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本能寺の変の陰に国際情勢と旧勢力の反撃があった ー 安部龍太郎「信長はなぜ葬られたのか」

日本史の謎には、古くは邪馬台国の場所などなど数々あるのだが、暗殺ものの謎の大物といえば、坂本龍馬を暗殺した犯人と並んで、織田信長が非業の死を遂げた「本能寺の変」の黒幕は?といったところもがその一つであろう。
その謎を「世界の中の日本」と「中世と近世の間の日本」というところから解き明かしたのが本書『安部龍太郎「信長はなぜ葬られたのかー世界史のなかの本能寺の変」(幻冬社新書)』である

【構成は】

はじめに
第一章 消えた信長の骨
第二章 信長の真の敵は誰か?
第三章 大航海時代から本能寺の変を考える
第四章 戦国大名とキリシタン
おわりに「リスボンへの旅」

となっていて、「はじめに」のところの

戦国時代は1534年の鉄砲伝来によって幕を開け、信長は鉄砲の大量使用によって天下を取ったとは歴史教科書にも記されているが、火薬や鉛弾はどうしたのかという視点がそっくり抜け落ちている。

といったところは、我々の歴史認識に総合的なところがスっぽり落ちていることを指摘していて、本能寺の問題も、単なる「怨恨」や「天下争い」といった個人的な感情論ではなく、世界との関連や、当時の政治情勢と全体の権力構図のあたりをわきまえないと、解けないよ、と筆者は「言っているような気がする。

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現代きっての歴史研究者が「司馬史観」を語る ー 磯田道史「「司馬遼太郎」で学ぶ日本史」(NHK出版新書)

経営者の愛読書ランキングで、一番多く出てくるのは、ドラッカーなどの経営学の大御所を除けば、司馬遼太郎氏の作品ではないだろうか。しかし、司馬遼太郎氏が「歴史家」として歴史の専門家から扱われたことはほとんどなかったのが実態であろう。

そして、現代きっての歴史研究者「磯田道史」が「司馬遼太郎」を「歴史家」と評価し、「司馬史観」の目線で近世から現代までの「日本史」を語ったのが本書『磯田道史「「司馬遼太郎」で学ぶ日本史」(NHK出版新書)』である。
 

【構成は】

序章 司馬遼太郎という視点
第一章 戦国時代は何を生み出したのか
第二章 幕末という大転換点
第三章 明治の「理想」はいかに実ったか
第四章 「鬼胎の時代」の謎に迫る
終章 二一世紀に生きる私たちへ

となっていて、司馬遼太郎氏の著作は、例えば「空海の風景」であるとか、「俄」といった江戸時代の上方ものとかあるのだが、本書が扱うのは、歴史小説では戦国末期の信長ー秀吉−家康の「国盗り物語」や幕末を扱った「花神」、日露戦争の「坂の上の雲」や歴史エッセイの「この国のかたち」といったところが中心となっている。

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薬味がたっぷり効いた”歴史エッセイ”をどうぞ ー 塩野七生「逆襲される文明 日本人へ Ⅳ」

先だって、イタリア在住の漫画家ヤマザキ・マリ氏の著作をレビューしたのだが、イタリアつながりということで、本日は、塩野七生氏の『「逆襲される文明 日本人へ Ⅳ」(文春文庫)』をとりあげよう。氏の文春新書の歴史エッセイは「リーダー篇」「国家と歴史篇」「危機からの脱出篇」と出されていて、本書がその第四弾。

