伊東潤

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「長篠」の後、滅びゆく武田勝頼とそれに殉じた後北条の姫「桂」の物語=伊東潤「武田家滅亡」

「長篠の合戦」の「設楽原の戦い」で、織田・徳川連合軍の敷いた三重柵の鉄砲陣の前に、最強といわれた武田の騎馬軍団が崩れ去り、信玄を支えた宿老たちを犠牲にして、甲斐へと退いた武田勝頼なのですが、その後、態勢を整え再起を図ろうとするも、織田勢の前...
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武田家滅亡の因「長篠の戦」は武田勝頼と「信玄の宿将」との戦でもあった=伊東潤「天地雷同」

京都の瀬田の地に自らの旗をたて、天下に号令をかけようとして上洛の途中、三方ヶ原で徳川家康を蹴散らしたところで、斃れた武田信玄の死から2年後、三河国長篠で、武田勝頼軍と織田信長・徳川家康連合軍が戦い、その後の戦国乱世の行方を織田優勢へ方向づけ...
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家康と茶々。天下をかけて睨み合った「父」と「母」の物語=伊東潤「一睡の夢 家康と淀殿」

豊臣秀吉没後の「天下分け目の大戦」といわれた「関ケ原の戦」から6年後、徳川家が家康から秀忠へと征夷大将軍の位が引き継がれ、天下の采配が徳川へ移りつつあるのでは、という意識に世間が傾きつつも、秀吉の築城した大坂城には、豊臣秀頼、その母・茶々が...
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九州の名城「熊本城」をつくった天下一の城取りの物語=伊東潤「もっこすの城」

平成28年の熊本地震で被災し、現在でも復旧作業が続いている熊本城は、慶長12年、1607年に茶臼山と呼ばれた台地に加藤清正が建造して以来、加藤家の改易後は細川家の居城となり、明治となっても、西南戦争でも150日間に及ぶ、明治政府西郷軍との籠...
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桶狭間から豊臣家滅亡までの歴史の渦に翻弄された人々の物語=伊東潤「家康謀殺」

「桶狭間の戦い」から「大阪夏の陣」までの、群雄割拠の戦国時代から天下一統へと大きく流れが変わっていき、その後の徳川幕府による長い泰平の世へ続くまでの45年間。「桶狭間の戦」「桶狭間の戦」「関白秀次切腹」「文禄・慶長の役」「関ケ原の戦い」「大...
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中国地方の盟主・毛利輝元は家康の手練れの謀略に立ち向かう=伊東潤「天下大乱」

豊臣秀吉の没後、日本中の武士勢力が豊臣方と徳川方の二派にわかれて争い、天下分け目の決戦となったのが「関ヶ原の戦い」。東軍の総大将となった徳川家康については、その権力奪取の動きや権謀術数の数々が様々な場面で語られ、彼の「狸親父」としてのイメー...
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「鎌倉府」を守った女性の「陰謀」の数々をみてみよう=伊東潤「修羅の都」「夜叉の都」

2022年のNHKの大河ドラマは、北条義時を主人公に、鎌倉幕府草創期の、源平や御家人同士の戦闘や陰謀うずまく幕府や朝廷内のかけひきを描いていて、ひさびさにドラマ内のあちこちにダークな雰囲気が漂って人気を博しているのですが、その北条義時の姉で...
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戦国時代の「始まり」を告げる男の物語 ー 伊東潤「黎明に起つ」

一説には、一介の素浪人でありながら(最近の研究では、足利幕府の申次衆ということらしいので結構、エライさんですね)、幼い今川氏親を助けて駿河国を相続させ、自らは伊豆から相模までを支配下に治め、下剋上の典型とされている「北条早雲」の生涯を描くの...
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「野望」に憑かれた男たちの物語 — 伊東 潤「王になろうとした男」(文春文庫)

「英雄」というものは遠目から見ている分には、燭光のように輝いて、あたり照らしているように見えるのだが、近くにいればいるほど、その熱量の強さに耐えきれなくなるものであるような気がしていて、その強さは英雄度の高さに比例していると思っている。...
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巨木が倒れる時、周辺の草花は — 伊東 潤「戦国鬼譚 惨」(講談社文庫)

戦国ものの小説やドラマ、はては歴史講座などは、どうしても景気のよい勝者の立場からのものが多いのだが、その際、敗者となった者は、ことさらに無能力や傲慢を指弾されたりするもの。特に、織田、豊臣。徳川といった戦国の代ヒーローたちに攻め滅ぼされた...