「豪華観光列車」の成功の陰には、熱気あふれる「前史」があった — 唐池恒二「鉄客商売 ー JR九州大躍進の極意」(PHP研究所)

「ゆふいんの森」や「ななつ星」で、鉄道業界に大きな波を巻き起こした、JR九州の社長である唐池恒二氏の自叙伝。もっとも「自叙伝」とはいっても、1980年代の国鉄バスの営業所長あたりからの自叙伝なので、管理職としての奮闘記、という印象。
 
構成は
 
 
大嶋部長のこと
 ーJR九州は逃げない
ビートルから教わったこと
 ーJR九州は海もゆく
二メートル以内の男たち
 ーJR九州はとことん話し合う
外食王への道①
 ーJR九州は小さな「一家」の集まり
外食王への道②
 ーJR九州は教わってすぐ実践
ネーミングの神様
 ーJR九州はまちの思いも乗せる
外食王への道③
 ーJR九州は焦らず騒がず
外食王への道④
 ーJR九州は「気づき」のプロ集団
コンセプトこそすべて
 ーJR九州は言葉の感性を大切にする
外食王への道⑤
 ーJR九州はカレーも焼き鳥も究める
外食王への道⑥
 ーJR九州は常識を覆す
まちづくりと鐡道
 ーJR九州はまちと「元気」を交換する
櫻燕隊のこと
 ーJR九州は踊る!
ななつ星の不思議
 ーJR九州は世界最高峰を常に目指す
 
となっていて、実は、JRマンとして企画列車を走らせたところは、どちらかというと端に置いてあって、読後の印象は、労使対立激しい「国鉄バス」やお荷物といわれた「外食事業部」での奮闘が記憶に残る。
 
というのも、「ゆふいんの森」や「ななつ星」の成功譚はすでにいろんなところに、いろんな人の手で書かれているので少々手垢がついた感があるに対し、国鉄バスや外食事業部の話は、鉄道の成功の基礎となっている、いわば成功の「前史」のようなところがあって、成功の自慢話より、よほど味わい深い。
 
で、その「前史」となるものは、とても人間臭く、また、熱を帯びていて、
 
労使対立の厳しい国鉄バスの棚倉営業所で挨拶を何日も何日も繰り返し、ついには、そこのボス的職員から「所長は、どこから来たんかね」という言葉を引き出し、職場を「二メートル以内の男たちの軍団」に生まれ変わらせた話
 
とか
 
「当時のJR九州は、鉄道事業の効率化であぶれた社員を鉄道以外の、いわゆる関連事業に配転させることが常であった」外食事業部を、「われわれ外食軍団」に作り変え、「驛亭」や「きどらない洋食屋さん」「うまや」といった人気店を作り出した秘訣は
 
人生や仕事にも通じる。難局にも逃げずに真正面から立ち向かうと、必ず解決するのだ。嫌な仕事から逃げたり、やっかいな仕事を直視しなかったりあと回しにしたりすると、余計に問題が大きくなって取り返しのつかなくなることがよくある。 「逃げずに真正面からぶつかっていく」
 
 
人も職場も会社も「気」がなくなると、すべてのことがマイナスに働いていく。逆に、「気」を集め、「気」に満ち溢れた人は、必ずや勝利を手にすることができる。職場なら、明るく元気になっていく。会社なら、業績がよくなる。「気」には、そういう力がある。なんといったって、「気」は〝生命の原動力〟なのだから。
赤字を黒字にするには、「気」だ。これしかない。店舗に、外食事業部全体に、そして働く人全員に「気」を満ち溢れさせなければいけない
 
といった風で、まあ、かなりの「アナログ」ではあるのだが、これが妙に響いてくる。これに加えて、この「気」を集める方法とか、「ななつぼし」の成功のポイントとか、盛りだくさんなのであるが、全部をレビューするとこれは営業妨害であるので、後は「本書」で。
 
さて、成功者の自叙伝というものは、ともすると成功特有の臭いが気になるものなのだが、本書は、その熱気と泥臭さでそういうものを感じさせないですね。役人よりもっと役人らしい民間企業と揶揄されることもあるJRに、こういう熱い人もいたんですね、と感じ入った次第であります。
 

「波乗りの戦略思考」が「山登りの戦略思考」を駆逐できない理由

=「山登りの戦略思考」と「波乗りの戦略思考」=
  
先だっての田坂広志氏の「まず戦略思考を変えよ」で、
 
「山登り」の戦略思考とはどのようなものでしょうか?  それは、あたかも「山登り」をするときのように、登るべき山の周辺の「地図」を広げ、その山に登るための最適の「道筋」を定めるといった発想の戦略思考のこと
 
すなわち、
①山登りをするときのように登るべき山の「頂上」(経営目標)を見定め、
②現在立っている地点からその頂上までの「地形」(経営環境)を地図で調べ、
③その頂上に登っていくのに最適の「道筋」(経営戦略)を考える
といった思考のスタイル
 