【収録は】

国産で来た半世紀/イタリアの悲/帰国してみて/なぜ、ドイツはイタリアに勝てないのか/ユーモアの効用/三十代主訴油はイタリアを救えるか/プーチン☓オバマ/政治家とおカネの不思議な関係/ヨーロッパ人のホンネ/ある出版人の死/女たちへ/この夏をわすれさせてくれた一冊の本/朝日新聞叩きを越えて/日本人の意外なユーモアの才能/中国に行ってきました/脱・樹を見て森を見ず、の勧め
一神教と多神教/ローマに向けて進軍中/テロという戦争への対策/地中海が大変なことになっている/「イイ子主義」と一般人の想い/悲喜劇のEU/なぜドイツ人は嫌われるのか/イタリアの若き首相/残暑の憂鬱/今必要とされるのは、英語力より柔軟力/イスラム世界との対話は可能か/一多神教徒のつぶやき/消費税も頭のつかいよう/誰でもできる「おもてなし」/感揚げ方しだで容易にできる「おもてなし」/四国を日本のフロリダに
「保育園落ちた日本死ね」を知って/EU政治指導者らちの能力を問う/ローマ帝国も絶望した「難問」/両陛下のために、皇族と国民ができること/「会社人間」から「コンビニ人間」へ?/著者のこだわり/帰国中に考えたことのいくつか/若き改革者の挫折/トランプを聴きながら/負けないための「知恵」/拝啓、橋田壽賀子様/がんばり過ぎる女たちへ/見ているだけで美しい/ドイツ統一の真の功労者/政治の仕事は危機の克服
となっていて、あいかわらず、イスラム国やイギリスのEU離脱、ヨーロッパの政治家の月旦といったところから、日本の「待機児童」問題や、芥川賞作品(コンビニ人間)に着想を得たものなど幅広い上に、今回は「女たちへ」とか「がんばり過ぎる女たちへ」とか女性読者を意識したものも収録されている。

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「平成時代」の序章として1980〜1990年代を読み解く — 堀井憲一郎「若者殺しの時代 」(講談社現代新書)

先日、1990年台の終わりから2010年頃にかけての時代風景について論じた、同じ筆者の「やさしさをまとった殲滅の時代」をレビューしたところなのだが、時代風景というものは戦争とか内乱・革命のない限り、ガラッと一挙に変わるものではなくて、連続性のもとにあるのが通常であろう。
であるなら、今の「平成」の時代の萌芽あるいは序章は、1980年台から90年台に準備されつつあると考えてよく、本書を、ある意味1998年から始まる「平成」に先駆ける『「前」平成時代』の時代論評として読んでみた。
 
構成は
 
第1章 1989年の一杯のかけそば
第2章 1983年のクリスマス
第3章 1987年のディズニーランド
第4章 1989年のサブカルチャー
第5章 1991年のラブストーリー
第6章 1999年のノストラダムス
終章 2010年の大いなる黄昏
   あるいは2015年の倭国の大乱
 
となっていて、まずは、当時は聞かないことのなかった「一杯のかけそば」の話から始まり、その現象を通して、
 
自分が貧乏であったかどうかは別として、1972年にはたしかにすぐそこに貧乏があった。貧乏と接してない人はいなかった。
1989年は、その貧乏が伝えられる一番最後のところに来ていたのだ。テールエンドである。ここを過ぎるとたぶんもう意味がわからなくなるだろう、ということで、最後、僕たちは『一杯のかけそば』を賞賛して受け入れ、あっという聞に捨てていったのである。
貧乏を一瞬振り返って、でもその後二度と振り返らなくなった。
そういう意味で、1980年代はまだ貧乏人の時代だった
 
つまり、バブルは貧乏人の懸命のお祭りだったのだ。
 貧乏人が無理をして必死で遊んでいたのがバブルである(P36)
 
と評していて、バブル景気は1986年から1991年までとなっているから、つまりは、「平成」時代の時代的準備は、バブル崩壊後の現象によってなされたといってよさそうだ。
 
で、その現象とは、クリスマスが「大消費」として位置づけられたことであり、バレンタインデーが熱気を帯び、そうした祝祭の象徴として、ディズニーランドが聖地化し、
 
女の子の好きなものが、世界を動かし始めたのだ。男の子はそれについていくしかない。(P82)
 
となり
 
連続テレビ小説の視聴率が高かった時代は、まだ男が元気だった時代である。
オスらしさを前に出せばもてるという幻想を、まだ誰も叩き壊してなかった、古き良き時代である。でもラブホテルからいかがわしさがなくなり、観念的清潔さに満ちたディズニーランドがデート場所になり、クリスマスが恋人たちのものになると、オスくささは無用のものになって、そして連続テレビ小説は見られなくなったのだ。
 
