米編集者の「間宮緑」のかけ合いもこなれてきて、シリーズとしては円熟してきところであろうか。

収録は

やさしい死神
無口な噺家
幻の婚礼
へそを曲げた噺家
紙切り騒動

となっていて、いくつかを、レビューすると

一話目の「やさしい死神」は月の家一門の領袖・栄楽が自宅で昏倒。意識を失う前に「「死神にやられた」と言う一言。もちろん、謎解きの鍵となる噺は、何をしてもうまくいかない男が、死神の助言で医者になるが、最後は死神を騙したため、命を失いそうになる。男は命をつなぐロウソクの火を他のロウソクにうつそうとするが・・という「死神」。この噺の死神が座っている場所がヒントですな。
話の大筋は、栄楽師匠が昔破門した、才能ある噺家に関係するもので、最後は人情噺よろしく強情な師匠と弟子のやり取りで終わるのが、なんとも魅力的である。

二話目の「無口な噺家」は、松の家文吉という大名跡の跡目を巡る、演芸協会の会長や後援会長の無理押しを阻止する話。無理押しの阻止のためには、大病をしてリハビリ中の「松の家文喬」の復帰とその弟子の伸喬と文三の奮起が必要となるのだが、文喬は大病後、人が変わったようでちゃんと復帰デキるか危ぶまれる中・・といった展開
。文喬師匠の復帰のため、弟子二人が策を巡らすが実は・・、というところで、やはり古手の噺家は奥が深いや、と恐れ入る。

すべての話をレビューすると興ざめであるし、営業妨害にもなるので、第三話、第四話は飛ばして、最終話の「紙切り騒動」は、「間宮緑、はじめてのお使い」ならぬ「はじめての単独探偵役」ということで、「噺家」から「紙切り」に転じたいという若手落語家・松の家京太とその師匠の間に入って、破門話をなんとか丸く納めようと、京都で探偵行を行う話。
その若手落語家・京太が紙切りを志すきっかけとなった、三十年前に活躍し突然姿を消した、伝説の紙切り芸人「紙切り光影」を見つけようというのだが、さすがに三十年前のことでなかなか手がかりが見つからない。果ては、緑の行き先々に先回りして手掛かりを先取りする男も現れる。
さて、「紙切り光影」は見つかるのか・・・、そして京太は「紙切り」芸人になれるのか・・・といった筋立て。

さて、落語ミステリーの読みどころは、落語だけでもなく、謎解きだけでもなく、その2つの混合具合というか、絡み合い具合で、このシリーズが、互いに邪魔したり、主張しあったりということもなく、ほどよい感じである。これを契機に、リアルの落語を聴いてみるのも一興かもしれんですね。

「稼ぐ」体質になるには、日々の地道な行動が大事 — 午堂登紀雄『「お金をもらう」から「稼ぐ」人になる習慣術』(パンダ・パブリッシング)

最近、「働き方」を中心にしたレビューが多かったのだが、働く環境の整備も大事だけれど、「お金が儲かる」ようにならないと「働き方」だけよくしてもねー、という向きも多いかと思う。
そうした向きに、「根底にあるのは、「僕たちにとって無駄な経験は何もない。どんなことでも必ず何か学びがある」 という視点」に立って「考え、発想する」というビジネス心肺能力を鍛える方法、「試行錯誤を続ける」というビジネス足腰を鍛えるための方法や考え方という「稼ぐ」ためのノウハウについて論じたのが本書。

構成は

第1章 24時間まるごろ学校化作戦
第2章 知的生活につながる時間術
第3章 マルチプル時代を生き抜く知的生産術
第4章 どこでもオフィス化計画
第5章 情報をお金に換える作戦
第6章 知的生活を生む発想法

となっているのだが、「稼ぐ」ための具体的なヒントやTipsというよりは、本書は、「稼ぐ」思考形態になること、「稼ぐ」身体機能を身につけること、の紹介を主眼としていて、たとえば

タクシーに乗るとき、ホテルに泊まるとき、銀行に行くとき、美容院に行くとき、それぞれに視点を持っておくと、たくさんの気づきが得られます。そして、そういうことをメモしておく、ブログに書いておく、など何らかの手段で記録しておくと、それがいずれ話のネタになるのです。

サービスを受けてお金を払うときは、 次からは自分で同じことがやれるくらい、彼らが提供するものをじっと観察し、盗むようにしましょう。

講演やセミナーに出たら、内容だけでなく、講師の話し方、資料の作り方、運営の仕方、会場の環境などをじっと観察します。そして、次からは自分でセミナーができるくらい、注意を払って吸収します。