という「山登りの戦略思考」と
 
①波乗りによって向かうべき方向を定める(ゆるやかなビジョンを描く) ② 乗っている波の刻々の変化を感じとる(環境変化を刻々に把握する)   ③刻々の波の変化に合わせて瞬時に体勢を変化させる(経営戦略を迅速に修正する)
④波と一体となってめざすべき方向に向かっていく(経営戦略を柔軟に実現する) といった戦略思考のスタイル
すなわち、「波乗り」の戦略思考とは、「偶然性」というものを積極的に活用しようとする戦略思考。市場の環境変化や企業の意思決定にともなう「偶然性」というものを否定的に受けとめ、排除しようとするのではなく、肯定的に受けとめ、活用しようとする戦略思考
という「波乗りの戦略思考」を紹介した。(戦略思考の定義については「まず戦略思考を変えよ」からの引用)
「まず戦略思考を・・」の著者の田坂氏は、経営環境がどんどん変わる時代(業界のMAPPINGがどんどん変わる時代)には、「山登りの戦略思考」ではなく、「波乗りの戦略思考」に切り替えるべきだと主張されているのだが、当方的に思うのは、」まだまだ「山登りの戦略思考」のほうが日本の組織では、「方法論」として優勢をしめているように思う。

 

=なぜ「波乗りの戦略思考」は劣勢なのか=

 

その原因は、おそらくは、

 

①「変化に合わせた即座の修正」

 

 

②「偶然性の容認」
という二つのことがネックになっているように思う。
まず一番目の「変化に合わせた即座の修正」という点でいうと、リーダーがワンマン的な統制をしている、極度なトップダウンの組織を除いて、一度決定した「組織決定」を変えていくのは、通常の日本的な組織では容易ではない。

 

もともと「組織決定」自体が、組織の大方の構成員の「同意」「合意」のもとに成り立ったものなので、変更しようとすれば、大方の構成員による承認がいるのである。
 

 

次の「偶然性の容認」ということでは、即座の変更が可能な「ワンマン的な組織」ほどそれが容認できない。というのも、「偶然」を認めるということは、リーダーが示した方向性が、大した原因もなく、突然に揺らぐ、ということを示しているからである。なので、方向性を変えるべき事態が起きても、それは、「想定外」で「未曾有」のことなので、方向性を変えるほど頻発する出来事ではない、と思い込もうとする心理が働くのではないだろうか。

 

=とりあえずの処方箋=

 

こうしてみると、「山登り」から「波乗り」へ方向転換していくのは、そんなに簡単ではない気がしてくるのだが、では「山登り」の方法の継続でよいかとなると、環境が刻々と激変する情勢下では、それも上策とは思えない。
では、ということで、当方としては
①「山登り」の戦略の緻密度・精密度を落として、粗い仕上げにしておく。
②粗い戦略に基づいた戦術のチェックを頻繁にやり、PDCAではなく、D(ドゥ)→C(チェック)、D(ドゥ)→C(チェック)を回転をあげて行い、微修正を積み上げる。
③これにあわせて「組織決定」も決定に関与するメンバーの数を減らすと共に、「決定」自体の「粒度」を小さくする仕組みに変えていく。
というやり方がベターではないか、と思っている次第。

 

もともと、「波乗りの戦略思考」のやり方は、旧来からの組織にとっては不安を感じさせるものには間違いなく、これも普及を阻害している要因でもある。「山登り」を簡略化・変形させていって「波乗り」に近づけていくやり方が、日本的組織のメンタリティーに合っているように思うのだが、いかがであろうか。
 

時代は経ても、この「戦略思考」論は傾聴すべし — 田坂広志「まず、戦略思考を変えよ」(ダイヤモンド社)

経営における「戦略」「戦術」についての著者の論説の厚さが伝わってくるのが本書なのだが、底本は2001年の著作であるらしく、当方の無知というか不勉強を恥じた次第。
 
構成は
 
はじめに まず戦略思考を変えよ
第1話 「抜去り」の戦略思考を捨て、「先回り」の戦略思考を身につけよ
第2話 「市場に働く重力場」を見定め「その先の展開」を読め
第3話 「戦略の待機時間」を縮め「組織の耐久時間」を伸ばせ
第4話 「成功の鍵」を分析するのではなく「市場の理」を洞察せよ
第5話 「山登り」の戦略思考を捨て「波乗り」の戦略思考を身につけよ
第6話 「重層的な戦略」を準備し「戦略的反射神経」を鍛えよ
第7話 「戦略と戦術の垂直統合」を図り「戦略の創発プロセス」を促せ
第8話 「機会的なデザイン」を描くのではなく「生命的なビジョン」を語れ
 