という時代で、ある意味、平成における「女性のオタク」化の先駆け、「母性優先)の時代の準備ととらえていい。
 
また、
 
ポケベル時代は1993年から1997年まで。足かけ五年しかなかった。
ただ、このポケベルによって、個人通信が高校生レベルでも可能になった。(P148)
 
という現象が、平成を彩る、「携帯・スマホ」文化の基礎をつくったことは間違いない。そして、技術の進化は、
 
機械が発達すると、便利になる。人は人と接触しなくてすむ。
便利な世界の困ったところは、二度、その世界に入ると、もう元には戻れないということだ。
 
という世界に誘導し、通信の進化と普及は、地方と都会の間の物理的障壁を突き崩し
 
都市と田舎のバランスも崩れだした。
都市のほうが圧倒的にえらくなりだしたのだ。
都市化が進んでいった。
東京が突出しはじめる。
 
という「平成」を彩る状況の招来であったようだ。
 
ここまで、本書を「前・平成」の時代の社会論として読んだのだが、最後に「不吉な予言」が本書では提示される。
 
そもそも社会システムの1タームの基本はおよそ60年である。
それは一人の人聞が使いものになる期聞が、だいたい60年だからだ。15歳から75歳くらいまで。社会システムの耐用年数と人一人ぶんの生涯と、だいたいリンクしている。それはシステムの継続が人聞の記憶をもとにしているからだ。
(略)
1945年システムは、アメリカ依存型である。
(略)
アメリカが世界で一番強く、アメリカが世界の警察であり続け、日本がアメリカ東アジア戦略の基点であるかぎりは続けられる。でもそんな不思議なシステムを三百年も四百年も続けていくわけにはいかない。どこかで終わる。残念ながら早晩終わるだろう。
早ければ2015年を過ぎたころに、大きな曲がり角仁出くわしてしまう。
僕たちの社会が大きく変わるのは、つねに外圧によるものだ。
アメリカの力と、中国の目論見しだいて、大きく変わってしまう。早ければ2015年に倭の国は乱れる。
 
というものだ。
2018年の今、予言のような「大乱」は生じてはいないが、アメリカの政権交代、中国の専制化と北朝鮮の変化などなど、この予言を匂わせることは起きつつある。「平成」はいうなれば、戦後体制の最後の最後の黄昏といってよく、その「平成」は来年で終わる。さて、次の時代を象徴する言葉が「乱」でないことを祈るばかりである。
 

「平成」の時代は何だったのか — 堀井憲一郎「やさしさをまとった殲滅の時代 」(講談社現代新書)

昭和の時代が昭和天皇の生物的な衰えと死という終わり方をしたのに対し、平成の時代が「退位」という形で、とても「人工的」に終わろうとしている。「平成」は年数的には、1998年に始まり、2019年に終わる約31年間の、明治より短く、大正より長い、なんとも中途半端な長さの時代である。

おそらくは今年後半あたりから「平成時代」の総括といったことが始まるのだろうが、当方的にも振り返ってみようと、「平成」の時代風景を評しているものを探していたところ、行き当たったのが本書。
 
構成は
 
序章  たどりついたらいつも晴天
第1章 00年台を僕らは呪いの言葉で迎えた
第2章 インターネットとは「新しき善きもの」として降臨した
第3章 「少年の妄想」と「少女の性欲」
第4章 「若い男性の世間」が消えた
第5章 「いい子」がブラック企業を判定する
第6章 隠蔽された暴力のゆくえ
第7章 個が尊重され、美しく孤立する
終章  恐るべき分断を超えて
 