といった風に、「取り組み方」、「心の持ち方」のアドバイスの傾向が強い。それは、

世の中は、「マルチ」化、「マルチプル」化が進んでいる印象を受けます。企業経営でも単一の商品・サービスはいつか飽きられるため、周辺分野に手を広げていく必要に迫られています。

収入源も、「給与収入」ひとつだけでは心もとないため、複数の収入源をつくることによって、人生の余裕と選択肢が広がります。

といったような、今の企業社会が不安定化していることへの対応でもあるのだろうし、さらには、その不安定さ故に、具体の方法論をあれこれ考えても、すぐに陳腐化することへの対応でもある。このあたりは、大きな評判をとったビジネス書でも、その本が提案するものが具体的であればあるほど、数ヶ月も立たないうちに使えなくなってしまうことに共通していて、「抽象化」された手法ほど、読み取る上での裁量というか、余白の部分が大きくて、汎用性が高いことの現れでもある。

もっとも、その対応というのが

そんなマルチプル時代を最大限に楽しむには、思考や発想をマルチプルにする必要があります。 つまり自分の専門領域にこだわることなく、専門分野の境界を越えようとしてみることです。 そのためのひとつのキーワードが「複眼思考」 です。

ということで、「専門をとことん極める」ではなく、「専門を極めつつも、周辺に浮気する」といった、少々気まぐれな対応が必要になるようで、真面目な人には顔をしかめられてしまうかもしれず、さらには、

適切な意思決定や適切な問題解決には、情報がたくさんあったほうがいい、と多くの人は考えます。しかし、実際には情報量が増えれば増えるほど、僕たちは思考停止してしまいがちです。

こうした状況を防ぐひとつの考え方として、「アンラーンする」 というものがあります。アンラーンとは、「知識」という余分なゼイ肉を削ぎ落としていくことです。

と、今までのできるだけ広範囲に、より多くの情報を集めることを至上とする行動形態を戒めてもいるので、今まで精密に計画を練ったり、精密な市場調査に邁進してきた方々は注意を願いたいし、どうやら、今まで「王道」とされてきた手法とは、ちょっと道筋が微妙に離れているようである。

ともあれ、本書によれば、なにより肝心なのは

なかには、すでに知っていること、やっていることもあるでしょう。あるいは、それは自分にはできそうにない、というものもあるでしょう。
しかし、習慣を見直すとは、そうやって感じたことを一つひとつ立ち止まって、より自分に負荷がかかる方法へとバージョンアップさせていくことです。

今の自分を超えたいなら、よりしんどい方法を選ぶ。でもそれでは続かないから、それをいかに楽しめるか。ゲーム化できるかを工夫する。その試行錯誤の繰り返しが習慣をつくります。

というように、アドバイスをもとに習慣を一つ一つ「稼ぐ」方向へ変えていく、といった結構、地道な方法が必要であるらしい。「稼ぐ」に「王道」はない、ということなのであろう。本書のアドバイスの数々を、地道に、きちんと試してみましょうか。   

「職場」と「仕事」だけではない。「働き方」の本当の改革が必要な理由。 — 沢渡あまね+奥山睦「働き方の問題地図」(技術評論社)

「職場」「仕事」と仕事がうまくいかない原因について分析がされてきた「問題地図シリーズなのだが、今回は、そもそもの「働く」ことの基礎である「働き方」の分析である。

構成は

1丁目 グローバル化できない職場
2丁目 正社員だけ
3丁目 完全出社主義
4丁目 副業禁止
5丁目 男性主体
6丁目 フルタイム前提

ということで、「働き方改革」の政府を含めた最近の議論のタネとなっている事項がおおよそカバーされている。ただ、その議論の実態はというと

いままで働き方開会は、単に個人のぴらイベート時間を増やすための取り組みのようにしか語られてきませんでした。「残業規制すればいいんでしょ」「はい、自由時間を増やしました。あとは知りません。」(P14)

といった状況に「なので、生産性上げるの当然でしょ。」という企業論理が覆いかぶさるというところではなかろうか。
本書はそういう状況に危機感をもって
・「男性視点」「女性視点」の一方に偏らない働き方
・「企業」と「個人」双方がハッピーになる働き方
を模索しようという取り組みである。

ではあるのだが、その前に立ちはだかる問題は結構壁が高くて、いまや外国人抜きでは語れない労働人口の状況であるのに、外国籍の人が日本の職場に着任すると

①その部署の役割・価値がわからない
②だれが何をやっているのかわからない
③習うより慣れろ
④出社至上主義
⑤正社員はなんでもやって当然
⑥会社の言うことは絶対

といったことに直面し、介護や子育てなどで柔軟なワーキング・スタイルが求められているにも関わらず、「正社員優先」の会社組織・公務組織は

①専門性の欠如
②高コスト化
③属人化
④マンネリ化
⑤ガバナンス・コンプライアンスのリスク

といった問題をはらみつつも、依然として岩盤のように「強固」に存在するといった具合である。
さらに、以前から社会をあげて取り組んできたはずの「男女雇用機会均等」ですら