となっているのだが、刊行から月日が経過しているのに、当方には、この本の論説は非常に新鮮で、どうやら当方が浸っていた仕事の環境は
 
「山登り」の戦略思考とはどのようなものでしょうか?  それは、あたかも「山登り」をするときのように、登るべき山の周辺の「地図」を広げ、その山に登るための最適の「道筋」を定めるといった発想の戦略思考のこと
すなわち、あたかも山登りをするときに、登るべき山の「頂上」(経営目標)を見定め、現在立っている地点からその頂上までの「地形」(経営環境)を地図で調べ、その頂上に登っていくのに最適の「道筋」(経営戦略)を考えるといった思考のスタイル
という「山登りの思考スタイル」のまま凍結していたらしく、
波乗りによって向かうべき方向を定める(ゆるやかなビジョンを描く)   乗っている波の刻々の変化を感じとる(環境変化を刻々に把握する)   刻々の波の変化に合わせて瞬時に体勢を変化させる(経営戦略を迅速に修正する)   波と一体となってめざすべき方向に向かっていく(経営戦略を柔軟に実現する)といった戦略思考のスタイル
である「波乗りの戦略思考」に遅ればせながら着地せねば、と冷や汗をかきかながら思う次第。
であるので、今回、論評するのはちょっと身の程知らずといった感があるのだが
 
「抜去り」の戦略思考を捨て 「先回り」の戦略思考を身につける
 
とか
 
「リスク感覚」を喪失するということが、実は「最大のリスク」
 
そうした「リスク感覚」というものは、決して「科学的手法」によって代替できるものではありません。たしかに世の中には「リスク分析」の専門家と呼ばれる人々はいますが、彼らは「科学的手法」の専門家ではあっても、「リスク感覚」の研ぎ澄まされたプロフェッショナルではありません。  したがって、ここでいう「リスク感覚」とは、誰よりも経営者やマネジャーこそが身につけ、磨いていかなければならない能力
 
 
組織の耐久時間」とは、きわめて組織心理的な問題なのです。それは、決して「どれだけの累積投資額が支えられるか?」といった財務体力的な問題ではありません。どこまでも、生身の人間が集まる企業組織特有の心理的な問題なのです。 そして、戦略マネジャーは、もし企業の現場で「先回り」の戦略を実行しようとするならば、こうした「人間心理」の問題を深く理解しておかなければなりません
 
といったあたりは時代を超えた至言であるように思う。このあたりに、おや」と思い、この本が初見であれば読んでおいて損はないと思う、ホント。
 
とはいうものの
 
市場競争においては、かならず、その主戦場が移行していくのです。したがって、「先行ランナーがこれから走っていく方向に先回りする」とは、市場競争における「次なる主戦場」にいち早く着目し、その主戦場での「競争優位」を築くための打ち手を他社に先駆けて打つことです。言葉を換えれば、次なる主戦場に先回りして、「橋頭堡」を築いておくこと
 
が大事であることは理解しつつも、なかなかできることではないよね、と凡人たる当方としては泣き言を言ってみるのである。
 
さて、ほぼ20年前の著作とはいうものの
 
言葉を換えれば、多くの日本企業においては、経営会議のメンバーが、「社長の目線」ではなく、「部門の目線」で会社の将来を見つめているのです。経営会議のメンバーが、「部門の代表」になってしまい、「社長の代理」になっていないのです。 
 
といったところを見ると、時間が経過しても、なかなか変わらない「悪弊」というものは存在することがよくわかる。新しいビジネス書ばかり追わないで、いろいろ振り返りながら研鑽を積むべし、という忠言でありましょうか。
 

2メートル以内のコミュニケーションの重要性

ASCII.JPで「組織を腐らせる「ダメリモートワーク」」と題して、プラネットウェイ社のリモートワークでの失敗と公然方法がリモートされている。

要点は

・社員はお互い一度も会ったことのない人がほとんどで、リモートワークが中心。

・こういう組織で、会社の方針を理解させないまま、外注と同じ感覚で人を雇っていくと組織が腐っていく

・このため、社員全員を勤務地とは違う国につれていき、会社のビジョンを共有させる1週間程度かかる研修を、1000万規模の予算をかけて行っている。

というもの。

リモートワークが中心の会社で、フェイス・トゥ・フェイスで社のビジョンを検討・確認し合う研修の効用が言われるのも面白いのだが、これは、「強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」」でも

リモートワークをしていると、気づかないうちに孤独に陥っていることが多い。表面的には、たくさんの人と一緒にいるような気がするからだ。

メールはどんどんやってくるし、同僚とはチャットで雑談ができる。ネット上ではさまざまな議論が白熱している。でも、それらはやはり、バーチャルだ。本当に人とふれあうことの代わりにはならない

というくだりがあって、人と人とが直に接する機会というものは、「ヒト」が集団生活を営む生物である以上必然的に必要となるものであるようだ。さらに、この「接する機会」というものは、プラネットウェイ社の例をみれば、単に距離的に近くいるということではなく、心理的に「近くいる」ということが必要のようだ。

 

そして、これはオフィスワークでも共通するようで、ちょうど今、読んでいる「鉄客商売 JR九州大躍進の極意」でも、国鉄バスの労務環境を改善したコツとして「二メートル以内で語り合うとその人の本質が伝わってくる」というところがある。これは、筆者が旧国鉄時代に労使対立の厳しい国鉄バスの職場で、朝の挨拶を繰り返すことで、拒絶されていた職場に受け入れられるようになった経験を披瀝したものなのだが、やはり、近い距離でコミュニケーションをとろうと何度も試みたことが、対立の厳しい「荒んだ職場」で人間関係を構築できた要因であるようだ。