となっていて、「平成」は、想定はしていても「今」とは思わなかった天皇崩御に始まっていて、その気分は
 
明治のむかしは「坂の上の雲」だけを見上げてただ歩けばいい時代であった、とは昭和の人から見た「明治への憧標」である。
平成の世から見れば昭和が同じように見える。
 
といったように、どうしても「昭和」の息子、しかも、従順だがひ弱な時代イメージがつきまとうのは致し方ない。
では、「昭和の延長」と考えていいのか、となると当方的にはそうは思えなくて、1995年のWindows95に始まった「インターネット」がデフォルトの技術となったし、「黒電話」という固定式の電話が主流であった「昭和」の時代から、あっという間に「携帯」→「スマホ」と万人のネットの時代へと突入していき、まさに「テクニカル」な「革命」の時代であったと思う。
 
ではあるのに
 
何かがあったとは言えない10年なのに、大きなものが変わってしまっている。頭と身体が別々に反応して、そのまま統合されていないような、そういう嫌な感じがのこる。
だからべつだん00年代の総括をしなければいいだけだ。僕も、べつに無理に総括してもしかたがない。
 
というのが、「平成」の時代の、なにかヌメッとした分かりにくさであるのだろう。とりわけ、失われた20年代といわれて、経済的な停滞の時代であるといわれてはいるのだが、実は
 
90年代は停滞した。不景気の時代だとおもわれていた。とんでもないことだ。われわれは経済的理由で、つまり豊かさ貧しさの指標では、自分たちをはかれなくなってしまったのだ。物理的な尺度を手放した。気分のほうが大事になった。早い稲が、前よりも豊かになってわがままになっただけである。ただ、そう自覚しなかった。つねに悪いのは経済だとおもっていた。
そのまま不景気という、実感を伴わない標語を掲げて、90年代を過ごしてしまった。
不景気というのは「楽しくお祭り騒ぎができない」という気分だけを反映したものであった。
 
ということで、あまりにも経済的な視点だけで、この時代をとらえて勝手に沈んだ気分になっていたのかも、と思わないでもない。
 
しかしながら、一方で
 
高速道路が国の端々まで延ばされ、すべての川に橋が架かり、電話ひとつで大きな荷物をどこまでも運んでくれ、クリックすればあらゆる商品を家まで届けてくれる、しかも一般人は軍事に関わらなくていい社会では、若い男の役目はあまりないのである。
便利になれば、男は要らない。
数千年を超える暮らしにおいて、初めて僕たちはそのことを知ったのである。若い男の力が十全に発揮できる場所がない。
個々に小さく解体された者たちで作られる「便利な都市生活」では、余らせた男子のカをどうやって有効に活用すればいいのか、まだ見つけられていない
 
といった風に、巨大な「母性」で包まれた世界でもあり、
 
ライトノベルだけを読んでいてはまずいというのは、「僕が僕であるだけで、世界は僕を必要としてくれる」なんてζとはまず絶対にありえないし、「美少女が意味なく友人になってくれる」ということも、今生では起こりえないとわかっているからである。でも、抜けられない。
 
といった、ある意味、「非現実」が生身の世界に侵入していきている時代でもあり、
 
システムが洗練されているというのは、こういうことだ。誰もが組み込まれており、誰もがそのシステムの恩恵を被っている。だから、破壊衝動が生まれない。破壊を企画した人物がいたとしても、連帯できないし、アジられるとともない。人類がもともと進もうとしている道の真ん中にあるシステムである。とれを壊すζとは、自分たちの一部を壊すことであるのはよくわかっている。
 
といったように、個々が分断されつつも、全体的の組み込まれている世界でもある。こんなところが、「平成」の時代を覆う、ちょっと実感のない「幸福感」と「疎外感」であるのかもしれない。

さて、昭和は、物理的な側面でも、経済的な側面でも「戦争」の御代であった。平成は、次の年号の世代から、どう表現されるのでありましょうかね。
 

やはり登場人物の多さと複雑さは変わらないな — 石ノ森正太郎「マンガ日本の歴史 22ー王法・仏法の破滅−応仁の乱」(中央公論新社)

久々の歴史書のベストセラーとなった呉座勇一氏の「応仁の乱」を買ってみたはいいのだが、登場人物の多さと人間関係・政治的関係の複雑さに目と脳が眩んでしまって、あえなく頓挫。