日本では「3歳までは、母親が子どもを自分の手元において育てるべきだ。」という”3歳児神話”が根強く残っています。過程はもちろん、地域社会でも、会社内でも、です。(P182)

という意識が残る中

「管理職はか、会社に長時間いて、365日対応できないと・・・」
そんな”会社命”び管理職が多いと、特に家庭責任を担うことが多い女性社員は「私には絶対ムリ〜!」とギブアップせざるをえません。(P185)

という状況に追い込まれながら、企業は、女性管理職の登用数を競い合う、といった様相であるようだ。

もちろん、痒いところに手の届く「問題地図」シリーズであるから、外国籍社員の課題では、「業務定義力」「自己紹介力」「シンプルコミュニケーション力」という3つの”王道”のほかに

究極の英語コミュニケーション、それは英語をいっさい使わないこと(P60)
図は最強のコミュニケーションツール(P61)

多くの外国籍社員は、会社に対する忠誠心は希薄ですが、個人に対しては強い忠義心を発揮します(P80)

といったプチ処方箋も教えてくれるし、出社至上主義や介護や育児でフルタイムで働けない問題への対処法として

テレワークを採用している多くの企業が「完全テレワーク」ではなく、月4回、週1〜2回などの「部分テレワーク」を実践していますし、それが現実的です(P130)

海外では出社しない働き方、すなわちリモートワークはあたりまえ(P137)

といった「ソフト」なテレワークの提案もされている。

まあ、なんにせよ前途多難、課題山積の「働き方改革」であるようなのだが、「働き方」の問題は、「5丁目 男性」のコラムで言われているように、女性には、組織内で昇進に値する人材が、性別や人種などを理由に低い地位に甘んじることを強いられる「ガラスの天井」に悩めば、男性は、収入と引き換えに危険な職種や長時間勤務、自殺、病気や事故による高い死亡率などの過酷な状況の「ガラスの地下室」に押し込められるという、男女共通の問題である。
双方の協働でなんとかしないといけない問題でありましょう。

ワーカー、リーダー、職場環境の三方それぞれに原因がある「仕事」がうまくいかない現実への処方箋 — 沢渡あまね「仕事の問題地図 」(技術評論社)

私達が仕事をしていく上でのさまざまな障害について、「職場」に着目して分析してみたのが。「職場の問題地図」であったのだが、「仕事」そのもの、あるいは「仕事をする人」の視点で分析してみたのが、本書である。

構成は

はじめに〜どうして仕事が進まない、終わらない? 1丁目 計画不在 2丁目 進捗不明 3丁目 一体感がない 4丁目 モチベーションが低い 5丁目 期限に終わらない 6丁目 意見を言わない 7丁目 有識者不在 8丁目 抵抗勢力の壁 9丁目 対立を避ける 10丁目 失敗しっぱなし おわりに〜「だって、人間だもの!」に向き合おう

となっているのだが、最初のところで、仕事がうまく進まない、あるいは最後まで完結しないのは

仕事は生きものである 私たちもまた生きものである

としていて、多くのビジネス書のアドバイスが理知的な「べき論」が多くて辟易している、多くのビジネスマンが膝を打って賛同する滑り出しである。

「仕事も、私たちも生きもの」というのを当方流に考えると、うまくいかない原因は、「働く側」と「働かせる側」双方にあるということであるうようで、本書によれば、「働き側」には、たとえば「計画不在」のところでは

なぜマトモな計画がないのでしょうか?3つの原因が考えられます。 ①「勘で何とかなるだろう」と思っている ②計画の標準形がない ③やるべきことがわかっていない

といったように、力任せで仕事をする姿が見えてくるし、「進捗不明」のところでは

①報連相がない ②だれも進捗をフォローしない

といったうまくいかない構造的原因である、日本の職場特有の「相手依存」が垣間見える。 では、こうした「働く側」の原因をなんとかすればどうにかなるかというとそうでもなくて、

①意識バラバラ症候群 ②一部の人だけ突っ走る病 ③終わりが見えないで症 ④低モチベーション症

といった職場の不協和音が、それをますます助長するし、こうした問題を察知して改善策をうつべき「働かせる側」のリーダーたちにも

①意見をいう甲斐がない ②リーダーの独演会 ③カタい雰囲気といった

といった課題が満載で、うーむ、これでは仕事が期限内に終わらないのも尤もだな、と妙に納得してしまうのである。とはいうものの、こういう状態で、ビジネス現場がまわらないまま、というわけにもいかないわけで、たとえば「抵抗勢力をなんとかする」といったお題には