 

勢力が拡大していくにつれ、自然と戦闘の範囲や守るべき範囲が拡大していって、物理的に会う機会が減っていき、その結果、段々と気持ちや意思が離れていき、ついには分断してしまった例は歴史上数限りない。かといって、一箇所にまとまって勤務していては、情報が偏って大企業病に陥る例もまた、枚挙に暇ない。

 

「オフィスワーク」でも「リモートワーク」でも、いかに「2メートルの範囲」で意思疎通をする状況をつくることができるか。そこがコミュニケーションをよくして、靭やかで強靭な組織をつくるコツの一つであるように思いますね。

「今の時代」の本当の「働き方」を模索する — 小原和啓「どこでも、誰とでも働ける」(ダイヤモンド社)

昨今の「働き方改革」が一頃の輝きを失った感があるのは、もちろん調査データの不備とかもあるのだが、根本的には、「働き方改革」ではなく「働かせ方改革」の色合いが強調されすぎてきて、働く側が、「働き方」を変えることの魅力を実感できなくなったことにあると思っている。

本書はマッキンゼー、Google、楽天などの誰もがおこがれる先端企業で働いた経験のある筆者による「働き方」改革の提言書である。

構成は

はじめに

 いま起きている3つの大きな変化

第1章 どこでも誰とでも働ける仕事術

第2章 人生100年時代の転職哲学

第3章 AI時代に適用する働き方のヒント

となっていて、本当はもう一レベル下の目次を紹介しないと、本書の構成ははっきりりないのだが、それをやると本書の内容をぶちまけてしまう感じになるので、ここでご容赦いただきたい。

で本書を総括すると

本書のタイトル「どこでも誰とでも働ける」には、2つの意味があります。 1つは、 ① どんな職場で働いたとしても、周囲から評価される人材になる ということ。そしてもう1つは、 ② 世界中のどこでも、好きな場所にいながら、気の合う人と巡り会って働ける ということ

ということらしく、かなり欲張ったものであることは確かですな。

で、こういう経歴の人であるから、認めるのはデジタルだけ、入手する情報はネットからで十分、なんてことを想像しがちなのだが

これはぼくの実家の教えの1つで、「本はメートルで買え」と言われていました。1冊1冊ちまちま選ぶのではなく、本屋の棚の「ここからここまで全部買え」というわけです。 本が高いといっても、たかだか2000円くらいです。その中のたった1行が人生を変えてくれることだってあるわけで、そう考えると、ずいぶん安い投資です。

と言った風に、「本」というものの価値をしっかり認識していたり、

先に行動ありきで何度も試行錯誤を重ねるDCPAサイクルも、コンピュータの処理能力をフル活用した確率論的なアプローチも、インターネットととても相性のよいやり方です。 それと対極にあるのが、プロダクトやサービスを通じて自分たちのこだわりや価値観を提案していく従来型のアプローチです。 この2つの違いは、そのままウェブメディアと紙の雑誌の違いに当てはまります。一長一短ありますが、どちらも必要というのがぼくの考えです。

といった形で、アナログとデジタルのそれぞれに優れたところを偏りなく評価するところは流石である。ただ、日本人特有のクローズドなビジネススタイルには批判的で

自分が思いつくようなことは、世界中で1000人は思いついていると思ったほうがいい。そうなると、自分が隠しても誰かに先にやられてしまう可能性が高いのです。 結局、スピード勝負ということであれば、自分だけでコツコツやるのではなく、オープンにしてまわりの人をどんどん巻きこんでスピーディに実現しないと間に合わないわけです。

とか

成果報酬型の給料だと、営業マンは成果を独り占めするために、情報やノウハウを囲いこみます。自分のノウハウを人に渡したら、売上を奪われてしまうかもしれないからです。でも、「世の中を一緒に変えていこうぜ」というストーリーに乗っかれば、情報やノウハウをシェアした人のほうがエライことになります。

といった風なオープンなすたいるであるところが極めて現代的といっていい。さらに、「働き方」については

働き方も同じです。 昔と比べていまは取り返しのつく世の中になっています。自分の人生を会社に預けていた時代には、会社での失敗は即、仕事人生の終わりを意味しましたが、いまはいくらでも逃げ道があります

1つ言えるのは、何度もトライできる時代だからこそ、みんなと同じゲームで戦うよりも、 みんなと違うゲームに行ったほうが、競争は少ない ということ

というように、トライを重ねることがベターであり、基本的に「ブルー・オーシャン」を信じるところが極めて楽天的で、青空の下を歩くような爽快感を感じる。

さて筆者によれば

いまは打算的に生きようと思えば、本書に詳細に書いているように、人を信じて、ギブをしまくることがいちばんお得な時代になっています。徹底的に打算的に生きると、結果的にいい人がいちばん合理的という時代