そんな折に、知人から勧められたのが、この「マンガ日本の歴史22ー王法・仏法の破滅ー応仁の乱」。

こういった、歴史の通史シリーズは、最初発刊の頃は、発行する側も読む側も勢いが良くて、元気よく購入し読むのだが、時間が経過するにつれ気力も萎えてくるもの。おかげで、邪馬台国やせいぜい平安朝の頃までは、シリーズは変わっても読むのだが、室町時代あたりになると、とっくに興味は別のものに移っていて、恥ずかしながらこの時代の歴史書を読んだ記憶がほとんどない。

本書の目次は

序章 都、灰燼に帰す

第1章 幕府の乱れと守護家の内紛

第2章 仏法王法ともに破滅す

第3章 山城国一揆の興亡

となっていて、年代的には1454年頃から1493年9月までのほぼ40年間で、おおまかにいえば、人の一生分の期間というところ。

で、マンガ版であるから少しは・・・、と思ったんだが、やはり時代のもつ特徴のせいか、政治模様の複雑さと離合集散の激しさは変わらない。室町幕府の将軍家が跡目争いで叔父甥が争えば、有力大名の山名・細川の争いと畠山家の家督争いなどなど、おまけに後半の方では、いままで都の有力者に牛耳られていた地方の国人たちが反乱を始めるし・・と言ったことに加えて、それぞれが結託する先が、敵の敵は味方といった考えでやるので、素人目にはハチャメチャにしか映らない

ただまあ、歴史の研究家ではない当方としては、その時代の歴史の持つ雰囲気とかうねりのような感覚が味わえればよくて、人の名前はある程度すっ飛ばしても実害はない。戦国時代に続く、応仁の乱当時の室町時代の、あちこちで人の思いや欲望が、ぷつっ、ぷつっと、中から発酵して吹き出していく感じを体感するのはマンガ版で十分するぐらいであろう。

お盆の帰省中の箸休めにいかがであろうか。

 

 

司馬史観にちょっとブレーキをかけてみる — 一坂太郎「司馬遼太郎が描かなかった幕末 松蔭・龍馬・晋作の実像」(集英社新書)

司馬遼太郎氏の著作は、大物経済人や政治家などなど多くの大物の方々が、座右の書としているどころか、坂本龍馬や高杉晋作に関する著作、例えば「龍馬がゆく」とか「世に棲む日々」とかは、多くの若者が熱狂するものでもあるのだが、そういったことに、横からざぶんと冷水を浴びせるのが本書。

構成は

第1章 吉田松蔭と開国

第2章 晋作と龍馬の出会い

第3章 高杉晋作と奇兵隊

第4章 坂本龍馬と亀山社中

第5章 描かれなかった終末

となっていて、時代的には、吉田松陰から始まって、長州征伐、薩長同盟、亀山社中の設立といったあたりの、司馬作品と史実との不具合のあちこちがぼろりぼろりとでてくる。

例えば奇兵隊については

司馬太郎ははっきり書いていないが、庶民が奇兵隊に入っても武士になれるわけではない。兵士になっても身分はもとのままである。戦争が目的だから当然庶民も刀や銃は持たせてもらえるが、姓(苗字)は公認されない。

であったり、高杉晋作が「俗論派」を倒すために功山寺で兵をあげたとされるのも

晋作は、長府や功山寺で「挙兵」したつもりなどないだろう。曹洞宗の功山寺は、支藩である長府藩主毛利家の菩提寺だ。支藩で「挙兵」したなら、おのずと事件の意味は変わってくる。宗藩にケンカを売るなら、やはり宗藩領で決起、挙兵しなければならない。

とかである。さらには新政府が出来上がる時、龍馬が新政府の官職に就かず、世界の海援隊をやるといったあたりでも

司馬太郎は触れなかったが、龍馬と共に新政権の人事案を練った戸田雅楽(尾崎三良)の回顧談(『尾崎三良自叙略伝・上』昭和五十一年)があり、その「職制案」には「参議」として「坂本(龍馬)」の名が出ている。これは三条実美に仕える戸田が草し、龍馬に示した案だという。「坂本之を見て手を拍つて大いに喜んで曰く、是れ今日行ふべし」とある。  これによれば、龍馬はしっかり新政権の、しかも「参議」という権力の中枢に、西郷や大久保と並んで座るつもりでいたようだ。