①まず、現場に話をする(これを「仁義を切る」と表現することがあります ②次に、上から落としてもらう(担当役員→工場長→現場の部長などの順に)

といった風に、具体的な処方箋が豊富に提案されているので、詳しくは原本で確認していただきたい(あんまり詳しく書くと営業妨害になるからね)。

さて、仕事がうまくいかない時は、その原因を、自分ではないどこか(管理側とか職場環境)に求めがちなのだが、実はどっちもどっちであることが本書を読むことが明白にわかる。働く側、働かせる側が協力しながら、改善を測るっていう「日本型労働」のスタイルが結構有効なのかもしれんですね。

「謎解き」と「落語」の見事なコラボレーション — 大倉崇裕「三人目の幽霊」(創元推理文庫)

落語ミステリーのキャストといえば、愛川晶の「神田紅梅亭」シリーズの、「福の助」「馬春」や、北村薫の「円紫」といった落語家や、同じく愛川晶の「神楽坂倶楽部」シリーズの、出版社からの出向中の新米「席亭」代理のの 希美子であったりとか、落語界の「中の人」であることが多いのだが、今回の大倉崇裕のシリーズは、落語界の「中」ではあるが、ちょっと周辺の「季刊落語」という落語専門誌の編集者が主人公。

収録は

「三人目の幽霊」 「不機嫌なソムリエ」 「三鶯荘奇談」 「崩壊する喫茶店」 「患う時計」

となっていて、キャスト的には、「季刊落語」の新米編集者の「間宮 緑」がワトソン役で、ホームズ役は、編集長の「牧」という仕立てである。

簡単にレビューすると

「三人目の幽霊」は、長年対立してきた、松の家葉光と鈴の家梅治の二門の手打ちを妨害するように、弟子の高座の湯呑の中身が酒にすり替えられたり、手拭いがすり替えられる悪戯が発端。さらには、梅治の「累ケ淵」の上演中に登場する幽霊が二人のはずが三人でたりといった怪事が生じる。さて、一連の事件の犯人は、ということなのだが、元はといえば、両師匠の若い時の意地の張り合いが原因。そして「牧」の推理で、事件は解決、大団円と思いきや、というどんでん返しが用意されているので侮れない。

「不機嫌なソムリエ」は落語界の中の話ではなく「緑」の学生時代の友人で、ソムリエ見習いの「恭子」の勤めるホテルのマスターソムリエの失踪事件。話の中で引用される「厩火事」の奥方よりも「瀬戸物」が大事な「さる旦那」とソムリエを重ね合わせるのが、謎の解決の鍵。

三話目の「三鶯荘奇談」は、妻が怪我した三鶯亭菊太郎の息子を預かって避暑にでかけた「三鶯荘」で遭遇するサスペンス。「三鶯荘」の管理人の女性の失踪に始まって、最後は菊太郎の師匠の師匠の大看板・三鶯亭菊司の早死の原因となった、菊司の妻・治美の失踪の謎を解くことになる。リードする噺は「野ざらし」で、「髑髏」の発見から、幽霊の来訪までが形が違いこそすれ再現されるのが秀逸である。

四話目の「崩壊する喫茶店」は、目の見えない人は感覚が鋭くなるというが、白紙の絵に「何も感じなくなった」という視力を失った「緑」の祖母・良恵の言葉は、感覚の鋭さか認知症のはじまりか、と「緑」が悩むところからスタート。その白紙の絵は、祖母が若い頃に病気療養していて時に淡い恋愛関係にあった画家からのプレゼントらしいのだが、「なぜ白紙?」「すりかえられた?」といった謎を解く筋。四話目はリードする「噺」が見当たらないのがシリーズの中では異色である。

最終話の「患う時計」は、三鶯亭菊朝の実子ながら、一門ではあるが別系の菊丸師匠のもとにいる「華菊」の高座が、濡れ雑巾で転倒するよう仕掛けられたり、メガネを隠されてTVの録画で失態を誘導されたりといった邪魔をしかけられる。華菊は、実父の「菊朝」の名跡を継ぐのでは、と噂されており、それを妬んでのことかという推測がされるのだが、実は華菊の芸が他所へ行くことを惜しんだ・・、といった筋立て。事件解決の鍵は「火炎太鼓」のオチの道具屋の「十万両!」なのだが、詳しくは本書で確認を。

さて、こうした落語ミステリーの楽しさは、単なる謎解きだけでなく、話の中で引用されたり、筋の展開に関係してくる「落語」との「絡まり」具合であり、話を読むながら、隠し味のように、頭の中に浮かんでくる落語の高座である。読むうちに、伝来の話芸を堪能している感じがしてくるのが、なんともよろしいですな。