で、

会社にしろ、お客様にしろ、取引先にしろ、1つだけに依存すると、人間は自由を失います。だから、いまいる会社、いま取引のある会社、いま取り組んでいるプロジェクトから一歩離れて、別のところで自分の客観的な価値を確認する。会社と適切な距離を保って、自分の立ち位置を俯瞰してみる。普段から意識してそういうことをしておけば、1つのことに縛られることなく、精神の自由を保てます。

といったことを軸にすえておくべきであるらしい。そして、この時、その原点となるのは、自らの「できること」ではなく「好きなこと」であるように思う。

努力と仕事の結果は比例関係ではありません。最初のうちは、いくら努力してもなかなか結果に結びつかない。他の人も同じような努力をしていて差がつきにくいからです。 ところが、諦めずに努力を続けると、あるレベルを超えた瞬間、急激に伸びます。たいていの人は、そこまで努力できません。99・5%努力して、諦めてしまう。残りの0・5%、 最後の最後まで粘って努力し続けた人だけが、結果をごっそり独り占めできる ということです。

という言葉を励みに、もう少し気張ってみましょうか。

スマートスピーカーの進化は、「火星年代記」の「優しく雨ぞ降りしきる」の世界を思い起こさせた

GizmodeでIKEAのスマートスピーカー「SYMFONISK」のプロトタイプの記事が掲載されていた。
 
IKEA☓Sonos初のプロダクトは、家具に溶け込むスマートスピーカーでした。
 
プロトタイプということで、まだ完成されたデザインではないものの、いずれもIKEAらしい、インテリアとしての洗練を目指す方向であるようだ。
 
当方も、Amazon EhoやEufy Genieを使っているのだが、デザイン的には部屋の中に溶け込むという感じではないので、こういう方向性は大歓迎。中でも注目すべきなのは、キッチンのキャビネットに取り付ける形式も提案されていることであろう。
 
この方向へと進んでいくと、今は単体で機能している、冷蔵庫やエアコンなどのスマートホーム的な機能が、スマートスピーカーを中心に結ばれ、「声」で家中の家電を始めとした機能が操作できる上に、そうした機能を持っていることを全く意識させない「家」が誕生するのだろうが、この家の中には「ヒト」の気配がなんとも希薄で、レイ・ブラッドベリの「火星年代記」の「優しく雨ぞ降りしきる」に出てくる家を思い起こさせた。
 
「優しく雨ぞ振りしきる」の話自体は、火星から人類が引き上げた後、火星に残された「スマートハウス」の話で、住人がいなくなっても、時間が来ると、朝食をつくろうとし、家の掃除をし、葉巻に火をつけて用意し、といった行動を続けるというものである。最後は、キッチンからでた家事で家は焼け落ちるが、応答する機能は生き残っていて、朝になると住人を起床させようと朝のアナウンスを始め・・・、といった筋立てである。
 
「声」を軸にしたスマートハウスは、スマートスピーカーの登場と進化によって、このブラッドベリが描く「家」よりももっと手軽な感じで実用化するのであろうが、その時、「人」と「物」の関係ではなく、服をきているかのようなウェアラブルな方向に進化してほしいな、と思う次第。
 
今、スマホなどの普及は凄まじいが、未だに「モノ」を操作しているという感覚から抜けきることができない。これがスマートスピーカーを通じた「スマートハウス」化によって、家電の操作だけでなく、ネットからの様々な情報の入手やあるいは本を読むと言った行為も、「声」「音」によって身にまとうことができるようになる。生活感の滲む「スマートハウス」が実現できると嬉しいですな。
 
 
ー火星年代記のブックレビューはこちらー
 

ゲーテの言葉に託して人生を語る — 斎藤孝「座右のゲーテ 壁に突き当たったとき開く本」(光文社新書)