と手厳しい史料があるようで、なんとも、司馬ファンには心穏やかではない。

ただ、司馬作品を歴史書と読むか、歴史上の人物に託した司馬遼太郎氏の思想書であるかは、読者の手に委ねられているし、例えば歴史書である、「史記」も司馬遷その人の思想を仮託した”歴史書”といっていい。

であるなら、史実に基づくかどうかは別に、司馬史観が日本人の歴史観として根っこをはっているのは間違いなく、そのあたりは司馬ファンも安堵しよかろう。

押さえておかないといけないのは、司馬遼太郎氏の著作は、あくまでも司馬史観の書であって、歴史事実と異なる場面があるということであろう。その意味で司馬史観も、戦前の国史観と共通の危うさをもっているちうこと認識しながら、それに従うということが司馬ファンにも求められるということであろう。事実は苦くもあるが、そこから目を逸してはいけない、ということでもあるのでしょうな。

たまには「日本古代史」はいかが — 関 裕二「沈黙する女王の鏡」(ポプラ社)

古代史っていうのは、定説が定まらないか、異論があるところのものが一番面白くて、邪馬台国あたりの「日本の成立秘話」のところがその最たるものであろう。

といっても、宇宙人がどうこう、とか、ユダヤ人が日本の古代に、といった話までいってしまうとついていけなくなるのだが、関 裕二さんの古代史ものは、安心して異論逆説を楽しめるところに位置している。

構成は

第1章 闇に消えた卑弥呼の鏡

第2章 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と卑弥呼の鏡

第3章 二つの邪馬台国・卑弥呼と台与の確執

第4章 邪馬台国の深層

第5章 トヨの悲劇

終章 邪馬台国とカゴメ歌

となっていて、「伝日田出土・金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」(P4)を発端に

日田は歴史的には福岡県側の文化圏・商業圏にありましたが、なぜか行政的には大分県なんんですよ。つまり、トヨの国です。不合理な行政区分が、古代から現代まで続いているんです(P5)

と九州の「日田」をスタートにして、邪馬台国、ヤマト王権の成立秘話を明らかにしようというもの。

で、「その秘密は」ということになると、余り引用が過ぎると営業妨害になりかねないので、

三世紀の西日本は、大きく分けてふたつの枠組みの中にあった。瀬戸内海から畿内にかけて大同団結した吉備や出雲を中心とするグループ・ヤマト。そしてもうひとつは、かつての栄光を取り戻そうと魏との外交戦に活路を見出そうとしていた北部九州のグループ・邪馬台国である。

しかし、おそらく、日の出の勢いのあるヤマトの差し向けた神功皇后(トヨ)の軍勢が、九州の邪馬台国を討ち滅ぼし、日田と高良山を我が物にしていたのに違いない(P156)

ヤマト建国に貢献した出雲が、直後に没落したのかというと、ヤマトに排斥されたかららしい(P163)

といったことが重要なヒントで、神功皇后や「出雲神話」の謎も一挙に解いてしまおうという結構大胆な歴史モノであることはたしかであるし、

近年、蘇我氏に対する評価も変わりつつある。「日本書紀」の記述とは裏腹に、蘇我氏は、日本の近代化に積極だったのではないか、と疑われはじめている(P149)

ではなぜ蘇我氏と出雲は深い関係にあったのかといえば、私見では蘇我氏が、出雲を代表する豪族であり、その祖が、出雲神事代主神に違いないから、とにらんでいる。(P150)

瀬戸内海=吉備にすれば、日本海と北部九州が結びつくのは、最悪のシナリオであった、なぜなら、万一、ヤマトとトヨが反目し、北部九州と出雲が共謀して関門海峡を封鎖してしまえば、再び瀬戸内海は死に体となり、ヤマトは干上がるからである。トヨにその気はなくとも、ヤマトの吉備(物部)にとって、これは潜在的な脅威であり、それこそ疑心暗鬼は募る一方であったろう。(P169)