阿波の「狸」蜂須賀家政は、なかなかの「人物」であります — 蓑輪 諒「殿さま狸」(Gakken)

物語の最初の方では、主人公の大事な相棒として登場して、それなりの役割を果たすのだが、どういうわけか物語の進行につれて、すーっと脇役にうつるキャラというのがあって、豊臣秀吉の物語の場合は、蜂須賀小六がその嚆矢であろう。
本書は、その蜂須賀小六の嫡男の蜂須賀家政が秀吉の「黄母衣衆」から頭角を現し、徳川の時代になるや、阿波一国を領するまでの物語である。

構成は

蜂須賀
中原の鹿
鳥無き島
狸と国
いすかの嘴
猿猴が月
狸の国

となっているんだが、残念ながら、当方は城下で阿波踊りを始めた徳島のお殿様といった程度の認識しかなかった。徳島県の皆様、すいません。

家政の辛さは、「蜂須賀小六」という禄の多さ少なさに関係なく、秀吉の蕎麦で重きをなしている「父親」の重さを十二分に認識しているところ、しかも、その「小六」が武功頼み、謀才頼みの人物ではなく

狡兎 死して 走狗 烹らる、という古い言葉かある。猟犬はどれほど必死に働こうと、獲物を狩り尽くせば用がなくなり、飼い主に煮て食べられてしまう。
功臣にとって最も危険なのは、覇道が成就したときである。能力や人望に優れた家臣は、天下をとったのちは政権を脅かす危険要素でしかなく、そのために 粛清 された例は 枚挙 にいとまがない。小六は己の存在が政権内で無用に大きくなることを恐れ、阿波の拝領を拒否したのかもしれない

といった深謀遠慮の人物であるところでもあって、この「父親」を意識しながら、自らの「立ち位置」を明確にしていく作業は、かなり困難であったろうな、とおもわざるをえない。

ただ、そうした作業と、「川の海賊」とも言われる川並衆出身の経済感覚が、

結局、家政に決意をさせたのは勇気でも強さでもない。ただ、より大きな後悔を恐れた臆病さ――自分がここまで引き連れてきた者たちを、切り捨てることのできない弱さが、家政を国主として踏みとどまらせ、困難に立ち向かわせている。

とか

傭兵にせよ、水運にせよ、通行料にせよ、川並衆の根底にあるのは貨幣と流通による経済である。そういう世界から生まれた大名である蜂須賀家政は、ほかの大名が様々な手段で米の取れ高を増やそうとするように、国を富ませる手段として自然に、藍の生産や城下町の発展などを考えついただけに過ぎない。

といった、特有のスタイルを生み、そこが、同じ秀吉恩顧の武将であった石田三成や、関ヶ原の戦で毛利家の覇権成就を策謀するも、吉川や小早川といった身内の離反にあって自滅する、毛利の家臣・堅田弥十郎との違いを生み、さらには、関ヶ原後、家康に散り潰された多くの西軍に与した武将たちとの違いを生んでいったのであろう。そして、その道のりは、鼻っ柱は強いが、己に自信のない若者が

「俺は、この国をもっと豊かにする」
そう言って、家政は呑めもしない酒を盃に注ぎ、一息に喉へ流し込んだ。 「だが、それは償いのためなどではない。ただ、俺は俺のやりたいままに、目指し続けた藍色の国を、築いて、紡いで、守っていくだけだ」
(略)
お前は何者だ。
ふと、耳の奥で懐かしい声がした。  かつては答えることの叶わなかった、自らへの問いかけ。しかしいまの家政は、奇妙なほどに落ち着いた心持ちで、少しも迷うことなく答えることができた。
「俺は阿波の国主、蜂須賀家政だ」

と自分の存在価値と存在位置を明らかにしていく道筋でもある。

さて、戦国モノというと、信長・秀吉・家康といった天下の覇権を築こうとした者たちか、彼らに抗いながら破れていった謙信、信玄、あるいは石田三成といった面々が主人公となることが多くて、その周辺で実は、しっかりと地歩を築いていた人物は主人公とはならないのが通例。ではあるが、当方を含め、多くの人々の人生は、世界の中心地点でがっぷりと組み合っている立場ではなくて、家政のように中心点の周囲で生きているという立場が多いはず。蜂須賀家政の生きようを、きちんとトレースして、自分の視点で捉え直してみてもいいのかもしれんですね。

家呑みで「生中」なら「ハンディ・ビールサーバー」がおススメ。そして片手には、ビール会社の再生物語を。

こう暑い日が続くとビールが美味しいのだが、やはり缶ビールでは生ビールのジョッキの旨さには敵わない。かといって、毎日飲みに出ていると財布にも辛いし、単身赴任中野とはいえ家庭的にもどうかな、ということで、自宅で手軽に、缶ビールを使ってビアホールの生ジョッキの旨さが味わえるというグリーンハウスのハンディ・ビアサーバーを買ってみた。