「座右のゲーテ」「「座右のニーチェ」「座右の諭吉」の「座右」三部作の一つ。本書は、ゲーテの名言や言葉を引用して、それにもとに、人生や仕事などの様々なアドバイスをするという形式で、これは、このシリーズ共通の手法である。
構成は
Ⅰ 集中する
 1 小さな対象だけを扱う
 2 自分を限定する
 3 実際に応用したものしか残らない
 4 日付を書いておく
 5 完成まで胸にしまっておく
 6 実際的に考える
Ⅱ 吸収する
 7 最高を知る
 8 独創性などない
 9 独学は避難すべきもの
 10 自分だけの師匠を持つ
 11 「素材探し」を習慣化する
 12 使い尽くせない資本をつくる
Ⅲ 出会う
 13 愛するものからだけ学ぶ
 14 豊かなものとの距離
 15 同時代、同業の人から学ぶ
 16 性に合わない人ともつきあう
 17 読書は新しい知人を得るに等しい
 18 癖を尊重せよ
Ⅳ 持続させる
 19 先立つものは金
 20 儀式の効用
 21 当たったら続ける
 22 他人の評価を気にしない
 23 異質なものを呑み込む
 24 邪魔の効用
Ⅴ 燃焼する
 25 現在というものに一切を賭ける
 26 計り知れないものが面白い
 27 感情を生き生きと羽ばたかせよ
 28 詩的に考える
 29 過去に執着しない
 30 青春のあやまちを老年に持ち込むな
 31 年を取ったら、より多くのことをする
となっていて、人文系の天才で、情熱家でも知られた「ゲーテ」を材料にとっているだけあって、本書のアドバイスの守備範囲もかなり広い。
ここで注意したいのは、この種の箴言本の読み方で、Amazonのレビューで、「本書の内容が、本当にゲーテの言いたかったことであるのか疑問」と言う向きもあるのだが、それはこうした「箴言」をネタにした本のお決まりで、あくまで「ゲーテの言葉の齋藤孝氏流の解釈」であることに間違いはなく、そういうものと思って、斎藤流「解釈」を、読者の側でさらに咀嚼して読むべきものであろう。
そうした目でみると
ゲーテは、自分の得意なこと、専門的なことを限定することによってパワーを生み出すことができると考えていた
であったり
天才と言われている人たち、もっとも独創的な人たちの幼少期を見れば、恐ろしい量を学習している、・・要するに世界でいちばんものすごい量を勉強した人間が独創的な仕事をしているだけ
や、
前の時代を技術的に超えられないというのはかなり恥ずかしいことだ。・・個性を言い訳に、基礎や基本という根から吸収することを軽んずる傾向は、やはり現代人が弱くなっている証拠でもある
といったところには、斎藤氏のオーソドクスな視点は随所に健在で、その意味でゲーテの言葉を使いながら、基本をおさめることの重要さ、一つの道を究めることの大事さを改めて指摘しているものでもある。
そして、それは仕事の手法についても同様で
異なる時代、異業種こそが刺激の宝庫である。芸術の場合は特にそうかもしれないが、普通のビジネスにおいても言えることだ。同業の人間は、同じようなことを考えがちだ。・・・むしろ、様々なアイデアがせめぎ合い、活性化している異業種からヒントを見つける方が早道だと私は思う
としつつも、
勝っているときはやり方を変えない。これは勝負に勝つ鉄則だ。アレンジを加えてもかまわないが、自分の基本の勝ちパターンは動かさないというのが重要だ
というあたりに、ゲリラ的な戦闘ではなく、隊列を組んで攻め込む正規軍の戦いが筆者は好みなのかな、と思うところである。
もっとも、蛇足ながら
本当にいいものをつくることができた場合は、この「力を誇示したい欲望」を抑えることも必要だ。・・・人から、あいつは凡庸だ、いつも同じことをやっていると言われることは、才能のある人ほど苦痛なものなのだが、批判に耐えるだけの神経の太さがほしいところだ。次々と新たな題材に手を出していって、せっかく見つけた大きな漁場を逃している人も多く見かける
現代は、新しいものを次々世に出す人が才能豊かだと見なす社会だ。しかし、苗木を大樹に育て、ずっと大量の実を採り続けることも重要である
といったところに、勤め人の中には、一つの道を極めようとしても、便利使いされて、その才能をあちこちの分野に拡散させられることもあるんだけどね、と少々愚痴も言っておきたい。
さて、こうしたアドバイスも若者だけに向けたものではないことが、本書の最後の方で
年を取ってエネルギーが落ちてくると、懐古的になり自分の未来を愛せなくなる。そうならないためには、年を取ったらより多くのことをして、自分自身を更新していくことが大切だ。
また、人は年をとると「何かを始めるのはもう遅すぎる」という考え方をしがちだ。・・・しかし考えてみれば五十歳からの人生は結構長い。「人生二毛作」は十分可能だ。あとは時間を編纂に費やすしか無い人生というのは、ゲーテの言う通り、あまりに悲しい。
と明らかになる。人生100年時代に、繰り言ばかりを言っていないで、頑張れ、といった、ゲーテに託した全ての世代への筆者のエールでありましょうか。

ヒトと機械の境界は曖昧になるのか — 海猫沢めろん「明日、機械がヒトになる」(講談社学術新書)

いまほど人間と機械の間が近くなっている時はあるまい。「近く」どころか、AIに仕事を奪われる、であるとか、義足を付けた陸上ランナーが生身の足をもつランナーより記録を伸ばすかも、であるとか、どことなく、AIや機械に脅威を感じ始めている印象がある。

本書は、小説家の海猫沢めろん氏という、「文系の人間」の視点から、それぞれの技術開発の最先端にいる科学者、エンジニアにインタビューし、人間と機械の境界線を探ったものである。

構成は

第1章 SRー虚構を現実にする技術
第2章 3Dプリンターーそれは四次元ポケット
第3章 アンドロイドー機械はすべて人型になる
第4章 AI(人口知能)ー機械は知性を持つか
第5章 ヒューマンビッグデーター人間を法則化する
第6章 BMIー機械で人を治療する
第7章 幸福学ー幸せの定理を知る

となっていて、とかくこうした話題になるとAIといった人工知能系だけではなく、マン・マシン・インターフェイスのあたりとか仮想現実のところとかも包含しているので、人と機械の境界線のあたりを総合的に論じてあるといった印象である。