といったところは、「蘇我氏の正体」「物部氏の正体」に通じるものであろう。

定説の定まらないグレーなところに焦点をあてた古代史本は、何かを学ぶとか、それを使ってビジネスに活かすとかといった観点から見ると、なんの益もないように思う御仁もあるかとは思うが、「無用の用」という言葉もあるし、自分と遠い所にある歴史に遊んでみるのは、このうえない気晴らしにもなる。

ビジネス本に疲れたら、こういうジャンルのものも精神の「薬」となると思うのであるがいかがか。

いろんな読み方のできる経済小説。組織運営論としてもお勧めであるな — 百田尚樹「海賊と呼ばれた男」上・下(講談社文庫)

昨年、昭和シェルとの合併をめぐって、創業家がどうこう、と騒ぎになった「出光興産」の創業者、出光佐三をモデルにした企業小説である。

構成は、上巻が

第一章 朱夏 昭和二十年~昭和二十三年

第二章 青春 明治十八年~昭和二十年

下巻が、

第三章 白秋 昭和二十二年~昭和二十八年

第四章 玄冬 昭和二十八年~昭和四十九年

となっていて、終戦時の国岡商店の再興のところから始まって、戦前・戦中の創業・隆盛第一期から敗戦、欧米の石油メジャーとのビジネス戦争とイランからの石油輸出、そして日本唯一の民族系石油会社としての第二期隆盛、といった流れである。

こうした創業系の企業小説の楽しみは、創業者のとんでもなく個性溢れる姿に自分の心象を重ね合わせながら、成り上がったり、没落したりにハラハラするというところにあると思うのだが

国岡商店は明治四十四年(1911)の創業以来、ただの一度も馘首がない。これは創業以来の絶対的な不文律だった。・・・店主である鐵造の口癖は「店員は家族と同然でる」というものだった。(上巻 P25)

鐵造は石統ができるときから、これに真っ向から反対してきた。自由な競争がなくては本当の商売にならず、また国民のためにも国家のためにもならないという信念のためだった。(上巻 P37)

といった信条をもち

国岡商店には創業以来、五つの社是があった。「社員は家族」「非上場」「出勤簿は不要」「定年制度は不要」、それに「労働組合は不要」というものだった。戦前においても、これらの制度は、多くの他の経営者から「非常識」と嗤われてきたものであったが、鐵造は「家族の中に規則がある方がおかしい」と言って信念を貫き通した。出勤簿のこときは、経営者が社員を信用していないものとして、蛇蝎のごとく嫌っていた(上巻 P120)

といった会社の、日本のライバル石油会社とそれと結託する国・軍隊、そして日本を支配下に置こうとする外資系企業との大死闘であるから、まあ、ほいほいと流れに沿って読んでいるだけで、「ワクワクハラハラ」、「ふぃー」という感じで読了してしなうことは間違いなくて、本筋のレビューはほかの方々に任せておいて、当方は、組織運営というところでいくつかとりあげる。

前述のように、かなり家族的なポリシーをもつ企業であるから、その理念もウエットかなと思うと、小説中で出てくる国岡商店の社員や役員からは

GHQのミラーに石油配給会社の問題点を説明するくだりで

「これは日本のすべての組織について言えることですが、日本ではまず「組織」が先に作られ、トップが決まります。そして下部組織が作られ、その管理者が決まります。順次、そうして下部組織が作られていくために、最終的に非常に大きな組織になってしまうのです。」(上巻 P146)

「末端の職員には決定権がなく、小さなことを決めるにも、上に伺いをたてることになります。そのために巨大な組織はしばしば非常に柔軟性のない組織になります。」

「大事なことは、まずその仕事にどれぐらいの人員が必要なのかということです。そしてそれを適材適所に配置する、そとはそれを管理する上の者を最低限揃えればいい」(上巻 P147)