アマゾンで検索すると新バージョンもあるが、ここは節約を兼ねて、舊バージョンを購入。上手くいかなかった時の保険も兼ねての事ではあるが、我ながらセコイな、と反省する。

形狀はこんな形。上蓋の中に単四電池を、2個入れて、動力源は準備完了。これを缶ビールの缶にはめて使用する。少々きつめにはまるので、漏れ出すことはない。

準備ができたら、後ろにある押しボタンを押しながらビールを注ぐ。稼動中は前方の赤ランプが點燈している。出來上がりはこんな風。泡の量はかなり多く出るし、結構、細かい泡である。飲んだ感じは、生ビールではないので、ビアホールや居酒屋のビールジョッキとまではいかないが、生ジョッキ感は味わえる。できれば、グラスも冷やしておいた方がなお良いかも。

ともかく、家庭で生ジョッキ感が味わえるのは間違いない。2000円程度の手軽なお値段なので、ビール好きは話のネタに買ってみてはいかがでありましょうか。
どうせ、買うなら最新の方を、という向きはこちらをどうぞ。

泡に中身を消費されるせいなのか、グラスが単にデカイせいなのか。350ml缶であると、一杯半ぐらいで飲み干してしまう。500ml缶を使うのがオススメ。

で、暑い日が続いてビール消費が進めばビール会社も安心なのであろうが、この業界、キリン、アサヒ、サントリーがしのぎを削る世界で、昔から栄枯盛衰記も、ヒット商品開発記も数多い。キリンビールでは、キリンビールの低迷地であった高知県の業績をアップさせ、その後、四国支店、全国展開と拡大して、アサヒドライに席巻されていたキリンの低迷期を救うという「キリンビール高知支店の奇跡」あたりが有名であるし、もう一方で、アサヒドライ、糖質オフといったヒット商品を生み出したアサヒビールについての「アサヒビール 30年目の逆襲」あたりが有名ですね。

熱い日は、クーラーを聞かせて、片手にビールグラス、片手にビール会社のビジネス本というのもよろしいかと思いますな。

【関連記事】

「成功物語」で自らを元気づけないとやってられない時もあるよね — 田村潤「キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え」(講談社+α新書)

「縄文ー1万年の美の鼓動」に刺激されて、『星野之宣「ヤマタイカ」』を読み返した

ちょっと古いTweetなんであるが、佐々木俊尚さんが、東京国立博物館で開催されている「縄文ー1万年の美の鼓動」について

といった投稿をされている。

引用されている記事は、文春オンラインの「縄文時代の造形は、類似のものがないオリジナリティの極みだった」で、

日本史の授業では最初のほうでさらりと触れられておしまい。記憶に残りづらいので、改めて縄文時代とはいつごろかと問えば、およそ1万3千年前から1万年ほど続く期間のことだ。太平の世と謳われた江戸時代だって約250年であることを考えれば、時代区分としてはやたらボリュームがある。

 縄文時代の日本列島は温暖な気候に包まれていたようで、現在の環境とかなり近しいそう。豊かな自然に囲まれて、人は狩猟や漁、植物採集をしながら暮らしていた。

 彼らが造形を暮らしの一部にしていたことは、各地で発掘される遺物から知れる。驚くべきはその独創性。力強いかたち、大胆なデザイン、発想の豊かさをあわせ持った表現がゴロゴロと存在する。今展には、そうした縄文造形の最良の例が、日本各地から集められている。

と縄文時代の造形について結構熱く語られているのだが、当方が、この記事に触発されて取り出してきたのは、星野之宣氏の「ヤマタイカ」で、この中の「東遷編」。

ストーリー的には、沖縄の小さな島・久高島の「巫女」の家系に生まれた女性・伊耶輪神子(いざわ・みわこ)が、「卑弥呼」に導かれて、邪馬台国滅亡の歴史をたどりながら、自らの神性、霊性を獲得・拡大していく。しかし、古の「卑弥呼」を滅亡に導いた、侵略王である「邪馬台国」の「男王」(ヤマト)の意思を引き継ぐ、奈良の寺社勢力が妨害をする。卑弥呼の道筋をたどるうち、「戦艦大和」を蘇らせ・・、といったところなんであるが、「縄文」には、こうした「古来」から引き継いだ力、とか、原初の力によって、隠されていたものhが復活する、といったイメージがありますな。

そして、その復活は、外の文明に汚されない「原初の日本」の復活といったイメージに結びつく感じがしていて、時代風潮によっては、「縄文」の高評価はちょっと怖いところもありますな。