そして、そこでおきるのは、

データ的実存。・・他者に実存を感じる瞬間、みんな肉体そのものから実存感を受け取っていると思ってるけど、それだけではなく、実は、他者の肉体と、自分の中に生まれた仮想の他者データの同期、それが実存感を生んでいる(P33)

であったり

日立製作所が人の行動のデータ「ヒューマンビッグデータ」を集めてそれを解析した結果、人間の行動に関するさまざまな法則が見えてきました。・・
人間の行動に法則があるーこれは人の「自由意志」にかかわってくる問題です。

人間も機械のように「プログラム」のような法則で動いているだけなのでしょうか(P163)

といった具合に、人が人である根拠、あるいは自分の行動は自分で決めるとといった人と機械との違いが揺さぶられる状況である。ただそれは、人間の優位性をゆるがすといった立場から認識されるのではなく、

(AIの)中身はかつてのAI研究者が夢見ていた「人間知性の再現」ではなく、統計処理や機械学習など、人間にはわからないブラックボックスの部分が多くを占めています。しかし、それがもし「機械的知性」の在り方ならば、人間はその知性を認めるべきでしょう。ぼくは、それができたとき、人間の知性に対するリアリティが変わると確信しています(P66)

といったように、人間と機械の関係性を変えていく、あるいは人間と機械の関係性を平等にするといった方向であるところがかなり刺激的である。ということは、機械を擬人化して扱ったり、他人の行動が何か機械的なものに感じる現象は、けして不自然なものではない、と安心してよいのかもしれない。

そして、

自分を自分の意志で動かしているなんていうのは、おごり高ぶった考え方で、人間の体の動きなんて、集団現象なんじゃないかと思うんです(P188)

人間は場を共有しているだけで、無意識に影響を受けてつながりあっている(P189)

といったところまでいくと、ひところのSFで登場した「人類の意識共同体」といったこともあながちフィクションではないのでは、とすら思えてくる。

 

本書の最後は、

人と機械の境界はすでに消え、機械は人と人とをつなぐものであり、人は機械と機械をつなぐものでもある。その中では人と機械の区別はもはや意味がありません。(P283)

といった論調で締めくくられる。

異星からもたらされたものによって、諸星大二郎の「生物都市」では、人・動物と機械が融合する世界を描かれていたし、核戦争後の地球で様々な生物が生み出された後、「陸」と「海」とが意思を持っていく世界を描いたのは。筒井康隆の「幻想の未来」であったろうか。昔の幻想譚が現実のものとして蘇ってきたような、奇妙な印象が湧いてきましたな。

 

「心配性のビジネスマン」に向けたストレスフリーの仕事術のポイント

ビジネスマンには、楽天的なのと、心配性なのと二種類あるのだが、真面目に仕事をしている割に、突然のトラブル(と「突然」とはいうが、これが必ず起こるんだよね)に対応で消耗したり、あちこちが気になって完全主義に陥って疲弊してしまって、楽天的なビジネスマンに比べてどうも割を食ってしまうのが、「心配性」のビジネスマンであろう。そんな「心配性」たちがストレス少なく、仕事を進めるポイントをあげてみる。
 
【心配性と楽天家、どっちがビジネスに向いている?】
 
まず、その前に「心配性」のビジネスマンと「楽天家」のビジネスマンを比較してみよう。
パーソナル面から言うと、「心配性」の人は、いつも仕事のことが気になりがちで、完璧に詰めたがる傾向があるから、仕事時間も増えてしまうことが多い。家庭や家族のことを考えると、長時間労働の原因になりがちな「取越苦労」は避けたいところですな。
 

一方で、管理職からみると、部下が楽天家である場合は、ちょっとひるんでしまうような仕事も前に出てやってくれるので、突破力の面では頼もしいのだが、細部の詰めとなると結構危ういままになっていることが多い。時によっては、どんでん返しの憂き目に会うこともあるので、結構、注意が必要になるのも事実ですね。

 
他方、「心配性」のビジネスマンの場合は、着火するのに時間がかかるし、着火してもまだ火が小さい場合は下手をすると、「石橋を叩いてかえって、石橋を・・」のとおり、自分で火を消してしまういそうになることもあるから、プロジェクトの始めは要注意である。ただ。一旦、着火すると火を消さないようにするベクトルは、楽天家の比ではないし、物事をきちんと詰めるのはまちがいないので、任せておいても大丈夫なことが多い。
 
総じて、離陸のときや離陸直後は「楽天家」、離陸して水平飛行に移るまでは「心配性」。水平飛行になったら、「心配性」のほうが安心、ということで、ベンチャーのようなビジネスを除けば、「心配性」のビジネスマンのほうが安心度は高い。
 
【心配性のビジネスマンがストレスを軽減するポイント】
 
とはいうものの、当人にとっては任されるプロジェクトが得体がしれないほど、また大きければ大きいほど、精神状態が常ならぬことは確か。
ということで、ストレスフリーに仕事に取り組むポイントをピックアップしてみた。
 