が聞かれたり、店主の国岡鐵造の

「ぼくの指示ば、ただ待っとるだけの店員にはしとうなか」鐵造は言った。「今の国岡商店は店舗場ひとつしか持っとらんばってん、いずれいろんなところに支店ば出していきたいち思うとる。彼らはその店主になるわけやけん、大事な商いばいちいち本店に伺いば立てて決めるごたる店主にはしとうなか。自分で正しか決断ができる一国一城の主にしたか」(上巻 P296)

といった言葉や

他店を驚かせたのは、国岡商店の支店長には商いのいっさいの権限が与えられていたことだ。本店の店主である鐵造は支店のやり方にはいっさい口出ししなかった。任せたとなれば、全権を与えなければならないというのが鐵造の信念だったからだ。それが店員への信頼であり、それだけの教育をしてきたという自負があった。同業者たちは「無茶なやり方だ」と言ったが、鐵造は意に介さなかった。むしろ、いちいち本社にお伺いを立ててくるような店員では使い物にならないと考えていた。(上巻 P339)

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日本人を支配する行動理念は「言霊」の次は「朱子学」? — 井沢元彦「動乱の日本史 徳川システム崩壊の真実」(角川文庫)

日本人の行動性向に「言霊」という概念を持ち込んで、当方的には「ほーっ」と稀代の理論を教えもらったような気がしていたのだが、「江戸幕府」という日本が世界に誇る安定政権が「安定」していた仕掛けと、それが日本の現代にまでもたらした悪癖といったところまで論及しているのが本書。

構成は

第1章 幕藩体制と危機管理 ー 徳川家康のグランドデザイン

なぜ「徳川三百年の泰平」は到来したのか

なぜ薩長の江戸攻略は不可能だったのか

なぜ水戸徳川家は「天下の副将軍」と言われたのか

第2章 平和崩壊への序章 ー 朱子学という劇薬の作用

なぜ幕府は最後まで開国を渋ったのか

なぜ田沼政治を「改革」と呼ばないのか

第3章 黒船とは何だったのか ー 幕府と薩長土肥の明暗を分けたもの

なぜ日露友好は夢物語に終わったのか

なぜ幕府は黒船の問題を先送りにしたのか

なぜアメリカは日本との通商を熱望したのか

なぜ朱子学では外国から学ぶことが悪なのか

第4章 ペリーが来た ー 連鎖する日本人の空理空論

なぜ「ペリーは突然やってきた」が歴史常識になったのか

なぜ攘夷派は目の前の現実を無視し続けたのか

なぜ明治革命ではなく明治維新なのか

となっているが、筆者の「今の◯◯」はけしからん編まで読みたい人は最後まで、「日本人の心理構造にはこんなからくりが」ってなとこで良い人は第3章ぐらいまで、といったところか。

で、本書のキーワードは「危機管理」と「朱子学」

最初の「危機管理」は徳川家康が、徳川幕府が攻め滅ぼされないために講じた「ハード」の側面で、仮想的である薩摩、長州をはじめとした西国大名から、江戸を守り抜く、熊本城、小倉城、広島城、そして駿府。脱出先としての甲州といった武張った防衛論が語られるのが第1章である。「戦国BASARA」的な活劇が本旨という人はこのあたりで満足かもしれない。

ただ、本書の真骨頂は第2章からと、当方は思っていて、家康が幕府防衛のためにとった最終ウェポンである「朱子学」が語られるところは、「ほうっ」と思わず嘆息する。

というのも、徳川幕府がその体制維持のため、「士農工商」という身分制度を今日こに保ち、上下の関係の厳しい道徳を維持したことや、水戸徳川家が勤王家であった理由などは、いろんなところで論説があるのだが、その身分制度を維持する「名分論」が徳川幕府 にとって諸刃の刃となったあたりや、幕末の開国騒ぎとそれにつづく倒幕も「朱子学」がもたらした失策であったといったところは審議は別にして、歴史モノとしてはワクワクすること請け合いである。

人によって好き嫌いはあるかもしれないが、「異説」の面白さというのはそそるもんでありますな。