 

この「ヤマタイカ」自体も「東遷編」あたりは古の「邪馬台国」の滅亡の秘密を明らかにすることと、主人公が霊性を増幅することによって、かって邪馬台国に象徴される「縄文人」の文化を滅ぼした弥生人の象徴である「大和」と対決していく、といった感じで、古代の失われた「すばらしき文化」の復活といったベクトルで語られるのだが、「東遷編」に続く「東征編」にいたると「縄文」による「日本」支配への道筋という感じで、にわかにきな臭くなる。

 

「ヤマタイカ」の出稿は1990年ごろなので、平成2年という平成の始まりのときである。いま「平成」が終わり、新しい年号に移ろうとする時、「縄文」が評判になるってのは、時代がまたうねる前兆なのですかね。

 

「働く」を阻害する「職場」に仕掛けられた罠の数々 — 沢渡あまね「職場の問題地図」 (技術評論社)

「働き方改革」や「時間外縮減」という声が突然喧しくなったのだが、「だから、云々」と、時間外勤務や職場環境の悪さを、「自分とは関係ないですよオーラ」を出した上に、「ここを効率的にしたら・・」ってな発言をしてくる輩にイラっときたことはないだろうか。そんな奴らに対して、「原因はあんたかもよ」と、代わって言ってくれているのが本書。
 
構成は
 
 
はじめに
 なぜ日本の職場の生産性はいつまでたっても低いままなのか
1丁目 手戻りが多い
2丁目 上司・部下の意識がズレてる
3丁目 報連相できていない
4丁目 無駄な会議が多い
5丁目 仕事の所要時間を見積もれない
6丁目 属人化
7丁目 過剰サービス
8丁目 「何を」「どこまでやればいいのか」が曖昧
9丁目 仕事をしない人がいる
10丁目 だれが何をやっているのかわからない
 
となっているのだが、勤め人ならおわかりのように、組織上のトラブルが起きた時、「こいつらなんですよ、犯人達は」というものがしっかりフォローされている。
それはたとえば
 
このようにして、無駄な会議や突発的な打ち合わせがどんどん増えます。
そして、対面至上主義が形成されていきます。また、対面至上主義の職場では、自由な働き方が阻害されます。フリーアドレスなんて、もってのほか。
部下が近くに座ってくれていないと、上司は不安ですからね。テレワーク(在宅勤務)なんて、とんでもない― 離れているところにいる部下を信頼できるわけないじやないですか。こうして、いつまでたっても働き方が旧態以前としたまま。
 
とか
 
どうやら、日本企業に勤める人たち(私もその1人でしたが)は、「脱属人化」や「マニュアル化」を避けたがるようです。
古い企業のベテラン社員ほど、その傾向が強いといえるでしょう。
そして、時にベテラン社員は自分の仕事を剥がされ、 マニュアル化されることに激しく抵抗します
 
といったところなのだが、「手戻りの発生」「組織内の情報共有の欠如」「一人しか中身を知らない仕事の発生」などなど「ああ、よくあるね」と思った端から、「働き方改革」ってのは、だから進まないんだろうな〜、と思わず嘆息してしまう。
 
まあ、もちろんこういう類の本なので、たとえば「手戻り」の防止策では
 
テレバシーなんて身につけなくても大丈夫―ポイントは、仕事に着手する時の成果物のイメージ合わせと報連相の設計です。
ここでは、次の2つを押さえましよう。
①ポンチ絵を描く
②報連相のタイミングを設計・合意する
 
とか、コミュニケーションの「場」づくりの方策として
 
・率先して雑談する。
・お互いの取り組みやノウハウを学ぶ場を設ける(事例発表会、勉強会など)
・バックグラウンドを知る機会を設ける(キャリアのたな卸し勉強会など)。
・オフィスの端っこに「井戸端」を作ってみる(コーヒーサーバーを置くなど)。
・オフタイムのコミュニケーションの場を作る(飲み会でなくても、ランチタイムでもOK)
 
とかの提案があったりもするのだが、基本のところは
 
研修は、所詮個人のスキル強化にすぎません。それも大事ですが、個人のスキルアップだけでは、仕事のやり方は良くならない。むしろ、日々の報連相のやり方や会議の進め方などのプロセスを見直すほうが大事です
 
というように、組織全体が問題意識を共有し、組織全体で取り組むことの必要性であろう。ただ、「組織全体で・・」となると、では「プロジェクト会議を招集して・・」「皆が集まって・・」という対応にでがちなのだが、それはかえって、「出社主義」の強調や、「終わらない会議」の増加を生むだけともなるのでご注意を。
 