1 一手先の方向性の準備までで、シミュレーションをやめておく
 
あれこれといろんな事態を想定したシミュレーションをするのだが、いつも起きるのはそれ以外のこと、というのが「心配性」たちが見舞われる事態。もともと、未来のことは予測不可能。すべての事態への対応を細かに考えておくことなんてできるわけがない。
ここは、可能性の高い事態(天候だとか、ドタキャンだとか)のうちで最悪と思われるものへの対応方向と事前準備の大事なところを決めておくぐらいにしよう。
 
2 わざと空白の部分をつくっておく
 
準備をしておくにしろ、最後の最後のところまで詰めて対応を準備をしようとすると、膨大な作業と時間が必要になる。さらには想定どおりの展開になることは少ない。ここは大まかに持っていきたい方向を考えておいて、そこに至る周辺のところは、その場・その時にまかせて、あえて「空白」にしておくのも有効な方法。
 
3 部下や同僚に任せた仕事の行方を思い悩まない。
 
「心配性」の「心配」の多くは、自分で手に染めていることではなくて、他人に任せたことの進捗とか出来具合の事が多い。
プロジェクトの肝心のところは自分できっちり管理して、後は他の人に任せるという方法をとっておけば、他人に任せた仕事の出来に迷わされることは少なくなる。
もっとも、「心配性」はほとんど全てを「肝心なこと」と思いがちなので、そこは要注意ではあるけどね。
 
 
【〆のアドバイス】
 
「心配性」たちは、準備が万端だろうか、抜かりはないか、後々まで気になるもの。ただ、どこまでやっても「万全」という状況は訪れない。
どこかからは、神様仏様の領分と下駄を預けておきましょう。

出遅れプロジェクトを突然担当する事になった時の「キレのよい」対応ポイント3つ

どこの会社の社内でもかならず、重要と思われているのだが、焦げ付いて先行きが見えないプロジェクトがあるはず。
そしてサラリーマンなら、突然、「君を見込んで・・・」と、それを担当させられて途方にくれそうになることも・・・。
そんなときに、おさえておくべきポイントを3つ整理してみた。
 
1 すぐに処方箋や対応案を出そうと焦らない。
 
 とかく、こういうときは早く成果を出そうとしたり、少なくとも目処をつけようとあせりがちになる。しかし、遅れるには遅れるだけの原因があるはず、まず。なぜ遅れているかの分析がまず先決。
 
 特に内部要因か外部要因かを探る事が大事で、外部に強大なライバルがいるようであれば、そこを攻略できるかどうか、あるいは方向を転じてブルーオーシャンを目指したほうがいいのか、ということになるし、内部に抵抗勢力がいるようであれば、社内政治でそこをなんとかするのが先決になる。
 
敵が外か内かで戦術が全く違ってくるので要注意である。
 
 
2 人員や予算の多い少ないは言わず、集中投資するところを探り出す
 
 さらに、こうした場合、配置される人員数や能力、予算の不足に目が向いがちで、その不足を埋めることが大事なことをあちこちに声高に喋ってしまいがちなのだが、これはお薦めしない。
 
ある程度、社内で認知されている中規模以上のプロジェクトであれば、一定程度の人員や予算はすでに措置されているはず。最初から不足を言い立てると、他の部署やあるいは上層部からの余計な反発を招いてしまう恐れが高い。
 
 ここはぐっと堪えて、小さくていいので、成果が目に見えてアピールできる所に、持っている資源を集中投資していこう。もともと期待されていたpロジェクトであれば、小さなものでも動き始めれば社内から注目を取り戻し始める。
 
注目を取り戻す初めたところで、陣容の充実を図っていこう。
 
3 歩いて情報を集めて、戦略を点検して改善する
 
そもそも、焦げついたプロジェクトになる原因の一つに、頭でっかちの情報で動いた結果、ということが多い。情勢分析が地に足がついていないから、打つ手が空回りしてしまうのである。
すべて自らが動いて情報を集めて回る必要なないが、かならず現地現物にあたらせて情報を集めることが大事である。
 
そうして収集した情報を使って、今までの戦略・戦術の改善をやろう。得てして新しく担当すると、今までの戦略・戦術をご破産にして、全く新規に始めがちなのだが、そうすると先に担当していた部下や同僚の反感を招いて、折角の新規戦略が浸透するの時間がかかってしまう。
 
同じ人間の考えることだから、全くダメな戦略・戦術はそんなにない。多くは掘り下げがほんの少し足りなかったり、ターゲットや時期が少しズレていたり、といったことが多いはず。
 
まずは「小修繕」から始めよう。
 
 
【〆のアドバイス】
 
とにかく焦らないこと。山で遭難する時と同じで動き回って、予算や人員・時間を消耗するのが一番いけない。
 
出遅れプロジェクトや焦げ付き案件を担当させられるということは、周囲が頼りにしていることは間違いない。「現地現物」を基本にして、冷静に戦略・戦術を練ること。健闘を祈ります。