さて、こうした「職場のトラブル」、解決するもしないも、職場ではたらく、「私」や「あなた」次第。そして、トラブルの原因ともされている「上司」「ベテラン」次第でもある。本文中でも引用されている「「定義できないものは、管理できない。管理できないものは、測定できない。測定できないものは、改善できない」という、W・エドワーズ・デミング博士の言葉を胸に「職場の改革」、やってみましょうよ。
 

「”片付け”好き」が好物のTipsが満載であるな — 美崎栄一郎「仕事が速いひとほど無駄な時間を使わない! 超速片づけ仕事術」(かんき出版)

働く環境の整備は、勤務体制や勤務時間、あるいは職場内のコミュニケーションのあり方など、根本の話をやりはじめると、個人の力の及ぶところを超えてしまって、うまくいかない時は、モヤモヤ感が貯まってしまうもの。その点、本書のような、個人のデスクワーク周辺の環境改善や整理などのHackネタは、じぶんの裁量と権限の範囲内でできることが多い上に、あれこれと自分固有の環境に応じてカスタマイズできるのが面白いところ。
 
構成は
 
第1章 机まわりとモノの整理編
 片づけ仕事が半減し、仕事が10倍速くなる
第2章 タスクの片づけ編
 先延ばしや仕事の洪水がなくなる
第3章 デスクトップの簡易掃除ワザ編
 細かいフォルダ管理から解放される
第4章 超速メール術
 驚くほど仕事がはかどる
第5章 SNSと人間関係の片づけ編
 仕事も気持ちもすっきりする
第6章 情報管理ワザ編
 超速で情報を集め、最大限活用できる
 
となっていて、机の周囲、パソコンのファイルといったハードについての片づけHacksから、ToDo、タスク処理、情報収集といったソフト面のHacksまで幅広いジャンルを扱っている。
 
なかでも、自分の裁量で導入可能なのが、ハード的なTipsで、たとえば
 
書類管理の2つの鉄則(P24〜)
①すべて立てて管理する
②3つのレーン(リーディングレーン<右側>、ファストパスレーン<中央>プロジェクトレーン<左側>)に分けて保管する
・プロジェクトレーン<左側>=進行中のプロジェクトに関する書類
  クリアファイルは1案件にひとつ。
  クリアファイルは同じものを使わない。統一すると見つけにくくなる
・ファストパスレーン<中央>=優先的に処理すべき書類を立てておくレーン
・リーディングレーン<右側>=とくに締切は設定されていないけれど、「読もうかな」と思っているような書類
 
この3つに入らない書類はその場ですべて廃棄する(P29)
 
  
引き出し活用法(〜P36)
<いちばん下の引き出し>
・書類の「たまに使うモノ」を収納
・すべてをボックスファイルで埋めずに、ボックスファイル、書類、ボックスファイル、書類と交互に置いていく
・一度閲覧した書類は元の場所ではなく、いちばん手前にしまう(P32)
・仕事中疲れて一息つきたい時に、少しづつ捨てる習慣をつくる(P33)
<2段めの引き出し>
書類以外の「たまに使うモノ」を収納
一時的に保管するモノ
<1段目の引き出し>
たまに使う文房具などを収納
1段目の引き出しは、トレイなどを使って困っ買う収納場所を決める必要なはない
 
といったあたりは、どなたでも、自分の机のスタイルに応じてカスタマイズしながら導入できるものばかりであろう。
総じて、こういう「片づけ術」の提案というのは、意外に新しい「モノ」や「道具」を用意しないといけなものだが、本書の提案はほとんどそういったものが必要ないのが優れているところで、その分、カスタマイズの範囲も広がるので、「片付け」好きには創意工夫する楽しみもでるというものだ。
このほか、カバンや財布の整理術も掲載されているのだが、全てをレビューすると営業妨害なので、ここらは本書で確認あれ。
 
さらには、ソフト面でも、タスク処理のためのノート術であるとか
 タスクには「オープンタスク」と「クローズドタスク」という2種類がある。
オープンタスクとは、やるべき項目が増えていく可能性のあるタスク
クローズドタスクとは、やるべき項目の数が決まっているタスクのかたまりのこと。
 
いつまでたってもタスクが終わらないのは、オープンタスクのまま仕事を処理しようとしているから、クローズドタスクにすれば、「終わらない」ということがなくなる(P71)
 
といった「タスクの性格」に着目してのタスク管理のやり方などは、「ふむ」と頷かせる。
 
さて、こうした「片付け術」を含めたLifeHackというものは、情報を手に入れただけでは意味はなくて、自分でやってみて、その上で、自分の環境にあわせてカスタマイズしてこそ効果がでてくるもの。全部をやってみる、というのは無理でも、いくつかのTipsを実践してみれば自ずとカスタマイズしたくなってくるもの。ぜひ、それぞれに取り組んでみてくださいな。